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第17章: 開会式

戦争の始まりは叫び声や爆発音で告げられないこともあります。時には、金色のローブをまとい、旗をなびかせ、儀礼に満ちた言葉を掲げて到着することもある。神々の世界は人間の世界とそれほど違いはありません。両者とも祝福で傷を隠し、大げさな演説で恐怖を覆い隠します。


開会式は単なる象徴的な行為ではなかった。それは演出されたショーでした。徐々に崩壊していく世界に対する、力、秩序、そして団結のデモンストレーション。


アスガルドは古代の壮麗さで輝き、まるで未来が危うくないかのように装飾されていた。古代の彫像は、その無表情な永遠性で壮大な宮殿のホールを守っており、世界中から来た客たちは偽りの静けさの中で座っていました。しかし賢者の目には、そして最も深い沈黙の中には、金も霜も隠し切れない緊張が存在していた。


ショーが始まった。しかし、それは単なるトーナメントではありませんでした。それは声明でした。信仰、復讐、そして生き残り。


そして、その場にいた人々の中には、真実を知っている者もいた。最大の危険は戦いそのものではなく、その背後で起こっていることなのだ、と。


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朝の空は、不気味なほどに澄み渡っていた。


だが、心のどこかで、皆が感じていた。


――今日は何かが始まる、と。




何の前触れもなく現れたのは、光の門番・ヘイムダルだった。


その佇まいは、まるで運命そのものが具現化したような重みを纏っていた。




「万物の父が、そなたらを大神殿に招いておられる」


声は低く、返事など求めていなかった。




一瞬のきらめきの後、彼は消えた。




アフロディーテは、短く沈黙した後に命じた。


「準備なさい。オーディンの宮へ向かうわ」




その言葉に、全員が頷いた。


緊張、不安、決意。


そのすべてを背負って、GODSの生徒たちは次々と集合地点へ向かった。




「やはり、間違ってなかったわね……」


アフロディーテの呟きに、シュウが眉をひそめた。




「何の話だ?」




「大会は、予定よりも前倒しで開催されるわ。準備の時間なんて与えられない」




「は? そんなのアリなのか?」




「規則には反しない。慣例が無視されてるだけよ」


その声は、どこか苛立ちを含んでいた。




「俺はその方がいい」


エデンの瞳は、燃えるような決意を宿していた。


「一刻でも早く、奴らと戦いたい」




「……気持ちはわかるが、変なことが多すぎる」


シュウの目線は、周囲に潜む気配を鋭く捉えていた。


「見張りがついてるの、気づいてるか? 到着以来、ずっとだ」




「俺の力が不安定だからだろ」


エデンは、冗談のように笑ってみせた。




「……そうかもな」


シュウは納得していない様子だった。




そこへ、優雅な足取りと穏やかな笑みを携えて現れたのは、金髪の青年。


その登場に、エデンの表情がぱっと明るくなる。




「また君か……」




「やあ、エデン。再会できて嬉しいよ」


彼――バルドルは、軽く一礼をした。




「知り合いか?」


アイザックが興味深げに尋ねる。




「この前助けてくれたんだ。ゴブリンに囲まれたとき」




「つまり、ノルクでもっとも愛される神に守られたってわけか」


アフロディーテが少し皮肉めいて口にした。




「やめてくれよ、それは少し……くすぐったい」


バルドルが照れたように苦笑する。




だが、シュウの目は笑っていなかった。


穏やかなその外見の奥に、恐ろしいほどの力が見えていた。




「ついてきて。万物の父がお待ちだ」




大神殿は荘厳で、息を呑むほど美しかった。


だが、それ以上に、そこに漂う空気は重く、鋭く、冷たかった。




「遅かったわね」


アフロディーテが呟く。




その直後、深く響く声が空間を支配した。


「……座れ」




オーディンだった。




彼女は一歩踏み出す。




「思ったより来客が多いのね。何を企んでるの?」




「ほう?」


オーディンの目が細くなる。


「まさか、我に疑念を抱いているのか?」




「今更ね。アスガルドが軍で囲まれている。説明くらい欲しいところだわ」




「簡単な話だ。ブラックライツがまた動くかもしれん。……それと」


オーディンは、エデンへ目を向けた。


「そこの悪魔の子。奴が脅威なのは明白だろう」




その瞬間、空気が裂けた。




——キィィィィン!




