草薙の意識は、深い深い闇の底へと落ちていった。
(この感覚……。自分が自分じゃないような感じだ……)
まるで夢の中にいるような、非現実的で体の制御が効かないあの感覚である。
(このまま眠ったら、死んだことになるだろうか……)
そういって目を閉じる。
だが、そうはいかなかった。
『目を覚ませ』
突如、脳に直接語りかけてくるような声が頭の中で響く。それに驚いた草薙が目を覚ますと、そこは真っ白な部屋だった。草薙はその部屋の床に倒れていたようだ。
そしてそこには、草薙以外に二人の人型実体がいた。一人は人間そのもので、もう一人は人の形を保った霊のようなものだ。
「ここは……? あなた方は……?」
『焦ることはない。まずは我々の自己紹介をしよう』
そういって人型実体が話す。いや、脳内に響く感じだ。
『こっちにいる君にそっくりな生命体。彼はボブという名前だ』
『どうも、僕がボブです』
そういってボブは気さくな挨拶をする。
『そして私だが、名前はない。都合上神を自称している』
自称神はそのように自己紹介する。
「ボブに、神……」
『そして君の疑問の一つ。ここはどこという話だが、他でもない天の川銀河だ』
「天の川銀河……!? それって地球が存在する……?」
『そう。君の故郷がある銀河系だよ、草薙武尊君』
「どうして自分の名前を……」
『簡単な話だ。無作為に君を選んで、あの異世界に飛ばしたというわけだ』
「ということは、異世界に飛ばしたのは神がやったことなんですか……?」
『いいや、それは僕がやった』
ボブが間に割って入る。
『というのも、あの異世界を作ったのは僕なんだ』
「え? 作った?」
『そう。話が逸れるが、君はカルダシェフスケールというものを知っているかい?』
「えぇ、まぁ」
『僕はカルダシェフスケールで言うところのタイプⅤ、マルチバース文明の技術力を持つ地球人だ』
「地球人……?」
『そう。草薙武尊君から見たら、ここは遥か未来の天の川銀河で、僕は地球人の子孫ってわけ』
「そんな……、そんなことがあり得るのか……?」
『まぁ、僕からしたら常識の範疇だけど、草薙武尊君から見たらあり得ないことが起きているだろう。混乱するのは分かる』
ボブはそういって草薙の肩を叩く。
「……待てよ。じゃあそっちにいる神って……」
『察したか。私はカルダシェフスケールタイプⅦ、創造主文明の者だ。今はこうしてタイプⅣ以上の文明に創世技術を教えている』
『彼は僕の師匠だよ』
神とボブはそのように言う。
その言葉に、草薙はグツグツとあることも思い出していた。
「それじゃあ、あの異世界に飛ばした元凶は神ってことですか……!」
草薙は怒りに打ち震えていた。
『そういうことになるな。その点は申し訳なかったと思っている』
「いや、一発殴らないと気が済まないですよ……!」
『そのお詫びとしてはなんだが、君にある力を付与したいと思う』
「力……?」
『実のところ、自害阻害の呪いとプロパティが同時に発動し、「死ねない」と「死ぬ」の二つが作用し合って値がオーバーフローした結果、君はここに来た。そのお詫びも兼ねて力を与えようと思う』
ここまで言われてしまい、草薙は一旦振り上げた拳を下ろさざるを得なかった。
「……それで、どういう力なんですか?」
『一言で言うなら、奇跡そのものだ。君は現在、魔王と戦っているだろう?』
「そうですね」
『その魔王を一瞬で消し去り、死んだ仲間の命を助けることが出来る。そういう力だ』
そういって神は、手のひらから小さな光り輝く何かを生み出す。その光は神の手から離れ、草薙の胸辺りから体に吸収される。
『これで君は神に等しい力を手に入れた。だがこれはあまりにも強大な力だ。なので制限をかけさせてもらう。君がこの力は不要になったと判断したら、その瞬間消滅する』
「じゃあ、ずっと使うことも出来る、と?」
『そういうことも出来るが、あまりにも酷い場合はこちらから削除する』
「でも、そうはならないでしょうね」
そういって草薙は一つ息を吐く。
「もし、あの異世界に戻らないって言ったら、どうなりますか?」
『その時は強制転移だよ。君は僕の作った実験世界の被験者第一号なんだから』
ボブは少し興奮して言う。
「ま、別に戻りますけど。自分だって後味悪いですから」
『うんうん。その心意気だよ』
『では転移させる。またどこかで会おう、草薙武尊よ』
神はそう言って手を振る。そして草薙の意識は暗い深い闇に落ちた。
次に意識が目覚めた時には、草薙は魔王の足元にいた。魔王の右手は消滅しているようで、左手で血が噴きだすのを抑えていた。
『き、貴様……! 一体何者だ……!?』
魔王が後ずさりしているのを見て、草薙は自分の状態を確認する。体全体が淡く光っていた。体の奥から力が沸き上がり、万能感で満ち満ちていた。
「そうだな……。俺は草薙武尊。この世界の創造主にお会いした男だ」
そういって草薙はミゲル、ジーク、アリシアの方に手をかざす。すると彼らの周りに光が集まり、完治不能なレベルの傷すら治していく。
「ぐ……、俺は一体……」
「僕は確か、血を吐いて……」
「私も、死んだような……」
それを見た草薙は、さらに力を行使する。彼らの記憶と感情を少し操作して、死んだ時の不和が生じないようにした。
『こ、この人間風情がぁ!』
魔王は剣を出現させ、草薙に向かって振りかざす。しかし、その攻撃は草薙に命中しなかった。
魔王の剣が空中で止まったからだ。それどころか、魔王自体の体も止まっている。
『ぐぅ……、この……!』
そんな魔王の前で草薙はフワリと宙に浮かび上がり、右手を前に出す。
「浄化スキルレベルマックス」
そういって草薙はフィンガースナップをする。
その瞬間、魔王の身体全部が霧散し、塵へと化した。断末魔すら聞こえずに、魔王は消失したのだ。
その様子を「ヘイムダルの剣」は後ろから、ただ呆然と見ていた。