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第44章:クレタ島のパーティー(第3巻:アトランティス)

穏やかさは必ずしも平和を意味するわけではない。時には、それはより大きなショーの幕開けに過ぎないこともあります。戦場の火は消えたかもしれないが、生き残った人々の足元でその残り火はまだくすぶっている。


戦争の後には必ず静寂が訪れ、それとともに、すべてが所定の場所にあるかのような幻想が生まれます。体は癒され、街は再建され、人々の顔には笑顔が戻ります。しかし、権力の中枢では沈黙が戦略となり、休戦が新たな戦闘形態となる。


失われたものの残響は今も空中に漂っている。死んだと信じられていた兄弟、偽りの報告に隠された決断、暴露されたら王国だけでなく多くのものを滅ぼしてしまうことを恐れて隠されていた真実。


それでも、人生は続くのです。少なくとも、彼は努力している。


今、海の上に堂々とそびえ立つ大邸宅の黄金色の輝きの下に、学生たちが再び集まっています。戦うためではなく、乾杯するためです。表面上は、歓迎、夕食、休戦といっただけの祝賀会です。


しかし、すべての行為には多くの側面があり、最も明るい笑顔の裏には、最も鋭い牙が隠れていることが多々ある。


だって、パーティーでも…戦争は起こり得るんだから。


————————————————————————————————————————————————————————————————


「――彼の兄を?」


ゼウスが驚いたように眉を上げた。


「ゼロのことを言っているのか?」




「はい、その通りです」


シュンはためらいなく答えた。




ゼウスは少し視線を落とし、記憶を探るように沈黙する。




「信じられん……最後にゼロについて知らされたのは、特殊部隊の任務中に死亡したという報告だった。遺体も……報告は明確だったはずだ」




「それが、私たち全員が受け取った“公式の”報告です」


シュンは腕を組んで言った。


「だが、どうやらあれは精巧に仕組まれた偽装だったようです。彼は自らの死を演出した」




「なに……?」


アフロディーテが眉をひそめる。


「ちょっと待って、ついていけない……エデンに兄がいたってこと?」




「そうです。彼には兄がいます」




「なぜ私はそのことを知らなかったの?」




「それは、私たちが彼の存在を完全に抹消したからです」




「……どうしてそんなことを?」




「ゼロは模範的な生徒で、名誉をもって卒業しました。初めから並外れた力を持っており、エデンと同様に――いや、それ以上にその力を制御していました。王に直接スカウトされた後、彼はあまりにも貴重かつ脆弱な存在になってしまった。だからこそ、彼を守るため、彼の周囲を守るため、彼の過去は徹底的に消されたのです」




アフロディーテは目を細めた。


「なるほどね……」




「しかし――」シュンは続ける。


「十年前、ある極秘任務が行われました。彼が死亡したとされる作戦です。けれど本当は、変身術を使って別の遺体を自分に見せかけた。すべて計画されていたんです」




「なぜそんなことを……?」




「理由はわかりません。逃げたのか、あるいは並行して別の任務を帯びていたのか……。ただ一つ確かなのは、“革命派”が彼を探しているということ――そして、エデンも」




「……それで、あなたはこんなに落ち着いていられるの?」


アフロディーテの声がやや鋭くなる。


「一人でサンタイに乗り込んで連れ戻すこともできるはずでしょ?」




「エデンが自らの意思で行動した以上、私が口を挟むべきじゃない。ノークでの出来事のあと、彼の中で何かが変わった。私は信じています。彼自身が決断して戻ってくると」




「それに――」ゼウスが重々しい口調で割って入った。


「こちらが無断でサンタイ王国に踏み込めば、それは国際問題になる。彼らだけでは済まない。連合国すべてを敵に回すことになるだろう。……正直、これ以上の戦争はごめんだ」




アフロディーテは深く息を吐いた。


「……じゃあ、他に手はないのね」




「ない」


シュンは遠くを見つめながら答えた。


「今は、エデンを信じるしかない」




* * *




言葉にできない想いだけが、時を重たくした。




GODSの大講堂――


沈黙の中、アフロディーテは演壇の前に立ち、はっきりとした声で告げた。




「ご存じの通り、アイザックとエデンは現在不在です。しかし、それでもトーナメント・オブ・ゴッドは止まりません。授業を含むすべての活動は、第二ラウンドの代表選抜のポイントとしてカウントされます。いいですね?」




「はいっ!」


生徒たちは一斉に答えた。




「それから、明日の夜、ホエール邸にて夕食会を開きます。新しい一時学生――サラ・ブリクストさんの歓迎も兼ねて。そして、第二ラウンドの抽選会も同時に行います。以上です。解散」




