目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第26話 倒せた

 ガンモが手をこちらに向け、何かしらの呪文のような物を唱えている。


「アイツ、何か魔法攻撃を仕掛けようとしている!」

「させるか! 『アガスト・ミギー!』」


 ジークがスキルを発動し、数多の短剣をガンモにぶつけようとする。短剣はガンモの体に突き刺さるものの、そこからは血の一滴すら流れなかった。


「なんなんだ、アイツ……!?」

「痛みすら感じないのか……!?」


 驚愕するジークとミゲル。そんな二人の反応をよそに、ガンモは呪文を発動する。


『リゲル・ミタリー』


 その瞬間、草薙の視界が真っ暗になり、意識を手放してしまう。体は地面の上に倒れ込んだ。


「タ、タケル! 大丈夫か!? しっかりしろ!」

「タケルさん!」


 草薙の体を揺さぶるミーナ。しかし、草薙の意識には届かなかった。


 草薙の意識は、深い深い海の底に沈んでいく。辺りを見渡しても、暗闇しか見えないだろう。


━━


(俺、死んだのか……?)


 自分の手を動かそうとしてみても、なぜか動くことが出来ない。全身を拘束具のような、硬い金属で覆われている感覚を覚える。


(死んだにしては、ずいぶんとあっけなさすぎるな……。いや、元の世界で死んだ時とあまり変わりないか)


 草薙は元の世界で死んだ時の記憶を思い出そうとする。しかし、なぜか非常に曖昧な、抽象画のような記憶しか呼び起こせない。


 狂ったパースの風景。あらゆる方向から見たようなトラック。その影に隠れている草薙と男性と刃物。男性の持っていた刃物は草薙の腹部に突き刺さり、そして草薙は道路に倒れこむ。そこにやってきた、これまたパースの狂った乗用車が、草薙の体を轢く。


(あれ……? こんな最期だったか……?)


 自分の死んだ時の記憶が全く思い出せない草薙。やがて轢かれた自分の姿すら、ぼんやりとした曖昧な線になっていく。


(何も、思い出せない……)


 すると今度は、走馬灯のような光景が目の前で繰り広げられる。


 小学校時代。親からのしつけもあり、勉強ばかりしていた時代。塾にも通っていたが、その影響もあってテストでは常に九十点以上を取る成績上位集団にいた。またこの時は空手のスポーツ少年団に入っていたこともあり、運動はそれなりにできるほうだった。


 中学校時代。ほとんど小学校時代のクラスメイトと変わりなかったが、一つだけ大きく変わったことがあった。クラスメイトからのいじめである。ある時は自転車で追い回され、ある時は教室で集団暴行に遭い、またある時はタイマンでの殴り合いもしたことがあった。しかし気弱な性格だったこともあり、いつも泣かされるほどであった。


 高校時代。少し遠くの学校に通うことになり、人間関係が一新。いじめもなくなった。しかし学業は振るわず、今度は赤点ギリギリの成績に。周囲の秀でた人間や、出来た弟と比べ出して、自分の出来の悪さに頭を悩ませる日々が続く。


 大学時代。大学受験で志望校に受からず、滑り止めで入った大学に入学。一人暮らしを始めたこともあり、酷く堕落した生活を始める。この頃から自分は人間として未熟であり、生きるのに値しない人間であることを強く感じ始めた。駄目人間が生きてはいけない、早急に死ぬべきだという強迫観念に駆られ、一度は自殺を考えるほどに。


 そして本当に死んでしまい、異世界に転生した。


(あぁ、結局ロクな人生を歩んでないなぁ……)


 そんな感想を思うと、どこからともなく声が聞こえてくる。


『そうだ。お前の人生はロクな物ではない。今すぐ死ぬべきだ』

(確かに。皆にも迷惑をかけてしまうからな)

『その通り。迷惑をかけるくらいなら、死んでしまったほうが楽だろう』

(楽になりたい……。このまま深く沈んでしまったら、楽に死ねるだろうか……)


 草薙は、意識を深い深い闇の底に沈ませていく。


 が、それに反するように、意識は明るい方向へどんどん移動していく。


(なんだ、この感覚……。一体なにが……?)


 目の前に意識を向けると、そこにはある文字が浮かんでいた。


『自害阻害の呪い』


 それを見た草薙は、思わず苦笑いしてしまう。


(なんだ、ここでも呪いが発動するのか)


 すると、草薙の周りに白い光が現れる。


『タケル。あなたはあなたのままでいいの。この世界はあなたの思った通りに出来ているわ』


 ナターシャの声。


『タケルさん。どんなに辛いことがあっても、あなたはそれを乗り越えられる力を持っているはずです。生きることに失望しないで』


 ミーナの声。


『タケル、君は強い。その強さは、やがて世界を救うだろう』


 ミゲルの声。


『タケル。結局はお前の力を必要としているんだぜ』

『タケルさん、大丈夫なのです』


 ジークとアリシアの声。


(……そうだな。この苦しい記憶も、また人生の一つだ)


 草薙は、それらの記憶を受け入れ、許した。


「楽しい気持ちも、悲しい過去も、死にたい気持ちも、全部俺のものだ」


━━


 ガンモが酷く苦しみ出している。


「ぐおぉぉぉ……! おどれ、なぜワシのことを拒む……!」


 その様子に、ミゲルたちは困惑していた。


「一体何が起きている……!?」

「アレはナイトメアってヤツだと思います……」


 ミゲルの疑問に、草薙が答える。


「タケル! 意識が戻ったのか」

「タケル、大丈夫?」


 ナターシャが心配そうな声をかける。


「あぁ、なんとか。危うくあの世の逝きかけたけど、呪いのおかげで戻ってこれた」

「……なにそれ」


 ナターシャは思わず笑ってしまった。おそらく安心したからだろう。


「さて、アイツを何とかしないとな」


 そういって草薙は立ち上がる。ガンモを倒す必要があるが、彼はすでに息絶え絶えである。


「そんじゃ、いっちょやったるか」


 草薙は肩を回し、右手で拳を作る。


 そして全力で踏み込み、ガンモに向かって突進する。


「俺を殺せなかったことを、後悔しろ!」


 全力で拳を振るう草薙。その拳はガンモの顔面に命中し、ガンモは宙に吹き飛ばされる。


「こ、こんなことが……、こんなことが許されてええんか……!」


 そして、ガンモは空中で文字通り破裂した。


 その様子を見た草薙が一言。


「……あ、アイツが何者か聞いてなかった」


 しかし草薙は開き直る。


「まぁいっか!」


 今までにない、清々しい笑顔だった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?