時には、真実は到達不可能であるために隠されないこともあります。
時には、人間の魂がそれを見る準備ができていないために、それが隠れてしまうこともあります。
通りを覆う氷は、体を凍らせるだけでなく、声や記憶、そして犯罪も沈黙させます。
かつて生命と希望のゆりかごであったミッドガルドは、まるで世界そのものが止まったかのように、今や不自然な冬に埋もれています。
氷のような静寂の中で、勇敢な人々の足音が大きく響きます。勇気からではなく、必要に迫られて。
すべてが崩壊したとき、残るのは歩くことだけだから。
答えを求めて歩きましょう。
まだ生きている人たちを探しに歩きましょう。
たとえその道が恐怖にしか通じていなくても、歩きなさい。
しかし、好奇心は暗闇の中の火花のように、必ずしも光につながるわけではありません。時にはそれはあなたを奈落の底に引きずり込むのです。
そしてその深淵において最悪なのはモンスターではない。
最悪…
私たち自身がそれらを作り出していることを発見することです。
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その街は、まるで凍てついた墓標のように佇んでいた。
通りは厚い氷に覆われ、足を踏み出すたびに**パキ……パキ……**と不吉な音を立てて割れた。
エデンとサラの足音以外、聞こえるのは吹き抜ける風の笛のような音だけ。
「……ここで一体、何があったんだ……」
エデンは自分の体を抱きしめるように震えながら呟いた。
「まだ“冬”のはずじゃないのに……」
「バルドルが死んでから、全部おかしくなったのよ」
前を向いたまま、サラが答える。
「季節さえ……壊れてしまった」
エデンは顔を上げ、夜空を見上げた。
そこには、わずかにまたたく星の光。
「……あれがなければ、ミッドガルドは完全な闇に飲まれていただろう」
彼の心に浮かんだ思い。
「ほとんど何も見えやしない……」
「とにかく、早く中に入らないと。寒さでやられそうだ……」
「うん」
サラは迷わず歩を進める。
二人の小さな影が、白く凍てついた空虚の中に消えていく。
「生きてる人間なんて……本当にいるのか?」
凍りついた噴水のそばを通り過ぎながら、エデンは心の中で呟いた。
噴水の周囲には、氷に覆われて石のようになった動物の死骸が転がっていた。
「……ここで何が本当に起きたんだ……? こんな中、生き延びた者なんて……いるのか?」
その時だった。
彼のポケットがふわりと光を放つ。
エデンは反射的に手を伸ばし、取り出す。
――エーテルの鏡。
その表面が、氷の中に閉じ込められた水のように波打っていた。
「……また何かあったのか?」
現れたのは、シュウとナイの姿。
二人とも疲れ切った表情をしていた。
「こちらの探索は、ほぼ終わった」
シュウが報告する。
「生存者は……ほんの数人だけ。子供が一人と、男が三人。
そのうち一人は、こちらで処理した。残りの二人は拘束してある」
「……最悪の報せだな」
エデンは鏡越しにため息をつく。
「……ああ」
「こちらは、まだ探索を続けるつもりだ。わずかな望みにすがってでもな」
「了解。俺たちはアスガルドへ戻る。気をつけてくれ」
「感謝する」
映像がスッと消える。
エデンはしばらく、ほんのりと輝きを残す鏡を見つめていた。
「……この装置……まるで、俺たちの世界の携帯の魔法版だな。すごいもんだよ……」
「さて、行こうか……」
振り返りながら声をかけた。
「なあ、サラ……? サラ?」
……応答がない。
その沈黙に、不安の棘が胸に刺さる。
「サラァッ!? おい、どこに……!」
(くそっ……)
焦りが胸を揺さぶる。
(一瞬だ……たった一瞬、気を抜いただけだ……何やってんだ、俺……!)
身を翻そうとしたその瞬間――
――ゴンッ!!