ざわつきながら、生徒たちは教室をあとにした。




廊下でシュウがサラに声をかける。




「……どう? 慣れてきた?」




「何が?」




「この学校に」




サラは少し考えてから答えた。




「……そうね。少なくとも今は、ノークよりずっとマシだわ」




「だよな……」


シュウは視線を落とす。


「正直、あそこで見たことは一生忘れられそうにない」




「私もよ」




シュウは唇を引き結んだ。




「……謝らせてほしい」




「謝る? 何のこと?」




「ノークの戦いのとき……何もできなかった。足を引っ張っただけだ。君がいなかったら、俺は――」




「やめて」


サラは真剣な声で遮った。


「私だって何もできなかった。あの時、あの男が来てくれなかったら、私たち二人とも終わってた。今さら責め合っても意味がないわ。大切なのは――学ぶこと。そして二度と同じ過ちは繰り返さないこと」




シュウはうなずいたが、その顔に残るのは悔しさだった。




「……そうだね。もう誰かに助けられるだけの自分でいるつもりはないよ」




夕暮れが雲を金色に染める頃、白馬に引かれた豪奢な馬車が次々と海辺の断崖にそびえる大理石の大邸宅――“クジラの館”――へと到着し始めた。




「ようこそクジラの館へ」


ポセイドンの従者、パチが格式高い声で一礼しながら、馬車の一台一台を出迎えた。




「なんて不快な場所だ……」


ゼフは馬車を降りるなり、ぼそりとつぶやいた。




「またその顔?」


腕を組んだロワが呆れたように言う。


「ここに来てからずっと不機嫌ね。いつにも増して。」




「そうだな」


セバスチャンも眉をひそめた。


「何かあったのか? いつもよりさらに不機嫌に見える。」




「……いや。ただ、ここの空気が嫌いなだけだ」




「ようこそ……」


パチは続けていたが、ゼフの姿を目にした瞬間、顔を輝かせた。


「おお、これはこれは。お久しぶりでございます、お坊ちゃま」




「……“お坊ちゃま”?」


ロワとセバスチャンが声を揃える。




「口を閉じろ、クズが」


ゼフはパチに殺気を向けながら唸った。




「そんなに家族に会いたくないなら、なぜ来た?」


ヨウヘイが横から歩み寄る。


「いい加減、子供じみた態度はやめろ」




ゼフは何も言わず、水の三叉槍を即座に召喚し、ヨウヘイの喉元へと突きつけた。




「死にたいのか?」




「その槍、今すぐ下ろした方がいいぞ」


ヨウヘイの声は冷たく静かだった。




その瞬間、二人の背後から大きな腕が両者を抱き込むように現れた。




「まあまあ、落ち着けって」


重々しくも柔らかな声が割って入る。




現れたのはポセイドンだった。


頬にはゼフの三叉槍によるかすり傷が残っていた。




「やるじゃないか」


彼は歪んだ笑みを浮かべながら言った。


「ずいぶん強くなったな、我が息子よ」




「その口で“息子”なんて言うな、汚らわしい」


ゼフは槍を払った。




「やめてよね、ポセイドン!」


アフロディーテの声が割り込む。


「私の生徒を挑発しないで!」




「はいはい、仰せの通りに」


彼は両手を上げ、降参のポーズ。


「まったく、怖いお人だ」




「さあ、みんな中へ。座席を探して」




* * *




館の中は、まるで海神が彫り上げた古代の神殿のようだった。


化石化した珊瑚の柱、巨大な真珠のランプ、サファイアで装飾されたモザイクがホールを彩っている。


各ランクの生徒たちが所定の席に着き、神々の面々――ヘルメス、アレス、ヘスティア、ディオニュソス――が演壇から見守っていた。




突然、明かりが消え、中央の舞台にだけスポットライトが落ちる。




「またこの演出か……」


ゼフは眉をひそめる。




ライトが再び灯ると、中央にはポセイドンが立っていた。手には杯。




「皆、ようこそ私のささやかな館へ」


彼の声はよく響いた。


「今夜は、新たな生徒の加入だけでなく、重要な節目の到来も祝います。数名には極めて重要な任務が与えられることになるでしょう。一緒に働けることを光栄に思います」




ゼフの背筋がぞくりと震えた。




(その笑み……。何を企んでやがる、クソ親父)




