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第26章:エルフ

まるで時間が止まったかのような土地があります...


風が、もはや誰も覚えていない名前を囁き、光は暖かさの代わりに冷気をもたらす。


9つの世界の中には、かつて他の世界よりも明るく輝いていた一つの世界があります。魔法が栄え、自然との調和が絶対であり、あらゆる場所に石と光に詩が刻まれている場所。


しかし、最も純粋な美しささえも恐怖によって飲み込まれる可能性がある。


知識が脅威となり、権力が危険とみなされると、守護者は標的となり、歴史は永遠に暗くなります。


アルフヘイムはもはや以前とは様変わりしました。


かつて音楽と笑い声だったものが、今は静寂と廃墟となっている。


しかし、遺跡もまた語りかけてくる。


そして、何年もの間隠されていたこと、そして決して明るみに出るべきではなかったことを聞こうとしている人


————————————————————————————————————————————————————————————————


オーディンの馬の蹄音が、ヘルヘイムの陰鬱な地を鈍く響かせた。


その風は重く、死は日常——だがその日、死の国さえも息を呑んでいた。




ヘモルドは険しい表情で馬を駆る。その目には、わずかな希望の光が宿っていた。


彼は声を上げた。




「ムニン——」




黒く、深淵のようなカラスが霧の中から現れ、空中に舞い上がる。それは、オーディンの“目”の一つ。ヘモルドには分かっていた。




「聞こえているだろう、全知の父よ。私の役目は果たした。ヘラと取引を結んだ。


すべての者がバルドルの死を悼まねば、彼は戻れない。それが条件だ」




その言葉は、アスガルドの金の宮殿へと届く。


その玉座でオーディンはゆっくりと顔を上げた。ムニンを通じて、全てを聞いた。




「皆、聞いたな」


その声は大地を震わせるほど重く、威厳に満ちていた。


「九界すべてにこの言葉を届けよ。今すぐにだ!」




城の門が開き、騎士たちが次々と駆け出す。


その背に背負うは、世界の運命そのもの。




——そして、喪の波が世界を覆った。


ニヴルヘイムの氷原からヴァナヘイムの空へ、山々を越え、海を渡り、空中都市にまで——


すべての存在が涙した。


生き物も、物も、精霊さえも。皆が、あるいは… ほとんどが。




ヘモルドはその旅の果てに、ヨトゥンヘイムへと辿り着く。


そこは、鋭く痛む空気と灰色の山々が支配する、荒れ果てた氷の地。




「お前が最後の一人だ、ソック」




ボロをまとった巨人が、ゆっくりとこちらを振り返る。その顔は時に削られた石のようだった。




「何を期待してる、アース神? 涙でも? 笑わせるな」




「貴様が何をすべきかは分かっているはずだ。とぼけるな」




ソックは地面に唾を吐いた。




「バルドルを蘇らせるだと? 馬鹿らしい。あんな甘やかされた神など、戻る価値もない」




刹那、ヘモルドの剣が彼の喉元に突きつけられる。




「今、なんと…言った?」




「言った通りだ。戻ろうがどうでもいい。俺は協力しない。ヘラに返してやれよ、死者をな」




「ふざけるな…! お前一人のせいで——」




「力は不要だ。ただ、涙を流さなければいい。それだけだ」




その瞬間——




カァーン…カァーン…!




