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第52話 一人目が来た

 ノーフォード公爵の首が吹き飛んで数秒。その場にいた全員は、一切動けなかった。


 事態の重大さに気が付いたミゲルが、真っ先に指示を出す。


「憲兵! すぐに牢屋の鍵を開けて蘇生を!」

「はっ、はい!」


 下士官の一人が鍵を持ってきて、すぐに牢屋の扉が開けられる。すぐに医者も来て脈を確認するものの、時すでに遅かったようだ。


「どうしてこんなことに……」


 アリシアは目の前で起きたことにショックを受けている。牢屋からノーフォード公爵の死体が運び出されるところだった。


「何か別の犯人がいるのかもしれない。だが、その犯人の見当が全くつかないな……」

「確かに。公爵という爵位に対して命令できるような人間なんて、数えるほどしかいないぜ」


 ミゲルの推測に、ジークが想像を展開する。


(ノーフォード公爵より爵位が高く、かつ命令ができる立場……か)


 草薙も考えてみる。そして一つ思い当たる存在がいることを思い出した。


「まさか、魔王?」


 その発言に、全員が草薙のことを見る。


「いやまさか。そんなことはあり得ないだろう」

「そ、そうなのです! 復活するかもしれないけど、それはまだ未来の話なのです!」

「タケルさんって結構突拍子のないこと言いますよねぇ」


 そういって小さな笑いが出た時だった。


『そうとも言い切れないんだよねー』


 どこからともなく声が聞こえる。


「な、なんだ今の声……?」

「幻聴じゃない……?」

『そう、幻聴ではないさ』


 すると牢屋の中に残っていたノーフォード公爵の血液が沸騰し、そこから発生した煙が空中で一つにまとまっていく。そしてそれはヒト型へと変化していった。しかし、実際の人とは違い、角が生えていたり爪が異常に伸びていたりしているようだ。


『僕は魔王配下の四天王が一人、獄炎のヒラエルだよ。君たちは初めましてかなー?』

「魔王配下の四天王……!?」

「そんな馬鹿な……! 魔王とその四天王は共に滅びたはず……!」

『そう、僕たちは一度滅んだ。しかし、魔王様は永い時を経て復活なされようとしている! 僕たちは魔王様に先んじて復活し、この世界をよりよいものにするために活動しているんだ。今回のコイツの騒動も、僕が起こしたことさ』

「訳の分からないことを言うな……!」


 ミゲルは抜刀し、ヒラエルに向かって斬りかかる。


 しかしミゲルの攻撃は、ヒラエルには届かなかった。なぜなら、ヒラエルの体が煙のように透けたからだ。


『残念。今の僕はコイツの体液を使って、僕の魔力を送り込んで作った思念変動体だ。いくら攻撃しようとも、本体のある僕には届かない』

「クソッ……!」

『哀れだねー。人間というのは本当に哀れだ。定命の存在なのに、何をそんなに必死になっているんだい?』

「なんだと……? テメェもっかい言ってみろ!」


 あまりの傲慢さに、ジークもさすがにキレる。


『僕は事実を言ったまでさ。無限の命があればやりたいことやしたいことが、なんでもいくらでもできる。僕たちは無限の命を使って、人間全員を奴隷にすることだってできる。でもそれだけでは面白くない。だからこうやって遊んでいるのさ』


 鼻につく言い方である。ミゲルたちはヒラエルの言動を注視していたが、草薙だけは何かを考えていた。


『それじゃ、僕はそろそろ帰ろうかな。今日も楽しいことが出来たし』


 その時だった。草薙が急に動きだした。そのままヒラエルの首を掴もうとする草薙。


『なんだ人間? 僕に何か用でも?』


 ヒラエルは余裕ぶっこいていた。が、次の瞬間には草薙に首をがっしりと掴まれていた。


『え゙?』

「あ、いけるんだ」


 その場にいる草薙以外の人は、一体何が起きているのかさっぱり分からなかった。


『に、人間の分際で、四天王に楯突くとは……!』

「誰も軍門に下るとは言ってないじゃないですか」

『クソッ! こうなったら強制脱出して……』


 そういってヒラエルは身じろぎをするものの、何も変化しない。


『な、なぜだ!? なぜ本体に戻れない!?』

「あ、やっぱり? 今のあなたは魂そのものを掴まれているような状態だと思います」

『何……!?』

「あなたはさっき、自分で魔力を使って思念変動体を作ったって言ってましたよね? それはすなわち、魂そのものをこの煙のような体に移したも同然。自分のスキルには放出魔法スキルが存在します。それの応用で、魔力であなたの魂を掴んでいるってわけです」

『そ、そんな馬鹿な……! そんな知識、一体どこで……!』

「どこだっていいじゃないですか。それよりあなたは、この後自分の身に起こる出来事を心配したほうがいいですよ」

『は……?』


 ヒラエルは自分の状態を確認する。草薙に対して無防備な状態。一方草薙は右手が使える上に魔力で攻撃できる状態。何が起きるのか、ヒラエルでも理解できた。


『ま、まさか……、この僕を攻撃するっていうのかァ!?』


 草薙はニッコリと笑う。


「正解です」


 次の瞬間、草薙は生成した複数の魔力の拳を、ヒラエルへ浴びせ始めた。


「ウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラ!」

『アババババババババババッ!』


 数百回にも及ぶ一方的なパンチ攻撃は、ヒラエルの魂を消失させるのに十分だった。


 やがてヒラエルの煙状の体は蒸発し、キレイに消え去った。


「倒した……のか?」


 ミゲルが草薙に尋ねる。


「それは分かりません。もしかしたら魂が本体に戻って復活するかも……」

「とにかく、脅威が去ったのならいい……。ただ、国王陛下にどうやって説明するかが問題だが……」

「ちゃんと国王陛下に報告しないといけないと思いますわ」


 ナターシャの後押しもあり、草薙たちはこのことを国王に報告するのだった。

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