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第56章:Santay(第4巻:Santay)

時々、最大の敵は剣を上げる者ではなく、沈黙を撒く者です。


監禁場所は常に独房とは限らない。時にはそれは忘れられた目的であり、時間によって打ち砕かれた希望です。そこには、太陽の光も風の音も届かない場所で、疑問は増え続け、答えは不要になる。


意志が弱まり始めたとき、約束はどれほどの価値があるでしょうか?自分よりも大きな何かを変えたいという思いだけで支えられている人生には、どれほどの重さがあるでしょうか。


外の世界は、抵抗する者たちの傷跡を覆う塵に気づかずに回り続けている。しかし、最も遠い隅であっても、最も深い暗闇であっても、決断は雷のように響き渡ることがあります。時々、世界を変えるのに必要なのは力ではなく、すべてが失われたように見えてもしっかりと立ち向かう勇気です。


そして魂が自分が誰であるかを忘れ始めたとき、ある声、記憶、約束、過去のこだまが、なぜ歩き始めたのかを思い出させるかもしれない。


ここ、サンタイでは、腐敗した栄光の瓦礫の下、傷ついた土地の根の中に、復讐の種ではなく、解放の種が再び植えられました。


————————————————————————————————————————————————————————————————


窓のない、最も深い牢の片隅で──


少年は鎖に繋がれたまま、かすかな呼吸を繰り返していた。


影のような目をゆっくりと開けながら、彼はまだ目覚める価値があるのかと自問していた。




「ここに来て…どれくらい経ったんだろう」


天井の見えない闇を見上げながら、エデンは思考を巡らせる。


「日かもしれないし、週かもしれない。ここには、太陽の光すら届かない」




重たい沈黙が支配する中でも、思考だけは止まらなかった。


「兵士はいると予想してたが…あれほどとはな。だが、隠すべきものはすべて…片づけた」




その時だった。


乾いた衝撃音が空気を裂き、鉄格子を叩く軍靴の音が響いた。




「おい、白雪王子。起きろ。王が呼んでいるぞ」




「王?…最悪のタイミングだな」


エデンは心の中でつぶやきながら、鎖を引かれ廊下へと引きずり出された。




ぬかるんだ通路を通され、ついにたどり着いたのは──


まるで自然に呑み込まれたような、蔦と根に覆われた大広間だった。




「ようやく着いたか…」


息を切らしながら、エデンは独りごちる。




「ひざまずけ、平民が!ここは王の御前だぞッ!」




その声に、王座の上から響く傲慢な叫び。


しかしエデンは、かすかに目を上げて答えた。




「すまないな…“陛下”。だが俺は、生まれてこの方、王というものが嫌いなんだ」




――その瞬間だった。


「不敬罪だ!衛兵、歓迎の儀をしてやれ!」




容赦ない拳が降る。ひとつ、またひとつ。


エデンは身を縮めながら、血と誇りを飲み込み耐えた。




「これで思い知ったか?無礼者めが」




「…肋骨、何本かいったな」


血を吐きながら、エデンは心の中で呟いた。




「いいか、質問は一つだけだ。答え次第で、今日殺すか明日殺すかを決めてやる」




「随分と寛大だな、王様」




「貴様は何者だ?そしてここに来た目的は?」




「二つ聞いてるぞ。それに、数字は苦手なんだ」




新たな拳が顔を裂く。血が頬を伝う。


エデンは呻かない。歯を食いしばったままだ。




「舐めやがって…その舌、豚の餌にしてやろうか?」




「それもまた…王族の食卓だろうな」




空気が張り詰めた瞬間だった。




風が、空間を切り裂くように吹き込んだ。


その冷気が首筋を掠め、ほんの一筋の血を流しただけで──兵の腕が止まった。




「やめなさい!」




鋭く、美しい声が響いた。


風を従えるような気配。王座の上に、彼女は立っていた。




「クィル女王…!」




「何をしているの?この子はまだ…ただの少年よ」




「で、ですが女王…こいつは敵の間者かと…!」




「関係ないわ。もう一度でも手を出せば、殺す」




その目は、刃のように冷たかった。




「何の真似だ、女よ」




王を名乗る男──グアヤスが眉をひそめた。




「お前は正気を失ってる。神などと自称し始めて…その姿は、もはや怪物よ」




「ほう、俺に逆らう気か?」




「どう思おうと勝手にすればいいわ。ただし、私は私の意思で動く」




「好きにしろ。後で泣きつくなよ」




