溶岩が冷えることがなく、火が休むことのない宇宙最古の鍛冶場には、許しを知らずに生まれた者たちの足跡が刻まれている。ムスペルヘイムは王国ではなく、刑罰です。そこで呼吸するものはすべて炎の中で呼吸します。生き残るものはすべて、燃えるという代償を払って生き残ります。
そこには、永遠の炎の中心に昼も夜もなく、ただ破滅の約束があるだけだ。
混沌は無秩序から生まれると信じる人もいますが、真の混沌は目的を持って生み出され、怒りによって規則が課せられます。なぜなら、最も激しい炎でさえ、リズム、意志、方向に従うからです。そしてスルトは…その意志が具現化したのだ。
彼は快楽のためではなく、信念のために燃えたのです。
今日、戦争は遠くのこだまとしてではなく、聞き慣れた轟音としてあなたのドアをノックします。そして義務が生じたとき、疑いの余地はありません。神々の天国でも、巨人の地獄でもありません。
力だけでは戦えない戦いもあるから…
…しかし、魂には火が燃えている。
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「……愛しい人」
溶岩でできた黒曜石の階段の上から、
シンモラが静かに囁いた。
「すべての準備は整いました――戦の時です」
その言葉に応えるように、
マグマと生きた岩の玉座から、
スルトの影がゆっくりと立ち上がる。
その巨体は、山のようだった。
動くだけで、周囲の空間すら怯える。
ムスペルヘイムの壁は震え、空気は焦げる。
スルトは何も言わずに一歩を踏み出し、
右腕を高く掲げた。
すると――
漆黒の大剣が現れる。
その長さ、二十メートル。
まるで彼の“意志”そのものが、武器の姿を取ったかのようだった。
「……了解した」
その声は地鳴りのように低く、重く、灼熱を伴って響いた。
ムスペルヘイムの王・スルトの命が、ついに下された。
傍にいた副将フレッドが、一歩前へ。
常に炎の中に生きてきたはずの男ですら、
その額には汗がにじむ。
「……我が王。次なる指示を――」
スルトは剣を肩に担ぐ。
その刃が轟音と共に燃え上がった。
「軍の大半を戦場へ送れ。
残りは……俺と共に来い」
「はっ!」
「――待っていろ、フレイ」
その名を呟いた瞬間、剣の炎が爆発するように弾けた。
空が真紅に染まり、
**数百の火の巨人ヨトゥン**たちが列を成す。
その軍勢が動き出した。
生きた嵐のように、
彼らはビフレストを渡る。
橋は轟き、震え、輝きながら戦の鼓動を響かせる――
* * *
虹の橋の先。
ビフレストの中央で、フレイはすでに待っていた。
抜かれた剣。
張り詰めた空気。
全身に宿る緊張――それでも、彼の瞳は静かだった。
「……来るのが、少し早いな」
その言葉に、スルトは歩みを止めない。
「――貴様を**粉々にするのが、楽しみだったのさ」
その声は、灼熱を孕んだ毒そのもの。
フレイは、わずかに首をかしげて問う。
「……で? その連中は、何だ?
お前が**やられそうになった時のための保険か?」
それに返されたのは、
スルトの重々しい笑い声。
「フレイよ……あの日から何年経ったと思う?
今の貴様では、俺に触れることすら叶わぬ」
「……言いすぎじゃないか?
そう思い込んでるだけかもしれんぞ?」
スルトは後ろのフレッドに命じた。
「アースガルズへ進軍せよ。
一片も残すな。全てを、灰に」
「かしこまりました!」
フレッド率いる火の軍団が動き出す――
だが、その動きを
フレイの声が断ち切った。
「――どこに行くつもりだ?」
雷のような声。
フレイの剣が、一閃する。
空気が裂け、敵の足を止めた。
スルトは即座に巨大な炎を放った。
ズバァァァン!!!
灼熱の爆風が、竜のようにフレイを襲う。
「っく……!」
フレイは咄嗟に剣でそれを受け止め、
だがその衝撃はビフレスト全体を揺るがせた。
橋の端が軋み、光が波打つ。
「……このクソ野郎がッ!」
フレイは炎を空へと逸らし、
その爆発が空を赤黒く染めた。
スルトは、剣の先を彼に向ける。
「俺を前にしてる時に、他の事考えるなよ、フレイ」
フレイは何も言わない。
ただ一歩前に出て――
剣を握りしめ、斬り込んだ。
刃と刃が交わる音は、まるで運命の鐘のようだった。
ビフレストが軋む。
伝説と伝説がぶつかる時――
その戦場に、未来など存在しない。
―――回想―――
「全知全能の父よ」
フレイは頭を垂れた。
「……私に何をお望みですか?」
オーディンは、判決を下す者のような重さで言葉を紡ぐ。
「お前にしか任せられない任務がある。
ムスペルヘイムには、ある強大な“炎のヨトゥン”がいる。
その名は――スルト。
……奴を消してこい」
その名を聞いた瞬間、フレイの眉がぴくりと動いた。
「ヨトゥンですか?
