時には真実は光の中でではなく、瓦礫の中から明らかになる。
すべてが崩壊し、隠したり偽ったりするものが何もなくなったとき、魂は裸になって自分自身と対峙するのです。
結末には栄光はなく、即時の救済もありません。あるのは結果だけだ。沈黙に触れると震える開いた傷。
過去は影としてではなく、まだ息をしている人々の胸にしがみつく重荷として戻ってくる。名前、肩書き、交わした約束や破った約束…すべてが、たった一つの質問の前で消え去る。
戦争が静まると何が残るのか?
正義を求める人もいます。その他、復讐。そして、ただ休憩する人もいます。
しかし、多くの人の審判を受けるために生まれた者にとって、運命は残酷である。
そして水が渦巻き、空気が破裂し、目が見守る中...誰もが恐れていた瞬間が到来した。
もう後戻りはできません。残るのは結果だけだ。
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静寂は雷鳴よりも重く、ポセイドンとトリトンの間に漂っていた。
積年の怒りが海を揺らし、荒波が岸を打ちつける。
観客はいない。言葉ももう必要なかった。
ただ二人──同じ血を引き、そして互いを滅ぼす運命を背負った父と子。
「どうやらお前の手下たちは逃げ出したようだな」
ポセイドンは皮肉を込めて吐き捨てた。
「違う。俺が行かせたんだ」
トリトンは静かに怒りを滲ませた笑みを浮かべながら答えた。
「これは……俺とお前だけの戦いだ」
その瞬間、空が裂ける。
蒼く激しい光がポセイドンの身体を包み、神の力が解き放たれた。
トリトンも応じる。闇のエネルギーが彼の周囲を蝕み、空間が歪む。
二人の身体にはアトランティスの古代紋章が浮かび上がり、世界は息を飲んだ。
──遠く離れた高台で、アルテミスはその気配に身を震わせた。
「なんて力……」
「トリトンは……天才だったんだ」
隣で呟くエヴェモの声は沈んでいた。
「でも……あの武器を手にしてからは、全てが狂った」
アレスが不機嫌に睨みながらつぶやいた。
「ポセイドンでさえ……負けるかもしれん」
一方その頃──
ゼフはまだ意識のないユキのそばに座り、彼女の顔を見つめながら小さく呟いた。
「ごめん……君をこんな場所に巻き込んで」
ディアプレペスが肩に手を置いた。
「仲間がいるってことを、忘れないでくれ。彼女も……大丈夫さ、きっとな」
その時──
海中全域を震わせる激震が走る。
ポセイドンとトリトンの激突が始まったのだ。
トリトンの一撃がポセイドンを空へと吹き飛ばす。
「その程度の技が俺に通じると思ったか?」
笑うトリトン。
だがポセイドンも口元に血を滲ませながら微笑む。
「どうやら……通じたようだな」
トリトンが下を見ると、自らの脚が腫れ上がっていた。
「毒……か?」
「そうだ。鎧には細工を施してある」
ポセイドンの声は冷静だった。
その隙を突き、ポセイドンが連続の攻撃を浴びせる。
トリトンは血を吐き、地に倒れる。
「お前はいつも感情に流されすぎる。だから敗けるんだ」
──その瞬間。
影から伸びた刃がポセイドンの腹を貫いた。
「……なに?」
「やっぱり、父さんと俺は似てるな」
血まみれの笑顔で囁くトリトン。
ポセイドンが膝をついた。
そしてもう一人、影から現れた存在が場の空気を塗り替えた。
「トリトン。お前は約束を果たした」
男の声は低く、だが支配的だった。
──空間そのものが沈む。
全員が本能的に息を止めるほどの圧力。
「な、なんだこの気配は……」
アレスが一歩後退する。
「これは……まずい」
アルテミスが弓を構えた。
ヨウヘイは震える足をなんとか支える。
「このエネルギーは……あいつらのものだ」
ポセイドンは息を整えながら睨んだ。
「ブラック・ライツの……構成員か」
「正解だ。光栄だな、覚えていてくれて」
男は嗤った。
「安心しろ、今日はただ──取引を果たしに来ただけだ」
「お前の力……化け物じみている」
