時々、重要なのは自分がどれだけ強いと思っているかではなく、自分の強さが他人にとってどれだけ目に見えないかということです。
神々の世界は、潜在能力が示されなければ価値がなく、実力よりも階級制度が重視される非情な世界です。何度戦っても、何度立ち上がっても…成長を認める目がなければ、あなたは弱い者として見られ続けるでしょう。
しかし、最後の者、拒絶された者、忘れられた者が置かれるまさにその片隅でこそ、真の変化が生まれることが多いのです。
GODS の生徒たちがついに最初の公式判定を受ける。彼らの言葉や理想ではなく、戦いで彼らが貢献したことにより。その認知を喜ぶ者もいれば、残酷な真実に目覚める者もいる。
この場所では、それらはまだ何の意味も持ちません。
そして、最後の段階に立っていることを知った瞬間、魂は自らを揺さぶり、ついに上昇することを決意するのです。
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朝陽がまだ地平線に顔を出したばかりの頃。
その静寂を破ったのは――空中に浮かぶ、小さなホログラムから発せられた声だった。
「全学生へ通達。至急、第一講堂へ集合せよ」
青白く点滅した映像が、すっと消える。
「……マジかよ。まだ訓練終わって一日も経ってねえのに……」
疲れたため息が部屋に落ちる。
講堂への道のりは、いつもより長く、重たく感じた。
壁という壁が、自分を見下ろし、沈黙のまま裁いているかのようだった。
辿り着くと、すでに全員が揃っていた。
見知った顔。
無関心な者。
敵意を隠そうともしない者たち。
教壇の前には、ひとりの人物が佇んでいた。
その存在だけで空気が変わる――気品と威厳をまとった姿。
「来てくれて嬉しいわ。
本日、皆さんには最初の“公式ランク”が与えられます。
これより、各自にランクカードを配布します」
ざわ……と、軽いざわめきが教室を走る。
誰もが、それが何を意味するのか知っていた。
――GODSにおいて、ランクは“全て”だ。
「ご存じの通り――」
彼女は続ける。
「この学院では、“神の候補”たちを“金・銀・銅”の三段階で評価します。
この判定は“潜在能力”ではなく、“実績”に基づくものです。
禅華エネルギー、身体能力、持久力、速度、技術、そして総合的な成果。
――ここでは、可能性ではなく、結果だけが価値を持つのです」
空気が張りつめる。
「それでは、上位から発表していきます」
名前が呼ばれる。
その最初の一人に、誰もが納得していた。
「――金ランク第10位、ヨウヘイ・アクティナ」
彼は、無駄な動きひとつなく立ち上がり、
当然のごとく前に進む。
カードを受け取っても、誰にも視線を向けなかった。
「――金ランク第15位、ゼフ・ミズシマ」
深い沈黙。
彼もまた、表情を崩さぬまま前へ出る。
まるでその数字自体に意味がないかのように。
「――金ランク最後、第20位、ロワ・マッチ」
驚きが走った。
誰もが彼女の名を予想していなかった。
だが、彼女は堂々と歩き出す。
笑顔も、誇りもなく――ただ、静かに、確かに。
そこから、じわじわと不穏な空気が広がっていく。
誰かが待ち望んでいた名前が――呼ばれない。
「――銀ランク第5位、シュウ・サジェス」
微かなざわめき。
そして、それ以上に静かに下を向いたシュウの姿。
何も言わず、ただ……拳を握り、席へ戻る。
ひとり、またひとり。
銅、銀。
ランクと番号が続いていく。
名が呼ばれるたび、空気が冷えていった。
そして――最後の名が読み上げられる。
「――エデン・ヨミ。銅ランク。第45位」
時が止まったかのようだった。
――45位。
――最下位。
空気が、ほんの一瞬だけ、濃くなる。
その時――彼女の声が、少しだけ柔らかくなった。
「……君には、ひとつだけ伝えておく」
「君の持つ可能性に、誰も異論はない。
だが、今の君は“その力を制御できていない”。
制御できない力に、価値はない。
