戦争は決して叫び声で始まることはない。
それは決断から始まります。
義務に偽装した裏切りで…
守られない約束で…
「必要なことは何でもやる」というやり方では、結局コストがかかりすぎてしまいます。
そしてすべてが爆発するとき―街が揺れ、絆が切れ、体が倒れるとき―
魂はそこで真実を明らかにするのです。
愛する人を守るために、あなたはどこまで頑張れますか?
自分が自分であることをやめてしまう前に、自分のどれだけの部分を放棄できるでしょうか?
なぜなら、戦いの最中は必ずしも敵と戦うわけではないからです。
時には本当の戦いが…
それは内部で成長する獣と共にある。
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爆発。煮え立つ海。叫び声。
攻撃はすでに始まっていた。
空は炎と塩のキャンバスと化し、アトランティスの軍勢が特別部隊の艦隊に容赦なく突撃していた。魔法の防壁は軋み、海全体が怒れる獣のように咆哮していた。
「坊ちゃん、お願いですから……お気をつけて!」
混乱の中、かすれたダリアンの声が微かに届く。
「お前は回復に集中しろ」
ゼフは彼を見ずに言い放った。瞳は鋭く揺るがない。
「いいな?」
「……はい」
数メートル先で、ポセイドンが沈んだ都市を見上げる。
「準備はできているか?」
「ちょっと待って!」
アルテミスがロケーションクリスタルを握りしめた。
「今、生徒たちの位置を特定してるところよ――」
だが、ポセイドンの姿はすでになかった。
次の瞬間、彼の身体は神槍のように海へと突入した。
その通過点には敵が一切残らない。砲塔、艦船、異形の海獣――すべてが彼の通り道で破壊され、水柱が火のように爆ぜた。
「このクソ神様……!」
アルテミスが息を吐き捨てる。
「二秒ぐらい待てなかったのか?」
そこへ兵士が駆け寄ってきた。
「アルテミス様! 生徒たちの位置を特定しました。都市の外縁部にいます!」
「よし……くそっ、全部が予定より早すぎる」
「我々が迎えに行きます」
ムネセオが落ち着いた声で言う。
「大丈夫? 危険すぎるわ」
ゼフが不安そうに尋ねる。
「大丈夫だ。何もせずに見ている方がつらい」
ゼフは拳を握りしめ、深く頷いた。
「ありがとう……兄さん」
「すぐ戻る。行くぞ!」
「おおおっ!!」
兵たちは一斉に水中へと飛び込んだ。
ゼフ、アレス、アルテミスの三人は都市中心部へと同時に降下した。
まるで運命に導かれるように。
遠くでアトランティスの旗が崩れ落ちていく。都市の心臓が震え、時は――残酷なほど早く過ぎていた。
───
三人が地上に着地すると、言葉も交わさずに散開した。
アルテミスは崩れかけた塔から矢の雨を放ち、遠距離から敵を正確に貫いた。
アレスは咆哮しながら、壁も兵士もまとめて槍で粉砕していく。彼の一歩ごとに大地が鳴った。
「市民の保護を頼む」
アレスが通りすがりにアルテミスに言った。
「終わったら、上から援護するわ」
アルテミスはすでに次の敵を狙っていた。
ゼフは呼吸を整えながら一瞬だけ立ち止まった。
「俺は……どうすれば……?」
「主戦場に向かえ。ポセイドン一人では足りないだろう」
「了解」
言葉は少ないが、思いは深い。
三人はそれぞれの戦場へと足を踏み出した。
───
都市外縁部。ムネセオが部隊を率いて浮上する。
海中には敵兵が充満していた――だが、それだけではない。
見えない“影”が動いていた。
一人、また一人と、アトランティスの敵兵が音もなく沈められていく。どこから攻撃されているのか、誰も分からない。
「どこだ!? どこから来る!?」
兵士が叫びながら回転する。
答えは拳だった。
一撃で意識を刈り取る。
ムネセオは崩れた構造物の間をすり抜けながら、生徒たちを探していた。
直感が、そこにいると告げていた。
そして――見つけた。
「……っ!」
刃が喉を掠めた。構えたのはジェイソン。目は鋭く張り詰めている。
「味方か、敵か」
「味方だ! 味方だって!」
ムネセオが両手を上げる。
