選ばれるようにできていない瞬間もあります。
運命が問わない瞬間…それはただ吹き飛ばされる。
時には、真実は答えではなく責任とともにやって来ます。
そして、あなたの血管を流れる血液は、たとえあなたがそれを無視したとしても、決して語り続けるのです。
遅かれ早かれ、それはあなたに追いつきます。
危機は単なる外部からの脅威ではない。
それは内部破裂です。
準備ができていないことへの恐怖。
求めていない物語の重荷。
そして魂に響く疑問:
周りのすべてが崩壊したとき、私はいったい何者なのでしょう?
混沌の中心では、最強の者が生き残れないからです。
しかし、立ち続けることができたのは...
あなたの周りのすべてが崩壊するとき。
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ゼフは全力で突進し、剣を振り抜いた。狙いはヴェイルの胸元。
だが――その刃は、無情にも止められた。
ヴェイルの掌が、あまりにも簡単にそれを受け止めたのだ。
「これが……お前の全力か?」
ヴェイルは呟き、口元に失望の色を浮かべた。
「時間の無駄だな」
「……このクソ野郎ッ!」
ゼフは歯を食いしばるが、次の瞬間。
ヴェイルの膝が彼の腹を抉った。
鈍く、重い衝撃。
ゼフは膝をつき、呼吸もできずにうずくまる。
「ゼフ!」
ムネセオが駆け寄ろうと一歩を踏み出す。
だが、ヴェイルがその視線を向けた。
「残念だよ、ムネセオ。君はトリトン様の理想に共感していると思っていたのに」
「共感? 冗談だ」
ムネセオの瞳が怒りで燃える。
「俺はアトランティスの誇りを捨てたくない。ただそれだけだ」
「“誇り”……ねぇ」
ヴェイルが鼻で笑う。
「お前にそんなものがあるのか? まさか……かつての王妃が——」
言い終わる前に、ゼフの拳がヴェイルの顎を捉えた。
「母の名前を、汚い口で語るな!」
その衝撃で、ヴェイルの身体は石柱を貫いて吹き飛んだ。
ヴェイルは瓦礫の中から立ち上がり、頬を触りながら呟く。
「……今のは……何だ……? 見えなかった……力を隠していたのか……?」
ゼフは振り向き、ダリアンを見つめた。
「……ありがとう。過去のことは思い出せないけど……あんたの気配は本物だ。
王なんて、俺には重すぎる……でも、あんたたちを守るためなら、命は惜しくない」
その身体から、まばゆいエネルギーがあふれ出す。
その圧は、地面をひび割れさせるほどだった。
「ムネセオ、皆を連れてここから離れてくれ」
「だが――!」
「頼む! もう誰にも傷ついてほしくない」
ムネセオは数秒だけ迷ったが、頷いた。
「……分かった。気をつけろ、ゼフ」
「ええ」
ヴェイルは埃を払いつつ近づいてくる。唇には冷笑。
「いい根性だ。でも……一つ問題がある」
空が――揺れた。
都市の各地から、兵士たちが押し寄せてくる。
百……いや、数百。武装し、統制され、鎧にはトリトンの紋章が光っている。
「俺は……一人じゃないんだ」
ゼフの喉が鳴る。
「……くそっ……」
その時、ダリアンの声が空気を裂いた。
「アトランティスの者たちよ!」
全員が彼に目を向ける。
「武器を取れ! 王ゼフを……命を懸けて守れ!」
その叫びは、沈んだ都市全体に響いた。
鎧なき民たちが立ち上がる。
錆びた槍、傷ついた盾、素手、そして魔力。
彼らはゼフを囲むように、円を描いた。
「これは……」
ゼフが唖然とする。
「すみません、ゼフ様」
と、ダリアンは言う。
「ですが、私は信じております。たとえここで死のうとも……あなたが正しき未来を選ぶと」
ムネセオが隣に立つ。
「嫉妬するよ……こんなにも多くの人が、君を“王”と認めるなんてな。
ここで死ぬとしても、悔いはない」
ゼフの胸に、熱いものが込み上げてきた。
ヴェイルは声を上げて笑った。
「いいだろう。夢見る連中だ。じゃあ、まとめて地獄に送ってやる」
