模擬戦が終了すると、また電子音が頭に鳴り響いたような気がした。ステータスを開いてみると、レベルが上がっているようだ。
『身体強化レベル三
短地レベル一
自己防御レベル二』
今回は身体強化と自己防御のレベルが上がったようだ。
(にしても、スキルの経験値テーブルの比率どうなってるんだ……?)
そんな疑問を抱く草薙だが、今はそれを考えるときではない。
「分かった。タケル君のスポンサーになろう」
「ありがとうございます、アーノルドさん」
「では、詳細は中でお話しましょう」
執事のマイクが二人のほうにやってくる。それと一緒に、ナターシャもやってきた。
「タケル、お父様に認めてもらったのね」
「そうだね。本当によかった……」
庭から屋敷の中に移動し、アーノルドの執務室で話し合いが行われる。
「カルナス家からは、軍資金と馬、そして消耗品を用意する準備がある。とは言っても、用意できる軍資金には限りがある。スポンサー制度における上限の半分程度くらいだ」
「具体的にはどれほどになるんですか?」
「今すぐ用意できる軍資金は、庶民の二週間の食費に相当する七十五セイルくらいだな。これは一ヶ月の上限の半分ほどになる」
「七十五セイルか……」
この世界で一月以上生活しているので、大体の金銭感覚は分かる。一セイル大体一五〇円程度の価値だ。つまり、七十五セイルは一万円とちょっとくらいになる。ただ大麦で出来たパンが、セイルの補助単位であるメイトで買えるくらいには安いので、物価としては非常に安い方だろう。
その辺りを加味すれば、七十五セイルはだいたい二、三万円くらいの価値になる。
「それだけあれば十分です」
「しかし、冒険者になったばかりなのだろう? 揃える装備などあるのではないか?」
「自分は徒手空拳で戦うので、鎧は逆に邪魔になるかもしれません。他に防具があれば別ですが……」
「その辺りは、町工場が集中するエリィ区に行けばあるかもしれないな。そこはナターシャが案内してくれ」
「はい、お父様」
軍資金の問題は解決した。
「次は移動手段だな。今回はタケル君一人で行くんだな?」
「はい」
「そうなると、馬が一頭いれば問題ないだろう。タケルもそれで問題ないな?」
「馬……、ですか?」
草薙は難しい顔をする。
「ん? 何か問題でもあるのか?」
「実は馬に乗ったことなくて……」
「本当か? 異世界には馬がいないのか?」
「いるにはいるんですけど、利用されていないというのが実情でして……。というのも、馬に変わる乗り物が存在しているんですよ」
「なるほど……。馬に頼らない移動方法は、イニエス大学で研究されていると聞いたことがある。その類いの物か……」
アーノルドは一人で納得した。
「分かった。なら馬車を用意しよう。だが、あいにくこの屋敷にある馬車はどれも四人以上の移動を想定していてな。手頃な馬車はないんだ」
「そうなんですか……」
「ただ、当てがない訳ではない。近くにいる商人などに声をかけてみよう」
「あ、ありがとうございます……」
となると、カルナス家だけでなく、複数の商人にまで迷惑をかけることになるだろう。その事実を理解した草薙は、強い希死念慮を感じる。脳から脊髄にかけて、これらが膨張するような不快な感覚が起きるだろう。
しかし、そんな草薙のことはお構いなしに、アーノルドは話を続ける。
「そうなると、タケル君は馬車の操縦も出来ないことになる。馬車と別に御者が必要になるだろう」
「ならマシューはどうでしょう。私の護衛もしてくれました」
ナターシャが提案する。
「私もそれがいいと思う。しかし冒険者のスポンサー制度では、人材の提供は極力避けるようになっている。当然、人材の提供には面倒な書類手続きが必要になる。私も最近忙しいからなぁ、あまり書類は書きたくないものだ」
「そうなると、馬を扱える同じ冒険者とパーティを組んだほうがお得かもしれないですね」
「え、それって他の冒険者を集めるってことですか?」
「そうだ」
アーノルドの同意に、草薙はまた希死念慮を感じる。人と関わるのもストレスを感じてしまい、結果として希死念慮を感じるのだ。ここまで来ると人間と関わるのを止めたほうが良いだろう。
「とにかく私は馬車の手配をする。タケル君は冒険者ギルドでパーティ候補を探してきてくれ」
「分かりました」
こうして役割を分けて準備を進める。