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第52章:アトランティス作戦

戦争は決して叫び声で始まることはない。


それは決断から始まります。


義務に偽装した裏切りで…


守られない約束で…


「必要なことは何でもやる」というやり方では、結局コストがかかりすぎてしまいます。


そしてすべてが爆発するとき―街が揺れ、絆が切れ、体が倒れるとき―


魂はそこで真実を明らかにするのです。


愛する人を守るために、あなたはどこまで頑張れますか?


自分が自分であることをやめてしまう前に、自分のどれだけの部分を放棄できるでしょうか?


なぜなら、戦いの最中は必ずしも敵と戦うわけではないからです。


時には本当の戦いが…


それは内部で成長する獣と共にある。


————————————————————————————————————————————————————————————————


爆発。煮え立つ海。叫び声。


攻撃はすでに始まっていた。




空は炎と塩のキャンバスと化し、アトランティスの軍勢が特別部隊の艦隊に容赦なく突撃していた。魔法の防壁は軋み、海全体が怒れる獣のように咆哮していた。




「坊ちゃん、お願いですから……お気をつけて!」


混乱の中、かすれたダリアンの声が微かに届く。




「お前は回復に集中しろ」


ゼフは彼を見ずに言い放った。瞳は鋭く揺るがない。


「いいな?」




「……はい」




数メートル先で、ポセイドンが沈んだ都市を見上げる。




「準備はできているか?」




「ちょっと待って!」


アルテミスがロケーションクリスタルを握りしめた。


「今、生徒たちの位置を特定してるところよ――」




だが、ポセイドンの姿はすでになかった。




次の瞬間、彼の身体は神槍のように海へと突入した。


その通過点には敵が一切残らない。砲塔、艦船、異形の海獣――すべてが彼の通り道で破壊され、水柱が火のように爆ぜた。




「このクソ神様……!」


アルテミスが息を吐き捨てる。


「二秒ぐらい待てなかったのか?」




そこへ兵士が駆け寄ってきた。




「アルテミス様! 生徒たちの位置を特定しました。都市の外縁部にいます!」




「よし……くそっ、全部が予定より早すぎる」




「我々が迎えに行きます」


ムネセオが落ち着いた声で言う。




「大丈夫? 危険すぎるわ」


ゼフが不安そうに尋ねる。




「大丈夫だ。何もせずに見ている方がつらい」




ゼフは拳を握りしめ、深く頷いた。




「ありがとう……兄さん」




「すぐ戻る。行くぞ!」




「おおおっ!!」




兵たちは一斉に水中へと飛び込んだ。




ゼフ、アレス、アルテミスの三人は都市中心部へと同時に降下した。


まるで運命に導かれるように。




遠くでアトランティスの旗が崩れ落ちていく。都市の心臓が震え、時は――残酷なほど早く過ぎていた。




───




三人が地上に着地すると、言葉も交わさずに散開した。




アルテミスは崩れかけた塔から矢の雨を放ち、遠距離から敵を正確に貫いた。




アレスは咆哮しながら、壁も兵士もまとめて槍で粉砕していく。彼の一歩ごとに大地が鳴った。




「市民の保護を頼む」


アレスが通りすがりにアルテミスに言った。




「終わったら、上から援護するわ」


アルテミスはすでに次の敵を狙っていた。




ゼフは呼吸を整えながら一瞬だけ立ち止まった。




「俺は……どうすれば……?」




「主戦場に向かえ。ポセイドン一人では足りないだろう」




「了解」




言葉は少ないが、思いは深い。


三人はそれぞれの戦場へと足を踏み出した。




───




都市外縁部。ムネセオが部隊を率いて浮上する。


海中には敵兵が充満していた――だが、それだけではない。




見えない“影”が動いていた。




一人、また一人と、アトランティスの敵兵が音もなく沈められていく。どこから攻撃されているのか、誰も分からない。




「どこだ!? どこから来る!?」


兵士が叫びながら回転する。




答えは拳だった。


一撃で意識を刈り取る。




ムネセオは崩れた構造物の間をすり抜けながら、生徒たちを探していた。


直感が、そこにいると告げていた。




そして――見つけた。




「……っ!」


刃が喉を掠めた。構えたのはジェイソン。目は鋭く張り詰めている。




「味方か、敵か」




「味方だ! 味方だって!」


