「現在公爵軍は、近衛師団第一〇四連隊と第一〇五連隊及び子爵軍と交戦。状況は拮抗しているものの、我の軍勢で負傷者多数出ていると報告があります」
軍事担当の侍従がそのように報告する。
執務室で護衛されながら執務を行っている国王は、その報告を受けてすぐに指示を出す。
「南門にいる近衛師団第一〇二連隊を、西門の応援に出す。第一〇二連隊の穴は憲兵で埋めてくれ」
「はっ」
侍従は執務室のすぐ外で待っていた近衛師団の伝令に、国王からの下命を伝える。
「さて、後はどうなるかだな……」
国王は椅子に背中を預け、書類に目を落とす。
「ノーフォード公爵の悪事の全貌を解明するには至らないが、断片は少しずつ見えてきている。あとはなんとかして、決定的な証拠を掴みたい所だが……」
「現在諜報員が総力を挙げて捜査中ですが、まだ報告が上がってきていません」
国王の呟きに、侍従次長が答える。
「後は時間の問題だと思っていたが、ここで煙に巻かれると非常に厄介だ」
国王は少し考えた。
「もし我が彼と同じような立場にあったら、どのように行動するだろうか?」
「はぁ……? それならば、木箱などで陛下の身を隠し、荷物馬車に乗せて、人気のない場所から王都を脱出させますな」
侍従次長がそのように答える。それを聞いた国王は、顎に手をやる。
「やはり、このままではマズいか……。証拠が集まってから逮捕するのは、あまりにも時間がかかりすぎる」
そう判断した国王は、侍従次長に命令を下す。
「現在を以って、ノーフォード公爵カラム・ノーフォード卿を緊急指名手配とする! 緊急のため罪状は無し! 見つけ次第、直ちに王宮へと連行せよ!」
「はっ!」
侍従の一人が憲兵の詰所へ向かう。
現在は緊急事態宣言下であるため、国王の命令は憲法や法律よりも優先される。制限君主制の中でも、国王の権限が最大限に増大する数少ない場面である。
こうして、憲兵がノーフォード公爵の身柄を拘束する方向に動いていく。
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草薙とミーナ、そして王女は、無事に冒険者ギルド本部に到着し、王女の身柄を保護していた。
「この部屋は建物の中心近くにあるため窓がなく、比較的安全です。現在は頻繁に使う物置として使用していますので、埃などの心配はありません」
「ありがとうございます」
こうして草薙たちは休憩を取る。
「ここまで来れば、比較的安全なはず……」
「ありがとうございます。皆さんが身を呈してくれなければ、私は今頃殺されていたでしょう」
王女がそのように話す。
「その脅威からお守りするのが、我々の使命であり、国王陛下からの命令ですから」
真面目な表情で王女に話す草薙。しかし、その内心は少し焦っていた。
(ミゲルさんたち、大丈夫だろうか……。いくら優秀な冒険者と言えども、圧倒的な数の追手に勝てるだろうか……?)
そんなことを考えていると、部屋の扉が開く。そこには少しボロボロになったミゲルたちの姿があった。
「ミゲルさん!」
「いやぁ、なんとかなって良かった。あの数の人間を相手にしたのはいつ以来だっただろう?」
非常に呑気なことを言いながら、ミゲルは部屋に入る。
「ミゲルさんが無事で良かった」
「タケルも無事でなによりだ。だが、馬二頭と御者が犠牲になってしまった。残念なことだ……」
そういってミゲルは反省する。
「いえ。彼らは黒いローブの人々によって殺されたのです。あなたは何も悪くありませんよ」
そういって王女はミゲルのことを労う。
「ありがとうございます。王女殿下」
「それよりも今後のことを考えないといけません。この後はどうするつもりですか?」
王女はミゲルに尋ねる。
「と、言われましても、僕自身も考えあぐねているところでして……。残念ながら最適な答えは明示出来ません」
ミゲルは申し訳なさそうに言う。
「このまま緊急事態宣言が解除されるまで待つか?」
「そしたら何日かかるか分からないのです」
ジークの提案に、アリシアが否定する。緊急事態宣言がいつまで布告されているか分からない以上、冒険者ギルド本部に留まっていては危険が増大するだけである。
そんな時、部屋の扉がノックされて、外から声が聞こえてくる。
「『ヘイムダルの剣』様、いらっしゃいますか?」
「はい」
「少し失礼します」
扉が開くと、ギルド本部の職員が入ってくる。そのまま扉の前で話し始めた。
「先ほど武力省より連絡がありました。公爵軍と戦闘状態にある西門に、王都に在住する退役軍人を動員したとのことです」
「退役軍人を動員したのか? 僕たち冒険者ではなく?」
「はい。国王陛下がノーフォード公爵家当主を緊急指名手配したことによる影響です」
「アイツ指名手配されたのかよ」
「北門にて不審な荷物馬車があったため、検問を行った所、楽器ケースの木箱の中にノーフォード公爵家当主が潜んでいたとのことです。指名手配されていたのでその場で逮捕しました。また当主が逮捕されたので、公爵軍に対して停戦の呼びかけも行いました」
(なんかあっけなく終わってない?)
草薙は心の中で思うだけにした。