九つの世界を駆け巡る鐘の音が鳴り響く。


山を、海を、空を貫くように——


契約が…砕かれた。




「…そんな…まさか……」




ヘモルドの顔から血の気が引いた。


「やめろ…! まだ終わってない…!」




彼の腕に絡んでいた魔法の鎖が、音を立てて砕け散る。


「待て…!」




間に合わなかった。


魔法の光が消え、バルドルの魂は静かに… ヘルヘイムへと還っていく。




「いやだああああああああ!!」




叫びと共に剣を振るう。だが空を斬っただけだった。




「…くそっ……くそぉぉぉぉおおお!」




その遥か彼方、アスガルドでは、理由なき花の枯死が始まり、空が曇り始めていた。




オーディンは目を閉じた。


「……もう、戻ることは叶わぬか……」




再びヨトゥンヘイム。


膝をついたヘモルドが、震えながら涙をこぼす。




「俺は…失敗した……」




その首元に、ひんやりとした金属の感触が走る。




「やはり…お前だったか」




「……ああ」


現れたのは——ロキだった。




「済まない。こんな終わりで…」




「オーディンと、全てを敵に回して……勝てると思ってるのか?」




「勝てなくても、やらねばならないんだ」




ヘモルドは苦笑し、涙を流し、それでも微笑んだ。




「……あの時のお前の気持ち、今なら分かる……


痛いほどに……」




ロキは何も言わず、彼の胸に剣を突き立てた。




ヘモルドの身体は、重く、静かに地に倒れた。




「せめて…お前がこの先を見ることはない。それが、救いだ」




霧が薄れていく。


ムニンが静かに降り立ち、死体の傍に佇む。




……ただ、静寂がそこにあった。




アスガルドにて——


全知の父は、新たな影が生まれ始めるのを感じていた。




暗黒のヘルヘイム。その玉座の前に、ヘモルドの冷たい遺体が横たわっていた。ムニンの翼がまだ悲しげに揺れている。立ったまま沈黙するオーディン。どの神も言葉を発することができなかった。全能の父の怒りは、雷雲のように静かに凝縮されつつあった。




目に見えないひびが空気を裂き、アスガルドの地が震え始める。花は萎れ、空は灰色に染まった。




「…父上?」とトールが一歩踏み出して問いかける。




返事はなかった。かつて叡智に満ちていたオーディンの眼は、今や怒りに燃える炎のように赤く輝いていた。




「これをやった者…殺してやる…」彼の声はかすかに震えていた。悲しみよりも、怒りに。




「いや…殺すなど、生ぬるい。奴が生まれたことを後悔するまで、苦しませてやる。」




トールが眉をひそめた。




「誰かに心当たりは?」




「ある。」と冷たくオーディンは頷く。「ムニンを欺き、痕跡一つ残さずこれを為せるのは、神の中でも一握り。明日…すべての神々を召集する。例外は許さん。」




「承知した。」







遥か彼方。かつて栄えた文明の残骸に、湿った植物の風が吹く。ねじれた木々と蔦に覆われた廃墟の中、シュウとサラの二人が慎重に進んでいた。




「…ここで何が起きたんだ?」と、倒壊した塔を見上げてシュウが呟く。巨大な根がその遺構を絡め取っている。




鳥の声も、光さえも届かぬ死の静寂。かつてのアルフヘイムは、今や戦争と時に食い尽くされたようだった。




「母が語ってくれたアルフヘイムの物語…こんなんじゃなかった。」サラが目を伏せる。




「まるで戦場…でも、なぜ記録に残っていないんだ?」




「昔、ソーにここへ連れて行ってと頼んだ。でも、いつも断られた…今なら理由がわかる気がする。」




二人はさらに深く、枯れた森の奥へと足を踏み入れた。




突然、シュウがサラを倒れた木の陰に押し込んだ。




「何するのよ…!」とサラが小声で言う。




「静かに。」




歪な影が木々の間から現れた。その姿は三メートル近く、異様なまでに組み合わされた肉の塊。まるで自然が悪夢を作ったかのよう。




「…あれは何なんだ?」サラの声は震えていた。




「わからない。でも、途轍もないエネルギーを感じる。」




シュウの背筋を冷たい何かが這い上がる。




怪物がこちらを向く。その瞳は、古く異様な力で輝いていた。




「逃げたら…二歩目を踏む前に殺される。」




サラがシュウを見つめる。




「シュウ…」




「考えてる最中だ!」声を抑えつつ、苛立ちを滲ませる。




「急いで。近づいてる。」




唸るような低い声。怪物が空気を嗅ぎ、頭を持ち上げた。




「…打つ手がない。下手に動けば死ぬだけだ。」




そのときだった。




――バキンッ!