だからこそ、君は“最下位”なの」
エデンは、何も言わなかった。
ただ、脳裏に浮かぶ言葉が、霧のように散っていく。
(……最下位、か)
だが――
声の調子が変わった。
今度は、真っ直ぐで、迷いがなかった。
「――変えたいのなら、“強く”なれ。
自分の力を証明しなさい。
その時こそ、上を目指せる」
重苦しい沈黙が、わずかに解けた。
「最後に一言だけ――」
その声は教室全体を貫いた。
「――私は今年、誰にも負けるつもりはない。
だから、君たちも全力で挑んでこい」
「――はいっ!!」
教室が一斉に応えた。
誰かは拳を握りしめ、
誰かは黙って俯く。
だが、どの心にも――火が灯っていた。
GODSという場所では、ランクがすべてを語る。
だが、それは“今の立ち位置”を示すだけではない。
――どれだけその場所から抜け出したいのか。
その覚悟までも、浮き彫りにするのだった。
教室には、さっきまでの熱気が嘘のように静けさが戻っていた。
だが、その中で――ひとりだけ、心を休められずにいた。
――四十五。
その数字が、壊れた鐘のように、何度も頭の中を鳴り響かせていた。
最下位。
一番下。
他の生徒たちは、それぞれの想いを胸に、談笑していた。
満足そうな者、悔しげな者。
誇らしげに目を合わせる者もいれば、陰でこそこそ囁く者もいた。
その喧騒の中で、彼だけは――微動だにせず、まるでまだ現実を受け入れられずにいるかのようだった。
ポケットの中で、折りたたまれた一通の手紙が存在を主張する。
指先が震えるように、その紙を引き抜いた。
――「GODSに入って、一週間が経った……」
文字は自分のものだった。
だが、文章はまるで“誰かに”ではなく、“自分自身”への呼びかけのようだった。
エデンは、迷わぬよう、初心を忘れぬようにと、
時々こうして手紙を書くようにしていた。
――「最初は不安だった。けれど、仲間たちの力を見たとき、迷いは消えた」
それは、単なる技やエネルギーの話ではなかった。
決意。本能。欲望。
――神の玉座ではなく、“居場所”を求める瞳。
そして――思い出す。
二日前の戦い。
あの者と向き合った日。
ゼウスの息子と――ぶつかった瞬間。
力の差は、誰の目にも明らかだった。
勝つ見込みなど、どこにもなかった。
だが――それでも彼にとっては、意味のある戦いだった。
最初の一撃。
突き刺さるような速さ。
腹にめり込む衝撃。
宙を舞い、円の外へと放り出される瞬間。
だが、立ち上がった。
勝ち目がないと分かっていても。
「……まだ始まったばかりだ」
その言葉は、嘘じゃなかった。
即興の作戦。
無謀な一手。
足を狙ったその一瞬。
――“神の子”が、初めてバランスを崩したその瞬間。
一息。
一歩。
中断された一撃。
勝ちはしなかった。
だが、それ以上の何かを――掴んだ。
相手の中に、疑念を植えつけた。
その“確かさ”は、敗北よりも重かった。
教室に戻った今――
手紙を握る手に、力が入る。
皆が知っている。
地に倒れたのは、彼。
だが――
その場を制したのも、彼だった。
“尊敬”は与えられるものじゃない。
――拳で、勝ち取るものだ。
手紙の最後には、こう綴られていた。
「ここにいる者たちは、誰もが驚くほど強くて、魅力的だ。
……本当なら、もっとこの神の世界を知りたい。
だけど、今のオレには――そんな時間はない。
あいつを見つけなきゃならない。
どこにいようと……必ず、連れ戻す。
――エデン」
しばしの沈黙。
そして――深い、ひとつの呼吸。
どの位置から始めようと、何人が前にいようと――
たったひとつ、確かなことがあった。
――この数字が、オレを決めるわけじゃない。
教室の灯りが、一つ、また一つと消えていく。
最後の忠告が響いたあと――そこには、短くも重い沈黙が残された。
数人は自信に満ちた足取りで教室を後にし、
また別の者たちは小声で囁き合いながら、誰が今どの位置にいるのかを探る。
“ランク”という見えない王冠を背負いながら。
