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第9章: 拒絶

何が公平であるかを決めるのは誰ですか?


何を恐れるべきか、そして何にチャンスを与えるべきかを誰が決めるのでしょうか?




太古の昔から、神々はバランスの守護者であると信じ、上から世界を裁いてきました。


しかし、彼らの間にも、大理石のひび割れのように疑念が忍び寄るのです。


混沌が人間の形をとったら何が起こるでしょうか?




世界が止まる時がある。戦争の轟音のためではなく、


しかし、選択の重みによって。


剣がぶつかり合う音も、巨大な力が轟く音もない。


しかし、すべての言葉、すべての投票、すべての沈黙…


運命を変える力を持っている。




この章は強さについてではなく、視線についてです。


権力者がまだ価値を証明していない人々に投げかける視線から。


誰かが破滅するか、受け入れられるかを決める種類のもの。




なぜなら、権力や血統を超えて、人を本当に定義するものは何か...


それは、誰もが彼に背を向けたときに彼が決意したことだ。




そして今日、その視線の中心には、ひとつの名前があります。


エデンヨミ。


—————————————————————————————————————————————————————————


部屋の中は、かすかな光に包まれていた。


中央には、黒く脈打つ心臓のような球体が浮かんでいる。


その中に閉じ込められていたのは――エデン。


不規則に波打つエネルギーが、空気を震わせていた。




球体の周囲では、神々が沈黙のまま佇んでいた。


その静けさを破ったのは、怒気を孕んだゼウスの咆哮だった。




「……一体何を考えて、あの少年をここに連れてきた!?」




シュンは瞬きひとつせず、答える。


「面白かっただろう?」




「……面白い、だと……?」




ゼウスの声には、軽蔑が滲んでいた。




「お前は今、最も古い禁を破ったのだぞ。


候補者に“悪魔”を混ぜることは――禁じられている」




「やめてくれよ、じいさん。そんな偽善は似合わない。


そのルール……破ったのは俺が初めてじゃないはずだ。


違うのは……俺に“後ろ盾”がないってことだけだ」




「それはお前には関係のないことだ」




ズズッ……!