轟音が辺りを貫く。怪物が震え、仰け反った末に崩れ落ちる。背後には、ゆっくりと剣を引き抜くフードの人物がいた。




シュウとサラは唖然とした。




「…一撃で倒したのか?」




その人物はゆっくりと歩み寄る。武器を下ろしたまま。




「もう大丈夫だ。」優しい声が響く。




フードを取ると、尖った耳と穏やかな表情が現れる。




「…君は…エルフなのか?」とシュウが槍を構えながら問う。




「そうだ。」




そして、森の奥深くで…開くべきではなかった扉が、今…開いてしまった。




三人は、ねじれた木々の間をまるで幽霊のように移動していた。太陽を知らないかのような空の下、彼らの足音は影に溶けていった。やがて辿り着いたのは、木々の梢に隠れるように建てられた家。地上からはほとんど見えず、周囲の沈黙は一層濃く感じられた。




「散らかっていて悪いな」


エルフの男が言いながら、微かにルーンが刻まれた木の扉を開けた。


「客が来るとは思っていなかったんでな」




家の中は暖かく、居心地の良い雰囲気だった。しかし、その空気には、かつて存在した幸福の残響と深い喪失の気配が漂っていた。




シュウは無言で室内を見渡し、背中の槍に手をかけたまま鋭い目で観察していた。


(ここに来てから、生き物の気配をまるで感じない。この家さえ、まるで見つかるのを恐れているかのようだ)




エルフはテーブルの向かいに座り、手を組んだ。




「おそらく、君たちには多くの疑問があるだろう。だがその前に、いくつか私から質問させてもらいたい。正直に答えてくれ」




「構わない」


シュウが短く答えた。




エルフの視線がサラに向けられる。鋭くも穏やかな眼差しだったが、魂の奥を見透かすような力があった。




「お前だ。少女よ。…お前は闇のエルフだな?」




「えっ? 私? 違うよ…私は…」


サラは驚きで目を瞬かせた。




「数キロ離れていても、闇のエルフの気配は感じ取れる。たとえ嘘をついても、私は見抜く」




「違うって言ってるでしょ…!」


サラの声には、ほんのわずかな動揺が滲んでいた。




数秒の沈黙の後、エルフは小さくため息をついて視線を外した。


(気づいていないのか…。だが、そのエネルギーは確かに…)




「まあいい。今はそれが重要ではない。次の質問に移ろう」




「どうぞ」


サラの声は少し慎重になっていた。




「なぜここに来た? アルフヘイムの入り口は封印されている。普通の神ですら入ることはできない。どうやって突破した?」




サラは一瞬ためらったが、やがて観念したように答えた。




「…多分、すごく馬鹿なことだったと思う。でも、ハイムダルの剣を…盗んだの」




部屋の空気が凍りつくように重くなる。エルフの目がほんの僅かに見開かれた。




「ハイムダルの…剣を? それは…お前たちが考えている以上に…とんでもないことだぞ」




「分かってる。でも…知りたかった。どうしても、この目で確かめたかったの」




エルフは立ち上がり、本棚へと歩きながら背を向けた。




「よく聞け。時に、知識の代償は命だ。この世界には、守るためではなく、耐えられぬ者を守るために封印されている秘密がある」




「それが…ここで起きたことなのか」


シュウが口を挟んだ。




エルフはゆっくりと振り返った。その表情には、深い悲しみと重い記憶が宿っていた。




「よく見抜いたな、アテナの子」




「俺のことを…?」




「その槍は、たとえ闇の中でも光を放つ。古代の鍛冶神によって鍛えられた神槍。それに宿る神聖なエネルギーを見れば…君の名を知らずとも、その血は隠せない」




シュウは槍から手を離し、少しだけ警戒を解いた。




「なら、教えてくれ。ここで何があったんだ?」




エルフは席に戻り、目を閉じた。数秒の静寂の後、彼の声は過去を語る詩のように深く響いた。




「すべては…十年前に始まったのだ」




窓の隙間から漏れる金色の光が、まるで記憶そのもののように部屋を優しく染めていった。




「昔、アルフヘイムは九つの世界で最も栄えた王国だった。我らの魔法、ルーンとの繋がり、自然との調和…それはアスガルドすら凌駕していた。…だが、それを快く思わぬ者もいた。」