それならトールを向かわせる方が――」
オーディンは首を横に振る。
「トールはロキと共に任務中だ。
そして……この任務に必要な剣を持つのはお前だけだ。
その剣ならば、問題ないはずだ」
「……了解しました」
* * *
ムスペルヘイム――
空気そのものが燃えていた。
皮膚を切り裂くような熱。
だがフレイは、一歩も止まらず、真っ黒な洞窟の入口に立つ。
その時だった。
ズオオオオオオンッ!!!
地の底から噴き上がるような業火が、彼を襲う。
「クッ……!」
辛うじて腕を掲げたが、焼けた皮膚に痛みが走る。
(遅れていれば、今ごろ焼き尽くされていただろう……)
「……山砕きの一閃」
フレイの剣が閃き、洞窟の入り口を真っ二つに裂く。
砕けた岩は空へと吹き飛び、火の雨のように舞い上がる。
その中に、巨大な影が動いた。
バァン!!
鉄を打つ雷のような音が響く。
「……反応は悪くないな、神のくせに」
灼熱の中から、スルトが姿を現す。
その巨体はまるで火山そのもの。
目は紅蓮に燃え、呼吸するだけで周囲が焼ける。
(こいつ……桁違いだ。今までのどのヨトゥンよりも遥かに――)
「どうした? もう震えてるのか? 子供神」
「いや……強すぎて、倒すのが惜しく感じただけだ」
「言ってくれるな、小僧が。
身の程を知れ!」
地面を叩く一撃が、業火となって弾ける。
フレイはギリギリでかわし、剣を構える。
(こいつの力は……規格外。正面からぶつかっては、絶対に勝てない)
「面白くなってきたな! もっと楽しませろ!」
スルトの剣が大地を割り、フレイを押し込む。
火山の熱、重力の圧力、殺意――
全てがのしかかる中、フレイは瞬間的に消えた。
「……!? どこに行った!」
ズドン!
スルトの背後に回り込み、剣が直撃。
だが、かろうじて防がれた。
(……この小僧、なんて力だ……!?)
「どうした? 震えてるぞ、スルト」
「黙れぇぇぇぇぇっ!!」
怒りの一閃が天を裂く。
だが――
「この剣を手にした時点で、俺の勝利は確定している」
フレイの剣がスルトの剣を弾き飛ばし――
そのまま蹴りが胸を直撃!
「ぐっ……はあああああ……っ!!」
スルトが膝をつく。
「……くそったれ……!」
「技:業火の雨!」
空が紅に染まり、燃える隕石が雨のように降る。
フレイは剣で破壊し続けるが、いくつかが命中。
全身に火傷が広がる。
だが、スルトの背後から声がした。
「がっかりだな。思ったより、貴様は弱い」
「……ッ!」
振り返った瞬間――
ズシュッ!
深々と胸を斬られる。フレイが地に叩きつけられ、血を吐く。
「……終わりだと思ったか?」
しかし――
傷が、再生していく。
「なっ……!」
立ち上がるフレイの拳が、スルトを地面に叩きつける。
剣の切っ先が、喉元に添えられる。
「……トドメを刺せ……」
フレイは剣を引き、背を向ける。
「お前の剣はもらう。
オーディンに見せれば、少しは安心するだろう」
「貴様……!」
「悪いが、俺は命令だけでは人を殺さない」
「戻ってこい、裏切り者があああああ!!」
「じゃあな」
―――現在へ戻る―――
「……あの時の屈辱、今ここで償わせてやる」
スルトが兜を脱ぎ、全身を炎に包む。
フレイの表情は変わらない。
(確かに……奴はあの頃とは違う。
俺も、あの剣はもうない。だが、それでも――)
「命を懸けてでも、止めるしかない。」
2人の戦士がぶつかり合い――
ビフレストが、火の橋と化した。
* * *
漆黒の雷のような剣が振り下ろされ――
フレイは吹き飛ばされる。
だが空中で体勢を立て直し――
逆にスルトを橋に叩きつける!
