目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第29章: 好奇心は人を殺す

時には、真実は到達不可能であるために隠されないこともあります。


時には、人間の魂がそれを見る準備ができていないために、それが隠れてしまうこともあります。


通りを覆う氷は、体を凍らせるだけでなく、声や記憶、そして犯罪も沈黙させます。


かつて生命と希望のゆりかごであったミッドガルドは、まるで世界そのものが止まったかのように、今や不自然な冬に埋もれています。


氷のような静寂の中で、勇敢な人々の足音が大きく響きます。勇気からではなく、必要に迫られて。


すべてが崩壊したとき、残るのは歩くことだけだから。


答えを求めて歩きましょう。


まだ生きている人たちを探しに歩きましょう。


たとえその道が恐怖にしか通じていなくても、歩きなさい。


しかし、好奇心は暗闇の中の火花のように、必ずしも光につながるわけではありません。時にはそれはあなたを奈落の底に引きずり込むのです。


そしてその深淵において最悪なのはモンスターではない。


最悪…


私たち自身がそれらを作り出していることを発見することです。


———————————————————————————————————————————————————————————————


その街は、まるで凍てついた墓標のように佇んでいた。




通りは厚い氷に覆われ、足を踏み出すたびに**パキ……パキ……**と不吉な音を立てて割れた。


エデンとサラの足音以外、聞こえるのは吹き抜ける風の笛のような音だけ。




「……ここで一体、何があったんだ……」


エデンは自分の体を抱きしめるように震えながら呟いた。


「まだ“冬”のはずじゃないのに……」




「バルドルが死んでから、全部おかしくなったのよ」


前を向いたまま、サラが答える。


「季節さえ……壊れてしまった」




エデンは顔を上げ、夜空を見上げた。


そこには、わずかにまたたく星の光。




「……あれがなければ、ミッドガルドは完全な闇に飲まれていただろう」


彼の心に浮かんだ思い。


「ほとんど何も見えやしない……」




「とにかく、早く中に入らないと。寒さでやられそうだ……」




「うん」


サラは迷わず歩を進める。




二人の小さな影が、白く凍てついた空虚の中に消えていく。




「生きてる人間なんて……本当にいるのか?」


凍りついた噴水のそばを通り過ぎながら、エデンは心の中で呟いた。


噴水の周囲には、氷に覆われて石のようになった動物の死骸が転がっていた。




「……ここで何が本当に起きたんだ……? こんな中、生き延びた者なんて……いるのか?」




その時だった。




彼のポケットがふわりと光を放つ。


エデンは反射的に手を伸ばし、取り出す。




――エーテルの鏡。




その表面が、氷の中に閉じ込められた水のように波打っていた。




「……また何かあったのか?」




現れたのは、シュウとナイの姿。


二人とも疲れ切った表情をしていた。




「こちらの探索は、ほぼ終わった」


シュウが報告する。


「生存者は……ほんの数人だけ。子供が一人と、男が三人。


そのうち一人は、こちらで処理した。残りの二人は拘束してある」




「……最悪の報せだな」


エデンは鏡越しにため息をつく。




「……ああ」




「こちらは、まだ探索を続けるつもりだ。わずかな望みにすがってでもな」




「了解。俺たちはアスガルドへ戻る。気をつけてくれ」




「感謝する」




映像がスッと消える。




エデンはしばらく、ほんのりと輝きを残す鏡を見つめていた。




「……この装置……まるで、俺たちの世界の携帯の魔法版だな。すごいもんだよ……」




「さて、行こうか……」


振り返りながら声をかけた。




「なあ、サラ……? サラ?」




……応答がない。




その沈黙に、不安の棘が胸に刺さる。




「サラァッ!? おい、どこに……!」




(くそっ……)


焦りが胸を揺さぶる。


(一瞬だ……たった一瞬、気を抜いただけだ……何やってんだ、俺……!)




身を翻そうとしたその瞬間――




――ゴンッ!!




