時々、最も痛い傷は、血を流す傷ではなく、信仰を歪める傷です。
時間を忘れた牢獄の暗闇の中で、裏切り、死、そして苦痛が、まだ息をしている者たちに目に見えない傷跡を残した。約束が破られた後の沈黙ほど大きな敵はなく、救うことのできなかった死者の重荷ほど大きな重荷もありません。
エデンは、彼を信じた人々の血にまだ覆われており、肉体を超えた重みを持って歩いています。鎖はもはや彼らの手首にあるのではなく、彼らの良心にあるのです。彼が踏み出す一歩一歩が審判のように響き渡る。そして、足は前に進んではいるものの、彼の魂は、望んで背負うつもりのない罪悪感に引きずられている。
ゼロ、何もないように聞こえるが、多くのことを秘めた名前。彼は、他の人が叫ぶのと同じくらい簡単に、観察し、行動し、そして消え去ります。その存在は宣言ではなく、問いである。破壊すると誓ったものになることなく、人はどこまで行けるのか?
そしてその間も、戦争の歯車は止まらない。パペットは遠くから糸を引いて、他人の体で神様ごっこをします。誇大妄想に囚われたグアヤスは、最後の犠牲を準備する。間違いを犯す余地はなく、後悔する時間もありません。残っているのは現在だけ…そしてそれに立ち向かう決断だけです。
この章では、損失なしに救済は行われません。怒りがなければ正義は生まれない。
残酷で赤裸々な真実だけが残る。
そして、復讐し、解放し…あるいは、試みながら死ぬという静かな誓い。
————————————————————————————————————————————————————————————————
鋼鉄と闇の雨が、廊下を覆っていた。
異形の実験体たちが、虫のように切り裂かれ、二つ、四つと無音で崩れ落ちていく。
その中を、白い髪の男が疾風のように駆け抜けていた。あまりの速さに、目で追うことすら困難だった。
息を切らしながら走っていたエデンは、立ち止まってその姿を見つめた。
「何者だ…こいつは…」
胸の奥で渦巻くオーラの圧に震えながら、そう考える。
「まるで動きが見えない…しかも、全く本気じゃない…」
その時、悪夢から飛び出してきたかのような新たな群れが、前方から現れた。
這いずる者、異形の手足で走る者…その瞳には、飢えと怒り、そして魂の抜けた従順さだけが宿っていた。
「おいおい…」
白髪の男が、首を鳴らしながら呆れたように呟く。
「マジかよ。こんなにいるとは思わなかったぜ。胞子で繁殖してんのか?」
「こいつら…何なんだ…」
エデンが視線を外さずに尋ねた。
「それは秘密。でも、一つ言えるのは――めちゃくちゃ危険だってことだ」
「見ればわかるよな…」
そう心の中で呟き、エデンは拳を握りしめた。
「ここは俺に任せろ」
男がちらりとこちらを振り向きながら言う。
「お前は先に行け」
「は…?」
「復讐したいんだろ? だったら進め。こいつらは俺が片付けておく。また後でな」
「でも…!」
「安心しろ。これは漫画のセイネンじゃねぇ。モブが二話ごとに死んだりしないから」
「…何言ってんだ?」
「どうでもいいことだよ。ただ行けっての。ここにいられても邪魔なだけだ」
「それ、ちょっと傷つくんだけど」
「でも事実だ」
口元に笑みを浮かべながらそう返した男に、エデンはため息をつき、暗い通路の奥へと走り去っていった。
男は一人残された。…いや、そう見えただけだった。
「行け…自分のやるべきことをやれ…」
小さく呟き、目を伏せる。
「これから見せるのは、お前には見せたくないものだ」
カン…と、床を擦る金属音が響いた。
煙の向こうから現れたのは、乾いた血にまみれたボロボロの身体。そして、魂の抜けた虚ろな瞳だった。
そこに意識はなく、ただ遠くから操られているような残滓だけが宿っている。
「ゾンビかよ…いや、これはB級ホラーじゃねぇな」
襲いかかってきたその体――タケミの亡骸――に、男は瞬時に反応し、剣で受け止めた。
激しい衝撃が空気を揺らす。
「ちっ…技術は残ってやがる。でもゼンカの気配はほとんどない。この支配力…」
男の剣が、闇を吸い込むような紫の輝きを放ち始める。
「…本気を出すしかなさそうだな」
瞬きする間に、空間が閃光に包まれた。
実験体たちの体が次々と砕け、まるで壊れた機械のパーツのように散っていく。