見えない圧力が空間を満たす。


シュンの身体から、無言のまま放たれたオーラが波紋のように広がる。


床が軋み、壁がわずかに震えた。




「……本当に、そうか?」




ヘラクレスが拳を握る。


一歩、前へ。




「やめろ。今すぐその力を引っ込め」




「お前みたいな雑魚に、何ができる?」




その一言は――刃だった。




ヘラクレスが今にも飛びかかろうとした、その瞬間。




「――やめておけ」




低く、冷静な声が飛ぶ。




「今度はお前が味方かよ?」




「違う、馬鹿。


……お前を“確実に死なせないため”に止めてるんだ」




その言葉に、シュンの口元がわずかに緩んだ。




「いい判断だ」




ゼウスは一歩も動かなかった。


だが、その存在感は、まるで山のようにその場を支配していた。




「――オリュンポス神評議会にて、処遇を決める。


それまでの間、そいつの制御を失わないようにしておけ」




「了解。ゼウス様」




ゼウスは背を向けて歩き出す。


ヘルメスが静かに後を追った。




だが、アフロディーテだけは、その場を離れなかった。




「……私は残るわ」




「なぜだ?」




「……もしもの時、彼の傷を癒せるのは、今この場では私だけよ」




「だが……我々は“十二柱”だ。お前も必要だ」




「私の票はもう投じたわ。


――あの少年に、ね」




空気がざわめく。


だが、誰一人として異を唱えなかった。




アフロディーテは静かに、球体に近づく。




「……今日、私は奇跡を見たわ。


恐れでも、怒りでもなく――“敬意”によって立ち上がった神々を。


もしかしたら……あの子こそが、“GODSの歴史”を塗り替える存在かもしれない」




腕を組んだままのシュンが、静かに息を吐く。




「信じてくれ。あいつは――特別だ」




ゼウスは、振り返ることなく頷いた。




「……ヘラクレス。見張っていろ」




「了解した」




神々が一人、また一人とその場を去っていく。




だが――その場には、確かに残っていた。


誰もが口に出せない、拭えぬ“不安”という影が。




そしてその中心――


沈黙のまま脈打つ球体。




まだ、誰の声も届かない者が……


その中で、静かに――息づいていた。




廊下に響いていた足音の残響は、次第に遠ざかっていった。


だが、空気に漂う緊張は――まだ消えていなかった。




別の部屋では、雰囲気が少し違っていた。


より若々しく、人間らしく……


だが、それでもなお、重苦しさは変わらなかった。




互いの視線が交差するたびに、どこか気まずい空気が漂った。


誰も、最初の一言を発することができない。




その沈黙を破ったのは、ユキだった。




「……一体、何だったの?」




鋭く、はっきりとした声。


シュウが顔を上げ、無関心を装って答える。




「何のことだ?」




「アリーナの中よ。あの時感じたオーラ……あなたのものじゃなかった」




その否定は素早かった。だが――明らかに、浅かった。




「……何の話だ? 俺がエデンと戦ってたんだぞ」




「違う。あそこで戦っていたのは……あなたじゃない」




その口調には、責める響きはなかった。


ただ、確かな事実を“伝える”声だった。




ナズも、落ち着いた様子で頷く。




「彼女の言う通り。


私があそこで見たオーラと、今ここで感じるあなたの気配――まったくの別物よ」




シュウの喉がごくりと鳴る。


一瞬、何かを言いかけたが……沈黙が勝った。




そのとき――




ドガアアアアアン!!




何の前触れもなく、壁が吹き飛んだ。


爆音と共に、瓦礫が四散し、何かが部屋を横切った。




ズドォン――!