突如として、木の板が顔面に激突する。




視界が、闇に染まった。




意識に重たい闇が覆いかぶさっていた。


だが――こめかみを貫くような鋭い痛みが、エデンを現実に引き戻す。




冷たく凍った地面の感触。


口の中に広がる鉄の味。


……生きている。




「こいつら、どうする?」


闇の向こうから、ざらついた声が聞こえる。


「かなり強そうだ……もしかしたら、使えるかもな」




「信用するなって言ってんだろ」


別の、より濁った声が唸る。


「こいつらはただの“餌”だ」




エデンの目がゆっくりと開かれる。




そこにいたのは二人の人間。


汚れた服、荒んだ目、そして鈍く光る武器を手にしていた。


警戒と優越感が入り混じった視線が、エデンに注がれる。




「おいおい……生きてるみたいだぜ」


一人が驚いたように呟く。




「バカな……あんな一撃食らったら、普通は即死だ」




「なら、問題が起きる前に……トドメを刺しておこう」




「……ああ」




エデンは深く息を吸い込む。


手首を縛る縄が血を止め、骨の奥まで寒さが染み渡っていた。




(……何が起きた……? 俺は……サラといたはず……)




(……サラ……どこにいる!?)




目を開ききったエデンの視線は、真っ直ぐ相手に向けられた。


その眼光は、消えかけた炎ではなく――なお燃え上がる焔だった。




「ほう……」


年上の男が、にやりと嘲笑う。


「その目……俺を殺したいって言ってるようだな」




ガッと、口を塞いでいた布を乱暴に引き剥がす。




「サラはどこだ……?」


エデンの声は、鋭い鞭のように空気を裂いた。


「本当のことを言わなければ、殺す」




「お前……誰に口聞いてると思ってんだ、クソガキが!」


もう一人が吠える。


「こっちは兄貴様だぞ!」




「……殺すだと?」


兄と呼ばれた男が口元を歪めた。


「その状態で? お前、何ができるってんだよ」




「意外と、できることは多いぜ」




「サラはどこだ?」




「……ああ。あの女のことか?」




「そうだ」




男の笑みは、狂気に満ちていた。




「残念だったな、小僧。あの女はこれから、俺の“妻”になる。


人類を再び増やすのが、俺に与えられた神の使命だ」




エデンの瞳が細くなる。




「……本気で言ってんのか?


そんな汚い顔で……彼女が相手にすると思うか?」




――ブゥンッ!




斧の刃が空を裂く。


頬をかすめたその一撃は、薄く血をにじませた。




「……いい腕してるな。バカのくせに」




「兄貴、こいつは俺にやらせろ!バラバラにしてやる!!」




「サラと過ごすのは、俺だ。


俺こそが神に選ばれし者。


未来の人類は、俺と彼女の血から生まれるのだ」




――ククッ……。




エデンは笑った。


それは冷笑。侮蔑の吐息だった。




「神に選ばれた? 笑わせるな。


俺の知ってる神に、お前みたいなクズを選ぶ奴はいない」




その瞬間――




エデンの手首を縛っていた縄が、**ジリジリ……**と音を立てて炭化し始める。




焼け、裂け、そして完全に解けた。




「悪いな……」


エデンが立ち上がる。


「俺は神なんて信じてねぇんだよ」




バンッ!




次の瞬間、エデンの拳が兄の膝を打ち砕く。




グシャッ!




続けざまに顎に一撃――




ドゴォッ!




そして背後にまわり、腹に回し蹴りを叩き込む。


男の体は地面に転がり、動かなくなった。




「次は……どっちだ?」




弟分の男は震えた。


本能的に、一歩、また一歩と後退する。




「お、お前は……一体……何者だ……?」




エデンの目が光る。




「言うならそうだな――


“お前の神”だよ。今日がその審判の日だ」




「来るな! 来るなああっ!!」




男は背を向けて逃げようとする。


だが、足元がもつれ、半開きの扉から転げ落ちた。




階段をゴロゴロと転がり、やがて下の暗闇に消えていった。




エデンは無言であとを追う。




そして――彼の足が止まった。




その先に広がっていたのは、牢獄だった。




狭く寒い空間に、数十人の人々が閉じ込められている。


蒼白な顔、震える手、虚ろな目――




「……これは……一体……?」




その中の一人に、目が留まる。


ボロボロの服、鎖に縛られ、意識も朦朧とした少女。




「……サラ……!」




「クソどもが……!」




憤怒が喉の奥で爆ぜた。




「す、すまない!俺じゃない、兄貴が全部……!


俺は……殺されるって……!」




男の懇願を無視して、エデンは拳一つで彼を沈めた。


表情一つ変えず、容赦なく。




「ゴミが……お前に触れる価値もねぇ」




力を込めて、全ての錠を砕く。


牢の扉が開き、人々が解き放たれていく。




最後に――サラの鎖が、音もなく地面に落ちた。




「……守れなくて、ごめん……」




「助けてくれて、ありがとう……」


サラは弱く微笑み、エデンに寄りかかった。




エデンは静かに彼女を抱きしめる。


言葉はなかった。




(……本当の“悪魔”は、誰なんだ?)


