部屋に入ると、そこには眼鏡をかけた老人男性がいた。白いローブを身にまとい、大きな水晶玉の横に座っている。
「えぇと、君がミゲル君で……。後ろの君は誰だね?」
「付き添いのタケルです。後に相談したいことがあります」
「そうかい。まぁ、邪魔しなければ良い」
老人から許可を貰い、草薙はミゲルの後ろで様子を見守る。
「それでは、スキルの授与を始める。何か希望はあるかね?」
「私は剣を使う冒険者なのですが、普通の攻撃と強大な攻撃力を持つスキルしかありません。そこでその中間である、ほどほどに強いくらいの素早い剣撃を行えるスキルが欲しいです」
「なるほど……、具体的でよろしい。それではスキルの錬成を行う」
老人は水晶玉に向かって手をかざす。すると水晶玉の中に赤と青の色が現れる。そのまま二つの色は回転しながら混ざり合い、紫色へと変化する。完全な紫色になった瞬間、水晶玉が光り輝き、紫色の雲のようなものが出現する。それは少しの間宙に浮き、そしてミゲルの体に吸収されていく。
「ぐぅぅぅ……」
紫色の雲のようなものが体に無理やり注入されて、ミゲルは苦しみの声を上げる。しかしこれを受け入れなければ、新しいスキルが手に入らないのだろう。ミゲルは必死に耐える。
そして紫色の雲は完全にミゲルの体内に入り切った。ミゲルは少し息を切らしている。
「ステータス盤を確認しなされ」
「はい……」
ミゲルは自分のステータス画面を確認しているようだ。少しすると、ミゲルの顔が晴れやかになる。
「『流れ斬り』というスキルを習得しました」
「説明はなんと書いてある?」
「『水の流れのように連続して斬りつける』とあります」
「よろしい。望んだスキルが手に入ったようだな」
「ありがとうございました」
そしてミゲルが草薙の方を向く。
「次はタケルの番だ」
「はい」
「相談というのはなんだね?」
老人が草薙に尋ねる。草薙はミゲルと位置を入れ替え、老人の近くへと行った。
「実は、スキルの授与をしてもらってないにも関わらず、スキルが増えていくんです」
「なんだと……?」
老人は少し狼狽えたような様子を見せるが、すぐに落ち着きを取り戻す。
「君、名前は?」
「草薙武尊です」
「クサナギタケル……」
何か心当たりがあるのか、老人は手で口を覆う。
「うん……、君、エルケスの街にいる冒険者だな?」
「えぇ、その通りです……。よく分かりましたね?」
「私は冒険者ギルド本部の関係者とも話をする立場でね。……それで、スキルが勝手に増えていくというのはどういうことだね?」
「はい。誰かと演習したりクエストの関係で戦ったりすると、稀にスキルが手に入るのです。そのスキルの元となった技を初めて使用すると、スキルとして入手されるのです」
「そんなことが……」
さすがに老人も驚きを隠せないようだ。
「すまない。私でも聞いたことない事象ゆえ、どのように対処したらいいか分からない。他の関係者とも情報を共有したいが、問題ないか?」
「あ、はい。問題ないです」
「私でも手が負いかねん。すまないがこれ以上の助言はできない。帰ってくれないか?」
「……分かりました」
草薙は露骨に残念がりながら、部屋を後にした。
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「これは大変なことになったぞ……!」
スキル授与を行う老人のファーンは、急いでローブから目立たない服装に着替え神殿を後にする。向かった先は、商業ギルドである。
商業ギルドには秘密の部屋が複数存在する。ファーンはそのうちの一つの扉にかかっている、ダイヤル式の錠に番号を順番に入力した。カチッと小さな音がして、扉を開けることができた。
「おや、ファーンじゃないか。今日の仕事はいいのか?」
部屋の中にいたのは、商業ギルドに所属している商人数名とノーフォード公爵であった。ファーンは反王家派の一味だったのだ。
「今日の仕事は終いだ。それよりも大変なことになった。さっき俺の仕事場に例の冒険者がやってきたんだ」
それを聞いた商人たちはざわつく。
「お前の仕事ってスキルの授与だろ? 何か授与したのか?」
「それがおかしな話で、戦うと勝手にスキルが増えるとか言ってやがるんだ」
「スキルが勝手に増えるぅ? なんだそのふざけた設定は。ファーン、お前酒でも飲んでるのか?」
「そんなわけねぇだろ」
商人とファーンがガヤガヤと言い合いをしている。そこでノーフォーク公爵がパンと手を叩く。
「諸兄ら落ち着け。スキルが増えたからなんとなる? 我々は高い金を払って暗殺者を雇い、ヤツを暗殺するのみだ」
「しかし閣下、ヤツはAAA級冒険者と手を組んでいるようです。このままでは次の暗殺者も返り討ちにされるのではないかと……」
「ふむ。確かにそれは問題だな……」
そういってノーフォード公爵は考える。
「ヤツは何をしに王都へ来た?」
「それも曖昧ですが……。アラドからの情報によれば、AAA級冒険者のスキル獲得と、怪物化に関する情報収集、とのことです」
「となると、しばらくは王都にとどまることになるな……」
ノーフォード公爵は少し考え、そして決断する。
「私が直接、ヤツと接触する」
その決断に、その場にいた全員が慌てる。
「そんな、危険です! 我々ならともかく、閣下自ら赴くなど……」
「もしヤツに暗殺の気配でも察知されたら厄介です!」
「だが、私以上に冒険者と接触するのに有利な人間はいないだろう」
「それは……」
「なら話は終わりだ。私が直接ヤツと会う。いいな?」
「……仰せのままに」
商人たちは頭を下げるしかなかった。