「陛下、それはどういう意味でしょう?」
ナターシャは臆することなく聞く。
「そのままの意味だ」
「何か理由がありまして?」
「そうだな……。君たちには話してもいいだろう」
そういって侍従の一人が国王に羊皮紙を渡す。
「我の直属の情報機関で反王家派について調査したのだが、その中心にノーフォード公爵がいることが分かったのだ。先ほど彼は、王都に私兵を呼んだそうではないか。彼の目的は公的には来たる魔王襲来に備えて王都防衛を行うとしているが、その本心は我の暗殺もしくは排除だろう」
「つまり、ノーフォード公爵閣下に対抗するために、私たちのことを招集したと?」
「そうなる」
国王は羊皮紙を侍従に渡して、頭を抱えた。
「我もノーフォードのヤツには頭を悩ませていた。彼は我の指示に従わない節があったからな。よもや反王家派の中心人物だったとは……」
そういって溜息を一つ吐く。
「すぐにでも彼に対して私兵を撤退させるように指示するつもりだ。しかしそれでも、王都防衛という大義名分で彼は撤退はさせないだろう。そして何らかの理由をつけて我を排除する。おそらく、そういうシナリオが彼の中で完成しているのだろう。そこで、冒険者という第三の勢力からの助力を得て、これに対抗したい」
「しかし、なぜ私たちなのでしょう? 王都の冒険者ギルド本部なら、私たちより強い冒険者パーティがあるはずです」
ミゲルが国王に尋ねる。
「君たちは魔物の怪物化から、魔王の存在を知った冒険者だ。今回の事案にはうってつけの人材だろう」
「そうでしたか……」
「何、近衛師団と一緒に我の護衛をしてくれればよい。難しい話では無かろう?」
「はい。その通りでございます」
ミゲルは引き下がらざるを得なかった。
「そうだ。報酬の話をしていなかったな。この任務をやり遂げた暁には、二万セイルを支払おう。好きに山分けするがよい」
二万セイルというと日本円にして三百万円程度。とんでもない金額である。それだけ達成するのも難しいということである。
「では今より護衛任務を開始とする。頑張ってくれたまえ」
(なんだかとんでもないことになっちゃったぞ……)
草薙は脂汗がジワリと出るのを感じる。
早速草薙たちは国王の護衛を行う。国王は謁見の間から移動し、執務室に移動する。そこで、ノーフォード公爵に対する指示を含めた布令を発布する準備を進める。
草薙たちは近衛師団に混ざって、執務室に入室していた。執務室は意外と簡素な作りをしている。王宮にあるとは思えないような部屋だ。
(この場所に窓はあるが、高い位置にある。狙撃の類いで直接国王陛下を狙うのは困難……。ドアは二つあるものの、どちらも憲兵によって護衛されている。つまり、この部屋で国王陛下を暗殺することは、ほぼ不可能と言っても差支えない……)
部屋の中を見ながら、そのようなことを考える草薙。
その時、国王が声をかける。
「冒険者というものは楽しいかね?」
草薙は国王の方を見る。国王の視線は草薙に注がれていた。
「……あっ、自分ですか?」
「そうだ。君の活躍は耳にしている。A級冒険者に模擬戦で勝った一般人の話からずっとな」
「それは、ありがとうございます」
草薙は軽く頭を下げる。
「冒険者は、自分の相性と合っている感じがします。それに、同じパーティメンバーである皆とも協力し合えていて、すごく助かっていますし……」
「それは何よりだ。何も臆することはない。君は君なりの王道を貫けばよいのだから」
「はい」
そんな話をしていると、国王からの布令が完成する。
「では、直ちに発布します」
「よろしく頼む」
こうして、国王からの布令が王都中へと広まる。内容は次の通りだ。
『ノーフォード公爵カラム・ノーフォード卿の私兵により王都を防衛する話が存在するが、王都は大陸軍と憲兵が行うもののため、カラム・ノーフォード卿は私兵を直ちに撤退させることを望む。国王アキレサトス二世の名において、王都は絶対死守する』
このような布令が王都に広まる。が、それでも混乱は続いていた。
民衆は悪い方向に物事を考えがちである。そのため、国王の布令があっても民衆はその話を信じなかったのだ。
「これは面倒なことになったな」
翌日。国王直属の情報機関の諜報員から話を聞いた国王は、このように言葉を漏らす。今や国王の信頼よりも、ノーフォード公爵の信頼の方が大きくなっているからだ。
「我々としましては、大陸軍の兵士を動員してでも王都の防衛に力を入れていることを示す必要があると考えます」
「しかし、魔王の脅威が確認されたわけでも無かろう? それなら、通常の警備体制で問題ないのではないか?」
そんな話を諜報員としていた。草薙はそれを国王の後ろで眺める。
(国を治めるのも大変なんだなぁ……)
そんな呑気なことを考えていると、諜報員の上司が国王に提案する。
「ならばここは一つ、緊急事態宣言を発布なされるのはいかがでしょう?」
「緊急事態宣言とな?」
「現在、民衆がパニックになっている原因は、魔王復活の恐れです。先日もスタンピードがあったように、いつどこで何が発生するか分かりません。ならば、陛下の権限を最大限にまで引き出せる緊急事態宣言を発布なされたほうが、物事は簡単に進みます。なにより、カラム卿私兵の牽制にもなります」
「なるほど……」
上司の説得に、国王も納得する。しかし、それに諜報員が反対する。
「それは諸刃の剣と言うものです。大陸軍を動員するとなると、正当化できる理由がなければかえって民衆に不安を植え付けかねません」
「確かにそのような可能性はある。だがそれを喜ぶのはカラム卿だけだろう」
「しかし……」
「まぁよい。王というのは、時に民衆の敵になる必要がある」
国王は決断する。
「緊急事態を宣言するように進めよう」
王国の進退が問われる時だ。