「では、紹介しよう――新たな生徒、サラ・ブリクスト!」




拍手が湧き起こった。


サラは少し緊張しながらも、しっかりと笑顔で壇上に上がる。




「皆さん、ありがとうございます……。戦地から来た私ですが、ここで成長し、全力を尽くします。温かく迎えてくださって感謝します」




「GODSへようこそ、サラ・ブリクスト」


アフロディーテが彼女の制服にアカデミーの紋章をつける。




再び拍手が巻き起こる。今度はより温かく、歓迎の色が濃かった。




* * *




しばらくして、ホールの隅――


アフロディーテはポセイドンを真珠の柱の前に追い詰め、片手でその首を締めていた。




「さっきの茶番、どういうつもり?」


彼女の声は低く、怒気を含んでいた。




「やれやれ……」


ポセイドンはかすれた声で返す。


「お祝いの場でそんな乱暴は無粋だよ、アフロディーテ」




「騎士道なんて語らないで。あんたがそれを語る資格なんてない」




アフロディーテはさらに力を込めた。




「今すぐ白状しなさい。何を企んでるの?」




「やれやれ……そんなに情熱的に迫られたら、照れるじゃないか」




ポセイドンは、なおも笑おうとした。




「この野郎ッ!」


アフロディーテの叫びとともに、その脚が猛烈な勢いでポセイドンの顔面へと放たれた。


だが、それを彼は片手で難なく受け止めた。まるですべてが計算されていたかのように。




「この美しい顔を傷つけさせるわけにはいかない」


低く、だが殺気を孕んだ声でポセイドンが言った。


「必要なら……お前を殺す」




アフロディーテは即座に後退した。肉体的な恐怖ではなく、一瞬にして溢れ出たその“神”としての殺意に。


その優雅さの裏に潜む闇。あまりに多くの一線を越えた神々だけが纏う、あの冷たい影。




「そんなに知りたければ…教えてやるさ」


ポセイドンは落ち着いた様子で衣を整えた。


「だが今じゃない。すべては“その時”に。なぁ、アフロディーテ」




* * *




宴の中心では、ディオニュソスが机の上で踊り狂っていた。片手に杯、体中から酒の香り。


音楽、拍手、笑い声――すべてが浮かれた幻想のようだった。




カン…カン…


微かな鐘の音が、やがて厳かな響きへと変わる。




「何の音…?」


アフロディーテが振り向いた。




「抽選の時間らしいな」


ポセイドンが作り笑いで答える。


「さあ、戻ろうか」




「ええ…」




「どうぞ、お先に」


彼は優雅に一礼した。




アフロディーテが無言で進む中、ポセイドンは入り口で立ち止まったままだった。




「何をしているんだ、ゼフ?」




その声は、闇に鋭く突き刺さった。




海の神像に隠れていたゼフが、音もなく屋根から降りてきた。




「気配を消したつもりだったが」


彼の声は冷たく乾いていた。




「消せていたさ」


ポセイドンは認めた。


「だが、憎しみまでは隠せなかったな。強者に対しては通じないぞ」




「なら、もう隠れる意味はない」


ゼフが一歩前に出る。




「では聞こう。なぜここに隠れていた?」


ポセイドンの声は嘲るようだった。




「質問するのは俺だ、お前じゃない」




ポセイドンは笑みを浮かべた。いつもの、ゼフが最も憎み、恐れてきたその顔だ。




「どうぞ、お好きに……ご子息様」




「俺たちをここに集めたのは何のためだ?」


ゼフが問うた。


「新入りの歓迎会だなんて、信じるほど馬鹿じゃない」




ポセイドンは何も言わず、一歩近づくと、ほとんど見えない速さで海の刃をゼフの首筋に当てた。




血が、一滴、床に落ちる。




「だが幸運だな」


声は柔らかいが、刃は冷たい。


「俺はまだ……少しだけ、お前に情がある」




ゼフは凍りついたように動けなかった。その虚ろな目がすべてを物語っていた。




だが――


ポセイドンの背中に、冷たい刃が触れた。




「ほう…」


彼は振り返らずに呟いた。


「これは驚いた。まさか君が来るとはね」




「よくもまぁ、実の息子の前でそんなことが言えるな」


ヨウヘイの声は、低く冷たい。




「……息子? あいつが?」


ポセイドンは鼻で笑った。


「俺の血を引いてるだけの、出来損ないだ」




ゼフは無言だった。その顔にはもはや怒りも悲しみもなかった。




「へぇ…」


ヨウヘイが応じた。


「でもな、俺はこう思う。お前なんか、ゼフの足元にも及ばねぇよ。あの時ゼウスがいなかったら、お前も兄貴も胃の中だったんじゃねぇのか?」




ポセイドンの笑みが歪む。




「まったく……お前もあいつにそっくりだな。無礼で、気に入らん」




「おーい! 二人とも何やってんのよ!」


入り口からロワが叫んだ。


「抽選始まるわよ!」




「はいはい、今行くよ」


ヨウヘイが刃を下ろす。




ゼフは何も言わず、背を向けて去っていく。




「また会おう、ゼフ」


その言葉は、呪いのように闇へと響いた。




* * *




大広間の中、灯りが落ち、ガラスの天井に魔法の投影が現れる。




中央に現れたのは、整った装いのヘルメス。


その笑顔は、どこまでも爽やかで軽やかだった。




「皆さーん! こんばんはー!」


彼の声がホールに響く。


「第2ラウンドの抽選にようこそ! 今回は、5つの学院が参加します! GODS、ミガツ、ズターツ、ネキアム、そしてウェティンズ! さらに、昨年の準優勝校――ネーデ学院が加わります!」




どよめきが学生たちの間を駆け抜けた。




「それでは……」


ヘルメスが指を立てる。


「抽選、始めましょうか」

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