「牢に戻して。後で私が行くわ」




「はっ…了解」




再び引きずられる身体。だがエデンの脳は冷静だった。


「間に合った…クィル女王、か」




牢に投げ捨てられた彼を、見下す衛兵が吐き捨てた。




「助かったと思うな。正体はすぐに暴いてやる。ネズミ野郎が」




「…早く抜け出さねば。このままでは…任務も、命も尽きる」




その時だった。




「食事だ」




鉄格子の隙間から、トレイが差し入れられた。




「あなたは──死にたいの?」


エデンの目が、影の中に浮かんだ声の主を見た。




「クィル女王…」




「私を知ってるの?」




「もしかすると」




「食べなさい。あなたの体は…もう限界よ」




「この姿なら、ここの住人に馴染めるかもな」




彼の冗談に、クィルは小さく微笑んだ。




「たしかに」




「それで?食べさせに来ただけとは思えない」




「あなたの…力が必要なの」




「…俺の?」




「そう。あなたの名は知ってる。エデン・ヨミ。グレクの学生ね」




エデンは眉を上げた。




「やけに詳しいな」




「当然よ」




「興味深いね。君だけが、俺の素性を知ってる。なぜ?」




「機密情報よ」




沈黙。




数秒後、エデンは薄く笑った。




「…話せること、話してくれそうだな」




「さてと…」


エデンは、ゆっくりと食事のトレイを押し返した。


「俺がやるべきことって、何だ?…いや、その前に。ひとつだけ聞きたい」




クィルはじっと彼を見つめた。その問いには、軽い返事などできないと分かっていた。




「何を知りたいの?」




「なぜだ?」


飾り気のない、まっすぐな声だった。


「なぜ…俺が君を助けなきゃいけない?」




しばらくの沈黙。


クィルは、古い記憶の底に沈んだ痛みを掘り起こすように、言葉を選んだ。




「昔…サンタイは豊かな場所だった。私たちの技術は進んでいて、文化も誇らしかった。でも…それは終わったの」




語る声には、痛みを抱えながらも決意を秘めた強さがあった。




「インカの神々が降臨し、力と引き換えに“生贄”を求めたの。グアヤスは…それを受け入れた」




「最初は他の村を攻め、滅ぼし…それが終わると、今度は…私たち自身へ牙を向けた。家族へ。民へ」




エデンは言葉を挟まなかった。


ただその地獄を想像し、黙って受け止めていた。




「つまり…君の家族を救えってことか」


静かに、彼は口を開いた。




クィルは、首を横に振った。


「違うの。…ごめんなさい。もっと、我がままな願いかもしれない」




「私は、民を解放してほしいの。あの男の暴政から。この国を…もう一度、自由にしたい」




そして、王としてではなく──


一人の人間として、彼女はひざまずいた。




「お願い、エデン・ヨミ。…このサンタイを救って」




エデンは目を伏せた。


その瞳には、迷いと…恐れが浮かんでいた。




「それが…どんな意味を持つのか、分かってるのか?」


「俺には、今のところ…そんな力、ないんだよ」




「お願い…」




その声は震えていなかった。だからこそ、胸を打った。




沈黙が落ちる。


そして──記憶が、彼の中に蘇った。




───




「じいちゃん…」




「どうした?」




「俺って…なんか、才能あるのかな」




「才能?今さら、何を言い出すんだ?」




「友達が言ってた。女の子は、才能のある男の子が好きなんだって…」




くく、と優しい笑い声が響く。




「何だよ、その笑い…!」




「悪い、悪い。…そうだな。才能ってわけじゃないけど…エデン、お前の一番の魅力は“優しさ”だと思うよ」




「優しさ?…それって、慰めじゃん」




「違うさ。優しい人間って、実はすごく貴重なんだ。お前は、誰かを助けようとする。どんな時でも。たとえ、怖くても。たとえ、自分が弱くても。それが本当の強さだよ。俺は、それを誇りに思ってる」




「じいちゃん…」




「エデン、約束してくれ。困ってる人を見捨てないこと。たとえ辛くても…助けるって、誓え」




「……うん、誓う!」




───




現在




エデンは、静かに目を閉じた。


そして──ゆっくりと開いたその瞳には、別の光が宿っていた。




「やるよ」




クィルが驚きに目を見開く。




「本当に?」




「うん。信じてくれて、ありがとう」




(ありがとう、じいちゃん…)




