時々、最も困難なのは強力な敵と戦うことではなく、自分自身と戦うことです。
善と悪は明確に区別できないからです。これらは2つの別々の道ではありません。それらは交差し、融合し、絶対的であることを拒否する痕跡です。そして、その決断の迷宮では、それぞれのステップが傷跡を残し、それぞれの選択が影になる...または光になる。
疲れ果て、打ちのめされたエデンは、真の力は憎しみや復讐から生まれるのではなく、自分がなりたい姿と、世界が自分に求めている姿との間の葛藤から生まれるということを理解し始めていた。
次のような人間の疑問には簡単な答えはありません。
公正とは何ですか?何が必要なのでしょうか?何が正しいのでしょうか?
しかし、疑いの中にあっても、一つだけ残るものがあります。それは、守りたいという気持ちです。いつもやり方がわからない場合でも、また失敗するのではないかと恐れている場合でも。
そして、まさに魂が震え、肉体が耐えられなくなったその瞬間に、人は力の真の意味を理解し始めるのです。
支配しないこと。
破壊しないこと。
でも、決めること。
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サンタイの丘に、柔らかな風が吹いていた。
それは、まるですべてを変えてしまった戦いの記憶を、そっと撫でるような風だった。
エデンは、丘の上に立ち、細めた目で遥か遠くの地平線を見つめていた。
混乱の直後とは思えぬ、穏やかすぎる風景。
まるで世界だけが平然としていた。
「……綺麗な景色だな……」
そう呟いた次の瞬間、彼は力尽きたようにその場に崩れ落ちた。
(……くそ……限界が近いな。もう…これ以上は…)
息は荒く、身体はまるで石のように重い。
彼の纏っていた暗黒の気配は次第に薄れていき、元の、より人間らしい――
いや、脆ささえ感じさせる姿へと戻っていった。
「エデンっ!!」
叫ぶ声が、風を切って近づいてくる。
その声に反応して、彼は顔を少しだけ上げた。
「……陛下……」
「そんな風に呼ばれるの、変な気分ね」
キルは、どこか寂しげに微笑んだ。
「……でも、ある意味では、あなたに命を救われたのよ」
「それは、俺の方が言いたいです」
エデンはかすれた声で返す。
視線を逸らしながら、彼は続けた。
「……でも、本当は……ゼロがいなければ、何もできなかった。
俺なんか……」
「またそれ? もう、自分を過小評価するのやめなさい」
キルは彼の隣に膝をつき、優しく言った。
「あなたがやったことは、充分以上よ。
今は見えなくても……あなたは全てを懸けてくれた。
それだけで、立派よ」
驚いたようにエデンが彼女を見上げる。
「……でも……救えなかった。俺は……まだ……」
キルはそっと彼の肩に手を置いた。
「あなたは――
本当に、優しい子ね」
「……え?」
「なぜその優しさを隠すの?
もっと見せてくれても、いいのに」
「……何の話……?」
キルは微笑むだけだった。
「ただ……覚えておいて。
サンタイの女王として――
そして、この国の民を代表して……ありがとう。
あなたには、ここに帰る場所がある」
苦しそうに、しかし真っ直ぐに、エデンは頭を下げた。
「……ありがとうございます、陛下……」
その時。
アタワルパが現れる。
堂々たるその姿は、名誉を持つ者だけが宿す威厳に満ちていた。
「インカ帝国の王として――
俺からも礼を言わせてくれ、エデン・ヨミ。
お前を“戦士”として、そして“友”として認めよう。ありがとう」
「光栄です……!」
エデンは、もう一度力を振り絞って立ち上がる。
「俺の国も、お前の居場所だ。
どんなに世界が否定しようと――
信じるものを守り続けろ」
「はい、必ず!」
「そうだ、それと……」
キルが口を開く。
「ゼロが……あなたに渡してくれって、これを」
彼女の手には、小さな光球があった。
触れると、ほんのりと温かい。
「これって……?」
「それで……“帰れる”って」
エデンは、弱々しくも嬉しそうに笑った。
「やっぱり……アイツは天才だな」
「……ええ、ほんとに」
光球が、ふわりと空へと浮かび上がる。
その光に導かれ、空間が震え、転送のゲートが開いた。
エデンは、サンタイの大地を最後に見渡す。
キルの顔を。アタワルパの瞳を。
短い時間でも、彼にとって確かに“居場所”だった場所を――
「……じゃあ、これで……またな」
「……また会えると信じてる、エデン」
その瞬間、彼の身体は光の中へ吸い込まれた。
そして。
何の前触れもなく、雨が降り出した。
「……泣いてるのか?」
アタワルパが、そっと尋ねる。
「……違うわ。これは雨よ」
だが、その瞳の濡れ具合は……雨だけではない。
空を仰ぎ、アタワルパが呟く。
「……これから、どうなる?」
「……さあね」
キルは静かに答える。
「私は、愛した人を失った。息子も……王国も……
でも、まだ残っている。――進む意思が。
彼らがそれを与えてくれた。あなたは?」
「……少しの間、ここに残ろう。
お前の力になりたい」
「……ありがとう、アタワルパ」
アタワルパは天を見上げながら、心の中で問いかける。
(……お前ならどうした、グアヤス……
誰にも気づかれずに……全部、背負ってたんだな……)
キルは、静かにグアヤスの槍を手に取り――
空高く掲げた。
「サンタイ王国に告ぐ!」
民衆は、沈黙のまま、ひざまずく。
「すべてを失ったかもしれない。だが、希望は死んでいない!
