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第62章:神人

人間と神の境界線が曖昧になる時があります。奇跡でも、天罰でもなく、絶望の淵で下された決断によって。


時々、人は慰めを求めてではなく、挑戦するために空を見上げるかもしれない。尋ねるためではなく、要求するために声を上げることができます。すべてを失った後でも、壊れるのではなく、燃え上がることを決意する心もあるからです。


しかし、その野心、その燃え上がる希望の炎の中には、耐え難い真実が隠されています。それは、絶対的な力でさえ、理解も、救済も、愛も保証しないという真実です。


結局のところ、神になろうとした男が望んでいたのは、忘れ去られないことだけだったとしたらどうなるだろうか?


戦いは続く。人間と神々の間にはありません。しかし、古傷、破られた約束…そして、避けられない前進の必要性の間で。


————————————————————————————————————————————————————————————————


大地が揺れる。


一歩ごとに世界が軋み、空気は紙のように裂けていく。




エデンの身体を包むのは、濃く、重く、禍々しい闇のオーラ。




そのまま、彼は一直線にグアヤスへ突進した。




その瞬間――


長い間、どんな戦いでも崩れなかった男の瞳に、初めて“動揺”の色が宿った。




剣が風を裂き、鋭く振り下ろされる。




グアヤスは受け止めようとするが、その衝撃は暴風のごとく彼の身体を吹き飛ばした。




地を滑り、土煙を巻き上げ、ふたりの激突は戦場を破壊しながら続いていく。




空さえも震え、静寂は凶暴な衝突音にかき消された。




その光景を、遠くからアタワルパが見つめていた。




「…ついさっきまで、俺の動きについて来られなかったはずなのに…


今の俺じゃ…まったく見えない」




拳を強く握る。




衝撃波が次々と広がり、肉眼では見えぬ一撃が、世界を裂く。




アタワルパは、少し離れた場所に視線を移す。


そこには、いまだに“金の鎖”に縛られたゼロの姿があった。




「…俺は、何のためにここへ来た?」




心の奥で、そう呟く。


この戦いは、ただの戦争ではない。


形のない――試練だ。




剣と拳が再びぶつかり、ふたりは同時に後退する。




グアヤスは肩の埃を払い、額に皺を刻む。




「くそっ…一瞬ごとに速くなってやがる。


このままじゃ…本当に追いつかれる」




だが、その顔が歪むのは、恐怖だけではなかった。




目の前で――エデンが笑っていた。




嘲笑でも傲慢でもない。




それは…子供のような、純粋な喜びの笑みだった。




「…なんだその顔…? なにが、そんなに楽しいんだ?」




苛立ちが、グアヤスの怒声を引き出す。




「うるせえ、クソ虫が!!