ふと、背後から声がした。




「ありがとう、お兄ちゃん……助けてくれて……」




少女が、震えながら微笑んでいた。




「……ううん、気にしないで」




(敵は……どこにいる?)




* * *




しばらく後、即席の避難所にて。




「もう少しだけ、ここにいてくれ」


エデンが、彼らを導いた男に言った。




「大丈夫……俺は耐えられる。


でも……あの子たちは、ここにいるべきじゃない。


俺が守ってやらなきゃいけなかったのに……」




「自分を責めるな。


あの二人は、“普通の人間”じゃなかった」




「でも……っ」




「君は、あの子たちにとっての英雄だ。


傷を負っても、あいつらの前に立ちはだかった。


それだけで十分だ」




男の胸には、いくつもの傷が刻まれていた。




「……話したくないかもしれないが……


ここで、一体何があったんだ?」




男は黙って俯き、そして静かに口を開いた。




「すべては……あの日から始まったんだ……」




――フラッシュバック――




あの日の朝、大地はまるで命を宿しているかのように震えていた。


都市の外れでは、何百もの人々が畑を耕し、陽光がその肌を穏やかに照らしていた。


その光は、まるで永遠に続く温もりのようだった。




その中に、背が高く、薄い髪と強い眼差しを持つ男の姿があった。


彼の名は――エリアン。仲間たちはそう呼んでいた。




エリアンは畝の間を見回していた。


数メートル先では、娘が無邪気な笑顔を見せていた。




「……ん?」


ふと、彼が足を止める。


「……なんだ、あれは……?」




空を見上げた瞬間、世界が変わった。




二つの巨大な影が雲を裂いて空を渡り、太陽を覆い隠す。


その姿はまるで“終末”の前兆だった。




エリアンの心臓が、一瞬止まる。




天を泳ぐその影は――二頭の巨狼だった。




そのうちの一頭は漆黒の毛並みで、目には冷酷な光を宿していた。


彼は咆哮するように笑い声を上げた。




「下から見ると、人間ってほんとにちっぽけだな」


――ハティの声が世界を震わせる。




「兄貴、食ってもいいか?」




もう一頭――スコルは、より静かに応じる。




「くだらんことを言うな。父の意思を果たすのが先だ」




「つまんねーやつめ……」




二頭の巨狼は、首を天へ向けて――




アオオオオオオオオオンッ!!




その咆哮は、世界の秩序を引き裂いた。




天が裂ける。


昼と夜のサイクルが壊れる。


月は片方へ逃げ、太陽は逆方向へ駆ける。




「月は……俺のものだ!!」




「太陽は……俺がいただく」




二頭の牙が、まるで闇に祝福された刃のように輝く。




「……何が……起きてる……?」




エリアンが震えながら娘に視線を向ける。




「アリナ……こっちへ来い!!」




小さな娘は父のもとへ駆け出す。


だが――




アオオオオン!!




再び響いた咆哮が、大地を震わせた。




その瞬間、無数の狼が街を取り囲んでいた。


逃げ道など、どこにもなかった。




「逃げろおおおおっ!!」




エリアンが絶叫する。




群衆は混乱し、泣き叫び、走り、倒れる。


地面は赤に染まり、空からは絶え間なく雪が降る。


その白は、すでに血と混ざり合い、黒ずんだ赤へと変わっていた。




「アリナアアア!!」




娘の声も、父の声も、氷の風に飲み込まれていく。




目の前に――三頭の狼が現れる。




娘へと向かうその影に、エリアンは全力で走る。




「やめろおおおおっ!!」




だが、一頭の狼が飛びかかり、


エリアンの腕を噛み砕いた。




バキッ!




骨が砕ける音。


皮膚が裂け、血が噴き出す。




「やめてくれ……頼む……!」




彼の視線の先、


スコルは太陽を喰らおうとしていた。


ハティは月へ牙を突き立てる。




空は狂い、光は消える。




そして――




ドシュッ!!!