「ありがとう。そう言われるの、嫌いじゃないんだ」
「…そこまで知りたいのか?」
男は薄ら笑いを浮かべ、名を名乗ろうとした。
だがその時、耳に仕込まれた通信機が急にざわついた。
「何だ?」苛立ちを隠さず返す。
「ボス、緊急事態です」
相手の声には明らかな焦りがあった。
「海岸に特殊部隊の艦船が多数接近中。そして、その中に——」
「誰が来ている?」
声色は崩れず、しかし目元の緊張がわずかに現れた。
「…シュンです」
その名が放たれた瞬間、場の空気が一変した。
男の表情に走る小さな歪み——それだけで、誰もが悟った。
笑顔は張り付いたように硬くなり、彼は静かに視線を落とす。
「…仕方ないな。どうやら長居はできそうにない」
軽く息を吐きながら、まるで敗北を受け入れるかのような態度を取る。
ポセイドンはすぐに理解した。
(もしあいつが撤退すれば、まだ勝機はある。だが、残るつもりなら…我々は終わる)
「取引はここまでだ」
男は振り返り、トリトンに告げた。
「何を言ってる!?今さら逃げるつもりか!?契約は!?」
トリトンの怒声が場を揺らす。
「役目は果たした。お前の最大の敵を瀕死にし、何年もこの国を守ってきた。それ以上は…贅沢だな」
その冷徹な言葉に、トリトンの顔に怒りが走る。
「この卑怯者が…!都合が悪くなったら逃げるのか!」
「その通り」
軽く肩をすくめながら、男は続けた。
「お前みたいに感情で動く奴とは違う。俺は頭を使うタイプだ。で、結果はどうだった?お前の“復讐”で、何を得た?」
その沈黙は重かった。
その時、トリトンの槍が高く掲げられた。
瞳が赤く輝き、古代の力が彼の身体を包み込む。
「…誰も逃がさん」
しかし、男は退かない。ただ警告するように言った。
「その一歩を踏み間違えるな。お前の立場を…思い出せ、“クズ”」
次の瞬間——
アトランティス全体が脈打つように震えた。
黒いエネルギーが海底都市の中心から溢れ出す。
それは力ではなかった。憎悪だ。怒りの凝縮体だった。
水路が震え、建物が軋み、海そのものが呻く。
遠く離れた場所——
「…動かされたのは“駒”じゃない」
シュンは険しい顔でつぶやいた。
「隊長、別地点にも艦艇と潜水艦が出現!」
無線が騒がしくなる。
シュンは拳を握る。
「“盤面”そのものが動いたってことか…!全戦力、各要所に急行させろ!」
「了解!」
内心でシュンは苦く思った。
(あのリーダー…ただ者じゃない。規模が違う)
「シュン」
背後から声がした。振り返ると、そこにいたのはジャンヌ・ダルク。
「どうするつもり?行くの?」
「聞くまでもないだろ」
「やれやれ…相変わらずの化け物」
彼女は笑って踵を返した。
その頃、コードネーム「39」は微かに胸を押さえていた。
疼くような感覚。
それは痛みではない。もっと深い何か。
——直感が告げる。逃げろ、と。
「なんだ…この感覚は…?」
額に汗が滲む。
そうだ。
彼はもう、狩人ではない。
獲物だった。
沈む都市の中、謎の男は死の判決から逃れるように、沈没した都市のトンネルを音速で駆け抜けていた。
「くそったれがっ……!」
怒声と共にトリトンが後を追おうとエネルギーを高めた、その瞬間だった。
「ぐっ……!?」
突如、身体が痺れるような衝撃に襲われ、その場に立ち尽くす。原因は……ポセイドンの一撃だった。毒がまだ血に流れている箇所を、正確無比に突かれたのだ。
「……まさか……」トリトンは歯を食いしばり、なんとか意識を保つ。
「せっかくのお前の“計画”が、秒で台無しとはな……」
息を切らしながら、ポセイドンは不敵に笑った。
「ただな……お前、一つだけ見誤った。」
「何を……?」
その問いに答えるように、彼の身体から爆発するようなエネルギーが放たれた。
禍々しくも美しい蒼の光。ゼンカの力が完全に解放された瞬間だった。
海の音が消え、世界が一瞬だけ静寂に包まれた。
