場合によっては、起源が選択されないことがあります。
それはただ受け継がれるもの…鎖で作られた王冠のように。
魂がすぐに受け入れることのできない真実があります。
それらはぼやけた記憶の中に、語られたことのない言葉の中に隠れている。
血は流れないが、重くのしかかる傷の間。
正当な者は誰ですか?権利を持って生まれた者か、それとも苦痛を伴って権利を獲得した者か?
そして、王位が呪われているのなら、王であるということは何を意味するのでしょうか?
海は忘れない。
神に見捨てられた者たちも同様である。
そしてその奥深くに…答えが待っています。
しかし、試練もあります。
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ゼフは足取りこそ揺るがなかったが、頭の中は嵐のように渦巻いていた。
輝くような都市の中心が周囲を包み込む。だが今回は観光客でも訪問者でもない。
(どうやら、ここか……)
広場の磨かれた建築を見上げながら思った。
(なぜ武器を持たずに来いと言った?これって訓練じゃないのか?)
その時、ミュネセオが群衆の中から現れた。まるで何十年もこの瞬間を待ち続けていたかのような静けさをまとって。
「指示が多くてすまなかった」と、王子は口を開いた。「だが、疑われるわけにはいかなかった」
ゼフは眉をひそめる。
「疑われる?何のことだ。お前は俺の師匠だろ?」
ミュネセオは声を低くした。
「そうだ……だが、ずっと君を待っていた」
「待ってた?“俺たち”って、どういう意味だ」
短い沈黙。
「すぐに分かる。さあ……ついてきてくれ」
警戒しつつも、ゼフはうなずいた。
二人は口を閉ざしたまま、商人で賑わう通り、水の浮遊する泉や神殿を通り過ぎ、やがて都市の外れへと向かった。
「何を企んでる?どこへ連れていくつもりだ」
景色が岩だらけになる中、ゼフが問いかける。
「すまない。ここでは話せない。目的地に着けば分かる」
その時、不意に声がかかった。
「どこへ行くつもりですか、ミュネセオ殿下?」
巨大な外壁の門の前に、一人の衛兵が立ちはだかった。
「王トリトン陛下の特別な許可を受けている」と、ミュネセオはためらいなく応じる。「境界外で訓練をする。都市に損害を与えたくないからな」
衛兵は顔をしかめた。
「外界への立ち入りは禁止されておりますが……」
「王の命令に逆らう気か?」
「い、いえ……ただ……」
「ならば門を開けろ。従わなければ責任を負うことになる」
短くも張り詰めた沈黙の後――
「は、はい……」と、衛兵はついにレバーを回した。
ギィイイィン……と重く響く音と共に、扉が開き、霧の海へと続く道が現れた。
歩きながら、ミュネセオが振り返った。
「水中で呼吸できるか?」
「できる。どうしてだ?」
「なら、行こう」
そう言って、ミュネセオは海へと飛び込んだ。
(こいつ……何考えてるんだ)
ゼフはため息をつき、続けて海へ飛び込む。
水の圧力が全身を包む。
青い静寂の中、遠くでミュネセオの姿が光って見えた。
その体は水中の適応形態に変化しており、腕には鰭のようなものが広がっていた。
(聞こえるか?)