───




その頃──




宮殿の最上階にて。


グアヤスは、全てを見下ろしていた。




「陛下、少年はどういたしましょうか?女王が介入する以上、証拠がなければ手が出せません」




「心配いらん」


グアヤスは不敵に笑った。




「これはすでに想定済みだ」




「え…?」




「ふふ、言っておこう。“こちら”にも、繋がりがある」




「つまり…?」




「牢獄の“本部”に送れ」




「し、しかし…そこでは逃げられる可能性が──」




「それが狙いだ」


冷たい声が落ちる。




「奴が何を企んでいるか…観察するにはそれが一番。適切な時が来たら、例の“男”に処理させる」




「まさか…内通者が?」




「もちろんだ。…しかも、配置は完璧」




「さすがです、陛下」




「分かってるさ」




───




その頃、新たな牢で。




錆びた鉄格子と、他の囚人たちの囁きに囲まれながら──


エデンは、再びゆっくりと目を開いた。




「なるほど…急な移動。これはクィルの計らいか。悪くない」


「人がいる場所なら、チャンスも増える」




「でも…その前に、味方が必要だな」




エデンは食堂の列に並びながら、周囲を冷静に観察していた。


上層の見張り台には、いくつもの監視兵が獲物を狙う猛禽のような目で囚人たちを見下ろしていた。




「多すぎるな…」


エデンは心の中でつぶやいた。


「いつか脱出するとしたら、まずあいつらを無力化、もしくは目を塞ぐしかない。でも、ひとりじゃ無理だ」




「おい、コラァ!」


背後から怒号が響いた。


「そこは俺の場所だろうが!」




食堂内の視線が一斉にそちらへ向く。


怒鳴ったのは、全身に傷跡を刻んだ巨漢の囚人だった。その目は獣のように光っている。




「え?」


その前に立っていたのは、緑色の髪をした少年。全く怯える様子もなく、静かに答えた。


「俺、先にここにいたけど? 名前でも書いてあった?」




「てめぇ…俺を嘘つき呼ばわりか?」




エデンは目を細めた。


「…あいつは?」




隣にいた囚人が小声で答えた。


「この監獄で一番ヤバいやつさ。かつて“王国最強の殺人鬼”と恐れられてた」




「へえ、興味深いな」




「どけ、クソガキ!」


巨漢が唾を飛ばしながら怒鳴る。




「悪いけど、ここは俺の順番。ルールは守ってもらわないと」


緑髪の少年は一歩も退かない。




「バカか、あいつ…」


別の囚人が呟いた。




「おい、ボスに逆らうと痛い目見るぞ」


ナイフのようなものを握る男が現れる。




エデンは溜息をつき、腕を組んだ。


「おい、緑の髪の君」




「ん?」




「譲ってやれよ。老人には最後の晩餐を楽しませてやるべきだ」




「てめぇ…何だとォ!」




その瞬間、背後からもう一人の囚人がエデンに襲いかかる。




「危ない!」


緑髪の少年が叫んだ。




──遅かった。


いや、遅れたのは攻撃者のほうだった。




エデンは一瞬で振り向き、襲撃者の頭を掴んで床に叩きつけた。


鈍い音が食堂中に響き、場が静まり返る。




「まさか…目にも止まらなかった…」




「てめぇ…ガキが調子乗りやがって! ぶっ殺してやる!」




見張りの一人が呟く。


「止めに入ったほうがいいか?」




「いや…もう少し見ていたい」




さらに二人の囚人がエデンに襲いかかる。


だが、エデンの動きはしなやかで正確だった。回避し、反撃する。鋭い蹴りがボスを地面に叩きつけた瞬間──




上層の監視兵の目が光った。


その瞬間、囚人たちの手足の鎖がすべて外れ、床に落ちた。




「な…に…?」




「バカな、なぜ拘束が…」




「マズいな…」




「この感覚…久しぶりだぜ」


ボスが手を開き、エネルギーをほとばしらせる。




即座に攻撃を仕掛けてくる。


劣勢の中でも、エデンの目には恐れはなかった。




「不利だが…まだ勝てる」




その瞬間──エデンの姿が消えた。




「なっ…!? 消えた?!」




「落ち着け、まだいる」




「でも見えないぞ!? 技か? 鎖をつけたままなんて…!」




「違う。ただ速いだけだ。あれほどの雑魚相手なら、それで十分だ」




一方、緑髪の少年も行動を開始していた。


倒れたボスに殴りかかるが、無力だった。




「ふざけんな、小僧が…消えろ」




ボスの手に、巨大な炎の球が現れる。




「ここで…終わりか…?」




だがその時──




「……えっ?」




緑髪の少年が、その前に立った。




炎が炸裂し、熱気と砂煙が広がる。




「自業自得だ…俺に逆らった罰だ」




しかし──煙が晴れた時、少年は無傷で立っていた。




「残念…もっと強いのを期待してたのに」