それはただの力ではない。長き歴史、抑え続けた怒り、そして神としての真の姿。全てが剥き出しになった力だった。
遠く離れた場所にいる謎の男、通称“39番”の全身が硬直する。
「こんな馬鹿な……俺の最強の毒が通じなかった……!? こいつ……何でできてるんだ……?」
そして、答える暇もなく——
「そこまでだ。」
閃光のように、シュンが現れた。
問答無用の連撃。男は地面に叩きつけられ、残骸の中を転がりながら悲鳴すら上げられない。
「答えろ! 何を企んでいる!? ここで何を求めていた!?」
首を締め上げられ、視界が歪む中、39番はかすかに笑った。
「言うと思うか……? 俺が死のうが、ブラックライツは止まらない……もっと強くなる。」
シュンの瞳は鋭く、魂を切り裂く刃のようだった。
「答えろっ!!」
その叫びの中、39番は一瞬だけシュンの瞳の奥を覗いた。
そこには“正義”などなかった。
あったのは、冷たく、血に飢えた“死”の意志。
「……ふふっ……また会えるさ、坊や……」
その直後、彼の身体が爆発した。
シュンはその場に立ち尽くし、炎の残光の中、唇を噛み締めた。
……だが。
深海のさらに奥、ある潜水艦の中——
その男はいた。
焼け焦げた手袋を外し、ため息をつく。
「危なかったな……。パペットの奴に感謝しないとな。……だが、手に入れたぞ。」
彼の背後には、開かれた保管室。そこに浮かんでいたのは、アトランティスの失われた技術と兵器の数々だった。
「古代帝国の叡智……すべて、俺たちのものだ。」
その頃、廃墟と化した王宮では——
ポセイドンが立ち上がっていた。
神々しい鎧に身を包み、青く光る紋様が肌に浮かび上がる。彼の姿は、もはや伝説そのものだった。
トリトンは一歩、無意識に後退した。
「こ、これは……一体……」
その様子を遠くの塔から見守っていたシュンは、息を呑んだ。
「どうやら、あっちでも“本番”が始まったようだな……」
「失敗したのか?」と尋ねたのは、隣に現れたジャンヌ・ダルクだった。
「……ああ」シュンは苦笑した。「どうやら少し、腕が鈍っていたらしい」
「じゃあ、王に報告するのね」
「……ったく、面倒な仕事が増えた」
一方その頃、宮殿の核では——
ポセイドンの攻撃が、怒涛の如く降り注いでいた。
すべてが隕石のよう。一撃ごとに柱が砕け、壁が崩れる。
しかしトリトンも負けていなかった。
必死に喰らいつき、反撃し続ける。その姿はまさに“戦の神”。
「だから言っただろう……!」
ポセイドンの拳がトリトンを地に沈める。
「お前は、見えるものばかりに囚われすぎだ。見えないものを信じられないから……敗北する。」
「黙れぇぇぇッ!!」
トリトンの絶叫と共に、巨大な術式が放たれる。
「《深淵の裂け目》!!」
闇の渦がポセイドンの足元に開き、すべてを飲み込もうとする。
——だが。
それすらも、ポセイドンの力には届かなかった。
「バカな……!?」
渦が砕ける。そして現れたのは、異形の神獣——
「《クトゥルフの呼び声》」
青白い触手、八つの瞳、世界の深層から現れたかのような“神の影”。
逃げる暇もなく、トリトンはその存在に捕らえられた。
そして——
アトランティスが、崩壊した。
世界が叫びを上げる中、ポセイドンは膝をついた。
「……くっ、呼吸すら……やっとか……」
血を吐きながら、ポツリと呟く。
「これは……引き分け……ってとこか、トリトン……」
「……おい、なぜ……隠していた……そんな力……」
「話せば、長くなるさ……」
「まさか、俺たち……このまま……沈んでいくのか……」
「皮肉だな……望んだ王国の下敷きに……」
二人の神が倒れようとする、その瞬間。
——誰かがいた。
「……ゼフ……?」
ポセイドンの視線が揺れる。
少し前のことだった——
ゼフの耳に、謎の声が響いた。
『王たち、閉じ込められた。助けて。』
「何だ……? ……関係ない」
『……お願い……王よ……』
ヨウヘイの言葉が蘇る。
ゼフは目を閉じた。
「……クソが……」