ビフレストに亀裂が走る。
(このままでは橋が崩れる……)
彼は走り出す。
その背後を、炎の竜巻が追いかける。
「逃がすかあああああああっ!!」
フレイは笑いながら叫ぶ。
「捕まえてみろ、溶岩野郎!!」
そして――
フレイは飛んだ。
空へ、雲の向こうの大地へ。
「……あいつ、狂ってやがる……」
だがその下で、フレイは生きていた。
そして、叫んだ。
「来い、スルト!!」
スルトが牙を剥き、天から降下する――
衝撃波が大地を揺らし、溶岩が噴き出す。
2人の神の戦いが、ついに地上で始まった。
フレイとスルトの剣が、黒い太陽のように輝きながら交差する。
両者とも、全力の一撃に全てを賭けていた。
――疑いの余地も、やり直しもない。
そして二人は――飛び込んだ。
ズガァァァァァァン!!!!!
天地が震えた。
大地は砕け、山々は崩れ、天空は裂け、世界がその呼吸を止めた。
鋼がぶつかるたび、火花が世界を照らす。
だが――
フレイの剣に、ひびが走る。
「……チッ……」
絶望の瞬間、彼は剣のすべての力を自身の身体に流し込んだ。
魂に、筋肉に、意志に。
そして――剣は砕け散った。
次の瞬間、スルトの剣がフレイの胸を貫いた。
「がはっ……!」
血が宙を舞う。
地面に崩れ落ちたフレイ。胸元から血が溢れ出す。
息が苦しい。意識が遠のく。
それでも――彼は、微笑んだ。
「……少し……無理しすぎたかな……」
スルトが覗き込む。
「反応は良かったな……真っ二つにするつもりだったが、なんとか避けたか」
「……随分、強くなったじゃないか……」
だが、フレイの傷が癒えない。
「……なぜ、回復しない? あの剣はどこだ? まさか……」
フレイは、かすれた声で笑った。
「もう……持ってないよ。
あの剣の持ち主は、もう俺じゃない」
「……そんな……嘘だろ……!?」
「もし先に言ってたら、君は本気を出さなかった。だから黙ってた」
「なんでだよ……! なんで俺にそんなこと隠して……!」
「君の“本当の力”を……この目で見たかったからだ」
スルトの目に、涙が浮かぶ。
「……馬鹿かよ、お前は……!」
スルトは膝をつき、手をかざして癒しの炎を灯そうとする。
だがフレイは首を振った。
「もう無理さ……この傷は……深すぎる」
「やめろよ……そんな顔するなよ……!」
「選んで……間違ってなかったよ。君は……いい奴だよ、スルト……」
「やめろ……そんな優しい声、今さら聞きたくないんだよ!」
「これから先は……君に託す。
ラグナロクを止められるのは、君だけだ」
呼吸が浅くなる。
血が、大地を染める。
「未来を……頼んだよ……」
「やめろよ……! お前が死んだら……俺はどうすればいい……!」
「ごめん……弱くて……」
「違う……お前は、誰より強かった!」
「……ミズガルズの一番高い山に……俺の剣がある。
あれが……この戦争を終わらせる鍵になる」
「そんなの、今言うなよ……!」
「……また会おう……次の命で……全力で戦おう……」
「……フレイ……」
その名を呼ぶ頃には、フレイの目は閉じていた。
「ありがとう……最高のライバル……」
その手から、砕けた剣が落ちた。
* * *
アスガルドでは、フレイヤが膝をつき、顔を覆って泣いていた。
スルトは、静かにフレイの目を閉じてやる。
数秒、黙祷のような時間が流れた。
そして――彼は立ち上がる。
炎が、その身を包む。
「……誓うよ」
その声は、炎以上に熱く、重かった。
「お前の意志は、俺が継ぐ。
この戦争を、俺が終わらせる。」
スルトの目に宿ったのは、怒りでも憎しみでもない。
それは、覚悟だった。
* * *
カメラは切り替わる。
遠く離れた、鎖で封じられた暗黒の部屋――
エデンがゆっくりと目を覚ます。
「……ここは……?」
まだ鎖に繋がれたまま、彼は視線を上げる。
その目の前に、イッスの微笑みがあった。
「……母さん……?」
イッスの微笑みは、やさしく、そして――
何かを隠しているようだった。
彼女の背後に、おぞましい“何か”が現れ始めていた。