ムネセオが両手を上げる。


「でも……どうして君たちが自由に?」




ジェイソンは剣を下ろし、安堵の息を吐いた。




「ヨウヘイみたいな化け物が味方にいるとね……牢屋なんて紙みたいなもんだ」




後ろでは敵兵の身体が痙攣していた。胸にはまだ電気の痕が残っている。




汗だくのヨウヘイが近づいた。




「ゼフは? どこだ?」




「市の中心で戦っている」




大きな爆発音が響く。地面が揺れ、壁が崩れる。




「何だ今のは?」


ジェイソンが叫ぶ。




「味方が到着したようだな……」


ムネセオの声が重く響く。




「味方? 何の話だ? 俺たちは捕まってた。救援なんて呼んでねえ」




ヨウヘイは目を細めた。




「何か……おかしいぞ」




沈黙していたユキがようやく口を開いた。




「ここ、崩れるわ。早く出なきゃ」




「こっちだ。船まで案内する」


ムネセオが進路を示す。




「行かない」


ヨウヘイが即答した。




ムネセオが眉をひそめる。




「なに?」




「ゼフを置いていけるかよ。俺たちは……仲間だ」




「……そうだ」


ジェイソンとユキが同時に頷く。




ムネセオはしばし彼らを見つめ、そして微笑んだ。


敬意と諦めが混じった笑みだった。




「分かった。じゃあ俺が案内する。地獄へようこそ」




そして彼らは――誰一人、振り返らなかった。




爆発の轟音は、もう遥か彼方だった。


だが、崩壊している本当のものの声は――その向こうにあった。




───




ムネセオは一瞬立ち止まった。


部下たちは都市の裏口へと急いでいたが、彼の胸にひっかかるものがあった。




「艦へ伝えてくれ……この情報は、別の筋から来たと」




「了解」




しかし、その視線は遠くの霧を見つめたままだ。




「彼らじゃなかったのなら……誰だ? トリトンが正面から戦争を仕掛けるわけがない。どう考えてもおかしい……」




その時、彼の目が捉えた。




霞の向こうに、うっすらと見える影。


重く、這うような邪悪な気配が、そこから広がってくる。




「……あれは、一体……?」




───




王宮の中心。


そこには、ため息ひとつで裂けそうな空気が張り詰めていた。




「……お前は、何をするつもりだ、トリトン」


アンフェレスが緊張した声で問いかける。


「もう逃げ場はない。今回は……本当に終わりだ」




だがトリトンは、玉座の縁に座ったまま、虚空を見つめていた。




「悲しいな……」




その言葉に、場の空気が揺れた。全員が彼を見た。




「は? 何を言っている……?」


アンフェレスが呻く。




「はあ!? 悲しい!?」


エヴェモが叫ぶ。


「城の前に軍隊が集まってるってのに……何を呑気なことを!」




トリトンはゆっくりと立ち上がった。


まるで骨が倍の重さになったように。




「悲しいんだ……」


「ずっと思っていた。家族こそがすべてだと。血の繋がりは何があっても切れないって……たとえ沈黙が続こうと、心は繋がってるって……」




声は震えていたが、その瞳は燃えていた。




「それが母の教えだった。兄弟は支え合うもの。世界が壊れても、背中を預け合う……それが“家族”だと」




「何の話をしてるんだ……」


ガディロが困惑の声を漏らす。




「まさか……頭がおかしくなったのか……」


メストルがつぶやいた。




トリトンはトライデントを石床に突き立てた。


金属の音が全宮殿に響く。




「……だが、その“家族”を裏切った者がいる」


「俺の……弟、ムネセオだ」




「ムネセオ……が?」




「家族を捨てた。王家を背き、自分の理想だけを追った」




トライデントの刃が回転し、エラスィポに向いた。




「愛しているよ、弟よ」




エラスィポは一歩後退した。




「……何をしてるんだ……?」




だがトリトンはそのまま武器を下げ、通り過ぎていった。




「狂った……」


ガディロの喉が乾いた。




彼は他の王子たちを見回した。


その目は、まるで他人を見るように冷たい。




「俺たちは倒れない。家族を守る。それが母の望んだことだ。だがな……血でさえ、許せないものがある。それが“裏切り”だ」




トリトンの視線が、アトラスに刺さる。




「なあ、兄弟……そうだろ?」




「え、ええ……そ、そうだな……」


アトラスはまだ状況を理解できずに頷いた。