雲が、血の閃光で染まる。




吹雪が猛威を振るう。


人々が氷の中で倒れ、


街が、家が、木々が、希望が――


全てが凍りついていった。




* * *




数日後。




ほんのわずかに生き延びた者たちは、


残された肉を貪るようになっていた。




都市はもはや避難所ではなかった。


それは、“飢え”と“狂気”の檻になっていた――




――現在に戻る。




エデンは言葉を失った。




視線の先で、エリアンが過去の影を抱いたまま、虚空を見つめている。




「……本当に……」


エデンが呟く。


「すまない。そんなこと……聞くべきじゃなかった」




エリアンはかすかに首を振る。




そして、疲れたような微笑みを浮かべた。




「いや……聞いてくれて、ありがとう。


そして、俺たちを……守ってくれて、ありがとう」




エデンは静かに答える。




「……アリナも……きっと、あなたを誇りに思ってます」




その言葉に、エリアンは顔をそらす。


唇がわずかに震えていた。




「そう……思うか?」


かすれた声が漏れる。


「お前は……いい子だな……本当に」




エデンは、それ以上何も言えなかった。


だが、その痛みは、自分のものではないはずなのに、


まるで胸の奥で燃え上がっていた。




* * *




その頃――




太陽が届かぬ場所にて。




――ガララララ……!




巨鎖が鳴り始める。




その中心に、三十メートルを超える巨大な狼がいた。


灰色の毛に覆われ、血で染まったままの牙が口元から覗いていた。




「……父上」


低く、地鳴りのような声が洞窟を震わせる。




「すべての歯車は……繋がりました」




闇の中を歩くロキの口元に、笑みが浮かぶ。




「……そうか。よくやったな、フェンリル」




「もうすぐ……お前は自由になる。


そしてその時……あの老人は、俺たちの全ての傷に対して償うことになる」




――ギィィィッ!




フェンリルの牙がきしみ、


その足元で大地が震え始めた。




――ザクッ、ザクッ……




アイザックの足音が、凍てついた雪を踏みしめて響く。


その都市のすべてが、死の絵葉書のようだった。


空虚と放棄の残響。命の欠片すら感じられない場所。




「……クソが……」


アイザックは虚空を睨みながら唸る。


「ここまで誰一人……本当に、ここに留まる意味なんてあるのか?」




そのとき、コウが突然現れた。


顔は青ざめ、何かを見た者の表情だった。




「アイザック……来て……見たほうがいい……」




既にレイは現場にいて、家の中を見つめていた。


その瞳は、戦慄そのものだった。




「何が……?」


アイザックが近づく。




三人は家の入口で立ち止まった。


中には――積み重なった人骨。




壁には乾いた血の跡。


金属のような生臭い臭いが空気を支配していた。




「……冗談……だろ……」


アイザックの声がかすれる。




レイが一歩踏み出し、骨のそばに膝をつく。




「だいぶ時間が経ってるみたいね……最近の死体じゃないわ」




「……ああ」


アイザックが頷く。


「しかも、どの骨にも細かい切れ目がある。


誰かが……肉を削ぎ取っていったな」




「……つまり……食われたってこと……?」




コウの顔が真っ青になる。




アイザックは答えなかったが、その沈黙がすべてを語っていた。




レイは口元を押さえ、


コウは吐き気を堪えきれず、壁に手をついてえずいた。




「……最悪だ……」




「今の状況を考えれば、むしろ驚くことでもない」


アイザックの口調は冷たかった。




「……なんで……なんでもっと早く送り込まなかったの……?」




「さあな」


アイザックは目を伏せる。


だが、その瞬間――何かが背中を走った。




嫌な気配。




「引き続き街を調べろ。何かあればすぐ知らせろ」


振り返らず、命じる。




「……了解」




コウとレイは別々の方向へ去っていった。




アイザックが一人になると、すぐに――




「へぇ……感覚が随分鋭くなったじゃないか。前に会った時とは大違いだな」




その声は、毒のような甘さと冷たさを含んでいた。




「……何しに来た」


アイザックは表情を変えずに応じる。




闇から現れたのは、フードを被った男。顔は見えない。




「相変わらず冷たいな。旧友を見て嬉しくないのか?」




「……お前が現れるのは、いつだってろくでもない時だ」




「察しがいいな。さすがだよ」




「さっさと話せ。でなきゃ、ここでその喉を裂いてやる」




「落ち着けって」


男は笑う。


「計画は最終段階に入った。ボスが“対象”の確保を命じた」




「……本当に?」


アイザックが目を細める。


「もっと時間がかかると思ってたが」




「彼は急いでいる。終わらせたいんだよ、全部を」




「やれやれ……ようやく、力を隠すのにも飽きてきたとこだ」




「……後悔はないのか? あいつらに……情が湧いたり?」




「俺は自分の目的しか興味ない。


お前なら分かってるはずだろ?」




「……なるほどな。よく分かった」




「俺はやることは全部やった。グレックにもノークにも入らせた」




「わかってるさ。見事だったよ」


男があざけるように笑う。


「無能にしては上出来だったな」




――ガキィッ!