「でも……どうして君たちが自由に?」
ジェイソンは剣を下ろし、安堵の息を吐いた。
「ヨウヘイみたいな化け物が味方にいるとね……牢屋なんて紙みたいなもんだ」
後ろでは敵兵の身体が痙攣していた。胸にはまだ電気の痕が残っている。
汗だくのヨウヘイが近づいた。
「ゼフは? どこだ?」
「市の中心で戦っている」
大きな爆発音が響く。地面が揺れ、壁が崩れる。
「何だ今のは?」
ジェイソンが叫ぶ。
「味方が到着したようだな……」
ムネセオの声が重く響く。
「味方? 何の話だ? 俺たちは捕まってた。救援なんて呼んでねえ」
ヨウヘイは目を細めた。
「何か……おかしいぞ」
沈黙していたユキがようやく口を開いた。
「ここ、崩れるわ。早く出なきゃ」
「こっちだ。船まで案内する」
ムネセオが進路を示す。
「行かない」
ヨウヘイが即答した。
ムネセオが眉をひそめる。
「なに?」
「ゼフを置いていけるかよ。俺たちは……仲間だ」
「……そうだ」
ジェイソンとユキが同時に頷く。
ムネセオはしばし彼らを見つめ、そして微笑んだ。
敬意と諦めが混じった笑みだった。
「分かった。じゃあ俺が案内する。地獄へようこそ」
そして彼らは――誰一人、振り返らなかった。
爆発の轟音は、もう遥か彼方だった。
だが、崩壊している本当のものの声は――その向こうにあった。
───
ムネセオは一瞬立ち止まった。
部下たちは都市の裏口へと急いでいたが、彼の胸にひっかかるものがあった。
「艦へ伝えてくれ……この情報は、別の筋から来たと」
「了解」
しかし、その視線は遠くの霧を見つめたままだ。
「彼らじゃなかったのなら……誰だ? トリトンが正面から戦争を仕掛けるわけがない。どう考えてもおかしい……」
その時、彼の目が捉えた。
霞の向こうに、うっすらと見える影。
重く、這うような邪悪な気配が、そこから広がってくる。
「……あれは、一体……?」
───
王宮の中心。
そこには、ため息ひとつで裂けそうな空気が張り詰めていた。
「……お前は、何をするつもりだ、トリトン」
アンフェレスが緊張した声で問いかける。
「もう逃げ場はない。今回は……本当に終わりだ」
だがトリトンは、玉座の縁に座ったまま、虚空を見つめていた。
「悲しいな……」
その言葉に、場の空気が揺れた。全員が彼を見た。
「は? 何を言っている……?」
アンフェレスが呻く。
「はあ!? 悲しい!?」
エヴェモが叫ぶ。
「城の前に軍隊が集まってるってのに……何を呑気なことを!」
トリトンはゆっくりと立ち上がった。
まるで骨が倍の重さになったように。
「悲しいんだ……」
「ずっと思っていた。家族こそがすべてだと。血の繋がりは何があっても切れないって……たとえ沈黙が続こうと、心は繋がってるって……」
声は震えていたが、その瞳は燃えていた。
「それが母の教えだった。兄弟は支え合うもの。世界が壊れても、背中を預け合う……それが“家族”だと」
「何の話をしてるんだ……」
ガディロが困惑の声を漏らす。
「まさか……頭がおかしくなったのか……」
メストルがつぶやいた。
トリトンはトライデントを石床に突き立てた。
金属の音が全宮殿に響く。
「……だが、その“家族”を裏切った者がいる」
「俺の……弟、ムネセオだ」
「ムネセオ……が?」
「家族を捨てた。王家を背き、自分の理想だけを追った」
トライデントの刃が回転し、エラスィポに向いた。
「愛しているよ、弟よ」
エラスィポは一歩後退した。
「……何をしてるんだ……?」
だがトリトンはそのまま武器を下げ、通り過ぎていった。
「狂った……」
ガディロの喉が乾いた。
彼は他の王子たちを見回した。
その目は、まるで他人を見るように冷たい。
「俺たちは倒れない。家族を守る。それが母の望んだことだ。だがな……血でさえ、許せないものがある。それが“裏切り”だ」
トリトンの視線が、アトラスに刺さる。
「なあ、兄弟……そうだろ?」
「え、ええ……そ、そうだな……」
アトラスはまだ状況を理解できずに頷いた。