海は、まるで世界全体が最後のため息をつくように、激しく揺れていた。
「クラーケン…」
ポセイドンは、忘れられた祈りに応えるかのように現れたその巨大な海獣を見て呟いた。
ゼフは、血に染まった両腕でポセイドンとトリトンの体を引きずり、深淵の縁へと向かっていた。
その瞳は揺るぎない決意に満ちていた。
「何度も言ったはずだ…」
震える声でありながらも、彼の言葉は鋭く響く。
「お前たちを憎んでる。だけど、死なせるなんて贅沢だ。お前たちには生きて苦しんでもらう。毎日、犯した罪を思い出して…」
クラーケンの瞳が、人間のような理解の光を帯びた。
「さあ…行こう」
内と外から崩壊する宮殿。金色のドームが沈み、柱が螺旋を描いて落ちてゆく。アトランティスは、ついに海へと沈んだ。
ゼフはふたりをクラーケンの元へ突き出した。
その巨獣は、重い嘆き声をあげながら彼らを受け入れ、深海へと潜っていった。
*
「ゼフはどこだ?」
ヨウヘイが波を見つめながら言った。
「ここだよ」
その声に皆が振り返る。
ゼフがいた。
びしょ濡れで、息を荒げながらも、二人の王の意識をかすかに保った身体を引きずって立っていた。
「でかい魚を捕まえたみたいだな。なあ、分かる?魚…」
シュンが腕を組みながら微笑むが、場は静まり返っていた。
「…ダメか。お前ら、ほんとに冗談通じないな…」
隣でミネセオがゼフを見つめていた。
その目に、抑えきれない優しさが浮かぶ。
「…母さんなら誇りに思うだろうな。お前はあの人にそっくりだ」
ゼフは目を閉じ、一言も発さず、心の中で答えた。
――ありがとう。また会おう、友よ。
クラーケンがふたたび深海へと沈み、ふたりの王を運び去った。
*
「皆、ありがとう。この任務は辛かったが…その価値はあった」
シュンの声が響く。
「王もきっと、お前たちの犠牲を知ることになるだろう。報酬も約束しよう」
「キャプテン、出航の準備完了です!」
「よし、グレクに向かえ!」
艦隊が、朝焼けに染まる海を進んでいく。
「これで終わると思うか?」
アレスが水平線を見つめながらつぶやいた。
「終わるさ」
シュンはうつむきながら即答した。
「この仲間たちなら、きっと終わらせられる。俺たちが、道を示せばいいだけだ」
アレスはニヤリと笑った。
「たまにはマトモなこと言うんだな、バカ」
「今、“カッコいい”って言ったか!?」
「言ってねぇよ。バカって言ったんだ」
「おい、ふざけんな!」
笑い声がはじける。
ヨウヘイがゼフに目を向ける。
「大人になったな、チビサメ」
「なんだよその呼び名。いつからそんなに俺に情でも?」
「…黙れよ、バカ」
「おいおい、照れんなって。“カリニン”って呼んでもいいぞ?今回の功労者は俺だし」
「功労者?復讐に泣いてただけじゃねーか。何様だよ、サスケか?」
「…誰それ?」
「知らねぇよ…」
ふたりが吹き出す。
そして──静かな声が空気を破る。
「終わったの…?」
皆が振り返る。
ユキだった。
まだ弱々しい目で、空を見つめている。
「…ああ、終わったよ」
アルテミスが近づき、そっと答えた。
「…よかった」
ユキは目を閉じた。
朝日に照らされながら、艦隊は前へと進んでいった。
海は、束の間の静寂を取り戻していた。
*
だが──全てが終わったわけではなかった。
とある密林。太陽が届かぬほどの濃い樹海の奥。
錆びた鉄の扉を誰かが開ける。
「ほら、メシだぞ。ああ、そうか。お前はもう食えねぇんだったな。残念だなぁ?」
影が笑う。それは、他人の苦しみを喜ぶ笑いだった。
「次はもうねぇからな?」
食器が乱暴に床へ投げられる。
そして扉が閉まる。
微かな光が、鎖に繋がれた少年を照らす。
ガリガリに痩せこけた身体。血の気のない唇。
だが──その瞳だけは死んでいなかった。
彼はまだ、何かを待っている。
あるいは、誰かを──。
「必ず…見つける。兄さん」
──そう心の奥で呟きながら、エデンは静かに闇を見据えていた。