エデンの剣が、オーディンの喉元に向かっていた。




「二度と言ってみろ……。殺す」




「エデン、やめなさい!」


アフロディーテの叫びが響く。




「仲間にそんな言葉を吐いたら、絶対に許さない」




「座れ!!」


女神の怒声が場を揺らした。




オーディンは微動だにせず、じっと少年の目を覗き込んだ。




「……お前は何に怯えている?」




その問いに、エデンは答えなかった。


代わりに、彼の目から光が消え、身体が崩れるように倒れた。




「面白い……」


オーディンは呟いた。




アフロディーテは拳を震わせた。




「……もういい。さっさと始めなさい」




「観客たちが楽しみにしているのだ」


オーディンの笑みは、薄く、不快だった。




瞬間、空に浮かぶ全世界のホログラムが起動する。




「お待たせしたな。では、対戦形式とマッチカードを発表しよう」


オーディンの声が、世界中に響き渡った。




「三対三の個人戦。二勝先取で勝利とする」




「ルールは三つ。ひとつ、殺害禁止。ふたつ、四肢の切断は禁止。みっつ、相手が意識を失った時点で勝利とする」




アフロディーテの頭の中で、記憶と警戒が交錯する。




——何かがおかしい。




「では、対戦カードを発表する」




「第一試合。アイザック・ヨイ 対 コウ・ナーヴ」




「第二試合。エデン・ヨミ 対 レイ・サンヘッド」




「第三試合。シュウ・サジュス 対 ナイ・ブリクスト」




その名を聞いた瞬間、アフロディーテの目が鋭く光る。




「……ナイ。あのナイ。雷と剣と拳を支配する怪物」




一方、シュウは静かに拳を握る。




「——潰す」




遠くから、ナイが微笑む。


「楽しみにしてるよ、天才くん」




オーディンの声が締めくくる。




「以上だ。明日、決戦の幕が上がる。楽しみにしているぞ」




ホログラムが消える。




「もう行くわよ」


アフロディーテは振り返る。




「任せてください」


シュウが応えた。


「……全部、終わらせる」




「ええ。きっちり払わせてやって」




館の奥から、かすかな声が届いた。




「粉々にしてやれ」




それに応えるように、ナイが笑った。




「安心して、じいちゃん。俺がやる」




こうして、戦いの火蓋は再び切って落とされた。




だが今回は、ただの試合ではない。


——これは、復讐と信念が交差する戦場だった。




アスガルドの城壁に沿って、氷の風が容赦なく吹きつけていた。


その冷気は、ただの気候のせいではなかった。まるで戦の前触れのように、空気そのものが張り詰めていた。




石造りの外回廊を、ひとりの青年が歩く。


うつむいたまま、無言で前へ。


足音だけが響く、その静寂の世界で。




アイザック・ヨイ。




彼は目を閉じ、深く呼吸をする。


そして、唇から一言。




「……絶対に勝つ」




それは誰にも届かない呟きだった。


自分の心に響かせるための、誓いだった。




遠くから、その姿を静かに見つめる影があった。


アフロディーテ。


声をかけることもなく、ただ唇をかすかに噛み、踵を返した。




「緊張してるのか?」


彼女は歩きながら、すぐそばにいたシュウに尋ねる。




シュウは頷いた。


だがその顔に不安の色はなかった。




「俺じゃない。アイザックのことが気になる」




「彼が?」




「……何か隠してる。力か、想いか……それが、味方になるか、災いになるか……」




そこに、重厚な足音が響く。


現れたのは、もう一人の戦士。




コウ・ナーヴ。




ノルクの鉄壁と呼ばれる少年は、金属の鎧を纏い、無駄のない足取りで進んできた。


まるで、そこに生きた武器が歩いているかのように。




二人の戦士は、無言のまま対峙する。


距離は数歩。


だが、その間には言葉では埋められない圧があった。




「準備はいいか?」


審判の兵士が問いかける。




アイザックが一歩踏み出す。


コウは、ほんのわずかに首を傾けただけ。




観客席では、数千の視線が二人に注がれていた。


