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第13話 模擬戦をした

 突然の模擬戦の開始に、草薙はもちろんだがナターシャも少々困惑していた。


「お父様! タケルは悪い人ではありません!」

「ナターシャ。これは良い悪いの問題ではなく、男としての義務を果たしているかを確認するものだ。ナターシャが口を出していいものではない」


 真剣な表情でナターシャを諭すアーノルド。ナターシャは居ても立ってもいられず、執事の方を向く。


「マイクもお父様を説得してちょうだい!」

「お嬢様。ああなったご主人様は、もう誰にも止められません。大人しく模擬戦をご覧になったほうが賢明かと」

「むー……」


 アーノルドは木剣の先を下に向け、今にも草薙に飛び掛かりそうになっている。


「タケル、準備はいいか?」

「準備も何も、自分丸腰ですけど!?」

「丸腰でゴブリンの群れを撃退したと、ナターシャの手紙にあったが?」

「いや、あの時は必死だったので……」

「なら何も問題あるまい。行くぞ!」


 そう言って草薙に向かって駆けだすアーノルド。草薙は慌てて横にステップを踏む。


 先ほどまで草薙のいた場所に木剣が振られる。木剣は地面の砂を巻き上げるだろう。


「あっぶな……」

「集中力を切らすな!」


 木剣の先端が地面に突き刺さっているのにも関わらず、地面を削るように振り上げてくる。


「おわぁ!」


 立て続けに木剣が振り回され、それを草薙はバックステップで回避する。


「どうした!? 逃げてばかりでは私には勝てないぞ!」

「そりゃ剣に素手で勝てって言うほうがおかしいでしょう!?」


 草薙はとにかく、後方へ後方へと逃げていく。そしてアーノルドはそれに追従する。


 やがて庭の隅にまで追い詰められた。


(やべっ……)


 これ以上回避するなら、壁を垂直に走らないといけないだろう。


 そこへアーノルドが目前に立つ。


「タケル。ナターシャを助けてくれたことには感謝しよう。君が居なかったら十中八九無傷ではいられなかったはずだ」

「そうですよね、そうっすよね、だからこんなことは止めにして━━」

「だがそれとこれは別だ。君も男なら分かるだろう」

「分かりたくないですよ!」

「そうか……。そこまで拒否するというのなら、分かるまでその体を叩きのめす!」

(うわー! ウスイホンのように体で分からされる!)


 アーノルドは剣を振りかざし、草薙に突撃する。草薙はもう後ろに下がれない。


(こうなったら……!)


 草薙は全力で集中力を高め、剣の軌道を読む。


「きえぇぇぇい!」


 奇声を上げて、草薙は両手を前に出した。その手は木剣の先端部分を挟んで受け止める。


 草薙、苦肉の真剣白刃取りだ。


「なにっ」


 草薙のとっさの行動に、アーノルドは驚く。


「俺にはまだ……、やることがあるんです!」


 そういって両手を横に倒し、剣先に入る力を別方向に逃す。その上で、膝でアーノルドの手首辺りを叩く。


 鎧を纏っていたアーノルドだが、反射的に手を離してしまう。その隙を逃さなかった草薙は、木剣を捨ててアーノルドの胴体に拳を三発ぶち込む。衝撃でアーノルドは後退せざるを得なかった。


 草薙は基本的な立ちの姿になり、アーノルドを見る。


「俺は、ここで止まるわけにはいかないんです。誰かが殺してくれるまで死ねない。だから、こちらから死にに行くんです」

「なるほど……。君が戦う理由はそれか」


 アーノルドは納得したように言う。


「ならば、私も本気でやろうではないか」


 そういって腰に帯びていた真剣を抜く。


「ご主人様!? それはいけません!」

「お父様! 止めてください!」


 思わず執事とナターシャは、アーノルドのことを止める。だが、その言葉は届かない。


「私が君のことをここで殺してあげよう。出来なかったらスポンサーになってやろう」

「それはそれで魅力的ですね。ですが、せっかく冒険者カードを入手したんです。せめてクエストの一つや二つくらい達成させてくださいよ」


 そしてファイティングポーズを取る草薙。


「俺を、殺してみてください」


 草薙は覚悟を決める。それを感じ取ったアーノルドも、真剣な表情をする。


 しばしの静寂。双方が相手の出方を伺う。


 先に動いたのは草薙のほうだった。姿勢を屈めて下から体を持ち上げるように、拳をアーノルドに向ける。


 それをアーノルドはクルリと回って受け流しつつ、その回転を剣先に移す。その剣先は草薙の肩へと向かっていく。しかし、草薙は防御しない。


 肩に剣先が当たるが斬れることはなく、鎧にぶつかったような感じになった。


「なっ……」


 不思議な感覚を覚えたアーノルドは、思わず後退する。しかし、彼はニタリと笑っていた。


「君、なかなか面白いね」

「それはどうも」

「でも、面白いだけでは強いとは言えない。もっと鍛錬が必要だ」

「自分でもよく理解してますよ」


 自分の未熟な部分を痛感する草薙。それでも、強くなるしかない。


 先ほどは草薙から動いたが、今度はアーノルドから動く。剣の軌道は、確実に草薙の命を狙っている。しかし草薙は、その軌道を予測して次々と回避する。


(もとより剣と素手では、剣のほうが圧倒的に有利。つまり俺のほうが不利になる。この状況を打開するためには、アレしかない……!)


 草薙は一度大きく下がり、アーノルドと距離を取る。


「はぁっ!」


 アーノルドはそこへ大きく踏み込みながら、剣を振りかぶる。


(今だっ!)


 振りかぶるのに合わせて体を回転させて、踵を剣の振りに合わせる。渾身の上段裏回し蹴りだ。


 草薙の蹴りは剣の真横から入り、剣身の中央に命中した。回転の力は踵の一点に集中し、剣身をパキンと折ってしまう。おおよそ人間技ではない、とんでもない光景が広がっているだろう。


「なっ……!」


 これにはアーノルドも思わず目を見開き、動きを止めてしまう。


 へし折られた剣先は宙を舞い、それを草薙が掴む。そしてそれを、動きの止まったアーノルドの首へと突きだす。


「チェックメイト」


 その言葉を聞いたアーノルドは、思わず笑いがこぼれる。


「分かった、私の負けだ」


 こうして模擬戦は終了した。

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