だが次の瞬間、トリトンの手が彼の首を掴んだ。
「じゃあ、どうして裏切った?」
「な、何のことだ……?」
「知っている。お前がやった。王国の警備情報を敵に売った。連中を城へ導いた」
「違う! 俺じゃない!!」
だが、トリトンは聞いていなかった。
その指が、さらに締め上げていく。
「お前が扉を開いた……お前が血を裏切ったんだ!」
そして、床へ叩きつけた。
石が砕ける音が響いた。
「なあ、オートクトノス……俺は間違ってるか?」
場の空気が凍る。
オートクトノスは、視線を落とした。
「……違わない」
「……ごめん、母さん。俺は、罪を犯した」
エラスィポが叫び、全員が立ち上がった。
だが、遅かった。
トリトンの手には、アトラスの――首があった。
それを掲げる姿は、まるで勝者のようだった。
誰も言葉を発せなかった。
吐き気をこらえる者もいれば、目を逸らせぬ者もいた。
トリトンは涙を浮かべながら笑った。
「オートクトノス……」
「は、はい……?」
トライデントが胸を貫いた。
血の花が咲いた。
「言ったはずだ。俺は裏切り者が嫌いだと」
崩れ落ちる身体。即死。
エヴェモは数歩後退した。
「……嘘だろ……」
「お前は何をしているんだ、トリトン!?」
メストルが怒声を上げる。
だがトリトンは泣いていた。
まるで、壊れた玩具を抱く子供のように。
「……兄弟たちが……どうしてこんなことに……」
その瞬間、全員が悟った。
――もうそこに、“トリトン”はいなかった。
───
その頃、ムネセオたちは都市の端に到達していた。
混乱の咆哮が、あちこちから聞こえる。
アルテミスが負傷者を避難させていたとき――
何かが近づいてくる気配を感じ、動きを止めた。
その“何か”は、煙の中から現れた。
黒く光る双剣。冷たい眼差し。
水のようにしなる鎧。
「待っててくれてありがとう」
その女は言った。
「誰?」
アルテミスは皮肉気に返す。
「私の名はツナミ。トリトン王直属の第三指揮官……
……そして、お前を殺すために来た者」
アルテミスは片眉を上げた。
「……そう来たか。面白いじゃない」
弓を手に取り、ツナミは刃を構えた。
都市は揺れていた。
だが、その二人の間だけは――完全な沈黙が支配していた。
「待ってくれ」
ムネセオが急停止した。
ヨウヘイも足を止め、隣に立つ。
「どうした?」
「俺たち全員が直接トリトンの元に向かっても……意味がない気がする。むしろ足手まといになるかもしれない」
「じゃあ、どうするの?」
息を切らしながらユキが聞く。
「分かれて行動しよう。トリトンの三人の司令官が、外周に潜んでいる。無視するには危険すぎる存在だ」
ジャソンは真剣に頷いた。
「了解。だが……お前は絶対にゼフを連れて帰ってこい。生きたままでな」
ムネセオは真面目な笑みを浮かべた。
「任せてくれ。みんな、健闘を!」
四人は別々の道へと走り出した。運命に導かれるように――それぞれの戦場へ。
そして、そのうちの一つでは……すでに狩りが始まっていた。
───
黒い鳥のような音を立てて、矢が空を裂く。
アルテミスの放つ矢は止まらない。だが、ツナミはその全てを舞うようにかわしていた。
(……このままじゃ保たない)
アルテミスは息を荒げながら思う。
(傷は浅いけど……あいつの攻撃は全部急所を狙ってる。このままじゃ……)
彼女は弓を地面に落とした。
ツナミが眉を上げる。
「何? 降参? オリュンポスの女神様が、もう終わり? がっかりね」
返事はなかった。ただ短剣を抜くだけ。
「おや、ちっちゃなおもちゃも使えるんだ? じゃあ、楽しませてよ」
戦闘は瞬時に始まった。
刃と刃、脚と脚が交差し、二人の姿が高速で戦場に溶けていく。
───
遠くから、それを見つめるユキ。
(はやっ……あの二人、化け物じゃん……。下手に動いたら、むしろ邪魔になる)
だがその時、何かが変わった。
混沌の中で、渦のような動きの中で、彼女は「見えた」。
攻撃の予兆、回避の流れ、隙。
(……なんで……攻撃が……見える? 始まる前に……?)