声が頭に直接響く。
(ああ……)
(ついて来い)
ミュネセオは捕食者のような速度で泳ぐ。
ゼフは全力で後を追った。珊瑚礁を超え、どんどん深くへ――
やがて、影の中から姿を現したのは――
崩れた柱、倒れた像、珊瑚に飲まれた神殿たち。
そこには、水底に沈んだ“都市”があった。
「これは……なんだ……?」
ゼフは思わず呟く。
「ようこそ、古代アトランティスの首都へ」
ミュネセオが前方で言った。
ゼフは崩れたドーム、石に刻まれた印を見つめる。
その廃墟には、今も威厳が宿っていた。
「行こうか」
「……ああ」
二人は海藻に覆われた回廊を進み、やがてサファイアでできた巨大な建造物に辿り着いた。
ミュネセオに導かれ、門をくぐると――
水が、一瞬で弾け飛んだ。
ゼフは空気の中に投げ出され、ガラスの床に落下した。
「ぐっ……!いや、骨が二十本ほど逝ったかもな……」
よろめきながら立ち上がった彼は、目の前の光景に言葉を失う。
「まさか……ここ、空気があるのか……?」
そのとき、柔らかな声が響いた。
「王子……ゼフ王子ですか?」
影の中から、一人の人物が現れた。
「お前……誰だ?」
その瞬間、四方から次々と現れる人々。
柱の裏に隠れていた男たち、女たち。
皆、静かな目でゼフを見つめていた。
「……な、なんだこれは……ミュネセオ!?説明しろ!」
その時だった。
一斉に、彼らはひざまずいた。
「ようこそお帰りなさいませ、我らが王、ゼフ様」
呼吸が、止まった。
「ミュネセオ……」
王子はひざまずいたまま、ゼフに顔を向ける。
「……我が王よ」
ゼフは一歩後ずさる。
「これって……どういうことだ……?」
ミュネセオは頭を下げたまま言った。
「すべて、今からご説明いたします」
回想──10年前
海上にそびえ立つアトランティスは、まるで神々の宝石のように輝いていた。
その夜は、青い月が空に浮かぶ祝祭の日。
通りには儀式用の布が敷かれ、燃えるような青い炎の松明を掲げた市民たちが静寂の中で列をなしていた。
フードを被った者たちが行進し、宮殿を囲むように小さな焚火を灯していく。
火は石に刻まれた細い水路を流れ、やがて広場の中心に描かれた三日月の印へと辿り着いた。
その瞬間、紋章が光り輝き、都市全体が魔法のような青い光に包まれた。
王宮のバルコニーの上、ポセイドンがその威厳をまとって立ち上がった。
「アトランティスの民よ!」
その声は海風を切り裂くように響いた。
「今日は、我が愛しき王国の建国を記念する“青月の夜”である!」
松明の海を前にして、彼は視線をゆっくりと走らせた。
「我らは世界に門を開き、世界はそれを歓迎した。文化を守り、血を保ち、そして今――十人の王子たちにより未来は約束された。彼らが叡智と慈愛をもって統治するであろう。さあ、アトランティスの繁栄に祝福を!」
「万歳!!」
民衆が歓喜の声をあげ、手を高く掲げた。
広場の中心では、山羊が一刀のもとに捧げられた。
その血は月の印へと流れ込み、激しい光を放つ。まるで海そのものが呼吸しているように。
「アトランティスの栄光のために!!」
ポセイドンの声が轟いた。
「王に栄光を! 王子たちに栄光を!」
幾千の声が応えた。
だがその場面を、宮殿の柱の陰からじっと見つめる幼い影がひとつ。
その瞳に映るのは青い炎、だがその中に温もりはなかった。
「……うらやましいな」
少年はそう呟いた。
王宮の奥、光の届かぬ部屋。
ステンドグラスの月明かりがわずかに差し込む。
「クリトは……どうだ?」
ポセイドンは眉間に皺を寄せて問う。
「陛下……王妃様は、もう長くは……」
重く沈んだ声で顧問が答える。
「無理でもやれ! クリトは死なせん!」
「ですが、それには……」
「急げ!!」
顧問は顔を固くして部屋を後にした。
離れの寝室。少年はベッドに横たわる女性のそばに静かに座っていた。
「お母さん……今日、ね、すごいのを見たんだ」
女性は答えない。瞳は開いているが、どこも見ていない。
だが、口元にはかすかな笑みが残っていた。
まるで、まだ何かを聞いているかのように。
「お祭りだった。全部が光ってたんだ。とっても綺麗だった……今度こそ一緒に見ようね。絶対に、連れて行くから」
