かつて堅固だった空は、今や断片的に呼吸している。
戦いの後には休息はない。ただ、端よりも痛い一時停止です。体は動くが、魂は...残る。
灰と廃墟の中、エルシフは最後の生存者を導きます。彼の目はもはや敵を探しているのではなく、終わりがまだ来ていないという兆候を探している。彼はしっかりと歩いているが、心の中では、ある疑問が影のように彼を悩ませている。本当にここまで極端にならなければならなかったのだろうか?
地平線上で、2つの体を腕に抱えた人物が近づいてくる。まるで冥界自体が降伏を拒否したかのように、ハデスのシルエットが霧を突き破って現れます。
言葉は残りません。エルシフは彼を見つめる。ハデスはうなずく。そして彼は道を進み続けます。
栄光はない。賛美歌はありません。
ただの開いた傷。
しかし、残されたものを救おうとする人がいる一方で、生命と深淵の間にすでに最後の線を引いている人々もいます。バランスが崩れ始めています。
そして今回は、彼女を止める者は誰もいないだろう。
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ヘルヘイムの瓦礫と静まり返った呻き声の中、エルシフはまだ歩けるわずかな生存者たちを導いていた。右腕には即席の旗――白い布に血がにじんだものを掲げていた。それは誇りの象徴ではなく、霧の中で彼らが迷わないようにするためのものだった。
「こちらへ、皆さん……」
声を張る力ももう残っていなかった。
廃墟の間を進みながら、エルシフの心には一つの疑問が突き刺さっていた。
――本当に、ここまでやる必要があったのか?
あの戦争、あの炎……この沈黙。
いつからすべてが壊れ始めたのだろうか?
その思考を、新たな震えが断ち切った。黒い影のようなシルエットが地平線から現れたのだ。
ハデスだった。そしてその腕には、意識を失ったアイザックと、かろうじて息をしているエデンの姿が。
「何があったんだ?」
駆け寄りながら、エルシフは声を荒げた。「その傷……普通じゃない。」
「説明してる時間はない。彼らを頼む。まだ助けを待っている者たちがいる」
ハデスの声は、彼自身が思っていた以上に壊れていた。
エルシフは黙って頷いた。それで十分だった。
風に消えるように姿を消すハデス。だが数秒後、見えない力が彼を打ちのめした。
その身体は吹き飛ばされ、かつて街だった焼け跡に叩きつけられる。
「なんだ……今のは……」
彼が立ち上がると、空間そのものが裂けているのが見えた。そこから出てきたのは、すでにエルフとは呼べない存在だった。
捻じ曲げられ、腐敗し、何か別のものへと変わり果てた姿。
――空間が……裂けている……
そして、それは一箇所だけではなかった。
空を見上げたハデスはすべてを理解する。
空の亀裂はただの歪みではなかった。
それは九つの世界を映し出す窓、そしてそこから血を流す「傷」だった。
「まずい……これは、本当にまずい……」
裂け目からはさらに現れる。数十体、数百体。
時の始まりすら拒むような、古の力に蝕まれた歪んだエルフたちが。
そしてその中、光り輝く松明のような存在が現れた。
スルト。炎の巨人。
彼の剣には、すべての世界の力が宿っていた。空気さえも焼き叫ぶような、強烈な力。
彼は空を見上げた。
その眼差しには憎しみはない。ただ、覚悟だけがあった。
「これは、お前に捧げる……宿敵よ」
スルトは剣を掲げる。
宇宙のすべての脈が、その刃へと集まるかのように。
「この戦争に……終止符を打つ時だ」
そして、咆哮と共に力を放つ。
大地が裂け、蛇のような炎があらゆるものを喰らい尽くしていく。
――その頃、ビフレストでは――
「ようやく現れたな、クソ野郎」
双剣を握りしめるヘイムダルが睨む。
「久しいな、親愛なるヘイムダル」
ロキは死など気にも留めないような態度で、歩いてきた。
「てめぇ……自分がどれだけの被害を出したかわかってるのか!」
「もちろん。でも君たちは?」
「……は?」