突如として、木の板が顔面に激突する。
視界が、闇に染まった。
意識に重たい闇が覆いかぶさっていた。
だが――こめかみを貫くような鋭い痛みが、エデンを現実に引き戻す。
冷たく凍った地面の感触。
口の中に広がる鉄の味。
……生きている。
「こいつら、どうする?」
闇の向こうから、ざらついた声が聞こえる。
「かなり強そうだ……もしかしたら、使えるかもな」
「信用するなって言ってんだろ」
別の、より濁った声が唸る。
「こいつらはただの“餌”だ」
エデンの目がゆっくりと開かれる。
そこにいたのは二人の人間。
汚れた服、荒んだ目、そして鈍く光る武器を手にしていた。
警戒と優越感が入り混じった視線が、エデンに注がれる。
「おいおい……生きてるみたいだぜ」
一人が驚いたように呟く。
「バカな……あんな一撃食らったら、普通は即死だ」
「なら、問題が起きる前に……トドメを刺しておこう」
「……ああ」
エデンは深く息を吸い込む。
手首を縛る縄が血を止め、骨の奥まで寒さが染み渡っていた。
(……何が起きた……? 俺は……サラといたはず……)
(……サラ……どこにいる!?)
目を開ききったエデンの視線は、真っ直ぐ相手に向けられた。
その眼光は、消えかけた炎ではなく――なお燃え上がる焔だった。
「ほう……」
年上の男が、にやりと嘲笑う。
「その目……俺を殺したいって言ってるようだな」
ガッと、口を塞いでいた布を乱暴に引き剥がす。
「サラはどこだ……?」
エデンの声は、鋭い鞭のように空気を裂いた。
「本当のことを言わなければ、殺す」
「お前……誰に口聞いてると思ってんだ、クソガキが!」
もう一人が吠える。
「こっちは兄貴様だぞ!」
「……殺すだと?」
兄と呼ばれた男が口元を歪めた。
「その状態で? お前、何ができるってんだよ」
「意外と、できることは多いぜ」
「サラはどこだ?」
「……ああ。あの女のことか?」
「そうだ」
男の笑みは、狂気に満ちていた。
「残念だったな、小僧。あの女はこれから、俺の“妻”になる。
人類を再び増やすのが、俺に与えられた神の使命だ」
エデンの瞳が細くなる。
「……本気で言ってんのか?
そんな汚い顔で……彼女が相手にすると思うか?」
――ブゥンッ!
斧の刃が空を裂く。
頬をかすめたその一撃は、薄く血をにじませた。
「……いい腕してるな。バカのくせに」
「兄貴、こいつは俺にやらせろ!バラバラにしてやる!!」
「サラと過ごすのは、俺だ。
俺こそが神に選ばれし者。
未来の人類は、俺と彼女の血から生まれるのだ」
――ククッ……。
エデンは笑った。
それは冷笑。侮蔑の吐息だった。
「神に選ばれた? 笑わせるな。
俺の知ってる神に、お前みたいなクズを選ぶ奴はいない」
その瞬間――
エデンの手首を縛っていた縄が、**ジリジリ……**と音を立てて炭化し始める。
焼け、裂け、そして完全に解けた。
「悪いな……」
エデンが立ち上がる。
「俺は神なんて信じてねぇんだよ」
バンッ!
次の瞬間、エデンの拳が兄の膝を打ち砕く。
グシャッ!
続けざまに顎に一撃――
ドゴォッ!
そして背後にまわり、腹に回し蹴りを叩き込む。
男の体は地面に転がり、動かなくなった。
「次は……どっちだ?」
弟分の男は震えた。
本能的に、一歩、また一歩と後退する。
「お、お前は……一体……何者だ……?」
エデンの目が光る。
「言うならそうだな――
“お前の神”だよ。今日がその審判の日だ」
「来るな! 来るなああっ!!」
男は背を向けて逃げようとする。
だが、足元がもつれ、半開きの扉から転げ落ちた。
階段をゴロゴロと転がり、やがて下の暗闇に消えていった。
エデンは無言であとを追う。
そして――彼の足が止まった。
その先に広がっていたのは、牢獄だった。
狭く寒い空間に、数十人の人々が閉じ込められている。
蒼白な顔、震える手、虚ろな目――
「……これは……一体……?」
その中の一人に、目が留まる。
ボロボロの服、鎖に縛られ、意識も朦朧とした少女。
「……サラ……!」
「クソどもが……!」
憤怒が喉の奥で爆ぜた。
「す、すまない!俺じゃない、兄貴が全部……!
俺は……殺されるって……!」
男の懇願を無視して、エデンは拳一つで彼を沈めた。
表情一つ変えず、容赦なく。
「ゴミが……お前に触れる価値もねぇ」
力を込めて、全ての錠を砕く。
牢の扉が開き、人々が解き放たれていく。
最後に――サラの鎖が、音もなく地面に落ちた。
「……守れなくて、ごめん……」
「助けてくれて、ありがとう……」
サラは弱く微笑み、エデンに寄りかかった。
エデンは静かに彼女を抱きしめる。
言葉はなかった。
(……本当の“悪魔”は、誰なんだ?)
