翌日、草薙は王都の商店街通りに来ていた。
「せっかく王都に来たんだから、ここでしか買えない道具とか欲しいよなぁ」
冒険者ギルドからの報酬で、草薙には資金がたっぷりとある。具体的には口座に千セイルはある。
そのうちの数百セイルを持って、武器屋や道具屋を巡ろうと考えているのだ。早速とある道具専門店に入店する。
「いらっしゃい。何かお探しで?」
「はい。格闘戦を中心する冒険者の装備を探しています」
「なるほど。兄ちゃんがそうなのかい?」
「えぇ」
「普段は何を装備してるんだい?」
「革の鎧と足カバーぐらいですね……」
「素手で戦っているのか?」
「そうです」
「さすがに素手はマズい。せめてハンドプロテクターは付けないと」
そういって店番のおっさんは、店頭に並んでいた装備のうちハンドプロテクターのある棚に移動する。
「兄ちゃんくらいなら、この辺の金属が入ったプロテクターがいいんじゃないか?」
「重くなりませんか?」
「逆に威力が上がって敵を倒しやすくなる。防御には革がいいが、攻撃には金属を使用したほうがいい」
「なるほど……」
その他色々な話を聞き、試着もした結果、最終的に薄い金属を使用した小手のようなプロテクターを購入した。
「まいどありー」
草薙は店頭でプロテクターを装備していく。
「確かに、普段使いするならこっちのほうがいいかも。とっさの戦闘にも対応できる……」
街中を歩きながら、プロテクターの調子を確認する。
「しかし、これで二百二十セイルか……。それなりに高い買い物をしたもんだ」
おおよそ十万程度といった所か。そう考えると、冒険者の道具は高級品とも言えるだろう。
草薙はプロテクターの調子の確認に夢中になり、その後ろから来ている黒い影に気が付かなかった。
「さて、昼飯は何食おうかな……」
そういって食料品が売ってある通りへと抜けるため、裏路地へと入った時だ。
「失礼」
後ろから声がすると同時に嫌な気配がした。草薙は反射的に後ろを振り返りながら距離を取る。その瞬間、草薙の鼻先をナイフが通過した。
そのまま草薙は黒い影から離れる。
「チッ、躱されたか」
黒い影はかぶっていたローブを脱ぎ捨て、戦闘態勢に入る。目立たないようになのか、全身真っ黒だ。
(ローブも黒なのに、中も黒なのかよ……!)
変な突っ込みを入れる草薙。すぐに戦闘態勢に入る。
「お前、俺を殺しにきた暗殺者か?」
「まぁ、そんな所だな」
「雇い主はいるのか?」
「なぜそれを言わないといけない? 雇い主の情報を漏らすわけないだろ」
「そりゃそうか。じゃあ、殺すね……」
草薙がそういうと、暗殺者は高らかに笑う。
「俺を殺すだと? やれるもんならやってみろってんだ」
「やってやるよ。だが逆だ。俺を殺してみろ」
互いに宣戦布告したような形になった。
数秒ほどの静寂。先に動いたのは、もう一丁のナイフを取り出した暗殺者のほうだった。
「せぇい!」
体を回転させ、二丁のナイフを連続で当てに行く。草薙はそれを左腕で受け流す。さっき購入したプロテクターが役に立った。
そのまま草薙は接近してきた暗殺者に右ストレートを入れる。しかし暗殺者は右手のさらに下を通り、反対側の通りへと抜けていく。
「このままじゃ本当に殺される。ここで逃げさせてもらうぞ!」
「あ、待て!」
暗殺者は露店のある通りへと抜けていく。草薙も急いで暗殺者のことを追いかけて通りに出る。
一瞬、暗殺者の姿を見失いそうになったが、なんとなくの気配で左に逃げたような気がした。そちらの方を見ると、先ほど見た黒い姿が見受けられるだろう。
(この距離を追いかけるのは難しい……!)
暗殺者の影を追いかけるため、全力で走る。身体強化スキルが働いているはずだが、それでも簡単には追いつかない。
その時、草薙は街並みを見てあることを思いつく。
(やってみる価値はあるか……!)
そういって草薙は地面を強く蹴る。
「短地!」
草薙はスキルを使用し、通り沿いの建物の壁に瞬間移動する。
「短地ッ!」
さらにすかさず短地スキルを使用し、反対側にある建物の壁へと再び瞬間移動した。
「短地ッ! 短地ッ! 短地ッ!」
瞬間移動を繰り返し、人々の上を飛び回る。やがて暗殺者の真上までやってくるだろう。
「捉えた!」
短地で進む方向を下向きに変化させ、暗殺者の目の前に飛び降りる。
「ぐげっ!」
暗殺者は急停止しようとする。しかしそれを草薙は許さなかった。
「吹き飛べっ!」
草薙は暗殺者との距離を詰め、右の拳を暗殺者の腹部にぶち込む。暗殺者の体は吹っ飛び、周辺の建物の上まで上がる。
草薙はそこへ短地を使って宙を飛び、再び暗殺者の目の前に現れる。
「トドメだっ!」
両手を組み、頭上から振り下ろす。それは暗殺者の脳天に命中し、そのまま地面へと撃墜される。
通りのタイルを割るほどの勢いで地面にぶつかり、暗殺者は全身を複雑骨折したかのような状態になる。
草薙は建物の上に降り立ち、暗殺者の状態を確認する。暗殺者の周りでは人々が悲鳴を上げ、その場から逃げようとしたり、憲兵を呼んでいたりと様々である。
「そうだ、暗殺を依頼している人間が分かるかもしれない」
そういって草薙は通りに降り立ち、暗殺者の元に駆け寄る。服装を漁り、何かめぼしい情報がないかを探す。
すると、一枚の紙がヒラリと懐から出てきた。そこに書かれていたのは、「暗殺対象」の文字と、暗殺対象である草薙の名前と風貌、そして金額であった。
「これは……」
その時、憲兵がやってきた。
「君、何をしている!?」
憲兵に尋ねられ、草薙は身分証である冒険者カードを取り出しながら憲兵の方を振り返る。
「自分は冒険者をやっています。今しがたこの男に暗殺されそうになっていたので、正当防衛を行使したまでです」
憲兵は冒険者カードを手に取り、身分を確認する。
「……それで、暗殺だと言える証拠は?」
「この紙です。暗殺対象である自分の名前と見た目が書かれています」
憲兵は紙を見て、少々面倒そうな表情をする。
「なるほどね。後はこっちで引き継ごう。また後で話を聞きに行くから」
そういって憲兵が周辺の整理と現場検証を始める。草薙は思い出せる範囲で捜査に協力するのだった。