雨が降りしきる中、新しい墓標の前に、少年は膝をついていた。
濡れた髪が顔に張り付いている。震える声が、途切れながら漏れる。
「ごめん……ごめん……ごめん……」
「……坊ちゃん」
傍にひざまずく顧問が静かに語りかけた。
「坊ちゃんは、何も悪くない。王妃様は心からあなたを愛しておられた。何一つ責めることなど……」
「でも、約束を守れなかった……」
「王妃様が望んでいたのは、ただひとつ――あなたが幸せになることでした」
重く響く打撃音。
それは壁ではなく、肉の上で鳴った。
ポセイドンは拳を振り下ろしながら叫ぶ。
「貴様のせいで……クリトは死んだ!! この呪われた子め! 貴様が生まれなければ……!」
少年は叫ばない。涙も見せない。
ただ、ぼんやりと虚空を見つめていた。まるで魂がここにないかのように。
「……お前なんか、生まれてこなければよかった。呪われた存在だ!!」
再び腕を振り上げる。だがその手を、顧問が止めた。
「どうか……陛下、おやめください」
「貴様……命令する気か?」
「いいえ……ですが、王妃様は、それを望まれていません」
拳が唸りを上げて、顧問の顔を打った。
「好きにしろ。あの子など、どうでもいい」
ポセイドンは背を向け、冷たい沈黙だけが残された。
顧問はそっと少年の血を拭った。
「……今まで、何もできずにすまなかった。だが今日から……俺は、変わる」
夜の闇を裂くように、逃走が始まった。
兵たちの怒声、魔法の閃光、追撃の足音。
顧問は少年を抱え、禁じられた回廊を全力で走った。
「止まれ!もう逃げ場はないぞ!」
返事はない。
顧問は古の術を使い、姿を霧と共に消した。
「坊ちゃん……」
海底用のカプセルを起動させながら、彼は語った。
「強くなくても、賢くなくても、大きくなくてもいい。ただ……幸せになってくれ。それだけが、王妃様の願いだった」
少年はすべてを理解できたわけではない。
だが、彼の瞳には涙が浮かんでいた。
次の瞬間、カプセルは封じられ、深海へと沈んでいく。
まるで最後の涙のように、静かに、静かに――。
顧問は逃げなかった。
捕らえられ、鎖に繋がれ、殴打され、王の玉座へと引きずられていった。
「何を企んでいた?」
ポセイドンの声は低く、冷たかった。
「あなたから……彼を解き放ったのです」
「王にその口をきくな!」
近くの兵が激しく殴りつけた。
血を吐きながら、それでも顧問は目を逸らさなかった。
「なぜ……あの子を恐れるのですか、陛下? なぜ隠した? なぜ“あなたの型”に合わぬ者を葬るのですか?」
ポセイドンの歯が軋む。
「……トリトンは“異端”だった。貴様ら純血のアトランティスの中で、異物だった。王位を継がせるなど、論外だった!」
「では他の子らは? “普通”じゃなかったという理由で、いったい何人を――」
「黙れッ!!」
怒りに任せて、ポセイドンは顧問の手首を斬り落とした。
「もう一言でも口にすれば、ここで命はないと思え」
玉座の間の緊張が、砕けたガラスのように崩れ落ちた。
ひとりの衛兵が駆け込む。息が切れていた。
「陛下――!」
だが、それ以上は言えなかった。
腹部を貫いた剣が、音を立てて床に落ちたとき、室内は静寂に包まれた。
「な、なんだと……?」
ポセイドンが無意識に一歩後ずさる。
扉が激しく開かれ、三つの影が姿を現す。
先頭に立つ青年は黒い三叉槍を背に背負い、髪は空気さえも怯えるかのように揺れていた。
「やあ、父上」
感情のない笑みを浮かべながら、彼は言った。
「トリトン……? 一体何をしている?」
返事を待つ暇もなかった。
トリトンの拳がポセイドンの胸に直撃し、その身体は石の壁を突き破って宙を舞った。
神の身体が投げ出され、瓦礫の山へと消えていく。
「トリトン様……!?」
ダリアンが呆然と呟く。
「なぜここに……?」
トリトンは首をかしげた。
「君か。見覚えがあるよ。久しぶりだね、ダリアン」
塵の中から、ポセイドンが現れる。
怒りと驚愕に息を荒げながら、彼は周囲を見渡す。
都市全体が燃えていた。
青い炎が屋根を、旗を、神殿を喰らい、夜空すらも炎の天蓋と化していた。
「これは……あり得ない……!」
「なぜこんなことを!?」
ダリアンの叫びがこだまする。