その“何か”は反対側の壁に激突し、そこにめり込む。


――それは、ヘラクレスだった。




三人は即座に立ち上がる。


目を見開き、信じられないものを見るような表情。




「な……何が起きた……!?」




答えは、言葉ではなく――姿だった。




埃が舞う中、誰かがゆっくりと歩いてくる。




衣服は、着ていなかった。


だが、体から噴き出すように溢れていた黒いエネルギーが、


靄のように彼を包み、まるで“装甲”のような形を取っていた。




それは防具ではない。


叫びだ。


存在そのものの“叫び”。




ナズとユキの頬が、思わず染まる。


視線を逸らした。




だが、シュウは――動けなかった。




恥じらいではない。


純然たる――衝撃。




目の前に現れた存在は、明らかに“エデン”だった。


だが、それは“彼そのもの”ではなかった。




その足取りに、迷いはなかった。


震えることも、言葉を発することもない。




ただ――進む。




その瞬間。


空気は、今までで最も重くなった気がした。




喧騒と驚きから離れた、聖なる大理石の間。


そこでは、どんな技よりも――言葉が強い“武器”だった。




十二の玉座が、完璧な円を描くように配置されている。


そのうちの一つ――ポセイドンの席だけが、空のままだった。




他の椅子はすでに埋まっていた。


オリュンポスの神々が、珍しく一堂に会したこの場で――




ゼウスは中央に立っていた。


手を背に組み、静かながらも張り詰めた声で語り始める。




「急な招集にも関わらず、集まってくれて感謝する。


本日決めねばならぬことは……軽々しいものではない」




神々は静かに耳を傾けていた。


ただ一人、アポロンだけが苛立ちを隠さず、鼻を鳴らす。




「それで、あのポセイドンの馬鹿はどうした?」




ゼウスは冷たい声音で返す。


「所用があるとのことだ。今回は不在だ」




アテナは変わらぬ優雅さで脚を組む。


「全員を呼んだということは……それ相応の理由があるのでしょうね、父上」




「当然だ」


ゼウスはうなずく。


「対象は一人の少年。――エデン・ヨミ。試練に参加中であり、シュンの弟子でもある」




その名を聞いた瞬間、空気に微かな緊張が走った。




「彼は、戦闘中に“悪魔の力”を解放した」




沈黙が、重く、長く続いた。




アポロンが即座に立ち上がる。




「だったら、議論の余地などない。お前が何をすべきかは分かっているだろう」




ゼウスはすぐには返さなかった。


その視線は、どこか遠く――天井の向こうを見ているようだった。




「……それでも、私はまだ迷っている」




「……その力が気になるのか?」


ディオニュソスがにやりと笑って尋ねる。




ゼウスは、迷いなく頷いた。




「そうだ。気になる。


なぜなら……気が付けば、私はあの少年に拍手を送っていた。


そして、それは私だけではなかった。


あの場にいた者――全員がそうだった」




その告白に、場が静まり返る。




「特別な存在か……」


ディオニュソスが興味深げに呟く。


「会ってみたくなってきたな」




「特別でも、関係ない」


アポロンの声は冷たく響く。


「我々はGODSを守らねばならない。それが“義務”だ」




「……いつからそんな堅物になったんだ、お前」


ディオニュソスが小さく笑う。




「俺は真面目なだけだ」




「それを“退屈”って言うんだよ」




その一言に、視線がぶつかる。


空気がざらつき始め、ヘパイストスが場を和ませようとしたが――




ズンッ!




言い合いはすぐに小突き合いに、


そして小突き合いは殴り合いへと変わった。




アテナは席から動かず、ため息をつく。




「……猿どもね」




バチィィィィン――!!




乾いた雷鳴が鳴り響く。


ゼウスの杖が床を打ち、稲妻が部屋の中心を貫いた。




誰もがその場で凍りつく。




「――終わりだ。これ以上は不要。


ここにいる全員、投票で決める。


……少年にどう対応するかをな」




静かに――だが確実に、決定は進んでいく。




「反対だ」


アポロンは即答。




「反対」


アテナも同調する。




「賛成だ」


アレスは肩をすくめながら。




「賛成」


アルテミスはそっと呟く。




「興味ないわ」


デメテルはそう言ったが――投票は“反対”として記録された。




「賛成」


ディオニュソスは、いつものようにいたずらっぽく笑いながら。




「反対だ」


ヘラは迷いなく言い放つ。




「……賛成」


ヘルメスは長い沈黙の末に、静かに頷いた。




「俺も賛成だ」


ヘパイストスが口を開く。


「……たとえお前に背くことになってもな、親父」




「アフロディーテの票は、先ほど私が預かった。


……少年に“賛成”だ」




――賛成五票。


――反対五票。




全員の視線が、ただ一人へと集まる。




ゼウス。


ただ一人、まだ決断していない者。




アレスだけが、ふっと笑みを浮かべる。




「責任は、お前にあるみたいだな、じいさん」




ゼウスは目を閉じた。


深く息を吸い――




――その瞬間。




ガァァン――!!