戦いは始まった。
兵士と市民がぶつかる。
鋼と信念。
魔法と覚悟。
ゼフの目に映るのは、血と汗と叫び。
「俺に……何ができる……? 本当に……あいつを倒せるのか?」
ヴェイルはムネセオとダリアンの同時攻撃を軽々といなす。
だが――
心の奥から、声が響いた。
『決して諦めるな。苦しいときこそ、強くあれ。守りたいものがあるなら、なおさらだ』
もう一つの声。優しくて……懐かしい。
『愛してるよ、息子』
ゼフの瞳が見開かれる。
――そして世界が、変わった。
肉体が跳ねるように前へと進む。獣のような動き。
斬撃は鋭く、避けられない。
ヴェイルの身体に、次々と傷が刻まれていく。
「な、何者だ……こいつは……?」
ムネセオは凍りついたまま呟いた。
「この動き……まさか……」
彼の記憶が過去へと繋がる。
ポセイドンが王子たちに授けた、唯一無二の技。
ゼフの速度は上がり続け、精度も増していく。
そのとき――
矢が見えた。
「ダリアン!」
ゼフは飛び出そうとするが、ヴェイルの打撃に妨げられる。
目の前で、矢がダリアンの胸を貫いた。
「――っ!!」
「くそがああああああ!!!」
ムネセオが怒りの嵐を放つ。
水の球体が兵士の列を吹き飛ばす。
ヴェイルは荒い呼吸をしながら、挑発する。
「どうした? 金貨でも拾ったか? 何でそんなにキスしたがる?」
そしてゼフの頭を地面に叩きつけた。
「離れろ……クソが……」
ゼフは必死に起き上がろうとする。身体は動かない。
だが、心は折れない。
「俺は……もう誰も……失えない……!」
そのとき、見知らぬ声が轟いた。
『邪魔だ』
拳が突然現れ、ヴェイルを遥か彼方へと吹き飛ばす。
沈黙。
「……そんな……」
ムネセオがかすれる声を漏らす。
「……まさか……もう来たのか……?」
ダリアンの息も絶え絶え。
煙の中から現れる、金色の影。
ゼフが顔を上げる。
「……うそ、だろ……」
崩れた瓦礫から、ヴェイルが立ち上がる。
その顔は崩れ、歯を食いしばっていた。
「……お前が……どうして……ポセイドン……?」
黄金の神は、皆の前に立ち尽くした。
その瞳は深海よりも冷たく、そして静かに語った。
「奪われたものを……取り戻しに来た」
ヴェイルの思考は混乱と恐怖でかき乱されていた。
「なぜ……なぜこの男がここに……? まさか……一人で来たのか……?」
ゼフは周囲の騒乱を無視して、ダリアンの傍にひざまずいた。
「大丈夫ですか……?」
ダリアンは血で濡れた唇に弱々しい笑みを浮かべた。
「もう長くは……持たないな。矢は臓器を貫いた……手遅れだ」
「そんな……そんなこと……!」
「大丈夫だよ、坊ちゃん……前を向け。みんな、君を信じてる」
ゼフが顔を上げると、そこには数え切れないほどのアトランティスの民が立っていた。
傷だらけで、疲れ果てていても……その目は、希望に満ちていた。
その後ろで、ポセイドンの姿が山のようにそびえ立っていた。
「ムネセオ、全員をここから連れ出せ」
神は静かに命じた。
「このまま残れば、全員死ぬ。……巻き込まれても構わんが、邪魔だ」
ムネセオが前に出た。
「外は兵士で埋まっている。出るのは不可能だ」
「“兵士”?」
ポセイドンは鼻で笑った。
「すでに全員、殺しておいた」
静寂。
水の音と、震える息づかいだけが残る。
「……嘘だろ……」
ヴェイルの全身に緊張が走る。
「いくら神とはいえ……あのトライデントがない今、そんなはずが……」
ポセイドンが一瞬、目を伏せた。
「かつての俺の過ち……それは、情けをかけたことだ。だが今日は違う。今日……すべてを滅ぼす」
その眼差しが、ダリアンに向けられた。
「まだ……生きていたか」
「もうすぐ、そちらに行くさ」
ダリアンは、静かに笑った。
ポセイドンはそっとかがみ込むと、低く囁いた。
「ありがとう……彼らを守ってくれて」
その場にいた者たちは、息を呑んだ。