彼は――最後まで席に残っていた。
教室の階段を降りるその足音は、ひとつひとつがやけに大きく響いた。
外に出ると、空気は思った以上に冷たかった。
……緊張のせいかもしれない。
あるいは、久しぶりに“自分が小さく感じた”からかもしれない。
だが、胸にあったのは“悲しみ”ではなかった。
それは、奇妙な感覚だった。
――悔しさ。
――誇り。
――飢え。
まるで、戦いを終えたばかりの空腹――
けれど欲するのは“食事”ではなく、“さらなる闘争”。
「……で、どうだった?」
柱にもたれていた声が、闇の中から姿を現す。
――乱れた髪。
――いたずらな笑み。
どこかすべてを見透かすような視線。
そこに立っていたのは、あの男だった。
まるで“彼が最後に出てくる”ことを知っていたかのように。
「……見てたぞ」
返事を待たずに続ける。
「カードを受け取ったときのあの手の震え……ちゃんと見てた」
返事はなかった。
ただ、まっすぐな視線を返す。
「……悔しかったか?」
「……少しだけ」
「諦める気か?」
「……絶対に、ない」
その一言に、男の笑みが深くなる。
まるで、その答えだけを待っていたかのように。
「……いい子だ」
ふたりは、寮とは反対方向へと歩き出す。
足元の灯りは弱く、道は長かったが――言葉はいらなかった。
目的は、ただ一つ。
――前へ、進むこと。
「なあ、お前。オレがGODSに入った最初の日のランク、知ってるか?」
途中で男が立ち止まる。
その問いに、驚いた顔が答えの代わりとなった。
「……銅ランクの三十九位。
かなり下の方だった。
みんな、笑ってたよ。
――オレがその笑いを“消す”まではな」
「……今は?」
「今は――“誰にチャンスを与えるか”を決める側になった」
再び訪れる沈黙。
だが、それはもう気まずさではなかった。
そこにあったのは――重みと、意味。
「……他人に言われなくても分かってるだろ?」
「お前がどれだけの価値を持ってるか。
でも、それを証明するには――
ヤツら全員に飲み込ませるしかない。
言葉も、数字も、軽蔑の視線も――全部な」
校舎の影が、ゆっくりと二人の前に伸びていく。
「……オレの目には、お前がどう映ってると思う?」
問いに、彼は目を細めた。
「――“戦士”だ。
まだ自分自身の姿に気づいてないだけ。
でも、それに気づいたとき……お前は全てを薙ぎ払う存在になる」
間を置いて、彼が尋ね返す。
「……じゃあ、あんたは?
自分を見て、何が見える?」
しばらく、答えはなかった。
だが――たった一言で、すべてを語った。
「……オレ自身もまだ理解していない、“何か”の始まりだよ」
やわらかな風が、エデンの頬を撫でた。
時間が、ふと止まったような感覚。
その男は、影に包まれながらも、不思議なほど静かに、そして安らかに彼を見つめていた。
「お前の目は、すべてを失った者の目をしている。
……だが同時に、すべてを取り戻す意思を宿した者の目でもある」
エデンは返さなかった。
ただ、呼吸を整えながら、胸の奥で鳴る感情の残響を感じていた。
男は、数歩下がる。
もう語ることはないというように。
だが、立ち去る前に――ほんの少しだけ顔を向けた。
唇には、またあの笑みが浮かぶ。
「……歩き続けろ、少年。
お前の“信念”がもっと強くなったとき――また会おう」
そう言い残し、その姿は――風に溶けるように、ゆっくりと消えていった。
エデンは瞬きをする。
気がつけば、また学院の一角に立っていた。
空には、雲の隙間から陽光が差し込んでいる。
すべてが、いつも通りに戻ったかのように。
――ただひとつを除いて。
胸の中に残る、奇妙な温もりだけが、確かに“何か”が起きたことを告げていた。
「……あの人、誰だったんだろう」
それは、夢だったのか。
それとも――人生で最も“リアル”な邂逅だったのか。
答えが訪れることはなかった。
だが、エデンの中では確信があった。
あの出会いは、終わりじゃない。
――始まりだった。