石の壁が爆音とともに砕け散った。




立ち上る粉塵の中、ただ一人――立っていた。




エデン。




静寂。




誰もが言葉を失い、息を呑む。




最初に反応したのはアポロンだった。


怒気に満ちた声で叫ぶ。




「……無礼者!! ここがどこだと思ってる!?」




「……これは予想外だな」


ディオニュソスが笑う。


「なあ、俺に彼と戦わせてくれよ?」




だが、エデンは動じなかった。




深々と頭を下げ、はっきりとした声で言った。




「――どうか、GODSへの入学をお許しください!!」




アポロンが再び口を開こうとした時、


ゼウスが手を上げて制止する。




「……なぜ、我々がそんな“リスク”を負う必要がある?」




「……まだ、あなた方の世界を理解しているとは言えません。


でも、僕にできることは全て尽くします。


それでもダメなら……罰は、全て受け入れます」




「分かっているのか?」


ゼウスが静かに問いかける。




「お前は――“悪魔に取り憑かれた”のだ。


この世界では、それは“死刑”に値する」




「……それでも、構いません」




沈黙。


そのあと――笑い声。


ゆっくりと、拍手。




気づけばそこに――シュンがいた。




いつものように、誰にも気づかれず。




「感動的じゃないか、なあ?ゼウス」




ヘルメスの顔が青ざめる。




「……いつ入ってきた……?」




「で?決めたか?」




シュンが笑顔のまま問う。




ゼウスは答えなかった。


しばし目を伏せ、そして小さく頷く。




「……まだ決めかねている。時間が必要だ」




「焦らすなよ、じいさん」




「全神を集めてやったんだ。感謝しろ」




「そりゃそうだな。……連れて帰るぞ。訓練が必要だ」




シュンがエデンの肩を軽く叩く。




神々の目の前で、少年は静かに頷いた。




そして、彼らはその場を去った。




残されたオリュンポスの空気は――なお、重く。


ゼウスはその背を見送りながら、呟いた。




「……本当に、あいつに似てきたな……」




アポロンが腕を組み、不満げに言う。




「……甘いな、お前は」




「ルールを破ることが、いつも悪とは限らん」


ゼウスは静かに微笑んだ。




「時にそれは――唯一の“正しさ”となる」




風が、山々を駆け抜けていた。


都市を囲むように連なる峰々の上――


その頂から見下ろすと、GODS学院の灯りはまるで豆粒のように、小さく、遠く、現実味さえなかった。




エデンは深く息を吸った。


冷たい空気が喉を焼く。




隣には、シュンがいた。


腕を組み、無言のまま、景色をじっと見つめている。


まるで、この風景を心に刻もうとしているかのように。




「……なんで、ここに?」




その声には、今日という一日を背負った“重さ”が残っていた。




シュンはすぐには答えなかった。


ゆっくりと、言葉を選ぶように口を開く。




「忘れたのか? ……さっき、結構派手に暴れてくれただろ。


人目を避けるには、ここがちょうどいい。


それに……お前と話したかった」




エデンが横を向く。




「……話? 何の?」




シュンは視線をそらさず、微かに笑った。


それは、いつもの傲慢な笑みではなかった。


どこか――寂しげな笑み。




「……明日の朝、街を離れる」




再び、沈黙が二人を包む。




風だけが、その隙間を吹き抜けていく。




「……そんなに早く……? もし……もし俺が受け入れられなかったら?」




「受かるさ」




迷いなく、シュンは答える。




「……あの頑固ジジイ、ゼウスでさえな。


お前のあの“騒ぎ”の後だ。説得されたに違いない。


それに……俺、もう数ヶ月も職場サボってるんだ。


さすがに上司が俺を殺しに来る頃だろ」




エデンはぎこちなく笑った。




「……じゃあ、これで終わりか」




シュンは首を横に振る。




「違うさ。


これは“さよなら”じゃない。……“またな”ってやつだ」




「……また?」




「……どこかで、また会う。


その時まで、俺は影から見守ってる。……いつでも、お前の背中は俺が守る」




風が吹き抜ける中、エデンは目を伏せる。


髪が揺れた。




「……ありがとう。ピンク野郎」




「礼なんていらないさ」


シュンは笑う。


「……結局、俺も“自分のため”にやってることだからな」




「またそれ言う……」


エデンは笑う。


「じゃあさ、いつになったら“自分の目的”ってやつを教えてくれるんだよ?」




シュンが静かに向き直る。




「……この宇宙で、最も強い戦士の誕生を見届けること」




「……俺のことだとでも?」




「信じてるとかじゃない」


シュンの声は、強く、まっすぐだった。


「……分かるんだ。理由なんて知らない。ただ、そう“感じる”んだよ」




「……未来が見えるわけじゃないよな?」




「……見えたら、つまらないだろ」




二人は笑った。


疲れを含んだ、小さな、けれど確かな笑い。




「……いつか、お前と戦ってみたいな」


シュンは遠くを見ながら言った。




「……俺も、倒したいと思ってる」




視線が交わる。


言葉はなかった。


だが――自然に、手が伸びる。




しっかりと、力強く、まるで兄弟のように――握手を交わす。




「……俺、もっと強くなる」


エデンは、遠くの地平を見つめながら言った。


「……じいちゃんを連れ去った奴ら。絶対に見つけて、倒してやる」




「……そいつら、俺が先に捕まえてやるかもな」




ふと、彼らのオーラが自然に広がった。


対立もなく、ぶつかることもなく――ただ、共鳴するように。




その一瞬、宇宙が認めたかのようだった。




この二人の道は、何度でも――交差する運命にある、と。

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