「…くたばれよ、クソ人形使い…Puppet」
その名が口を突いて出た瞬間、背後から優雅で残酷な笑い声が降ってきた。
「やれやれ、さすがは革命軍の天才、ゼロだな」
剣を下ろしながらも警戒を解かず、ゼロが振り向く。
「てめぇかよ、どこにでも現れやがって…」
「お互い様じゃないか、愛しい人。任務を果たすのが仕事だろ?」
「つまり、あんたらが今回の黒幕ってわけか」
「勘違いするな。実験も、あの男の狂気も俺たちのせいじゃないさ。意外かもしれないが…我々はそんなに狂ってはいない」
「じゃあ、ノルクは? アトランティスは? グレクでのテロはどう説明する?」
「驚いたな。革命のワンちゃんにしては、よく調べてるじゃないか」
「思ってる以上にな」
「できれば、直接お前と戦いたかったよ」
「こっちはな、ぶちのめす気満々だったけどな」
「…その言葉、光栄だ。でも今は遊んでる暇がない。だからこそ、俺は人形を使う」
ゼロの目が鋭くなる。
「その力、どこまでいくんだよ…ゼンカまで模倣できるってのか?」
Puppetは優雅に手を掲げた。
「少し遊ぼうか?」
タケミの体が一歩前に出る…だが、動きは止まった。
「…何してやがる、動け! 命令だ!」
「…た、助けて…殺してくれ…」
「クソ…役立たずの人形が!」
「た、たすけ…て…」
その哀願に、ゼロは静かに目を伏せた。
その刹那、体中から放たれた紫の波動が空間を震わせる。
「Puppet…絶対にお前を殺す」
「その日が来るのを楽しみにしているよ、ゼロ。いずれ君も、僕の人形になるんだ」
その時、光が走った。
廊下がまばゆい輝きに包まれ、タケミの体がその中心で震えていた。
「…ありがとう…」
そして――全てが爆ぜた。
「…何だと…?」
廊下を飲み込んだあの光の残滓を見つめたまま、エデンが小さく呟いた。
遠くから、かすれた声が届く。
「なぁ…あいつ、いったい何者だったんだろうな…」
ガード2が誰に言うでもなく、空に向かって呟いた。
―――――――――――――――――――
蒸気の立ち込める温泉。その中に、Puppetは胸まで浸かっていた。
だらけた笑顔は、心の底から満足げだった。
「いやはや…どうやら人形とのリンクが切れちまったようだね」
首筋を揉みながら、楽しげに笑う。
「まぁいいさ。次の試作品の設計に活かせばいい」
ゆっくりと目を閉じ、一呼吸置いた。
「…あれが僕の手中に堕ちるには、少し時間がかかりそうだけど。ふふ…そういう方が燃えるんだよね」
湯から立ち上がり、蒸気のヴェールに包まれながら歩みを進める。
タオルが肩から滑り落ちた時、彼は施設の隠されたテラスから外の惨状を見下ろした。
「実に素晴らしい…。これで、実験は新たな段階に進めるな」
―――――――――――――――――――
崩れた地下通路。ひび割れた壁と無数の実験体の死体に囲まれ、一本の深紅の剣が静かに横たわっていた。
その傍らで、ゼロは沈黙していた。
「ここにいたのか…海で最も恐れられた剣士、地獄の剣士タケミ」
ゆっくりと頭を下げ、彼は剣の柄に手を添える。
その瞬間、洪水のような記憶が意識に流れ込んできた。
「これが…お前の記憶か…?」
すると、背後にふとした気配が現れる。
優しくも強い、存在感のある声が空気を震わせた。
「ふふ…若いのに、なかなか様になってるじゃない」
ゼロが素早く振り返り、眉をひそめる。
「…誰だ?」
そこに立っていたのは、月のように白く長い髪を持ち、狐の面影を残す女性の姿。
鋭くも優しい瞳に、どこか妖艶な雰囲気が宿っていた。
「私はこの剣に宿るラクの精霊。キツネの魂だよ。そしてあなたが…私の新しいご主人様」
「…ご、主人様だとぉ!? えぇぇぇぇぇぇっ!?」
「知らなかったの?」
首をかしげながら彼女が微笑む。
「前のご主人が、最後の感謝としてあなたに私を託したの」
「…タケミが?」
「そうよ」
ゼロの表情に複雑な影が差す。
疑問が山ほど浮かぶが、口には出せない。
その時――彼の腰にあるもう一振りの剣が、激しく震え出した。
そこから現れたのは、短い角と赤い目を持つ、凶暴そうな魔の姿だった。
「ちょっとアンタ、何勝手に色仕掛けしてんのよ、バカキツネ!」
「あなたこそ誰?」
キツネは穏やかに笑みを崩さない。
「誰って!? アンタこそ誰よ! 私はゼロ様の剣の精霊よ!?
