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第51章: 危機

選ばれるようにできていない瞬間もあります。


運命が問わない瞬間…それはただ吹き飛ばされる。


時には、真実は答えではなく責任とともにやって来ます。


そして、あなたの血管を流れる血液は、たとえあなたがそれを無視したとしても、決して語り続けるのです。


遅かれ早かれ、それはあなたに追いつきます。


危機は単なる外部からの脅威ではない。


それは内部破裂です。


準備ができていないことへの恐怖。


求めていない物語の重荷。


そして魂に響く疑問:


周りのすべてが崩壊したとき、私はいったい何者なのでしょう?


混沌の中心では、最強の者が生き残れないからです。


しかし、立ち続けることができたのは...


あなたの周りのすべてが崩壊するとき。


————————————————————————————————————————————————————————————————


ゼフは全力で突進し、剣を振り抜いた。狙いはヴェイルの胸元。


だが――その刃は、無情にも止められた。




ヴェイルの掌が、あまりにも簡単にそれを受け止めたのだ。




「これが……お前の全力か?」


ヴェイルは呟き、口元に失望の色を浮かべた。


「時間の無駄だな」




「……このクソ野郎ッ!」


ゼフは歯を食いしばるが、次の瞬間。




ヴェイルの膝が彼の腹を抉った。


鈍く、重い衝撃。


ゼフは膝をつき、呼吸もできずにうずくまる。




「ゼフ!」


ムネセオが駆け寄ろうと一歩を踏み出す。




だが、ヴェイルがその視線を向けた。




「残念だよ、ムネセオ。君はトリトン様の理想に共感していると思っていたのに」




「共感? 冗談だ」


ムネセオの瞳が怒りで燃える。


「俺はアトランティスの誇りを捨てたくない。ただそれだけだ」




「“誇り”……ねぇ」


ヴェイルが鼻で笑う。


「お前にそんなものがあるのか? まさか……かつての王妃が——」




言い終わる前に、ゼフの拳がヴェイルの顎を捉えた。




「母の名前を、汚い口で語るな!」




その衝撃で、ヴェイルの身体は石柱を貫いて吹き飛んだ。




ヴェイルは瓦礫の中から立ち上がり、頬を触りながら呟く。




「……今のは……何だ……? 見えなかった……力を隠していたのか……?」




ゼフは振り向き、ダリアンを見つめた。




「……ありがとう。過去のことは思い出せないけど……あんたの気配は本物だ。


王なんて、俺には重すぎる……でも、あんたたちを守るためなら、命は惜しくない」




その身体から、まばゆいエネルギーがあふれ出す。


その圧は、地面をひび割れさせるほどだった。




「ムネセオ、皆を連れてここから離れてくれ」




「だが――!」




「頼む! もう誰にも傷ついてほしくない」




ムネセオは数秒だけ迷ったが、頷いた。




「……分かった。気をつけろ、ゼフ」




「ええ」




ヴェイルは埃を払いつつ近づいてくる。唇には冷笑。




「いい根性だ。でも……一つ問題がある」




空が――揺れた。




都市の各地から、兵士たちが押し寄せてくる。


百……いや、数百。武装し、統制され、鎧にはトリトンの紋章が光っている。




「俺は……一人じゃないんだ」




ゼフの喉が鳴る。




「……くそっ……」




その時、ダリアンの声が空気を裂いた。




「アトランティスの者たちよ!」




全員が彼に目を向ける。




「武器を取れ! 王ゼフを……命を懸けて守れ!」




その叫びは、沈んだ都市全体に響いた。




鎧なき民たちが立ち上がる。


錆びた槍、傷ついた盾、素手、そして魔力。


彼らはゼフを囲むように、円を描いた。




「これは……」


ゼフが唖然とする。




「すみません、ゼフ様」


と、ダリアンは言う。


「ですが、私は信じております。たとえここで死のうとも……あなたが正しき未来を選ぶと」




ムネセオが隣に立つ。




「嫉妬するよ……こんなにも多くの人が、君を“王”と認めるなんてな。


ここで死ぬとしても、悔いはない」




ゼフの胸に、熱いものが込み上げてきた。




ヴェイルは声を上げて笑った。




「いいだろう。夢見る連中だ。じゃあ、まとめて地獄に送ってやる」




戦いは始まった。