「オーディンのやることがすべて正しかったと思ってたのか?」
ロキは苦笑いを浮かべる。
「命令通りに動いて、恐怖にかられて種族を滅ぼして、それで神面して……お前たちこそ、嘲笑の対象だ」
ヘイムダルは怒りに拳を握った。
「バルドルを殺したのはてめぇだろうが!」
「君たちは、それ以前に何千人も殺してきたじゃないか。神でなければ、命の価値はないと?」
「黙れ、クソヨトゥンが!」
ロキはため息をついた。
「結局、お前たちは……誰も信じるに値しなかった」
二人の間に流れる力が爆発する。
ヘイムダルの光が槍のように天へ伸び、ロキは時の始まりから続く闇で応じる。
――ラ……ついにこの時が来たか……
そう心の中で呟いたロキは、躊躇なく前へと跳んだ。
この戦争は、もはや「出来事」ではなかった。
それは、「終わり」へ向けたカウントダウンだった。
ビフレストの空気が激しく震えた。ロキが刃を構えて突進し、その動きは死を呼ぶような鋭さを持っていた。一撃ごとにハイムダルの防御を破ろうとしたが、刃と刃は等しく激突し、火花を散らしながら奈落の橋へと吸い込まれていった。
(こいつ…速すぎる)
ロキは一歩引き、呼吸を整えた。
(このままじゃ奴の防御を突破できない…ギアを上げるしかない)
咆哮とともに、彼の体から黒いエネルギーの奔流が広がる。それはまるで生きているようにうねり、双剣に刻まれたルーンが恐ろしい光を放ちはじめた。
一方、ハイムダルは歯を食いしばった。
(一瞬でも迷えば…殺される)
彼は力を解放した。体が拡張し、筋肉が爆発的に膨れ上がり、古代のビフレストの力が全身を駆け巡る。そして、そのまま予告もなく突進。
轟音とともに、ロキの骨が砕けた。
その衝撃で彼は宙に舞い、橋の端にやっとのことでしがみついた。
「くそっ…」
だが、時間は与えられなかった。ハイムダルが目の前に現れ、影のように巨大な姿を見せる。ロキは直感的に身をかがめ、足を使って膝を蹴り上げた。ハイムダルは膝をつき、すかさずロキの連続蹴りが腹部を叩いた。
だが…倒れない。
ロキが渾身のハイキックを放とうとした瞬間、ハイムダルが彼の足を掴み、地面に叩きつけた。
橋が軋む。轟音が響く。
ロキは体を捻って逃れ、反射的に喉元に蹴りを入れた。
ハイムダルはふらついたが…崩れはしない。
二人は距離を取る。
互いに息を切らし、血を流し…だが、口元には笑みが浮かんでいた。
(このままじゃまずい)
ロキは内心で叫んだ。
(奴は時間が経つほど強くなる…もう打つ手は一つしかない)
「絶望の渦ゼツボウ・ノ・ウズ」
彼の背後に闇の渦が生まれる。虚無そのものが呼応したかのように、黒いエネルギー球が空間に出現し、不気味な音を立てて収束していく。
「なんだそれは…?」
ハイムダルは警戒しながら構える。
「その程度の小細工で俺を倒せると思うな」
「…死ね」
弾丸のように、闇の球体が次々と降り注ぐ。橋が裂け、爆風が霧のように広がった。
煙が晴れたとき、ハイムダルは立っていた。
だが――彼の右腕は遠くに転がっていた。
「どうやら…ただの小技じゃなかったようだな」
彼は歪な笑みを浮かべる。
ロキは目を細めた。
「驚いたよ…本当は殺すつもりだったのに」
「俺は、そこらのやつとは違うってことさ」
ハイムダルは後退しながら考える。
(このまま長引けば…俺の負けになる。今、決着をつける)
彼は息を吐き、再び突撃。
ロキは双剣を構えるが、複数の斬撃を防ぎきれず、顔、胸、腕が斬り裂かれる。
戦いはさらに激化する。
剣と剣がぶつかり、後退し、また攻める。
ビフレストが震えるたび、空の裂け目が光を漏らした。
(やばい…奴にペースを握られた)
ロキの動きが鈍る。
(このままじゃ…)
「行くぞ!これは命を懸けたナイフバトルだ!」
再び突撃――
だが、その瞬間、世界が暗転した。
「なっ…!?」
冷たい刃が腹を貫く。鋭く、静かに、致命的に。
「お前だけが切り札を持っていると思うなよ」
ハイムダルの声が耳元に落ちる。
(毒…? いつ…?)