アンタなんか、特級ラクでもなけりゃ、型落ちの雑種でしょ!」
「はぁ? 魔族のくせに何言ってるの? 一番下級の分類じゃない」
「なんだとぉぉぉ!? てめぇぇ、狐のくせにぃぃぃ!」
「……はぁ……」
ゼロは頭を押さえて深くため息をつく。
「何がどうなってんだよ…」
「もう黙れ!!」
ついに怒鳴ると、二体の精霊がぴたりと動きを止めた。
「…正直、また武器が増えるのは勘弁だけどな」
力なく呟いた彼の声には、どこか覚悟が宿っていた。
「でもこれは…彼の遺志だ。なら、俺は受け取るしかない」
魔の精霊が少しだけ傷ついたように目を伏せた。
「ゼロ様…」
「頼むよ…」
「…わかった。ご主人様の意志なら、従うまで」
彼女は静かに消えていく。
キツネの精霊も続くように、優雅に微笑んで姿を消した。
ゼロは目を閉じ、顔を伏せた。
「さて…これでいよいよ最後の舞台ってわけか。
あいつは、うまくやれてるか…?」
―――――――――――――――――――
階段を駆け降りるエデン。まるで背後から世界が崩れ落ちてくるかのような勢いだった。
「どこまで続くんだよ…どんだけ深いんだ、ここ…」
「グアヤス、お前は一体何を企んでる…」
止まることなく、彼は跳躍した。
空中で体をひねり、地下の通路に着地する。
目の前に広がるのは、広大な地下墓地のような空間だった。
無数の石柱と垂れ下がる鍾乳石、暗闇に沈む死の気配。
「…ここは一体…?」
その時、小さな音が聞こえた。
かすかな呼吸。途切れた命の鼓動。
「まさか…」
走る。全速力でその気配へと。
たった一つの牢。
その中で、ボロボロに傷ついた女性が、か細く震えていた。
「キルッ!?」
怒りと絶望を胸に、鉄格子を引きちぎる。
彼女の元に駆け寄り、その身体を抱きしめる。
「…ひどい…何日も食べてない…いつからここに…?」
思い出す。
彼女が自分の牢を訪れた時の、あの声。あの目の強さ。
「まさか…あの時から…お前は…!」
その瞳が、青黒く染まり始めた。空気が震え出す。
鎖を引きちぎる。怒りと悔しさの力で。
「…ごめん。巻き込むつもりはなかった。でも、必ずやる。あいつを…終わらせる」
弱々しく、キルがしがみついてくる。
「…いかないで…」
「…え?」
「お願い…死なないで…」
その一言に、エデンの目が揺れる。
「…俺は死なないよ。でもその前に…お前をここから出さないと」
「…私…守れなかったの…」
「…誰を…?」
「…私の…赤ちゃんを…」
その瞬間、エデンの呼吸が止まった。
「…赤ちゃん? …どういう意味だ…?」
「言いたかった…でも…あの人が…」
キルの瞳に宿る痛みと悲しみ――
その奥に沈んだ、決して思い出したくない記憶がゆっくりと浮かび上がる。
*回想シーン*
「…なんだと?」
グアヤスの目が血走り、怒声が空間を裂いた。
「…私…妊娠したの」
震える声でありながら、その言葉には確かな意志が込められていた。
「サンタイ王国には…新たな命が――」
バンッ。
乾いた音と共に、拳が彼女の頬を打ち抜く。
キルの身体は床に叩きつけられた。
「殺せ」
「…な、何ですって…?」
床に倒れたまま、信じられないという目でグアヤスを見上げる。
「聞こえなかったのか。殺せと言ったんだ」
「何を言ってるのよ!? あの子はあなたの子よ!私たちの――!」
「だから何だ?」
グアヤスの声は、異常なまでに冷静だった。