信じる心さえあれば――サンタイは生き続ける!
私と共に歩もう!」
「――おおおおおおっ!!」
大地を震わせる歓声が響いた。
「もう、ひとりじゃない。
これからは皆で背負う。
倒れた者がいれば、皆で支える。
世界に証明しよう――
この国が持つ“価値”と“希望”を!」
「サンタイ! サンタイ!!」
人々の声がひとつになり、
キルの名を、新たな祈りとして大地に刻んだ。
――サンタイは、目を覚ました。
サンタイの丘に、柔らかな風が吹き抜けていた。
それは、すべてを変えてしまった戦いの、最後の囁きを運ぶような風だった。
エデンは、丘の上に立ちながら、細めた目で地平線を見つめていた。
直前までの混乱がまるで嘘のように、風景は静かで、穏やかだった。
「……美しい風景だな」
そう呟いた直後、彼は力尽きて地面に崩れ落ちた。
(くそ……もう限界かもしれない……)
息は荒く、身体は鉛のように重く。
暗黒の力が少しずつ彼から離れていき、
元の――より人間らしい、より儚い姿へと戻っていった。
「エデン!」
その声は切実で、どこか泣きそうだった。
顔を少しだけ上げると、キルの姿が目に映った。
「……陛下……」
「そんな風に呼ばれるの、まだ慣れないわね」
彼女は寂しげに微笑んだ。
「でも……ある意味では、私があなたに命を救われたのよ」
「……それは、俺の方が言いたいことだ」
エデンは視線を逸らした。
「……そんなことない。ゼロがいなければ、俺は何もできなかった」
「もう、自分を卑下するのはやめなさい」
「……ごめん……」
「気にしないで」
彼女はそっと彼の隣に座り、優しく微笑んだ。
「でも、本当にあなたがしたことは、十分以上だったのよ。
まだ気づいてないかもしれないけど――
あなたは全てを懸けた。それだけで十分に勇敢だった」
驚いたように彼女を見つめるエデン。
「……でも、俺は……もっとできたはずだった。
……救えなかったんだ……」
キルはそっと肩に手を置いた。
「……あなたは、いい子よ、エデン」
「……え?」
「なぜその優しさを隠すの?