兵士と市民がぶつかる。


鋼と信念。


魔法と覚悟。




ゼフの目に映るのは、血と汗と叫び。


「俺に……何ができる……? 本当に……あいつを倒せるのか?」




ヴェイルはムネセオとダリアンの同時攻撃を軽々といなす。


だが――




心の奥から、声が響いた。




『決して諦めるな。苦しいときこそ、強くあれ。守りたいものがあるなら、なおさらだ』




もう一つの声。優しくて……懐かしい。




『愛してるよ、息子』




ゼフの瞳が見開かれる。




――そして世界が、変わった。




肉体が跳ねるように前へと進む。獣のような動き。


斬撃は鋭く、避けられない。




ヴェイルの身体に、次々と傷が刻まれていく。




「な、何者だ……こいつは……?」




ムネセオは凍りついたまま呟いた。




「この動き……まさか……」




彼の記憶が過去へと繋がる。


ポセイドンが王子たちに授けた、唯一無二の技。




ゼフの速度は上がり続け、精度も増していく。


そのとき――




矢が見えた。




「ダリアン!」




ゼフは飛び出そうとするが、ヴェイルの打撃に妨げられる。


目の前で、矢がダリアンの胸を貫いた。




「――っ!!」




「くそがああああああ!!!」


ムネセオが怒りの嵐を放つ。


水の球体が兵士の列を吹き飛ばす。




ヴェイルは荒い呼吸をしながら、挑発する。




「どうした? 金貨でも拾ったか? 何でそんなにキスしたがる?」




そしてゼフの頭を地面に叩きつけた。




「離れろ……クソが……」




ゼフは必死に起き上がろうとする。身体は動かない。


だが、心は折れない。




「俺は……もう誰も……失えない……!」




そのとき、見知らぬ声が轟いた。




『邪魔だ』




拳が突然現れ、ヴェイルを遥か彼方へと吹き飛ばす。




沈黙。




「……そんな……」


ムネセオがかすれる声を漏らす。




「……まさか……もう来たのか……?」


ダリアンの息も絶え絶え。




煙の中から現れる、金色の影。




ゼフが顔を上げる。




「……うそ、だろ……」




崩れた瓦礫から、ヴェイルが立ち上がる。


その顔は崩れ、歯を食いしばっていた。




「……お前が……どうして……ポセイドン……?」




黄金の神は、皆の前に立ち尽くした。




その瞳は深海よりも冷たく、そして静かに語った。




「奪われたものを……取り戻しに来た」




ヴェイルの思考は混乱と恐怖でかき乱されていた。


「なぜ……なぜこの男がここに……? まさか……一人で来たのか……?」




ゼフは周囲の騒乱を無視して、ダリアンの傍にひざまずいた。


「大丈夫ですか……?」




ダリアンは血で濡れた唇に弱々しい笑みを浮かべた。


「もう長くは……持たないな。矢は臓器を貫いた……手遅れだ」




「そんな……そんなこと……!」




「大丈夫だよ、坊ちゃん……前を向け。みんな、君を信じてる」




ゼフが顔を上げると、そこには数え切れないほどのアトランティスの民が立っていた。


傷だらけで、疲れ果てていても……その目は、希望に満ちていた。




その後ろで、ポセイドンの姿が山のようにそびえ立っていた。




「ムネセオ、全員をここから連れ出せ」


神は静かに命じた。


「このまま残れば、全員死ぬ。……巻き込まれても構わんが、邪魔だ」




ムネセオが前に出た。


「外は兵士で埋まっている。出るのは不可能だ」




「“兵士”?」


ポセイドンは鼻で笑った。


「すでに全員、殺しておいた」




静寂。


水の音と、震える息づかいだけが残る。




「……嘘だろ……」


ヴェイルの全身に緊張が走る。


「いくら神とはいえ……あのトライデントがない今、そんなはずが……」




ポセイドンが一瞬、目を伏せた。


「かつての俺の過ち……それは、情けをかけたことだ。だが今日は違う。今日……すべてを滅ぼす」




その眼差しが、ダリアンに向けられた。




「まだ……生きていたか」




「もうすぐ、そちらに行くさ」


ダリアンは、静かに笑った。




ポセイドンはそっとかがみ込むと、低く囁いた。


「ありがとう……彼らを守ってくれて」




その場にいた者たちは、息を呑んだ。


戦場の音すら、一瞬止まったように感じた。




「今……感謝を……?」