息を呑む気配が、空気の振動となって伝わってくる。




「絶対に負けない」


アイザックは、槍の石突きを地面に打ち付けた。


凍った地面が、かすかに震える。




コウは何も言わなかった。


その沈黙が、何よりも重く響いた。




天上の玉座から、オーディンが静かに立ち上がる。




「――始めよ」




その言葉と同時に、


氷の大地が砕けた。




そして、戦いの幕が上がった。




観客席が震える。


轟音のような歓声が、氷の大地に反響する。




イサクは深く息を吐き、槍の柄を握り直した。


その先に立つのは、金属の鎧を身に纏った少年――コウ・ナーヴ。


その顔には、自信と嘲笑が混ざった笑み。




「……負ける準備はできたか?」


コウの言葉は、空気の冷たさよりも刺さった。




イサクは答えない。


ただ、真っ直ぐに視線を相手に向けた。


その眼差しには、揺るがぬ意志が宿っていた。




観客席でアフロディーテが静かに見守っていた。


――ブロンズランク同士の戦い。


だが、この戦いの鍵はただ一つ。


“あの防御を突破できるかどうか”。




オーディンが玉座から立ち上がる。




「第一戦、コウ・ナーヴ対イサク・ヨイ。始めよ」




瞬間、空気が凍った。


そして、




「始戦ッ!」




イサクが動いた。


無駄のない動きで槍を突き出す。




だが――




「金属術式:不可侵の壁」




金属の壁が突如として現れ、イサクの槍を弾き返した。


激しい衝突音が響く。


槍の先が軋み、イサクの身体が後方へと弾き飛ばされる。




「くっ……今、音が……割れたか?」


呟きながら立ち上がる。


確かに、ほんの一瞬、あの壁が軋んだ気がした。




コウは一歩も動かず、冷たい視線で見下ろしていた。




「失望したよ」




再び突撃。


そして、また壁。


突撃。


また壁。




何度も、何度も。


そのたびに、槍が削れ、イサクの腕が痺れる。




「釘の雨」


コウの声と共に、空が変色する。




無数の金属の針が降り注ぐ。


イサクは必死に防御するが、体中に傷が刻まれる。


呼吸が乱れ、視界が霞む。




コウが前に出る。




「もう終わりだ」




その瞬間――




「――ありがとう」




気づいた時には、イサクが目前にいた。


槍が腹部に突き刺さる。




観客が息を呑む。




コウの身体が宙を舞い、観客席の壁へと叩きつけられる。




「やった……!」




どこからか歓声が上がる。




だが、イサクの身体も限界だった。


膝をつき、倒れそうになる。




「……ダメだ、まだ……!」




視線を上げる。


シュウの顔。


アフロディーテの表情。


そして、エデンの静かな微笑。




その一瞬で、何かが蘇る。




――かつて交わした約束。


――消えていった大切な存在。




「勝たなきゃ……!」




限界を越えた身体が動く。




「勝利の槍!」




コウが応じる。




「金属術式:鉄螺旋!」




二つの技がぶつかる。


空間が震える。


音が弾け、光が爆ぜる。




爆風が観客席にまで届く。




視界が白く染まり、やがて――




静寂。




砂煙が消えると、二人は立っていた。


だが、イサクの目は閉じられ、体が崩れ落ちる。




コウは血を吐きながらも、辛うじて立っていた。




ハイムダルが静かに歩み出て、宣言する。




「勝者、ノルク学園・コウ・ナーヴ」




観客席が沸く。




アフロディーテがすぐに駆け寄り、イサクを抱え上げる。


その姿に、歓声がかき消された。




時は流れ、医療室。




魔法の灯火が揺れる中、エイルが診察を終える。




「命に別状はないわ。だけど……これは限界を超えた代償よ」




アフロディーテは目を伏せる。




シュウとエデンが無言で立ち尽くす。




「これに……耐えられるのか?」


シュウの問いに、エデンが答える。




「……耐えるしかない」




イサクは夢の中。


遠い記憶の中にいた。




花の中で笑う二人の子供。


そして――火。叫び。焦げた約束。