ロキは膝をつき、腹に突き立てられた刃を見た。
「いい戦いだった…とでも言いたいところだが」
ハイムダルは血を吐きながら吐き捨てる。
「お前はただの病原菌だ」
顔に唾を吐きかけ、立ち去る。
(橋の中心じゃなくてよかった…あの攻撃が橋を壊していたら…)
地面に伏すロキ。
指先すらまともに動かない。血が大地を濡らす。
(こんな…終わり方…あるかよ…)
そして、意識の底に、灰のような記憶が舞い始める――。
ロキの声が頭の中に響く。「なんだと……王子だと?」
「そうさ。闇の中に生まれ、この世界の運命を最初の呼吸から変える子だ」とフードを被ったあの人物――かつて友と呼んだ存在、第三十五番が答えた。
「お前、本気でそんなことを信じてるのか? 馬鹿げてる……」
「俺がお前に嘘をついたことがあったか?」
「この世界を変えた奴なら、もう出たじゃないか」とロキが睨む。「力で全てをねじ伏せた神が、な」
「だがこの子は、恐怖ではなく、希望で人々をまとめる。種族も、世界も、信仰も超えて、争いのない秩序を築く。そんな存在だ」
「……それって、諦めた奴の幻想だろ?」
「違う、これは俺の父が……最期に残した言葉だ」
「お前の……あの男のか?」
「ああ」
「それが本当なら……いつ、その子が現れるんだ?」
「分からない。ただ、現れる時が来る。だが……一つだけ、伝えておく」
「何だ」
「その時が来る頃……俺はもういない。代わりにお前がやらなきゃならない」
「ふざけるな。お前に勝てる奴なんて、いねぇよ」
「それが運命さ。変えられない」
「運命だと? そんなもの知るかよ。俺の人生を決めるのは、俺だけだ」
「……そのうち分かるさ」
「運命なんて、俺がぶっ壊してやるよ。絶対にな」
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現在。
ロキの身体を稲妻のような衝撃が貫いた。
「ふざけんなよ……!」ロキは血を吐きながら立ち上がる。「王子は……もう現れたんだ!」
前方にいたヘイムダルが、一歩後退する。「な、何を言ってる……?」
運命……ロキは静かに思う。もしこれがあいつの言った未来なら……俺は喜んで死を受け入れるさ。だが、その前に……勝たせる。
遥か彼方、エデンの身体が微かな光に包まれ、癒されていた。
ロキはふらつきながらも立ち上がり、牙を剥く。
「……毒に長く晒されてると、気づくことがあるんだよ」
彼の左腕が黒く染まり、紫に変色していく。
「何をした……それは……?」ヘイムダルが目を見開く。
「解毒の方法さ」
ロキは迷いもなく、自らの左腕を斬り落とした。
「もう、邪魔はねぇ」
「そんな……馬鹿な……!」
ロキは再び飛びかかった。双刃が闇のように舞い、ヘイムダルも全力で応じた。鋼がぶつかり合い、光と闇が火花を散らす。
もはや技ではなかった。本能の戦い。生き残りたいという、ただそれだけの渇望。
限界を超えたその瞬間――
刃が、互いの心臓を貫いた。
ヘイムダルは呻き、血を吐いた。「ば、ばかな……」
ロキは膝をつき、笑った。
「……俺の勝ちだ」
二人の身体が同時に倒れる。微かな呼吸だけが残った。
「運命なんて……クソくらえだ」
そして、神々の戦いは石碑に刻まれた。
フェンリル vs オーディン。
トール vs ヨルムンガンド。
ロキ vs ヘイムダル。
最後の瞬間、ロキは天を見上げて、微笑んだ。
「……あとは任せたぞ、王子」
ビフレストが静かに崩れ始める。
天から落ちる光の石の中、遠くから誰かが叫んだ。
「ロキィィィ!」
それは、エルシフの声だった。
だがロキは、もう答えなかった。
彼の残したものは、血と刃と――未来だった。