俺には時間がねえんだよ! 神を殺さなきゃいけねえ!」




彼の身体から爆発的なエネルギーが迸る。




「――殺してやるよ、一撃でな!」




エデンは剣を構えたまま、笑みを崩さない。




「…なら、来いよ。全部ぶつけてこい」




「――ジャガーの最後の咆哮ラストブレス!」




黄金のジャガーが、グアヤスの胸から飛び出す。


その咆哮は天地を割り、恐るべき速度でエデンに襲いかかる。




だが――




エデンもまた、技を構え始めていた。




「闇の技法…」




「そんなもんで俺を止められると思うなッ!!」




大地がうねる。


エデンの両手から、黒き炎が噴き出す。




「――呪炎・黒き咆哮ダークフレア・カースト!」




ふたつの技が、戦場の中心で激突した。




黄金のジャガーが咆哮し――だが次の瞬間、砕け散る。


黒炎の圧に押され、千の破片となって消滅した。




「なっ…バカな…!」




「――守護結界・最終陣ラストバスティオン!!」




グアヤスが即座に展開した防壁すら、黒き炎には通用しなかった。




光の盾が砕け散り、呪炎が彼の胸を深く抉る。




焼け焦げた肉体が地に落ちる。


煙を上げ、血を流しながら、グアヤスは震えていた。




「…勝てない…逃げないと…」




空へと飛び立とうとする――


だが、その前に“それ”が現れた。




「…どこへ行くつもりだ?」




エデンが、真上から囁いた。




轟音と共に、拳が叩き込まれる。




グアヤスは隕石のように地に叩きつけられ、血を吐いた。




「こ、こんなはずじゃ……俺は…!」




その叫びすら、連撃でかき消される。




防御すらままならぬ中、殴られ続ける。




「…こんなの、ありえない…


人間が、神を超えるなんて…


…無理だ…無駄なんだ……!」




エデンの瞳は、赤い業火のように燃えていた。




「…言ったろ。


もう“人間”じゃないって」




「俺は…大切な人を守るためなら――


悪魔にだってなってやる」




「世界で一番憎まれても、


一番恐れられても構わない」




「それが――


“俺”なんだよ」




グアヤスは、もはや立つことすらできなかった。




「…なんで…なんでお前だけ…


…神に選ばれて…」




「俺は…全部、捧げたのに…全部……


それでも……弱いままだなんて……」




エデンの刃が、グアヤスの脇腹に深く突き刺さる。




まるで、終焉の宣告のように。




だが――




その手が、わずかに震えた。




刃は燃え、力は溢れているというのに。


“ためらい”が、動きを止めた。




「…クソッ……」


敵を見下ろしながら、エデンは呟く。


「…お前を…憎むべきはずなのに……なぜ、こんな…」




グアヤスが笑った。




それは嘲笑ではない。


皮肉と苦味が混じった、どこか寂しげな微笑みだった。




次の瞬間――




どこからともなく飛来した槍が、エデンの脚を貫いた。




「…ッぐ!」




膝をつく。痛みが、脳を焼いた。




「……誰も信じるな、坊主」


グアヤスの声は冷たく、鋭い。




「特に……敵をな」




呼吸を乱しながら、エデンが顔を上げる。




「……それは、自分の経験からか?」




「……ああ、そうだ」




だが、エデンは微笑んだ。穏やかに、強く。




「…残念だな。俺には…信じられる仲間がいる」




その瞬間。




もう一本の槍が、正確無比にグアヤスの心臓を貫いた。




「…な……バカな……」




声が途切れる。


その背後には、着地するアタワルパの姿。




迷いのない眼差し。




だが――




余韻に浸る間もなかった。




離れた場所では、ゼロが剣に禍々しい紫の力を纏わせていた。




「悪いな、悪魔」


ゼロの視線が、マモンを捉える。


「もう遊んでる時間は、終わりだ」




「…人間風情がッ!」




マモンが咆哮する。




「――死の舞踏ダンス・マカブル」




ゼロが消える。




次の瞬間、世界が震えた。




刃が旋風のように吹き荒れ、見えぬままにマモンの身体を刻んでいく。




「…そんなもんかよ? それで終わりか――」




だが。




その言葉が、途中で途切れる。




彼の身体に、ガラスのような細かいヒビが走った。




「……なっ……?」




一瞬の輝きの後――マモンは爆発した。




爆音と共に、黒き瘴気が空へと舞う。




全てが止まり、残されたのは沈黙のみ。




ゼロは剣を納める。




「ありがとう、アンズ。少し休め」




「御意、マスター……」




声が消え、剣は静寂に戻る。




ゼロは元の姿へと戻り、わずかに肩で息をする。




「…やったな。


…悪くない、君たちも」




煙が晴れていく。




遠くに、まだ息のあるグアヤスの姿が見えた。




血にまみれ、震えながらも、


その瞳には――誇りと抗いの炎がまだ残っていた。




アタワルパが歩み寄る。




「…もう無駄だ、グアヤス。


お前の負けだ」




「負ける…? 俺が…この俺が……人間風情に……」




「俺は…神だ…!」




その叫びに、アタワルパの顔が歪む。




怒りと、哀しみが、入り混じる。




「…やめろ……そのくだらねぇ言葉を、いい加減にやめてくれ……!」




「その妄執が…全てを滅ぼしたんだぞ……!」




グアヤスは、血を吐きながら呟く。




「……弱かったんだ……


もっと強ければ……


民を犠牲にせずに……


…お前を…救えたのに……」




その言葉に、時が止まった。




アタワルパが、一歩後退する。




「……いま…なんて…?」




グアヤスは、力なく微笑む。




「…言ってなかったっけ……そうか……


言ってなかったな……」




「何をしたんだ……?」


アタワルパの声が震える。




「…もう…どうでもいいさ……」




「バカ野郎ッ!!!


……なぜだ……なぜそんなことを……!」




「……言っただろ」


「仲間を、見捨てられなかったんだよ……」




アタワルパの叫びが、空を揺らした。




地を叩く拳に、悔しさがにじむ。




「くそっ……!」




グアヤスは彼を見つめる。


か細く、優しく。




「…どうした?


悪人のために泣くなんて…


おかしいな……?」




「…俺は……


あの時も……今も……


やっぱり……弱ぇんだよ……」


「全部、お前に…背負わせちまって……」




グアヤスは、最後の力で笑った。




「インカの王が……評判落としたら……困るだろ……?」




アタワルパは黙って、ただ俯いた。




「じゃあな……また地獄で会おうぜ……


…バカ野郎……」




そして、静かに――逝った。




その顔には、もはや皮肉も、憎しみもなかった。


ただ、安らぎだけがあった。




アタワルパは、その場に崩れ落ちた。




「…約束する、グアヤス……


お前のために……全てに報いを与えてやる……」




遠くから、それを見つめるエデンの瞳は曇っていた。




剣には、まだ血が滴り、


その手は、小さく震えていた。




(…これで…本当に、よかったのか……?)




(……他に道は、なかったのか……?)




煙が、風に流されていった。




――戦いの跡を、静かに包むように。

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