――フラッシュバック――




アルフヘイムは生命の波動に満ちていた。樹々は自ら光を放ち、建物は優雅に空中に浮かび、空気には音楽と花の香りが漂っていた。その壮麗さの中、ある神殿が結婚式の装飾で輝いていた。




「緊張してるな、エルシフ」


フェリが儀式用の衣装を整えながら微笑む。


「今日はお前の大事な日だ。もっと笑っていいんだぞ」




「努力してるさ、フェリ。ただ…すべてがうまくいくといいんだ。完璧な一日にしたい」




「俺たちに任せろ。お前は幸せになるんだ」




エルシフは頷き、荘厳な歩みで祭壇へ向かった。やがて、人々の感嘆の息の中、美しいフィレサフが神殿の扉をくぐる。二人は手を取り合った。




「綺麗だよ」


「あなたも…とても素敵よ」




「神々の権威により、この二人を夫婦とする。…互いに同意しますか?」




「はい」


二人は声を揃える。




「では、異議のある者がいなければ――」




ズゥン!




大地の咆哮のような衝撃。神殿の扉が突風と共に吹き飛び、影のようにロキが飛び込んできた。




「今すぐ逃げろ! 全員だ!」




「ロキ!?」


フェリが凍りつく。「何をしてる!? 結婚式の最中だぞ!」




「時間がない! オーディンが来ている! 光のエルフを皆殺しにするつもりだ!」




「オーディン…? 父なる神が? 馬鹿な…!」




「冗談じゃない!」


ロキの声が震える。「ルーンの秘密がバレた。お前たちだけが奴の計画を止められると分かったんだ…」




「それで…種族を絶滅させるつもりなのか…?」


エルシフが呟く。




「こいつを連れ出せ」


フィレサフが怒りの声を上げた。「結婚式をぶち壊すような嘘つき神は不要よ!」




「お願いだ、フェリ! 聞いてくれ…!」




だが遅かった。




眩い白光が空を裂き、神殿を貫く。轟音が壁を砕き、建物は塵と化した。瓦礫の下、無数の身体が横たわる。




そして、その中に立つ影――オーディン。




「美しい式だったな…招待されなかったのは残念だが」




ロキは隅で膝をついていた。血を流し、片腕を失いながら、燃えるような怒りの瞳を向けていた。




「久しいな…」




「腕は気の毒だったな」


オーディンが冷ややかに微笑む。「もし生き延びれば、アイールにでも頼んで直してやろう」




「貴様は神じゃない…化け物だ」




「大げさに言うな、ロキ。時に、種族の絶滅は…ただの過程にすぎん」




「何を求めているんだ、オーディン…?」




「力。知識。そして、少しの娯楽…」


オーディンの目が狂気に光る。「知識は常に犠牲の上に成り立つものだ」




「この外道が…」




ロキが立ち上がり、闇と嵐のような力を纏い始めた。




「覚えているだろ? 俺たちの誓い。どちらかが他を殺せば、両者が滅びると…だが、もう構わん」




「お前はすべてを投げ打つつもりか?」




「もう、何も残っていない」




オーディンもまた力を解放する。空気が裂け、大地が悲鳴を上げる。




瓦礫の中、エルシフが目を覚ます。震える手で、真っ二つに裂かれたフィレサフの遺体を見つめた。




「愛してるよ…」




涙が頬を伝い、彼の足元にルーンの円陣が浮かび上がる。




その瞬間、大地が彼を飲み込んだ。




そして空が叫びを上げた。




アルフヘイム――かつて最も美しかったその王国は、数分で瓦礫と化した。




――フラッシュバック終わり――




エルシフは沈黙していた。ろうそくのかすかな光が彼の顔を照らし、その影が目の下に深く落ちていた。再び口を開いたとき、彼の声は擦れ、まるで過去を語ることで力を使い果たしたかのようだった。