だが次の瞬間、トリトンの手が彼の首を掴んだ。




「じゃあ、どうして裏切った?」




「な、何のことだ……?」




「知っている。お前がやった。王国の警備情報を敵に売った。連中を城へ導いた」




「違う! 俺じゃない!!」




だが、トリトンは聞いていなかった。


その指が、さらに締め上げていく。




「お前が扉を開いた……お前が血を裏切ったんだ!」




そして、床へ叩きつけた。


石が砕ける音が響いた。




「なあ、オートクトノス……俺は間違ってるか?」




場の空気が凍る。




オートクトノスは、視線を落とした。




「……違わない」




「……ごめん、母さん。俺は、罪を犯した」




エラスィポが叫び、全員が立ち上がった。




だが、遅かった。




トリトンの手には、アトラスの――首があった。




それを掲げる姿は、まるで勝者のようだった。




誰も言葉を発せなかった。


吐き気をこらえる者もいれば、目を逸らせぬ者もいた。




トリトンは涙を浮かべながら笑った。




「オートクトノス……」




「は、はい……?」




トライデントが胸を貫いた。


血の花が咲いた。




「言ったはずだ。俺は裏切り者が嫌いだと」




崩れ落ちる身体。即死。




エヴェモは数歩後退した。




「……嘘だろ……」




「お前は何をしているんだ、トリトン!?」


メストルが怒声を上げる。




だがトリトンは泣いていた。


まるで、壊れた玩具を抱く子供のように。




「……兄弟たちが……どうしてこんなことに……」




その瞬間、全員が悟った。




――もうそこに、“トリトン”はいなかった。




───




その頃、ムネセオたちは都市の端に到達していた。


混乱の咆哮が、あちこちから聞こえる。




アルテミスが負傷者を避難させていたとき――


何かが近づいてくる気配を感じ、動きを止めた。




その“何か”は、煙の中から現れた。




黒く光る双剣。冷たい眼差し。


水のようにしなる鎧。




「待っててくれてありがとう」


その女は言った。




「誰?」


アルテミスは皮肉気に返す。




「私の名はツナミ。トリトン王直属の第三指揮官……


……そして、お前を殺すために来た者」




アルテミスは片眉を上げた。




「……そう来たか。面白いじゃない」




弓を手に取り、ツナミは刃を構えた。




都市は揺れていた。


だが、その二人の間だけは――完全な沈黙が支配していた。




「待ってくれ」


ムネセオが急停止した。




ヨウヘイも足を止め、隣に立つ。


「どうした?」




「俺たち全員が直接トリトンの元に向かっても……意味がない気がする。むしろ足手まといになるかもしれない」




「じゃあ、どうするの?」


息を切らしながらユキが聞く。




「分かれて行動しよう。トリトンの三人の司令官が、外周に潜んでいる。無視するには危険すぎる存在だ」




ジャソンは真剣に頷いた。


「了解。だが……お前は絶対にゼフを連れて帰ってこい。生きたままでな」




ムネセオは真面目な笑みを浮かべた。


「任せてくれ。みんな、健闘を!」




四人は別々の道へと走り出した。運命に導かれるように――それぞれの戦場へ。


そして、そのうちの一つでは……すでに狩りが始まっていた。




───




黒い鳥のような音を立てて、矢が空を裂く。


アルテミスの放つ矢は止まらない。だが、ツナミはその全てを舞うようにかわしていた。




(……このままじゃ保たない)


アルテミスは息を荒げながら思う。


(傷は浅いけど……あいつの攻撃は全部急所を狙ってる。このままじゃ……)




彼女は弓を地面に落とした。




ツナミが眉を上げる。


「何? 降参? オリュンポスの女神様が、もう終わり? がっかりね」




返事はなかった。ただ短剣を抜くだけ。




「おや、ちっちゃなおもちゃも使えるんだ? じゃあ、楽しませてよ」




戦闘は瞬時に始まった。


刃と刃、脚と脚が交差し、二人の姿が高速で戦場に溶けていく。




───




遠くから、それを見つめるユキ。




(はやっ……あの二人、化け物じゃん……。下手に動いたら、むしろ邪魔になる)




だがその時、何かが変わった。




混沌の中で、渦のような動きの中で、彼女は「見えた」。




攻撃の予兆、回避の流れ、隙。




(……なんで……攻撃が……見える? 始まる前に……?)




