ドーニン伯爵はギルド本部の総長室に飛び込んでくる。
「シーラン総長はいるか!?」
「そんな大声を上げんでもいるぞ」
シーラン総長はいつものように執務を執行していた。
「聞いたか!? ノーフォード公爵が私兵を王都に派遣するそうじゃないか!」
「当然聞いている。それがなんだというのだ?」
「王都には王都の規律がある! それを一個人の貴族の私兵に委ねていいものか!」
「少しは落ち着いたらどうだ? 紅茶の用意は出来ているぞ」
そういってシーラン総長は執務の手を止め、来客用のカップに紅茶を注ぐ。
「なぜそんなに冷静でいられる……!?」
「王都の治安維持に冒険者ギルドは関与しないからな」
「融通政策はどうした!?」
「もちろん忘れてはいないさ。ただ、治安維持における指揮監督の優先権は軍と憲兵にあるということだけだ」
「クソッ、俺に責任を押し付けやがって……!」
そうは言いながらもドーニン伯爵は総長室のソファに座り、シーラン総長から紅茶を受け取る。ゆっくりと紅茶をすすり、一息ついた。
「……この事態を陛下はどう受け止めなさるだろうな?」
「まぁ、容認はしないだろう。最悪の場合、国王陛下直下にある近衛師団が出てきてもおかしくはない」
「そのあたりが妥当か……」
その時、窓にポツッと何かが当たる。雨だ。
「嫌な状況になりそうだな……」
王都に雨が降る。冬の季節としては珍しい雨だ。
「クッソー、こんな時期に雨なんか降るなよ……」
ジークが冒険者ギルド本部の会議室で愚痴をこぼす。
「天気は僕たち人間が関与できない事象の一つだからね」
ミゲルは窓に背を向けて、ぬるくなった紅茶を飲む。
草薙たちは、魔王復活の可能性の噂が流出してしまったことにより、一時的に拘束されている。つまり、草薙たちは容疑者なのだ。もちろん、そこにはナターシャもいる。
「どうしてこうなったのです……?」
アリシアが悲しそうに言う。その言葉に、誰も明確な答えは出せなかった。
「そうですねぇ……。ありえる可能性とすれば、反王家派のやったことではないでしょうか?」
ミーナがそのように指摘する。
「しかし、証拠も何もない。俺たちの容疑を晴らした上で反王家派を責めるには、確たる証拠が必要なはずだ」
「今はこちら側の証拠が何一つないことだね」
ジークの指摘に、ミゲルが同意する。
「自分たちで無罪を証明するのは難しいんじゃないですかね……」
草薙がそのように呟く。
(こんな会議室に着の身着のままで押し込まれてるんじゃ、そもそも証明のしようがない。外部から誰かが無罪であると理解してくれない限りは……)
草薙は悲観的になる。そうなると出てくるのは、悪い思考の循環だ。
(俺たちは無実の罪の容疑をかけられている。冤罪をかけられると自分で証明するのは難しい。そして結局無実であることを証明できずにデッドエンド。すなわち死、あるのみ……)
久々に嫌な感覚が蘇ってくる。草薙にしてみれば、八方ふさがりな状況だ。
(あぁ。いっそのこと、あの最後のガラスをぶち破って投身自殺したい……)
そんな具体的な自殺方法を考えていると、突如としてシーラン総長が会議室に入ってくる。
「諸君、釈放だ」
「釈放!? 一体何が……?」
扉の一番近くにいたナターシャが聞く。
「それはこれからお会いする方に聞くといい。すぐに出発するぞ」
外の雨は止んでおり、柔らかな日差しが降り注いでいた。
草薙たちは数台の立派な馬車に乗せられ、大通りを進む。
「この装飾に色……。まさかこれからお会いするのって……!」
草薙と同乗していたナターシャが恐れおののいていた。
「ナターシャ、これから会う人って一体誰なの?」
「……多分聞いたら驚くと思う」
「そんな人?」
「そうね。……見えてきたわ」
そういってナターシャは、進行方向にある建物を指さす。そこには、草薙も遠目でしか見たことない建物が立っていた。
王都の中心に位置する巨大な建造物。アウステンバーグ城とそれに付随する王宮である。
城の正門に馬車は停められ、そこから草薙たちは城の謁見の間へと案内された。その謁見の間には多くの兵士が列を作り、草薙たちのことを出迎える。
ナターシャを先頭に、ミゲルたちは謁見の間の中心まで進み、そこで跪いた。草薙もわずかに遅れて、同じように跪く。
そこに、草薙から見て右の袖から、白いゆったりとした服装をした男性がやってくる。
「表を上げよ」
草薙たちの正面にある椅子へとやってきた男性が、草薙たちに声をかける。
「国王陛下、アキレサトス二世に敬礼!」
兵士たちの敬礼に合わせ、国王は椅子へと座る。草薙たちは兵士たちの敬礼に合わせ、顔を上げる。
「よくぞ無事にここまで来た。面倒をかける」
「いえ。国王陛下の命とあらば、王国のどこからでも馳せ参じる次第です」
「うむ。では本題に入ろう。単刀直入に言う。我の護衛をせよ」
その言葉を聞いた草薙は、思わず目の前がクラクラした。