「てめぇぇぇ!」




その瞬間、エデンが天井から舞い降りた。




雷のような蹴りがボスの頭を直撃し、床にめり込ませる。




見張りたちが一斉に階下へ降りる。




「全員動くな! 両手を上げろ!」




エデンは素直に手を挙げた。




「負傷者を医務室へ運べ! 今すぐだ!」




「了解!」




一人の監視兵がエデンに近づき、鋭い視線を投げる。




「…お前、何を企んでいる?」




「悪かった悪かったよ」


両手を上げて、エデンは苦笑いを浮かべた。


「正当防衛だ。向こうが先に刃物で襲ってきたんだ」




「まったく信用できん」


監視兵は腕を組んで唸った。




「それは本当です、隊長」


毅然とした声が横から割って入った。




「誰だ、お前は?」


隊長が眉をひそめて振り向く。




「囚人番号59番、アミネです」




「囚人だと? 犯罪者の証言なんぞ、信じる理由があるか」




「隊長」


もう一人の衛兵が口を開いた。


「俺も証言できます」




「お前も? ちょっと待て…」




「新人です、隊長。オルゼと申します」




「…後でお前たちと話す。こんなことが勤務中に起きてはならん」




「失礼ながら、隊長。今は休憩時間でした。処罰対象にはなりません」


オルゼは落ち着いた口調で答えた。




(おい、何を言ってるんだ!? 勤務表には明らかに俺たちの番って書いてあるだろ!?)




「その勤務表を見せろ」


隊長の指示で、用紙が手渡される。内容を確認した隊長は、しばし沈黙した。




「……」




「では、責任者と話してくる。お前たちは仕事を続けろ」




「了解!」




隊長が去ったあと、もう一人の衛兵がオルゼに囁いた。




「お前…一体どうやったんだ?」




一方で、エデンは静かにその様子を見つめていた。




(命令に忠実なだけ…ただのグアヤスの忠犬。悪人ではなさそうだが…同情の余地はない。苦しませずに、速く殺してやろう)




_________________




医務室。


包帯を巻いたエデンと緑髪の少年が並んで横たわっていた。どちらも無言だったが、決して諦めた表情ではなかった。




「なあ、どうして?」


沈黙を破ったのは少年だった。




「何の話だ?」




「なんで俺を助けたんだ?」




「勘違いするな。ただあのバカに一発食らわせたかっただけだ」




「…いつもそんな風に自分に嘘ついてるのか?」




「かもな」


エデンは短く息を吐いた。


「今度は俺から聞いてもいいか?」




「どうぞ」




「なんであの時、他の奴をかばった? 死ぬかもしれなかったのに」




少年は天井を見上げたまま答えた。


「さぁな…ただ、どうせ死ぬなら、ちょっと“男らしい”死に方がしたかったんだ」




「…死にたいのか?」




「昔の話さ。まだ心の奥で、何かが俺を縛ってる」




「わかるよ」


エデンの声に、皮肉はなかった。




「お前こそ、なんでここにいる? その辺の囚人には見えないが」




「理由は色々だ。探し物があってな。けど、まずここを出なきゃな」




「やめとけ。何人も逃げようとして死んだ。無理だよ」




「悪いが、諦めるつもりはない」


エデンは笑みを浮かべながら答えた。


「どんなに弱くても、全力でぶつかって砕けたほうがマシだ。後悔しながら生きるよりはな」




少年は一瞬エデンを見つめ──誰かの言葉が脳裏をかすめた。


──数年前、同じことを言った奴がいた。




「…バカばっかだな」


そう呟きながら、少年は微笑んだ。


「俺が一番のバカかもしれないけど」




「え、何言ってんだ?」




少年は手を差し出した。




「計画の成功は保証できないけど、手伝うよ」




「…は?」




「一人じゃ何もできない。チームを組むのが筋ってもんだろ?」




「まあ、そうかもな。でも…」




「安心しろ。見た目より強いんだ、俺」




エデンはその手を見つめ、やがて握り返した。




「よろしくな。俺はエデン」




「タケミってんだ」




その瞬間、もう一人の声が背後から降ってきた。




「じゃあ、俺たちは最強チームってわけだな」




「は?」


振り向くと、そこにはアミネがいた。




「お前もかよ…」




「当たり前だろ。面白そうなことを見逃すわけねぇだろ?」




エデンは小さく笑った。




「…何がおかしい?」


アミネが眉をひそめる。




「いや、なんでもないさ」




だが、その心の中では、すでに次の手を描いていた。




(最初の手は成功だ。駒が揃い始めた… ただ、問題は──この“餌”に情が移らないようにな)

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