二日後。ナターシャの父親が帰ってくるという連絡が入った。
「手紙によれば、あと数日で帰ってこられるらしいわ。となると、シシアル伯爵の領地からは出発しているわね」
「なんだか緊張してきたなぁ……。ナターシャのお父様と話をしないといけないの、ちょっと怖くもなってきた……」
「大丈夫、お父様はそんなに怖くないわ」
屋敷にある草薙の部屋で、手紙を広げるナターシャ。
「……そういえばなんで俺の部屋にいるの?」
「え? その方が合理的でしょ?」
(そら俺の気持ちは関係ないよな……)
少々悶々としている草薙。しかしそれを表に出してはいけないと自制する。
「とにかく、お父様はきっとタケルのことを気に入ってくれるわ」
「どうなんだろう……」
「でも、タケルの話は書いてないわね……」
「え? 俺の話?」
「えぇ。お父様宛の手紙に書いたのよ」
その瞬間、草薙の顔は真っ青になる。
(これ、結婚報告で相手方のお父さんに許可貰いをしているのを、嫁経由で話してるやつやん……)
日本男児なら、男から言うべき所を、ナターシャから言われたようなものである。正直合わせる顔がない。
(どーすんだこれぇ……)
しかし何も具体的な対策を取れないまま、数日が経過してしまった。ナターシャと草薙は、屋敷の入口でナターシャの父親を待つ。
「お父様、早く帰ってこないかしら……」
ワクワク気分のナターシャ。一方で生気が抜けている草薙。
「どうしたの、タケル? そんな今にも死にそうな顔して」
「いや、マジで死にたい……」
彼の希死念慮は過去に経験したことがない程に高まっていた。
とそこに、遠くから馬の蹄の音が聞こえてくる。同時に人々の歓声も聞こえてくるだろう。
「この音、きっとお父様だわ!」
「うっぷ……」
ナターシャの声と比例するように、草薙の吐き気も上がってくる。
そして屋敷の正門に繋がる通りの先から、馬と兵士の姿が見えてくる。多くの馬や兵士は屋敷正門前で横に曲がっていくが、先頭にいた騎士と馬車だけが正門をくぐる。
「お父様!」
そういってナターシャが騎士の方に駆けていく。
(彼が、ナターシャのお父様……)
かなり若く見える男性だ。ナターシャと同じ金髪で、細マッチョのような印象を受ける。肝心の肉体は、鎧の下に隠れているが。
そして彼はナターシャと軽く雑談した後、草薙の方を見た。
「彼が手紙にあった、クサナギタケルだね?」
「えぇ、そうです。彼のスポンサーになってくださらない?」
お父さんは馬から降り、草薙の方に歩いていく。
「初めまして、タケル。私がカルナス子爵現当主のアーノルド・カルナスだ」
「は、初めまして、アーノルドさん」
二人は握手をする。その時、草薙はちょっとした違和感を感じた。アーノルドの握る手が少しだけ強かったのだ。
(緊張しているのかな……?)
そんなことを思っていると、アーノルドの方から声がかけられる。
「君は私にスポンサーになってほしいと娘から聞いているのだが、その通りなのか?」
「え、はい。そうです」
「ふむ……」
アーノルドは握手した手を離し、顎に手をやる。そして、一つの提案をした。
「場所を変えよう」
「え?」
屋敷の裏手にある庭へと移動する。アーノルドはなぜか木剣を装備している。
「え? なっ、なんですかこの状況?」
「君を支援するかどうかを決めるのだよ。今から私を一対一の演習を行ってね」
「はいぃ……?」
思わず顔が前に出てしまう。
「な、なぜそんなことを……?」
草薙はアーノルドに尋ねる。それに対して、木剣を構えながらアーノルドは答える。
「私の大事な愛娘に手を出したからだよ……!」
アーノルドの額には青筋が見える。誰の目にも明らかだが、彼はブチ切れていた。
「いっ、いや! 手は出してません!」
「『手は』? なら何をしたんだ?」
「それは言葉狩りってヤツでは!?」
ほぼ結婚報告の許可取りで、相手方の父親に拒否されているシチュエーションである。
「用意しろ、タケル! 私に勝ったらスポンサーになってやろう!」
「そんな無茶苦茶なことあるかー!」
草薙は突っ込みながら戦闘準備をした。