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第61章: 異次元の戦い

打撃ではなく、亀裂から始まる戦いもある。


時には、その亀裂は、あまりにも多くのものを失った人々の魂に、あるいは、決して触れるべきではなかった何かを手に入れた人々の魂に生まれます。


最も純粋な形の力は、身体を変えるのではなく、意図を変えるのです。


そして、意図が崩れると、世界もそれとともに崩れ去ります。


なぜなら、自分が何者かになろうと選択したことと向き合わなければならない闘いほど困難な闘いはないからです...


…かつてあったことの残響は、今も静かにささやき続けている。


————————————————————————————————————————————————————————————————


空気には、灰と裏切りの匂いが満ちていた。




アタワルパは、焼き尽くされた村の中を歩いていた。


そこはかつて、友の故郷だった場所――今はただの廃墟。




踏み出すたび、足元で骨と約束が砕けた。


地面の中心には、古い血で描かれた儀式の印が脈打っていた。


闇の気配が、まだそこに息づいていた。




「…ここで、何があったんだ……?」




絞り出すような声で呟く。




――現在。




空を裂く轟音。


グアヤスが両腕を広げ、途方もない量のエネルギーを吸収していた。




その身体は今にも破裂しそうで、


闇のオーラが底なしの井戸のように広がっていく。




それは自然のものではなかった。


世界に存在してはならない“何か”だった。




「俺は負けない……!」


歪んだ声でグアヤスが叫ぶ。


「俺は……神になるんだ!!」




戦場の端からそれを見ていたゼロは、眉をひそめた。




「…あれが、お前の“器”か――マモン」




強欲の悪魔。人間の顔をしながら、人ならざる笑みを浮かべるその存在は、


ただ愉しげに口元を吊り上げた。




「さすが人間…観察眼が鋭いねぇ」




ゼロは目を細める。




(今攻撃しても、マモンが奴を守る…信じるしかないな、あいつらを…)




少し離れた場所で、エデンは圧縮された空気の中、息を詰まらせていた。




グアヤスから放たれるエネルギーは、現実味を失うほど重かった。


その瞳を見ても、そこにはもう何もなかった。




怒りも、悲しみも、人間らしさも――




(これは…これまでの“何か”とは違う…)




「…これだ…」


グアヤスがうっとりと自らの姿を見下ろす。


「…俺が求めたもの…もう、俺はただの人間じゃない。


今なら――全員、殺せる」




「…ッ!」




エデンの体が反射的に動く。


全力で地を蹴り、閃光のごとく突撃する。




だが、グアヤスはその動きを、まるでスローモーションのように見ていた。




冷酷な眼差しが、エデンの胸を貫く瞬間を正確に捉えていた――


だが、そこに一本の槍が飛来し、軌道を断つ。




「…何をしている?」




グアヤスが低く唸るように言った。




その先にいたのは――アタワルパ。




「久しぶりだな。ずいぶん強くなったようだ」


落ち着いた口調で言いながら、彼はエデンの隣に立った。




「お前、誰だ…?」


エデンが混乱気味に問う。




「アタワルパ。インカの王だ。よろしくな」




「…王様……?」




「まあ、肩書きなんてどうでもいい。


重要なのは――目の前にいる奴だ」




言葉を交わす間もなく、ふたりは同時に突撃する。




だが、グアヤスはほとんど動かず――


その足から放たれた一撃で、ふたりは人形のように吹き飛ばされた。




(…速すぎる…!)


アタワルパは地面を転がりながら、歯を食いしばった。


(このままじゃ勝てない…)




彼はエデンの方を見て言った。




「若者。ここで待っていろ。…悪いが、今のお前じゃ邪魔になる」




「…っ」




言い返す暇もなく、アタワルパは再び走り出した。




続く戦いは、人の目では追えないものだった。


エデンには、ただ閃光と音だけが見えた。




そして――心の静寂。




気づけば彼は、戦いのただ中で立ち尽くしていた。




(俺は…邪魔……)




脳裏に、数々の過去が甦る。




(祖父が襲われた時…見てるだけだった。


グレクでは…ヨウヘイに助けられた。


ノークでは…誰も守れなかった。


イースが死んだ。


タケミも、死んだ。


キルも……)