「…あの後のことは、よく覚えていない。ただ目覚めた時には、アルフヘイムにはもう誰もいなかった。声も、息遣いも…ただ、かつて家族と呼んだ者たちの屍だけが残っていた」




シュウは顔を伏せ、胸が締め付けられるのを感じた。




「…気の毒に」




「もう、悔やむことはない」


エルシフの目は、どこか遠い虚空を見つめていた。


「だが、奇妙だったのはその後だ。数週間後、奴らが現れ始めた。何百、何千もの…あの化け物たちが」




シュウは拳を握りしめた。




「まさか…奴らが…」




「そうだ」




シュウは唾を飲み込み、理解の痛みに顔を歪めた。




「そうか…だから、あのエネルギー…だから、あの恐怖…」




サラが困惑した表情で見つめてきた。




「…どういうこと? 何の話をしてるの?」




シュウは深く息を吸った。




「あの外にいた化け物たち…あれは、かつての光のエルフなんだ」




「な…何ですって…!?」


サラは一歩下がり、恐怖に目を見開いた。


「そ…そんな…どうして…!?」




「分からない…だが、間違いない…」




その時、背後に影が滑り込んだ。誰も気づかなかった。


…声が響くまでは。




「――それは、失敗作だよ」




その声は肉を裂く刃のように、部屋の静寂を切り裂いた。




シュウとサラは即座に身構え、武器を手に振り向いた。


ロキが、いつもの皮肉な笑みを浮かべて影から現れた。




「いつからそこに…!?」


シュウが問い詰める。




「君たちが質問し始める前からさ」


ロキは平然と答える。


「まあ安心していい。殺す気なら、とっくに殺しているよ」




シュウはゆっくりと槍を下ろしながら考える。




(勝ち目はない。ここで戦っても意味がない)




「賢明だね、アテナの息子」


ロキはにやりと笑う。


「こういう無駄な手間が省けるのは助かる」




サラが彼を睨む。




「“失敗作”って…どういう意味?」




「そのままだよ。あの化け物たちは、かつての力――エルフの力の源を再現しようとした実験の産物だ」


ロキは肩をすくめる。


「科学者、魔術師、狂人…多くの者たちがその秘密に取り憑かれた。そして出来上がったのが、あの魂のない異形の群れさ」




シュウは目を細めた。




「…どうしてそれを知ってる」




「情報源があるのさ。言えないけどね」




サラは唇を噛み締めた。




「信じられない…おじいちゃん…オーディンがそんなことをするなんて…」




ロキは短く笑った。




「“おじいちゃん”か、微笑ましいな。誰も本当のオーディンなんて知らないんだよ。あの老人は、知識のためなら何だって捨てる。世界一つ壊すことさえもね。彼は『全ての神』…つまり、何も持たない神でもある」




シュウの背中に寒気が走った。




(…すべてが、つながる)




ロキは踵を返し、エルシフに視線を向けた。




「それと、おいエルフじじい。俺は“訪問者はダメ”って言ったはずなんだが? 特に口が軽そうなガキ二人とか」




エルシフは肩をすくめ、動じない。




「喋ったのはお前だけだ。俺は記憶を見せただけだ」




「…あっ、そうか」


ロキはすぐに笑って誤魔化す。


「じゃあ、今のは忘れてくれ」




「(本気かよ…)」


シュウは頭を抱えた。




「何が?」


サラは首を傾げる。




「…いや、なんでもない」


シュウは諦めた。




ロキはため息をつき、天井を見上げる。




「さて、日が暮れるな。もう帰った方がいい。夜のアルフヘイムは…優しくない」




「それって…どういう意味?」




「地獄になるってことさ」




その瞬間、森の上や瓦礫の影から、無数の赤い目が浮かび上がった。


数百、数千…燃えるような眼光が、家を囲むように光る。




アルフヘイムの怪物たちが、家を取り囲んでいた。


歪んだ身体を引きずりながら、獣のような唸り声を漏らして。




エルシフは窓を閉じながら呟いた。




「ようこそ。アルフヘイムの夜へ…」

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