ふと、背後から声がした。
「ありがとう、お兄ちゃん……助けてくれて……」
少女が、震えながら微笑んでいた。
「……ううん、気にしないで」
(敵は……どこにいる?)
* * *
しばらく後、即席の避難所にて。
「もう少しだけ、ここにいてくれ」
エデンが、彼らを導いた男に言った。
「大丈夫……俺は耐えられる。
でも……あの子たちは、ここにいるべきじゃない。
俺が守ってやらなきゃいけなかったのに……」
「自分を責めるな。
あの二人は、“普通の人間”じゃなかった」
「でも……っ」
「君は、あの子たちにとっての英雄だ。
傷を負っても、あいつらの前に立ちはだかった。
それだけで十分だ」
男の胸には、いくつもの傷が刻まれていた。
「……話したくないかもしれないが……
ここで、一体何があったんだ?」
男は黙って俯き、そして静かに口を開いた。
「すべては……あの日から始まったんだ……」
――フラッシュバック――
あの日の朝、大地はまるで命を宿しているかのように震えていた。
都市の外れでは、何百もの人々が畑を耕し、陽光がその肌を穏やかに照らしていた。
その光は、まるで永遠に続く温もりのようだった。
その中に、背が高く、薄い髪と強い眼差しを持つ男の姿があった。
彼の名は――エリアン。仲間たちはそう呼んでいた。
エリアンは畝の間を見回していた。
数メートル先では、娘が無邪気な笑顔を見せていた。
「……ん?」
ふと、彼が足を止める。
「……なんだ、あれは……?」
空を見上げた瞬間、世界が変わった。
二つの巨大な影が雲を裂いて空を渡り、太陽を覆い隠す。
その姿はまるで“終末”の前兆だった。
エリアンの心臓が、一瞬止まる。
天を泳ぐその影は――二頭の巨狼だった。
そのうちの一頭は漆黒の毛並みで、目には冷酷な光を宿していた。
彼は咆哮するように笑い声を上げた。
「下から見ると、人間ってほんとにちっぽけだな」
――ハティの声が世界を震わせる。
「兄貴、食ってもいいか?」
もう一頭――スコルは、より静かに応じる。
「くだらんことを言うな。父の意思を果たすのが先だ」
「つまんねーやつめ……」
二頭の巨狼は、首を天へ向けて――
アオオオオオオオオオンッ!!
その咆哮は、世界の秩序を引き裂いた。
天が裂ける。
昼と夜のサイクルが壊れる。
月は片方へ逃げ、太陽は逆方向へ駆ける。
「月は……俺のものだ!!」
「太陽は……俺がいただく」
二頭の牙が、まるで闇に祝福された刃のように輝く。
「……何が……起きてる……?」
エリアンが震えながら娘に視線を向ける。
「アリナ……こっちへ来い!!」
小さな娘は父のもとへ駆け出す。
だが――
アオオオオン!!
再び響いた咆哮が、大地を震わせた。
その瞬間、無数の狼が街を取り囲んでいた。
逃げ道など、どこにもなかった。
「逃げろおおおおっ!!」
エリアンが絶叫する。
群衆は混乱し、泣き叫び、走り、倒れる。
地面は赤に染まり、空からは絶え間なく雪が降る。
その白は、すでに血と混ざり合い、黒ずんだ赤へと変わっていた。
「アリナアアア!!」
娘の声も、父の声も、氷の風に飲み込まれていく。
目の前に――三頭の狼が現れる。
娘へと向かうその影に、エリアンは全力で走る。
「やめろおおおおっ!!」
だが、一頭の狼が飛びかかり、
エリアンの腕を噛み砕いた。
バキッ!
骨が砕ける音。
皮膚が裂け、血が噴き出す。
「やめてくれ……頼む……!」
彼の視線の先、
スコルは太陽を喰らおうとしていた。
ハティは月へ牙を突き立てる。
空は狂い、光は消える。
そして――
ドシュッ!!!