ムネセオは信じられないものを見るように呟いた。




「……幸運を祈るよ、ポセイドン」


ダリアンはかすれた声で告げた。




遠くから、ヴェイルが見ていた。


「……憎しみもない。復讐の気配もない。……いったい何が……?」




だが、思考の余地はなかった。




次の瞬間。


ポセイドンの拳が、ヴェイルに突き刺さった。




一発、二発、三発……十発。


大気が震える。都市が軋む。




「ゼフ、行くぞ!」


ムネセオが腕を掴む。




「う、うん……!」




振り返りながら逃げるゼフ。


「……あの人は……いったい何者なんだ……?」




ヴェイルの身体は柱に叩きつけられ、瓦礫の奥へと埋もれていった。


その衝撃で、王宮全体が崩壊寸前に揺れた。




ポセイドンは静かに息を整える。


「……この力では……まだトリトンには勝てん。俺のトライデントが必要だ」




───




数分後、アトランティスの民は地上に現れた。




彼らの目の前に広がっていたのは――


戦艦の艦隊。


魔法で浮かぶ飛行船。


そして、神々の紋章で彩られた天空の艦艇。




ゼフが目を見開いた。


「こ、これは……一体……?」




霧の中から、白髪の女が降り立つ。


背には月光の弓。


アルテミスだった。




「早く! みんな、船に乗せて!」


彼女の指示で救出が始まる。




「これ……隠密任務じゃなかったのか?」


ゼフは混乱しながら尋ねた。




「そうよ……」


アルテミスは淡々と動きながら返す。


「でも仲間が捕まった。だから“プランB”を発動した」




「……プランB?」




「全面戦争よ」




「でも……なぜ、これほどの兵力が……?」




低く響く声がそれを遮った。




「それは俺の判断だ」




ゼフが振り向くと、腕を組んだアレスが立っていた。




「逃がせば、全てが終わる。だから今、潰す」




ゼフは黙って頷いた。




「……でも、あの都市はどうやって侵入する? あそこは……」




「それは、俺に任せろ」


ポセイドンが一歩前に出た。




その瞬間。


まるで世界が沈黙したかのような圧が周囲を包み込む。


エネルギーの波動が彼の身体から放たれた。




ゼフの膝が勝手に震え出す。




「こ、これは……“恐怖”だ……。ただそれだけが支配している……」




「そんな……うそでしょ……」


アルテミスの視線が釘付けになる。




ポセイドンの手には――


かつて失ったはずのトライデントがあった。




それは神々の時代を超える力を放ち、空気を切り裂く。




「時間がない」


彼は言い放つ。


「都市はまもなく沈む」




「は……?」


アルテミスが困惑する。


「どういう意味?」




「このトライデントこそが都市を支えていた。失えば……アトランティスは再び沈む」




「なら、なぜ持ち出した!? 正気か!??」


アレスが怒鳴る。




「俺が力を抑えれば……我らは敗北する。全てが無駄になる。


だから……全力で行く」




ダリアンが立ち上がろうとするも、崩れ落ちた。




「一人では無理だ……」




ムネセオが支える。




「何のことだ?」




「トリトンには、仲間がいる。黒衣の者たち、そして……他の王子たちも」




ポセイドンは静かに微笑む。


「十二人か……ちょうどいい。いい戦いになりそうだ」




ゼフが一歩前に出る。




「俺も行く。仲間を……見捨てるつもりはない」




「勝手にしろ」


ポセイドンは振り返らなかった。




「私たちも行くわ」


アルテミスが言う。


「敵が軍を動かしてきたら、終わるのはこっちよ」




───




遠く、アトランティスの中心。


一人の兵が玉座に駆け込む。




「報告します! 巨大な艦隊が到着しました……ポセイドンと共に!」




玉座から立ち上がる影。


トリトンだった。




彼は笑い出す。


最初は静かに。


やがて狂ったように。




「軍を出せ。艦隊は奴らに任せろ」


そして――


「ポセイドンは……この俺が殺す」




「はっ!」




トリトンは拳を握りしめ、目に宿る赤い光が水中を照らした。




「来いよ、ポセイドン……


貴様の全てを、今度こそ俺が打ち砕く」



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