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第40話 秘密を聞いた

 冒険者ギルド本部に戻った後も、事情聴取として憲兵が尋ねてきた。しかもたっぷり二時間以上も時間をかけてである。終わった頃には夕方になっていた。


「終わったー……」


 憲兵が帰った後、草薙はカフェテリアの机でグッタリとしていた。


「タケル、大丈夫か?」


 草薙の姿を見て、様子を伺っていたジークたちがやってくる。


「えぇ、まぁ、なんとか……」

「また暗殺されそうになってたのですか?」

「そうなんですよ。今度は不意打ち気味に来て焦りました。それと同じくらいに面倒だったのは、さっきの憲兵ですよ。どこの誰が差し向けているのか全く検討つかないのに、ずーっと恨まれている相手は誰だとか今までのギルドの依頼の内容はどうだったのかとか、関係ないような話までしてましたし……」

「タケルさんも大変ですねぇ」


 ミーナが同情しているような、していないような返事をする。


「もう今日は疲れました……。宿に帰って寝たいです……」

「それはアイツも一緒だろうな」


 そういってジークが階段のほうを見る。そこには少々フラフラしているミゲルの姿があった。その後ろからは、同じようにお疲れ気味のナターシャもいる。


「やぁ、お疲れ……」


 皆に声をかけるミゲルの顔は、かなりやつれていた。ナターシャに押し付けられた事務仕事が、かなり激務だったことが伺える。


「ミゲル、大丈夫……そうには見えないな」

「あぁ、本当に大変だよ。まさかデータ偏差の計算までさせられるとは思わなかった……」

「ミゲルって計算苦手だったのです?」

「偏差の計算するの久しぶりでね。方法を少し忘れていたくらいだ。それでも大変だったよ……」


 そのような話をしている間に、草薙は聴取中に飲んでいた冷めたコーヒーを飲み干す。


「じゃ、今日の予定は終わったようなので、このまま宿に戻りましょう」


 草薙がそのように提案した時だった。


「悪いが、宿に戻るのはもう少し後になるな。クサナギタケルよ」


 草薙たちの前に、謎の人影が現れる。彼らはパリッとした赤い学生服のような服を着ており、一人は左目に眼帯をした隻眼の男性、もう一人は黒髪長髪の男性であった。


「え、どちら様……?」


 名前を呼ばれた草薙は、男性たちの方を見る。


(なんだか軍人みたいな恰好しているなぁ……)


 そんなことを呆然と思っていると、ミゲルがハッと思い出したような顔をする。


「もしかして、大陸軍の指揮官であられるドーニン伯爵……!?」


 その言葉が周囲に伝播し、ざわめきが生まれる。


「ちょっとここでは話しづらい内容だ。河岸を変えよう」


 そういってドーニン伯爵を先頭に、場所を移動する。移動先は総長室であった。


(なんでここ?)


 疑問に思いながらも、草薙は総長室のソファに座る。目の前にはドーニン伯爵とシーラン総長が座っている。


「彼はドーニン伯爵。大陸軍の指揮官として数万人の軍人を率いている」

「よろしく」

「えと……、あの、そんな方が自分に何の用でしょう……?」


 草薙は戸惑いながらもドーニン伯爵に聞く。


「それは一つしかないだろうな」


 シーラン総長が腕を組みながら言う。


「タケル、君は軍に興味はないか?」

「いえ、興味はないです……」

「そうか……。はっきり言えば、私は君を軍に引き入れたいと思っている」

「……へ?」


 思わぬ方向からのスカウトに、草薙は思考が停止する。


「タケルを軍人にするんですか?」


 ミゲルが静かに圧をかける。


「いやいや、軍人になってくれとは言っていない。君も冒険者と軍人の融通政策があるのは知っているだろう?」

「えぇ、知っています」


 ドーニン伯爵の問いに、ミゲルが答える。


「タケルは軍、ひいては王国においても重要な外交材料になることはほぼ確実な状態だ。そこで、冒険者と軍人の融通政策を通して、タケルを軍に派遣してほしいのだ」

「そんなことをして、一体何になるんです?」


 ドーニン伯爵の言葉に、ミゲルが反論する。


「詳細を話すには、武力省の機密文書に相当する箝口令を諸君らに課さなくてはならない」

「か、箝口令……?」

「一体……何を話すのです?」


 アリシアが探るように聞く。


「なら、今から聞く内容を他に漏らさないという約束をしてもらおう。できるか?」


 ドーニン伯爵の言葉に、草薙たちは顔を見合わせる。


「……分かりました。そこまで言うのでしたら、受け入れましょう」


 ミゲルの了承に、全員が頷く。


「なら話そう。……今後数年以内に魔王が復活する可能性がある」

「魔法が復活……!?」


 その言葉に、ジークは驚く。


「魔王と言えば、百年前に時の勇者によって打ち倒された、伝説の話ですよね?」


 ミゲルは落ち着いて質問する。


「そうだ。その魔王が復活するかもしれない予兆を、軍の諜報機関が確認した。最近、怪物化したモンスターが増えているのも、これが関係していると武力省は睨んでいる」

「まさか、そんなことが……」


 状況を理解したミゲルたちは、唖然としているだろう。状況を理解していないのは、魔王の存在を知らない草薙と、いつでものほほんとしているため感情が分からないミーナくらいだ。


「まだこの事実は公にはなっていない。もしなってしまえば、それだけで大小様々な弊害を食らうことになる」

「だから、その切り札としてタケルを軍に入れたい、ということですか?」

「大雑把に言えばそうなる」


 ミゲルの指摘に、ドーニン伯爵は真面目な表情で答える。


「ギルド総長として言わせてもらうと、私はどちらかと言えば反対だ。他国との戦争ならともかく、国内に発生した魔王の討伐のために身分を鞍替えするのは、それだけで指揮系統を混乱させる恐れがある。なるべくならタケルには冒険者のままでいてもらいたい」

「シーラン総長もこのように言っている。無理強いはしない。今は軍に入るかもしれないと考えてくれるだけでいい」


 そういってドーニン伯爵はソファから立ち上がる。


「それでは、もし今後があれば、その時はよろしく」


 そういってドーニン伯爵は去っていった。


「……なんというか、とんでもない話だったのです」


 アリシアがそのように言う。


「あぁ。まさか魔王復活の話まで聞いちまうとはな」


 彼女の感想に、ジークも同調する。


「とにかく今は、検討に留めておこう」


 ミゲルの言葉に、全員頷くしかなかった。


 その後、宿に戻りベッドに入る。


 朝方、太陽が昇るころだった。突如部屋の扉が激しくノックされる。


「『ヘイムダルの剣』様! こちらにいらっしゃいますか!?」

「はい、どちら様ですか?」


 ミゲルが扉を開け、対応する。


「大陸軍の者です! 王都に向けて魔物によるスタンピードが発生しました!」

「なんですって!?」

「すぐに身支度を整えて、北門へと来てください!」


 その現象は唐突に始まった。

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