雲が、血の閃光で染まる。
吹雪が猛威を振るう。
人々が氷の中で倒れ、
街が、家が、木々が、希望が――
全てが凍りついていった。
* * *
数日後。
ほんのわずかに生き延びた者たちは、
残された肉を貪るようになっていた。
都市はもはや避難所ではなかった。
それは、“飢え”と“狂気”の檻になっていた――
――現在に戻る。
エデンは言葉を失った。
視線の先で、エリアンが過去の影を抱いたまま、虚空を見つめている。
「……本当に……」
エデンが呟く。
「すまない。そんなこと……聞くべきじゃなかった」
エリアンはかすかに首を振る。
そして、疲れたような微笑みを浮かべた。
「いや……聞いてくれて、ありがとう。
そして、俺たちを……守ってくれて、ありがとう」
エデンは静かに答える。
「……アリナも……きっと、あなたを誇りに思ってます」
その言葉に、エリアンは顔をそらす。
唇がわずかに震えていた。
「そう……思うか?」
かすれた声が漏れる。
「お前は……いい子だな……本当に」
エデンは、それ以上何も言えなかった。
だが、その痛みは、自分のものではないはずなのに、
まるで胸の奥で燃え上がっていた。
* * *
その頃――
太陽が届かぬ場所にて。
――ガララララ……!
巨鎖が鳴り始める。
その中心に、三十メートルを超える巨大な狼がいた。
灰色の毛に覆われ、血で染まったままの牙が口元から覗いていた。
「……父上」
低く、地鳴りのような声が洞窟を震わせる。
「すべての歯車は……繋がりました」
闇の中を歩くロキの口元に、笑みが浮かぶ。
「……そうか。よくやったな、フェンリル」
「もうすぐ……お前は自由になる。
そしてその時……あの老人は、俺たちの全ての傷に対して償うことになる」
――ギィィィッ!
フェンリルの牙がきしみ、
その足元で大地が震え始めた。
――ザクッ、ザクッ……
アイザックの足音が、凍てついた雪を踏みしめて響く。
その都市のすべてが、死の絵葉書のようだった。
空虚と放棄の残響。命の欠片すら感じられない場所。
「……クソが……」
アイザックは虚空を睨みながら唸る。
「ここまで誰一人……本当に、ここに留まる意味なんてあるのか?」
そのとき、コウが突然現れた。
顔は青ざめ、何かを見た者の表情だった。
「アイザック……来て……見たほうがいい……」
既にレイは現場にいて、家の中を見つめていた。
その瞳は、戦慄そのものだった。
「何が……?」
アイザックが近づく。
三人は家の入口で立ち止まった。
中には――積み重なった人骨。
壁には乾いた血の跡。
金属のような生臭い臭いが空気を支配していた。
「……冗談……だろ……」
アイザックの声がかすれる。
レイが一歩踏み出し、骨のそばに膝をつく。
「だいぶ時間が経ってるみたいね……最近の死体じゃないわ」
「……ああ」
アイザックが頷く。
「しかも、どの骨にも細かい切れ目がある。
誰かが……肉を削ぎ取っていったな」
「……つまり……食われたってこと……?」
コウの顔が真っ青になる。
アイザックは答えなかったが、その沈黙がすべてを語っていた。
レイは口元を押さえ、
コウは吐き気を堪えきれず、壁に手をついてえずいた。
「……最悪だ……」
「今の状況を考えれば、むしろ驚くことでもない」
アイザックの口調は冷たかった。
「……なんで……なんでもっと早く送り込まなかったの……?」
「さあな」
アイザックは目を伏せる。
だが、その瞬間――何かが背中を走った。
嫌な気配。
「引き続き街を調べろ。何かあればすぐ知らせろ」
振り返らず、命じる。
「……了解」
コウとレイは別々の方向へ去っていった。
アイザックが一人になると、すぐに――
「へぇ……感覚が随分鋭くなったじゃないか。前に会った時とは大違いだな」
その声は、毒のような甘さと冷たさを含んでいた。
「……何しに来た」
アイザックは表情を変えずに応じる。
闇から現れたのは、フードを被った男。顔は見えない。
「相変わらず冷たいな。旧友を見て嬉しくないのか?」
「……お前が現れるのは、いつだってろくでもない時だ」
「察しがいいな。さすがだよ」
「さっさと話せ。でなきゃ、ここでその喉を裂いてやる」
「落ち着けって」
男は笑う。
「計画は最終段階に入った。ボスが“対象”の確保を命じた」
「……本当に?」
アイザックが目を細める。
「もっと時間がかかると思ってたが」
「彼は急いでいる。終わらせたいんだよ、全部を」
「やれやれ……ようやく、力を隠すのにも飽きてきたとこだ」
「……後悔はないのか? あいつらに……情が湧いたり?」
「俺は自分の目的しか興味ない。
お前なら分かってるはずだろ?」
「……なるほどな。よく分かった」
「俺はやることは全部やった。グレックにもノークにも入らせた」
「わかってるさ。見事だったよ」
男があざけるように笑う。
「無能にしては上出来だったな」
――ガキィッ!
