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第43話 調査した

 王都でのスタンピードを乗り切り、軍は周辺地域の被害状況の確認を急ぐ。


「速報ですが、今回の怪物化によるスタンピードの被害は、王都と隣の宿場町に限定されているようです。その他人的被害などはありません」

「そうか」


 王都にある駐屯地で、ドーニン伯爵が被害の報告を受けていた。


「今回は見回りをしていた兵士の報告が迅速だったから、被害は最小限に食い止められたと言っても過言ではない。もう少し報告が遅ければ、甚大な被害を被っていたかもしれないな」


 そんなことをドーニン伯爵は言う。


 そんな中、スタンピードがあった現場では、兵士も冒険者も総動員で魔物の残骸の処理に追われていた。衛生省による浄化処理の後、武力省と冒険者ギルド本部の調査員によって、今回のスタンピードの調査を行う。


「うげぇ。いくら肉の臭さは浄化したからといっても、内臓を見ると気分が悪くなってくるぜ」


 ジークが肉塊を持ちながら、そんなことを言う。


「そこは我慢だ。ほら、タケルだって何も言わずに内臓を持ち歩いているぞ」


 そういってミゲルは草薙のことを指さす。そんな本人は、黙々と内臓を含めた肉塊をただひたすら集めていた。


 現実は、気を抜くと胃の中の物を戻しそうになるため、無心になっているだけである。


(仏説魔訶般若波羅蜜多心経……)


 その上、以前覚えた般若心経を心の中で唱えながらの作業だ。なんと信仰深い人だろうか。


 そのような作業の横で、ナターシャは情報の整理のために現場に駆り出されていた。


「皮膚の部分が損傷しているのがもったいないな……」

「内臓にも異変は見られません。もちろん、内容物にも異常はないです」

「全身の筋肉も見てみましたが、それらしいものは見当たらず……」


 そのような報告を紙に記していくナターシャ。


「これだけ調べても、異常の一つも見当たらないのは変ね……」


 そういってナターシャは、過去の調査記録をめくりながら何か情報がないか調べる。


「……そういえば、クランク科学研究所で異常な魔力量を検出したって言ってたわね……」


 過去の資料を見返し、その記述を見つける。


「魔力が集中して存在する場所と言えば、心臓か頭……」


 ナターシャは何か引っかかったようで、調査員の一人に話をしに行く。


「ごめんあそばせ! 頭部か心臓について調べたものってありまして?」

「頭についてはまだ調査してないな。心臓については、向こうのテントで確認している途中だと思うな」

「ありがとうございます」


 ナターシャはすぐに目的のテントに向かう。


「ごめんあそばせ、情報収集担当のナターシャ・カルナスですわ。心臓に関して何か異変などはありましたか?」

「あぁ、その件に関してだが、現在の所では何も異常は発見されていないよ」

「異常がない?」

「どの心臓も通常の魔物のそれと比べても、大きな差異は見られなかった。ただ、どの心臓も通常より酷使されていた形跡がある」

「……そうですか。ありがとうございます」


 そういってテントから離れるナターシャ。今の会話をメモに残す。


「心臓に異常が見られなかったものの、酷使された形跡がある……」


 その事実は、疑念をより深める結果となった。ナターシャは念のため、頭部を収集しているテントへと向かう。


「ごめんあそばせ。情報収集担当のナターシャ・カルナスですわ。怪物化について何か分かったことはありまして?」

「どうも。今の所、外傷などはなく、いたって正常というほかないです」

「解剖調査は?」

「これから行うところです。ただ、子爵様の御令嬢であっても、部外者を入れるわけには行きませんので……」

「もちろん、そこには従いますわ」


 こうしてしばらくの間、ナターシャはテントの外で待つことにした。数十分後、テントの中からざわめきが聞こえてくる。


「これは一体……」

「こんなもの、自然発生するものではないぞ……!」

「スケッチ! すぐにスケッチして!」


 数分後、テントの中から調査員が出てくる。


「あぁ、子爵御令嬢! このスケッチを見てください!」


 そういって見せられた紙には、簡単な幾何学模様が描かれた魔法陣のようなものがあった。


「これは……?」

「今しがた四体ほど解剖したのですが、頭蓋骨の額の部分に、この魔法陣が刻印されていたようなのです」

「骨に刻印……? 明らかにおかしいですわね……」

「そしてここからが本題なのですが、この魔法陣の特徴から、古代の文明が関わっているのではないかと推測されます」

「古代の文明?」

「はい。私もどこで見たのかは忘れてしまったのですが、この王国が建国されるよりも前の時代のものかと思います。すぐに調べてもらえますか?」

「分かりましたわ」


 魔法陣のようなものが描かれたスケッチを持って、ナターシャは王都の国立図書館へと向かう。情報を参照するには、ここが一番だ。


「……ということがありまして、これに関する情報を探しているのですが……」


 首席司書にアポなしで突撃し、相談するナターシャ。事態の大きさを鑑みた首席司書は、少し考え結論を出す。


「分かりました。調査にご協力しましょう」

「ご協力、感謝しますわ」


 こうして古代文明に関わる書籍を中心に調査が行われる。開始から数時間。夕方ごろにある書籍で発見する。


「先ほどの魔法陣と思われるものがありました。おそらくこれでしょう」


 ナターシャが確認すると、それはスケッチに描かれている魔法陣と特徴が一致していた。


「確かにこれのようですわ。どんな魔法陣ですの?」

「これは……、皮膚や骨などに刻印した生き物を自在に操るとされる魔法陣です」

「自在に操る……?」


 説明を受けたナターシャは、この魔法陣がどれだけ凶悪なものであるかをだんだんと理解する。


「この魔法陣、一体誰が刻印したのでしょう……?」

「この文献によると、おそらく魔物を支配する存在、魔王であるかと」

「魔王が? しかし魔王は五百年前に起きた人間との戦争で滅びたはず……」


 そこでナターシャは、魔王に関する文献を漁ることにした。するとすぐに、ある記述を発見する。


「『魔王は打ち倒される時に、必ず復活すると高らかに宣言し、塵と化した』……。この記述が正しければ、魔王復活が近い……?」


 その可能性を考えたナターシャは、すぐに武力省と冒険者ギルド本部に報告することを決めた。

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