気づけば、アイザックの槍が、男の喉元すれすれにあった。




「その口、もう一度開いたら、二度と閉じられなくしてやる」




男は笑うが、その瞳には緊張が走っていた。




「……だが今は、もっと大事な問題があるようだな」




アイザックが後ろを振り返る。




そこには――コウが立っていた。




「……アイザック……?


この人、誰……? ‘確保’って、何のこと……?」




沈黙。


アイザックの表情が凍る。




次の瞬間、男が動いた。


素早くコウの背後を取り、関節技で地に伏せさせる。




「離せぇぇっ!!」




「クソッ!!」


アイザックが怒声を上げる。




「街を調べておけって言っただろ!!なんで戻ってきた、コウ!!」




「やめてぇぇ!!放してぇ!!」




「……こいつ、どうする?俺の手で殺すか?」




「……殺す……?」


コウの目が見開かれる。


「アイザック……冗談だよな?お前は味方……だったんじゃ……話せば分かるよ、きっと誤解なんだよ……!」




「さっさと決めろよ。こいつ、うるさくてかなわん」




アイザックは一瞬、目を閉じた。




そして――開いたその瞳は、冷気のように冷たかった。




「味方……か。そんなもん、どうでもいい。


俺は、俺にとって必要なことしかしない」




そして、アイザックが歩み寄る。




「だから……お前を、殺す」




「……やだ……やだよ……!」




「剣を貸せ」


低く、重たい声で言った。




男が、無言で剣を差し出す。




「……悪く思うなよ。こうなったのは、お前のせいだ」




「やめて!お願い!黙ってるから!何も言わないから!!」




――ザッ……ザッ……




足音が近づく。




「……すまない」




――ズブッ!!




剣が、コウの心臓を貫いた。




「……なんで……?」


その言葉を最後に、瞳から光が消える。




アイザックはうつむき、荒い息を吐いた。


剣を返す。




「見事だった」


男が低く言う。




だが――アイザックの瞳は、無言で怒りを燃やしていた。




そして突然――槍を抜き、斬りかかる!




「この野郎おおおおっ!!!」


怒りに歪んだ顔が叫ぶ。


「……コウに……手を出したのは……テメェが最後だ!!」




「何してやがる!!」


男が防御に移る。




二人の衝突が、火花を散らし、地面を揺らす。




そのとき――レイが駆け込んできた。




彼女の視線が、コウの亡骸を捉える。




「コウ!!」


叫びながら、駆け寄り、抱きしめる。




……沈黙。




「……死んでる……」




その声に、復讐の炎が灯った。




「絶対に……許さない」




男がその目を見て、にやりと笑う。




「……なるほど。そういうことか。フフ……面白いな」




次の瞬間――男はアイザックに蹴りを叩き込み、姿を消した。




「アイザック!!」


レイが駆け寄る。




「……ああ……すまない。守れなかった……俺が……」




「コウ……」




二人の頬に、止まらぬ涙が流れる。




「お願い」


レイが言う。


「コウをアスガルドに連れて行って。


私はあいつを追う。必ず殺す」




「ダメだ」


アイザックがゆっくり立ち上がる。


「危険すぎる。お前が死んだら……俺は一生許せない。


代わりに俺がやる。あいつの首を……お前に届けてやる」




レイは少し黙り――頷いた。




「ありがとう、アイザック……


……思ってたより、ずっと優しいんだね」




コウの身体をマントで包み、肩に担いで去っていく。




そして――




パチパチパチパチ……




拍手が響く。




「素晴らしい演技だった」


男が再び現れる。


「俳優にでもなってみるか?」




「黙れ」


アイザックの声は、空っぽだった。


「……殺す気だったのは、本当だ」




「お前って……本当に狂ってるな」




「知ってるさ。……で、奴はどこにいる?」




男は軽く頷いた。




「近くだよ」




「ちょうどいい」


アイザックが薄く笑う。




「……あいつに会いたかったんだ」




彼の心にあるのは――




“待ってろよ、悪魔”

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?