気づけば、アイザックの槍が、男の喉元すれすれにあった。
「その口、もう一度開いたら、二度と閉じられなくしてやる」
男は笑うが、その瞳には緊張が走っていた。
「……だが今は、もっと大事な問題があるようだな」
アイザックが後ろを振り返る。
そこには――コウが立っていた。
「……アイザック……?
この人、誰……? ‘確保’って、何のこと……?」
沈黙。
アイザックの表情が凍る。
次の瞬間、男が動いた。
素早くコウの背後を取り、関節技で地に伏せさせる。
「離せぇぇっ!!」
「クソッ!!」
アイザックが怒声を上げる。
「街を調べておけって言っただろ!!なんで戻ってきた、コウ!!」
「やめてぇぇ!!放してぇ!!」
「……こいつ、どうする?俺の手で殺すか?」
「……殺す……?」
コウの目が見開かれる。
「アイザック……冗談だよな?お前は味方……だったんじゃ……話せば分かるよ、きっと誤解なんだよ……!」
「さっさと決めろよ。こいつ、うるさくてかなわん」
アイザックは一瞬、目を閉じた。
そして――開いたその瞳は、冷気のように冷たかった。
「味方……か。そんなもん、どうでもいい。
俺は、俺にとって必要なことしかしない」
そして、アイザックが歩み寄る。
「だから……お前を、殺す」
「……やだ……やだよ……!」
「剣を貸せ」
低く、重たい声で言った。
男が、無言で剣を差し出す。
「……悪く思うなよ。こうなったのは、お前のせいだ」
「やめて!お願い!黙ってるから!何も言わないから!!」
――ザッ……ザッ……
足音が近づく。
「……すまない」
――ズブッ!!
剣が、コウの心臓を貫いた。
「……なんで……?」
その言葉を最後に、瞳から光が消える。
アイザックはうつむき、荒い息を吐いた。
剣を返す。
「見事だった」
男が低く言う。
だが――アイザックの瞳は、無言で怒りを燃やしていた。
そして突然――槍を抜き、斬りかかる!
「この野郎おおおおっ!!!」
怒りに歪んだ顔が叫ぶ。
「……コウに……手を出したのは……テメェが最後だ!!」
「何してやがる!!」
男が防御に移る。
二人の衝突が、火花を散らし、地面を揺らす。
そのとき――レイが駆け込んできた。
彼女の視線が、コウの亡骸を捉える。
「コウ!!」
叫びながら、駆け寄り、抱きしめる。
……沈黙。
「……死んでる……」
その声に、復讐の炎が灯った。
「絶対に……許さない」
男がその目を見て、にやりと笑う。
「……なるほど。そういうことか。フフ……面白いな」
次の瞬間――男はアイザックに蹴りを叩き込み、姿を消した。
「アイザック!!」
レイが駆け寄る。
「……ああ……すまない。守れなかった……俺が……」
「コウ……」
二人の頬に、止まらぬ涙が流れる。
「お願い」
レイが言う。
「コウをアスガルドに連れて行って。
私はあいつを追う。必ず殺す」
「ダメだ」
アイザックがゆっくり立ち上がる。
「危険すぎる。お前が死んだら……俺は一生許せない。
代わりに俺がやる。あいつの首を……お前に届けてやる」
レイは少し黙り――頷いた。
「ありがとう、アイザック……
……思ってたより、ずっと優しいんだね」
コウの身体をマントで包み、肩に担いで去っていく。
そして――
パチパチパチパチ……
拍手が響く。
「素晴らしい演技だった」
男が再び現れる。
「俳優にでもなってみるか?」
「黙れ」
アイザックの声は、空っぽだった。
「……殺す気だったのは、本当だ」
「お前って……本当に狂ってるな」
「知ってるさ。……で、奴はどこにいる?」
男は軽く頷いた。
「近くだよ」
「ちょうどいい」
アイザックが薄く笑う。
「……あいつに会いたかったんだ」
彼の心にあるのは――
“待ってろよ、悪魔”