目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第12話 お戻りになった

 二日後。ナターシャの父親が帰ってくるという連絡が入った。


「手紙によれば、あと数日で帰ってこられるらしいわ。となると、シシアル伯爵の領地からは出発しているわね」

「なんだか緊張してきたなぁ……。ナターシャのお父様と話をしないといけないの、ちょっと怖くもなってきた……」

「大丈夫、お父様はそんなに怖くないわ」


 屋敷にある草薙の部屋で、手紙を広げるナターシャ。


「……そういえばなんで俺の部屋にいるの?」

「え? その方が合理的でしょ?」

(そら俺の気持ちは関係ないよな……)


 少々悶々としている草薙。しかしそれを表に出してはいけないと自制する。


「とにかく、お父様はきっとタケルのことを気に入ってくれるわ」

「どうなんだろう……」

「でも、タケルの話は書いてないわね……」

「え? 俺の話?」

「えぇ。お父様宛の手紙に書いたのよ」


 その瞬間、草薙の顔は真っ青になる。


(これ、結婚報告で相手方のお父さんに許可貰いをしているのを、嫁経由で話してるやつやん……)


 日本男児なら、男から言うべき所を、ナターシャから言われたようなものである。正直合わせる顔がない。


(どーすんだこれぇ……)


 しかし何も具体的な対策を取れないまま、数日が経過してしまった。ナターシャと草薙は、屋敷の入口でナターシャの父親を待つ。


「お父様、早く帰ってこないかしら……」


 ワクワク気分のナターシャ。一方で生気が抜けている草薙。


「どうしたの、タケル? そんな今にも死にそうな顔して」

「いや、マジで死にたい……」


 彼の希死念慮は過去に経験したことがない程に高まっていた。


 とそこに、遠くから馬の蹄の音が聞こえてくる。同時に人々の歓声も聞こえてくるだろう。


「この音、きっとお父様だわ!」

「うっぷ……」


 ナターシャの声と比例するように、草薙の吐き気も上がってくる。


 そして屋敷の正門に繋がる通りの先から、馬と兵士の姿が見えてくる。多くの馬や兵士は屋敷正門前で横に曲がっていくが、先頭にいた騎士と馬車だけが正門をくぐる。


「お父様!」


 そういってナターシャが騎士の方に駆けていく。


(彼が、ナターシャのお父様……)


 かなり若く見える男性だ。ナターシャと同じ金髪で、細マッチョのような印象を受ける。肝心の肉体は、鎧の下に隠れているが。


 そして彼はナターシャと軽く雑談した後、草薙の方を見た。


「彼が手紙にあった、クサナギタケルだね?」

「えぇ、そうです。彼のスポンサーになってくださらない?」


 お父さんは馬から降り、草薙の方に歩いていく。


「初めまして、タケル。私がカルナス子爵現当主のアーノルド・カルナスだ」

「は、初めまして、アーノルドさん」


 二人は握手をする。その時、草薙はちょっとした違和感を感じた。アーノルドの握る手が少しだけ強かったのだ。


(緊張しているのかな……?)


 そんなことを思っていると、アーノルドの方から声がかけられる。


「君は私にスポンサーになってほしいと娘から聞いているのだが、その通りなのか?」

「え、はい。そうです」

「ふむ……」


 アーノルドは握手した手を離し、顎に手をやる。そして、一つの提案をした。


「場所を変えよう」

「え?」


 屋敷の裏手にある庭へと移動する。アーノルドはなぜか木剣を装備している。


「え? なっ、なんですかこの状況?」

「君を支援するかどうかを決めるのだよ。今から私を一対一の演習を行ってね」

「はいぃ……?」


 思わず顔が前に出てしまう。


「な、なぜそんなことを……?」


 草薙はアーノルドに尋ねる。それに対して、木剣を構えながらアーノルドは答える。


「私の大事な愛娘に手を出したからだよ……!」


 アーノルドの額には青筋が見える。誰の目にも明らかだが、彼はブチ切れていた。


「いっ、いや! 手は出してません!」

「『手は』? なら何をしたんだ?」

「それは言葉狩りってヤツでは!?」


 ほぼ結婚報告の許可取りで、相手方の父親に拒否されているシチュエーションである。


「用意しろ、タケル! 私に勝ったらスポンサーになってやろう!」

「そんな無茶苦茶なことあるかー!」


 草薙は突っ込みながら戦闘準備をした。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?