アルテミスが遠くからウィンクした。
ユキは直感した。
――今だ、と。
───
ツナミの蹴りがアルテミスを大きく吹き飛ばす。
「悪くないわね」
口元の血をぬぐいながらツナミが言う。
「でも、そろそろ終わらせようか」
アルテミスは弓を拾い上げる。
「また遠距離か。狩り好きだって聞いたのに」
「優れたハンターはね、攻め時も引き時も知ってるの」
「いいセリフ。でも、本当の獲物は誰?」
その瞬間、足元の水から鎖が出現し、アルテミスの四肢を拘束した。
「……いつの間に……!」
ツナミが微笑む。
「失望したわ。あなた、オリュンポスの誇りって聞いてたけど……ただの凡人じゃない」
「この……」
「さっさと終わらせよう。王に報告しないとね」
ツナミの短剣から滴る液体――
「……毒……?」
「安心して。すぐに、あの世で仲間たちと再会できるわ」
その時だった。
ツナミの背後に、巨大な影が現れた。
「なに……!?」
「水の技――深淵のメガロドン!」
ユキの叫びが空気を切る。
巨大な水の怪物がツナミを吹き飛ばす。
アルテミスの拘束が解け、彼女は地面に崩れ落ちた。
「助かったわ……ありがとう」
アルテミスが呟く。
「当然でしょ」
「くそ……まだ……終わってない……」
ツナミは血にまみれたまま、海へ這い戻ろうとしていた。
「見せてやる……私の“真の力”を……」
アルテミスが矢を放つ。ツナミの手を貫いた。
だが、肉はすぐに再生した。
「ありえない……」
水がツナミを包む。
肉体が膨張し、皮膚が濃い青へと染まり、筋肉と血管がむき出しに。
――もはや人ではなかった。
怪物だった。
アルテミスもユキも、反応できなかった。
頭を掴まれ、地面へと叩きつけられた。
───
音も、時間もない水中の空間。
「やれやれ……戻ってきたのか」
赤い瞳。裂けた口。
あの“悪魔”がそこにいた。
「ここは……?」
「意識を失ったから、またここへ来たんだろ? で、今度は何の用?」
「力が欲しい」
「またそれか。言っただろ、お前じゃ耐えられない」
「代償なら……何でも払う」
「本当に“何でも”?」
「……うん」
悪魔はしばらくユキを見つめていた。
そして、初めて――尊敬の笑みを浮かべた。
「いいだろう。なら見せてみろ、お前の中身を」
───
ツナミの拳がアルテミスに降り注ぐ。
「どうした、オリュンポスのクズ神! もっと笑わせてよ!」
暴力的な連撃。
だが――止まった。
左腕が――消えていた。
「な……!?」
血が噴き出す。誰も、その一撃を見ていなかった。
そこに立っていたのは、ユキ。
だが、以前の彼女ではない。
真っ赤に光る瞳。
鋭くなった牙。
震えるほどの怒りと空腹のオーラ。
「この……ガキがぁああああ!!」
ツナミが叫ぶ。
ユキは一瞬で消え――次には腹を殴っていた。
連打。連打。連打。
「死ね!死ね!死ねぇええええ!!」
叫びと共に、ツナミの身体が粉々に砕かれていく。
アルテミスは、ただただ見ていた。信じられなかった。
ユキは噛み付いた。引き裂いた。
その肉体を、引きちぎった。
ツナミが最後の力を振り絞り、ユキを吹き飛ばす。
「この悪魔め……! お前を……殺す……!!」
周囲の水がうねり、エネルギーが集中する。
(……止めないと)
アルテミスは弓を引いた。
だが、その瞬間。
ユキはツナミの背後に――無音で現れた。
次の瞬間。
ツナミの身体は崩れた。
肋骨が、一本――なかった。
それを、ユキが吐き捨てた。
その“怪物のオーラ”は、ふっと消えた。
ユキは微笑んだ。
そして――崩れた。
筋肉が破裂し、骨が砕け、地に倒れる。
「ユキ!!」
アルテミスは彼女を抱え、走った。
何も考えず、ただ――走った。
───
数分後。
ユキは医療艦の手術室に運び込まれた。
医者たちは顔色を失った。
「こんな状態で……生きてるなんて……」
「早く治療を!!」
アルテミスが怒鳴る。
「筋肉も、骨も……全て破壊されてる……!」
「いいから! この子は私の命の恩人よ!!」
医師は頷く。
「……できる限りのことはやります」
───
ユキの意識は、また“あの場所”にいた。
影のように、沈み込むように。
「へぇ……まだ生きてるのか」
悪魔が言った。
「……なんで……助けてくれなかったの」
「代償を払うって言ったのはお前だろ。だから、お前を見捨てた。正直なところ……俺はお前が死んでくれた方が嬉しかった。子供に縛られるのは気に入らないんだよ」
ユキは顔を上げた。
「……嫌でも……私はお前を支配する」
悪魔は彼女に近づき、鼻先が触れそうな距離まで来た。
「見せてもらおうか……小娘」