「にい……ちゃん……」




微かな声が、彼の唇から漏れた。




その頃、アスガルドの外。




崖の影に潜む数体のフードの者たちが、灯る街の光を見下ろしていた。




その中の一人の目が、怒りに燃えるように赤く光った。




戦争は、まだ始まったばかりだった。




観客の叫びが闘技場全体に響き渡り、地響きのような緊張感を生み出していた。


アイザックは深く息を吸い込み、槍の柄をしっかりと握りしめる。


目の前では、コウ・ナーヴが不敵な笑みを浮かべていた。




「準備はできたか? 負け犬の顔をしてるぞ」


コウの声は嘲るように響いた。




アイザックは黙っていた。ただ静かに、鋼のような視線を向ける。




観客席の最上段、アフロディーテは沈黙を守っていた。


彼女の目は二人の戦士を鋭く見つめていた。




「この戦いは均衡している…だが、突破口を見つけるのはアイザック次第ね」




玉座の上、オーディンがゆっくりと立ち上がる。


その声は雷鳴のように会場に響いた。




「戦闘開始を宣言する。コウ・ナーヴとアイザック・ヨイ、位置につけ」




「始め!」




アイザックは迷わず地を蹴った。


槍が一直線にコウの胸を狙う。


だが、その前に鉄の壁が現れた。




「金属術式・絶対防壁」


コウが低く呟くと同時に、槍の先端が鉄に弾かれる音が響いた。




衝撃でアイザックの身体は弾き飛ばされ、場外ギリギリのバリアに激突する。




「……今、音がした……亀裂のような……」




コウは悠然と歩み寄る。


その目には一切の焦りがなかった。




「期待外れだな」




アイザックは立ち上がり、盾の波打つ表面を見つめる。


それはまるで液体のように揺れていた。




観客席、シュウが目を細めた。




(罠だ…自分から嵌っている)




アイザックは再び突撃。


一度、二度、十度以上。


槍は傷つき、呼吸は荒れ、全身がきしむ。




「金属術式・鉄針の雨」




空が変色し、数千の針が降り注ぐ。


アイザックは必死に防ぐが、無数の傷が皮膚を裂く。




(もう……動けない……)




コウが手を掲げた瞬間、彼の目前にアイザックが立っていた。




「……っ、何!? いつの間に!?」




「助かったよ、お前の過信にな」




槍が腹部を貫き、コウの身体が観客席に吹き飛ぶ。




観客が一斉に立ち上がる。




「やった…!」




だが、アイザックの膝が崩れる。




「……動け……まだ終わってない……」




彼の視線は客席を彷徨う。


そこに、穏やかに微笑むエデンの姿があった。




(……それだけで、十分だ)




限界を超えた身体が再び立ち上がる。




「勝利の槍!」




対するコウは巨大なドリルを生成する。




「金属術式・螺旋の壁」




二つの技が正面からぶつかり合う。


轟音が空間を切り裂き、二人は吹き飛ばされる。




──沈黙。




砂煙の中、立っていたのは──二人ともだった。




ハイムダルがフィールドに降り立つ。


呼吸を確認し、腕を組む。




「勝者、コウ・ナーヴ。ノーク学園の勝利だ」




歓声が爆発する。




アフロディーテはすぐさまフィールドへ降り、アイザックを抱きかかえる。




* * *




魔法の松明で照らされた医療室で、エイルが診察を終える。




「生命には問題ない。ただし、限界を超えた代償は大きい」




アフロディーテは静かに頷く。


エデンとシュウも無言で見守っていた。




「……これが、現実か」




「でも……進むしかない」




* * *




夢の中。


野原。


笑い声。




そして──炎。叫び。焼け焦げた小さな手。




「……にぃ……ちゃん……」




彼の魂に刻まれた痛みが、静かに脈を打っていた。




* * *




遠く離れた崖の上。


数人のフードの男たちがアスガルドを見下ろしていた。


そのうちの一人の目が、静かに燃えていた。




──戦いは、まだ始まったばかりだった。

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