「サンタイを継ぐ者は、この俺一人でいい」
「…正気なの? 力のために…自分の子どもまで…!」
「聞こえなかったのか?」
その声は氷のように冷たく、薄く笑みを浮かべながら繰り返された。
「…殺せ」
「嫌よ…!」
キルが一歩後ずさる。呼吸が浅くなっていく。
「私は…絶対に殺さない…そんな理由で…! 子どもを…自分の子を…! あなた…もう誰だかわからない…!」
その瞬間。
グアヤスの姿が目の前に現れたかと思うと、次の瞬間にはその手がキルの首を締め上げていた。
「今まで…黙ってお前の戯言を聞いてやってたがな」
キルは足をばたつかせ、必死にその腕を引き剥がそうとする。
「もう、そんな必要はない」
視界が霞んでいく。
「は…なして…」
「王よ!」
その時、部屋の奥から声が響いた。
グアヤスが手を離す。
キルは崩れ落ちた。
「何の用だ。命を止める価値があるんだろうな?」
「情報提供者が到着しました」
「ようやくか…衛兵」
「は、はい」
「この女を地下牢に放り込め」
「…え? 今、何と…?」
「聞こえなかったのか? 命令だ。…それとも、お前は俺に逆らうのか?」
「い、いえ! すぐに!」
鎖でつながれながら、キルは苦しげに息を整えようとしていた。
彼女が引きずられていく中、ひとりの男が通路の奥から現れる。
「入れ、ネズミ野郎」
「は…はい、閣下…」
アミネがうつむいたまま答える。
―――――――――――――――――――
*現在*
「わ、私は…」
涙に濡れた声でキルが呟いた。
「誰も…守れなかった…」
言葉は途切れ、体が震え、嗚咽が静かに漏れる。
エデンがそっと近づき、彼女を強く抱きしめる。
その瞬間、世界は沈黙に包まれた。
「ごめん…もっと早く、助けるべきだったのに」
「バカね…」
キルは涙を堪えながら微笑もうとする。
「謝る必要なんて…あなたは…」
「本当に…ごめん」
「…ほんと、バカ」
その瞬間、堰を切ったように涙が溢れた。
ようやく、安全だと感じたのかもしれない。
「…お願い。彼女を…守ってくれる?」
エデンが視線を逸らさずに口を開いた。
「もちろんだ」
穏やかな声が隣から響く。ゼロだった。
彼は優しくキルを抱き上げた。
「完璧に隠れてたと思ってたんだけどな」
そう呟くと、キルが驚いたように彼を見つめた。
「あなたは…?」
「しーっ。詳しい話は、あとでな」
エデンは頷いた。瞳に怒りの炎を灯しながら。
「殺してやる…」
その身から立ち上るのは、黒く濁った呪いのようなオーラ。
空間そのものが、怒りに震えていた。
「陛下」
ゼロの声が重く響く。
「ここは危険です。先に出ましょう」
その言葉とともに、ゼロの姿が疾風のごとく消えた。
キルを抱いたまま、光の残像を残して。
エデンは、ただ一人残された。
呼吸は重く、影は壁を這うように広がっていく。
「絶対に…グアヤス、お前を…殺す!」
―――――――――――――――――――
地上の遥か下、誰にも届かぬ場所。
そこに、血で描かれた魔法陣の中心で、グアヤスが立っていた。
中央には、逆五芒星の刻印。
「…ついに…神になる時が来た…」
喉の奥から漏れた笑いは、もはや人間のものではなかった。
渦を巻くような闇のエネルギーが体を包み、世界そのものが軋むような異音を響かせる。
禍々しいオーラは、地獄の底から漏れ出たようだった。
そしてその笑みは――もはや人のものではなかった。