戦場の音すら、一瞬止まったように感じた。
「今……感謝を……?」
ムネセオは信じられないものを見るように呟いた。
「……幸運を祈るよ、ポセイドン」
ダリアンはかすれた声で告げた。
遠くから、ヴェイルが見ていた。
「……憎しみもない。復讐の気配もない。……いったい何が……?」
だが、思考の余地はなかった。
次の瞬間。
ポセイドンの拳が、ヴェイルに突き刺さった。
一発、二発、三発……十発。
大気が震える。都市が軋む。
「ゼフ、行くぞ!」
ムネセオが腕を掴む。
「う、うん……!」
振り返りながら逃げるゼフ。
「……あの人は……いったい何者なんだ……?」
ヴェイルの身体は柱に叩きつけられ、瓦礫の奥へと埋もれていった。
その衝撃で、王宮全体が崩壊寸前に揺れた。
ポセイドンは静かに息を整える。
「……この力では……まだトリトンには勝てん。俺のトライデントが必要だ」
───
数分後、アトランティスの民は地上に現れた。
彼らの目の前に広がっていたのは――
戦艦の艦隊。
魔法で浮かぶ飛行船。
そして、神々の紋章で彩られた天空の艦艇。
ゼフが目を見開いた。
「こ、これは……一体……?」
霧の中から、白髪の女が降り立つ。
背には月光の弓。
アルテミスだった。
「早く! みんな、船に乗せて!」
彼女の指示で救出が始まる。
「これ……隠密任務じゃなかったのか?」
ゼフは混乱しながら尋ねた。
「そうよ……」
アルテミスは淡々と動きながら返す。
「でも仲間が捕まった。だから“プランB”を発動した」
「……プランB?」
「全面戦争よ」
「でも……なぜ、これほどの兵力が……?」
低く響く声がそれを遮った。
「それは俺の判断だ」
ゼフが振り向くと、腕を組んだアレスが立っていた。
「逃がせば、全てが終わる。だから今、潰す」
ゼフは黙って頷いた。
「……でも、あの都市はどうやって侵入する? あそこは……」
「それは、俺に任せろ」
ポセイドンが一歩前に出た。
その瞬間。
まるで世界が沈黙したかのような圧が周囲を包み込む。
エネルギーの波動が彼の身体から放たれた。
ゼフの膝が勝手に震え出す。
「こ、これは……“恐怖”だ……。ただそれだけが支配している……」
「そんな……うそでしょ……」
アルテミスの視線が釘付けになる。
ポセイドンの手には――
かつて失ったはずのトライデントがあった。
それは神々の時代を超える力を放ち、空気を切り裂く。
「時間がない」
彼は言い放つ。
「都市はまもなく沈む」
「は……?」
アルテミスが困惑する。
「どういう意味?」
「このトライデントこそが都市を支えていた。失えば……アトランティスは再び沈む」
「なら、なぜ持ち出した!? 正気か!??」
アレスが怒鳴る。
「俺が力を抑えれば……我らは敗北する。全てが無駄になる。
だから……全力で行く」
ダリアンが立ち上がろうとするも、崩れ落ちた。
「一人では無理だ……」
ムネセオが支える。
「何のことだ?」
「トリトンには、仲間がいる。黒衣の者たち、そして……他の王子たちも」
ポセイドンは静かに微笑む。
「十二人か……ちょうどいい。いい戦いになりそうだ」
ゼフが一歩前に出る。
「俺も行く。仲間を……見捨てるつもりはない」
「勝手にしろ」
ポセイドンは振り返らなかった。
「私たちも行くわ」
アルテミスが言う。
「敵が軍を動かしてきたら、終わるのはこっちよ」
───
遠く、アトランティスの中心。
一人の兵が玉座に駆け込む。
「報告します! 巨大な艦隊が到着しました……ポセイドンと共に!」
玉座から立ち上がる影。
トリトンだった。
彼は笑い出す。
最初は静かに。
やがて狂ったように。
「軍を出せ。艦隊は奴らに任せろ」
そして――
「ポセイドンは……この俺が殺す」
「はっ!」
トリトンは拳を握りしめ、目に宿る赤い光が水中を照らした。
「来いよ、ポセイドン……
貴様の全てを、今度こそ俺が打ち砕く」