「大きな変革には、それなりの代償が必要だ」
トリトンの兵がひとり近づく。
「殿下、こいつらはどうしますか?」
「放っておけ」
トリトンは一瞥もくれずに言った。
「彼らはもう役に立たない。……悪く思うなよ」
ポセイドンの部下が彼の身体を支えようとする。
「陛下……! しっかりしてください! 奴らが……首都を……!」
「……気に入ったかい? 父上」
トリトンが手を掲げる。
「これは、あなたのために用意した演出だよ」
ポセイドンは歯を食いしばり、なんとか立ち上がった。
「このクソガキ……! 年長者への礼儀を知らんのか!」
「俺の“父親”は、ずっと不在だったからな。それも俺の責任か?」
「貴様……ッ!」
ポセイドンの金色の三叉槍が閃き、手元に戻る。
その瞬間、海はうねりを上げ、水の巨塔が天を突く。
「真の力、見せてやろう」
トリトンもまた、手を伸ばす。
影の中から、傷だらけの黒い三叉槍がその手に落ちる。
「さあ、見せてみろよ……ポセイドン」
その瞳が変わる。
深海のような蒼が、漆黒に染まり、虹彩の縁には紫が灯る。
肌は鱗を帯び、気配が爆発的に広がった。
そして――瞬きの間に、彼は目の前にいた。
衝突。
激突の余波で海が割れ、空が唸り、珊瑚が砕け、王座が揺れた。
そしてその日、世界は少しずつ――沈み始めた。
現在。
ダリアンは視線を落とした。
「その後の戦いは……分からない。私は他の古きアトランティス人と共に逃げた。
何週間も待ったが、戻った時には街はすでに……ただの廃墟だった。
何が起きたのか……今でも分からない。
だが、トリトンが玉座を奪ったのは確かだ」
ゼフは言葉もなく立ち尽くす。
呼吸は浅く、心臓が暴れるように打ち続ける。
「どうして……どうして俺は、何も覚えていない……?」
「心が自分を守ったのかもしれない」
と、ムネセオが穏やかに答える。
「ときに、人は記憶を封じてしまうんだ。あまりに深く傷つかないように」
「すまない、ゼフ」
と、彼は続けた。
「我々は、君がどうなったのか、トリトンがどうなったのか――何も知らされなかった」
「気に病まないでくれ」
と、ダリアンが口を挟む。
「王妃様は、どうにかして事態を避けようとしていた。……トリトンのことも、君のことも。だがポセイドンは、耳を貸さなかった」
ゼフは拳を握りしめる。
「……母さん……」
沈黙が再び部屋を満たした。
「なぜ……なぜ俺を待っていた?」
ゼフが絞り出すように問う。
「君の運命は、トリトンの鏡だ」
と、ダリアンが答えた。
「だが君は、闇に堕ちなかった」
「……闇?」
「トリトンを支えたのは、“ブラック・ライツ”という組織だ。
彼らが、彼に王座を与えた」
ゼフは凍りつく。
その名が頭に響いた瞬間、すべてが蘇る。
グレクでの戦い、あの男の瞳、そして呪縛のような恐怖――。
「ブラック・ライツ……」
「ゼフ」
ダリアンは静かに言った。
「まだ準備ができていないのは分かっている。だがそれでも――
私たちは君に、次の王となってほしい」
ゼフは一歩、後ずさる。
「……な、何を言ってるんだ……?」
「君はアトランティスの希望だ。
ポセイドンは、きっと近いうちにこの地を奪い返しに来る。
だが、今のままトリトンが治め続けるなら……この国に未来はない」
ゼフはムネセオに視線を向けた。
「……他の王子たちは?」
「ほとんどはトリトンについている」
と、ムネセオが答える。
「彼らもまた、“純血”ではない。だからこそ……長く地下に隠されてきたことを、受け入れることは難しいだろう」
ゼフは視線を落とす。
その重圧に、膝が折れそうになる。
「俺には……そんな器はない……」
乾いた音が響いた。
誰かの皮肉な声が、背後から飛ぶ。
「……その通りだな。坊や。お前にそんな資格はない」
ゼフは振り返る。心臓が縮み上がる。
黒い鱗の鎧に身を包んだ男が、入り口に立っていた。
その瞳は、深海に沈んだ刃のように鋭く、そして冷たい。
「お友達のところへ戻った方がいいんじゃないか?」
と、彼は嗤った。
「……なぜ……なぜここに……」
ムネセオが、かすれた声を漏らす。
――トリトン直属、黒装の親衛隊長。
その名はヴェイル。
そして彼の登場こそが、
**真の王座からの“宣告”**だった。