アルテミスが遠くからウィンクした。


ユキは直感した。




――今だ、と。




───




ツナミの蹴りがアルテミスを大きく吹き飛ばす。




「悪くないわね」


口元の血をぬぐいながらツナミが言う。


「でも、そろそろ終わらせようか」




アルテミスは弓を拾い上げる。




「また遠距離か。狩り好きだって聞いたのに」




「優れたハンターはね、攻め時も引き時も知ってるの」




「いいセリフ。でも、本当の獲物は誰?」




その瞬間、足元の水から鎖が出現し、アルテミスの四肢を拘束した。




「……いつの間に……!」




ツナミが微笑む。


「失望したわ。あなた、オリュンポスの誇りって聞いてたけど……ただの凡人じゃない」




「この……」




「さっさと終わらせよう。王に報告しないとね」




ツナミの短剣から滴る液体――




「……毒……?」




「安心して。すぐに、あの世で仲間たちと再会できるわ」




その時だった。




ツナミの背後に、巨大な影が現れた。




「なに……!?」




「水の技――深淵のメガロドン!」


ユキの叫びが空気を切る。




巨大な水の怪物がツナミを吹き飛ばす。


アルテミスの拘束が解け、彼女は地面に崩れ落ちた。




「助かったわ……ありがとう」


アルテミスが呟く。




「当然でしょ」




「くそ……まだ……終わってない……」




ツナミは血にまみれたまま、海へ這い戻ろうとしていた。




「見せてやる……私の“真の力”を……」




アルテミスが矢を放つ。ツナミの手を貫いた。




だが、肉はすぐに再生した。




「ありえない……」




水がツナミを包む。


肉体が膨張し、皮膚が濃い青へと染まり、筋肉と血管がむき出しに。




――もはや人ではなかった。




怪物だった。




アルテミスもユキも、反応できなかった。


頭を掴まれ、地面へと叩きつけられた。




───




音も、時間もない水中の空間。




「やれやれ……戻ってきたのか」




赤い瞳。裂けた口。


あの“悪魔”がそこにいた。




「ここは……?」




「意識を失ったから、またここへ来たんだろ? で、今度は何の用?」




「力が欲しい」




「またそれか。言っただろ、お前じゃ耐えられない」




「代償なら……何でも払う」




「本当に“何でも”?」




「……うん」




悪魔はしばらくユキを見つめていた。


そして、初めて――尊敬の笑みを浮かべた。




「いいだろう。なら見せてみろ、お前の中身を」




───




ツナミの拳がアルテミスに降り注ぐ。




「どうした、オリュンポスのクズ神! もっと笑わせてよ!」




暴力的な連撃。


だが――止まった。




左腕が――消えていた。




「な……!?」




血が噴き出す。誰も、その一撃を見ていなかった。




そこに立っていたのは、ユキ。


だが、以前の彼女ではない。




真っ赤に光る瞳。


鋭くなった牙。


震えるほどの怒りと空腹のオーラ。




「この……ガキがぁああああ!!」




ツナミが叫ぶ。




ユキは一瞬で消え――次には腹を殴っていた。


連打。連打。連打。




「死ね!死ね!死ねぇええええ!!」




叫びと共に、ツナミの身体が粉々に砕かれていく。




アルテミスは、ただただ見ていた。信じられなかった。




ユキは噛み付いた。引き裂いた。


その肉体を、引きちぎった。




ツナミが最後の力を振り絞り、ユキを吹き飛ばす。




「この悪魔め……! お前を……殺す……!!」




周囲の水がうねり、エネルギーが集中する。




(……止めないと)




アルテミスは弓を引いた。




だが、その瞬間。




ユキはツナミの背後に――無音で現れた。




次の瞬間。


ツナミの身体は崩れた。




肋骨が、一本――なかった。




それを、ユキが吐き捨てた。




その“怪物のオーラ”は、ふっと消えた。




ユキは微笑んだ。




そして――崩れた。




筋肉が破裂し、骨が砕け、地に倒れる。




「ユキ!!」




アルテミスは彼女を抱え、走った。


何も考えず、ただ――走った。




───




数分後。


ユキは医療艦の手術室に運び込まれた。




医者たちは顔色を失った。




「こんな状態で……生きてるなんて……」




「早く治療を!!」


アルテミスが怒鳴る。




「筋肉も、骨も……全て破壊されてる……!」




「いいから! この子は私の命の恩人よ!!」




医師は頷く。


「……できる限りのことはやります」




───




ユキの意識は、また“あの場所”にいた。


影のように、沈み込むように。




「へぇ……まだ生きてるのか」




悪魔が言った。




「……なんで……助けてくれなかったの」




「代償を払うって言ったのはお前だろ。だから、お前を見捨てた。正直なところ……俺はお前が死んでくれた方が嬉しかった。子供に縛られるのは気に入らないんだよ」




ユキは顔を上げた。




「……嫌でも……私はお前を支配する」




悪魔は彼女に近づき、鼻先が触れそうな距離まで来た。




「見せてもらおうか……小娘」

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