膝をつき、拳を握る。




胸を抉るのは、炎よりも重い“悔い”。




――その時。




「…哀れだな、人間よ」




嘲るような声が、煙の中から響いた。




現れたのは――ヴォラソラックス。


影のように笑いながら、エデンを見下ろす。




「お前は、何もしてこなかった。


お前の周囲の者は、皆…死ぬ。ひとりずつ、な」




拳が震える。




「…そうだ…」


「俺は…弱い。


俺のせいで、みんな……」




だが、その瞬間。


エデンの瞳が――深紅に染まった。




「だったら……


俺を邪魔するやつは――全部、殺せばいいんだろ?」




ヴォラソラックスが、わずかに目を見開く。




その鎖の一つが、「パチン」と音を立てて砕けた。




「…何を…?」




「言ったはずだろ」


エデンが静かに言う。


「…俺の邪魔をするな」




「今から――


お前は俺の“手駒”だ」




エデンの身体から放たれたのは、禍々しく、重く、生きているかのようなエネルギーだった。


その闇は世界の理さえも飲み込むようで、一瞬、空間が歪んだ。




ヴォラソラックスは思わず後退し、顔を覆う。


その光が肌を焼くような錯覚に襲われたのだ。




「…クソッ…人間のくせに……!」




一方――




マモンと戦っていたゼロは、その異変を感じて目を細めた。


口元に皮肉な笑みが浮かぶ。




「おいおい…お前、もしかしてモンスターだったのか?」




マモンがそちらに視線を向ける。


その表情が、初めて強張った。




「このエネルギーは……」




アタワルパは槍に体を預けながら、口元を緩める。




「…頼もしい仲間ができたな」




グアヤスが、一歩後ずさる。




その表情は、初めて“人間らしい”困惑に満ちていた。




「ば、ばかな…人間に…こんな力があるわけがない……ッ!」




エデンがゆっくりと顔を上げる。




その瞳は、真紅に染まっていた。


その声には、刃のような決意が宿っていた。




「…俺は、もう人間じゃない」




「――お前の罪を、ここで償わせる。


グアヤス」




―――――――――――――――――――




遠く離れた場所。




マモンとゼロの戦いは、地を砕き、空気を震わせていた。




激しい衝突の後、両者は後方へ吹き飛ぶ。


息を荒げながらも、ゼロは空中で体勢を立て直す。




マモンは、そのまま地に足を着けたまま、視線をグアヤスへ向けていた。




「…どうした?」


ゼロが問いかける。


「…様子がおかしいな?」




マモンは眉をひそめ、不快そうに唇を歪める。




「…くだらん。人間は、いつも他人の力を借りないと立っていられない。失望したよ」




ゼロの目が鋭く光る。




「…イライラしてる? それとも…怖いのか?」




「くだらない……」




マモンは話を打ち切るように顔を戻す。




だが、ゼロは確信していた。




――今のマモンは、集中を欠いている。


それは、この種の敵にとって…命取りだ。




「…悪いな、マモン。もう遊んでる時間はないんだ」




ゼロが剣を構える。


エネルギーが一気に高まる。




「――死ね」




次の瞬間。




紫の閃光が、マモンの身体を真っ二つに裂いた。




完璧な一撃。




地面に転がる二つの肉塊。




ゼロは静かに息を整える――が。




「ククク…」




笑い声。




切り裂かれた肉体が震え始め、ねじれ、再結合していく。




「…は?」




ゼロの顔に驚愕が走る。




「おい…嘘だろ…?」




マモンは何事もなかったかのように立ち上がり、肩の埃を払った。




「その顔…いいね。まさか本気で、俺を倒せたと思ってたのか?」




ゼロは剣を握りしめた。




「…恐怖? 俺が? 違うな」




「――面白くなってきただけだ」




再び、暴風のように斬りかかるゼロ。




無数の斬撃がマモンを襲う。


だが、そのすべてが瞬時に治癒される。




息を切らし、ゼロが動きを止めた。




「……マジかよ…」




マモンは退屈そうにため息をつく。




「がっかりだな…もっとやれると思ったが、所詮はその程度か」




その手が上がる。




「――貪欲の鎖」




地面から金色の鎖が湧き上がり、ゼロの腕に巻き付いた。




瞬時に身体が硬直する。




「…動かない…!?」




(…これは…ただの拘束じゃない。俺のエネルギーを…吸ってる…!?)




「心配するな。すぐには殺さない」


マモンが耳元で囁く。


「ゆっくり、絞り取ってやる。お前の力で、仲間を皆殺しにするその瞬間までな」




ゼロは一瞬だけ目を閉じ――




「…つまらんな」


(もっとこう、ドカーンとか、バキーンとか…期待したのに。これは“カチャン”って音だ。盛り上がらねえ…)




マモンの眉がぴくりと動く。




「…何ブツブツ言ってやがる?」




ゼロは首を傾げ、あからさまに呆れたような表情を見せる。




「うるさいな、お前…今考え事してんだよ」




そして――


その視線が、グアヤスへと向く。




その首元に、ある印を見た。




ほとんど見えないほどの、魔の刻印。




「…なるほど。やっぱり、これは本体じゃない」


「マモンは…ただの投影体。こいつは“器”だ。グアヤスと繋がってる」




目が鋭くなる。




「…ひとつ、聞いてもいいか?」




「ほう? 命乞いか?」




「違うよ。興味があるだけだ。


お前ら“悪魔”は、この世界で何を望んでいる?」




マモンが舌をなめるように笑った。




「いい質問だ。


――もうすぐ、我らが真の主が目覚める。混沌の長兄、“破壊ハカイ”がな」




「混沌の王……?」


ゼロが呟く。




「俺たちは…その舞台を整えてるだけさ。


この世界を…“奴”のために」




ゼロは頷く。




「――それだけ聞ければ、十分だ」




「…え?」




「――アンズ」




剣から、低く響く声が漏れた。




「…御意」




紫黒の気配が、空間を満たす。




鎖が、爆ぜた。




「…なっ――!? 貴様、悪魔を…!? 裏切り者ッ!!」




ゼロの剣が闇に染まる。




その瞳が、焔のように燃えた。




「“破壊”だろうが、“神”だろうが、“悪魔”だろうが……関係ない」




「俺の大切な人間に手を出すなら――」




「全員、俺がブチ壊す」




大地が、吠えた。




その姿を、遥か上空からふたりの影が見ていた。




「…おいおい、ボス…ガチだな」




「ボス、やっぱカッケェ……」




初めて、マモンが汗を流していた。




そして――ゼロは笑っていた。

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