もっと見せてもいいのに」
「……何のことだよ……」
キルはただ微笑んだ。
「……なんでもない。
ただ覚えていて。
サンタイの王として、そしてこの国の民を代表して――ありがとう。
あなたには、ここに戻ってくる場所がある」
震える身体で、彼は深く頭を下げた。
「……ありがとうございます、陛下……」
そこに現れたのはアタワルパだった。
戦いを越えた者だけが持つ、重みと尊厳をその身にまとって。
「インカ帝国の王として、俺も礼を言いたい。
エデン・ヨミ。
お前を強き戦士として、そして友として認める。ありがとう」
「光栄です……!」
もう一度、身体に残る力を振り絞って立ち上がるエデン。
「……俺の国も、お前の居場所だ。
どれだけ世界がお前を否定しようと――
信じるものを守り抜け」
「はい、絶対に!」
「そういえば……」
キルがふと思い出したように口を開いた。
「ゼロがね、あなたにこれを渡してって」
彼女の手にあったのは、小さくて光を放つ球体だった。
手に取ると、ぬくもりが伝わってくる。
「……これって……?」
「これで……“帰れる”って」
弱々しいながらも、エデンは微笑んだ。
「やっぱり……あの人、天才だな」
「ええ、本当に」
光球が空へと浮かび上がる。
その光に呼応するように、時空の渦が開かれた。
エデンは最後にもう一度、
サンタイの地を見渡した。
キルの姿を。アタワルパの姿を。
――短い間でも、確かに“帰る場所”だった。
「……じゃあ、そろそろ。
また会えるといいな……」
「また会いましょう、エデン……」
キルの声は震えていた。
光に包まれ、彼の姿はゆっくりと消えていった。
その瞬間――
前触れもなく、雨が降り始めた。
「……泣いてるのか?」
アタワルパが静かに尋ねた。
「……雨よ」
だが、彼女の目に浮かぶ雫は、それが嘘だと語っていた。
「……これから、どうなるんだ?」
「……分からないわ」
キルはぽつりと呟いた。
「私は、愛した男も、息子も、国も失った。
でも――まだ残ってるの。
“前へ進む意思”が。
彼らが教えてくれたのよ。
あなたは?」
「……俺は、残るよ。
少しの間でも、君の力になりたい」
「ありがとう、アタワルパ」
アタワルパは、静かに目を伏せた。
(……お前なら、どうした? グアヤス……
誰にも知られずに、すべてを背負っていたんだな……)
そのとき、キルは決意を込めて、グアヤスの槍を天に掲げた。
「サンタイ王国に告ぐ!」
沈黙のまま、民衆はひざまずく。
「この戦いで、すべてを失ったかもしれない。
でも、“信仰”はまだ残っている。
信じる心さえあれば――サンタイは生き続ける!
私と共に、歩んでくれますか!」
「――おおおおおおっ!!」
大地を揺らすような歓声が響く。
「今度は、誰か一人が背負うんじゃない。
私たち皆で、進むんだ。
誰かが倒れたら、皆で支える。
この国が持つ“誇り”と“希望”を、世界に示そう!」
「サンタイ! サンタイ!!」
民たちの声は、まるで新しい歌のように、空へと昇っていった。
――そうして、
サンタイは目覚めた。
グレクの海岸に、穏やかな波が打ち寄せていた。
だがその静けさは、ただの仮面にすぎなかった。
アトランティスの紋章を掲げた複数の軍艦が、静かに港へと近づいてくる。
陸では、学生と兵士たちがその光景を見守っていた。
そして、ついに――
一隻、また一隻と、艦船が接岸し始めた。
「ユキっ!!」
主力艦から降りてくる人影を見て、アフロディーテが叫ぶ。
「なにその姿!? 大丈夫なの!?」
ユキは、疲れ切った顔で微笑みながら、
包帯の巻かれた腕と、まだ癒えぬ傷を隠そうともしなかった。
「大丈夫、大丈夫……」
「これは、力の代償ってやつだから」
「バカ……」
アフロディーテはそのままユキを強く抱きしめた。
涙が、自然とあふれた。
少し離れた場所では、ロワがゼフとヨウヘイに駆け寄っていた。
三人は、言葉より先に抱きしめ合った。
「無事でよかった……」
ロワは胸を撫で下ろす。
「まぁ……完璧とは言えないけどね」
ゼフが苦笑する。
ロワはヨウヘイを見る。
「で、あんた……なんで汗ひとつかいてないの?」
ヨウヘイはいつもの無表情で、視線を逸らした。
「相手が弱すぎた。まだ本気を出せる相手に出会ってないだけだ」
「……聞くんじゃなかったわ」
ロワはあきれたようにため息をついた。
その頃、少し後方では――
ゼウスとアレスが腕を組んで帰還を見つめていた。
「艦隊がアトランティスに向かった時、民衆は不安がってたな」
ゼウスが呟く。
「全部、あのピンク頭のせいだ」
アレスが不機嫌そうに言う。
「“敵に恐怖を与えるには大艦隊が一番だ”とかほざいてな」
「俺ってさ、やっぱりかっこい……」
ゴッ。
シュンの顔が地面に埋まる音が響く。
「……黙れ」
アレスが静かに言い放つ。
ゼウスは疲れたように微笑んだ。
「まぁ、なんとか無事に戻ってこられた」
「ほぼな」
アレスは肩をすくめる。
「犠牲は最小限だった。ユキとアルテミスが怪我したが……深刻ではない」
ゼウスは深く頷いた。
「基地に戻ったら、アトラスから情報を引き出そう。
あいつ、あまり抵抗しそうにないしな」
「で……俺のアホな弟は?」
「出航してから、まだ一言も喋ってないけど……まぁ、生きてるさ」
「さあな」
土の中からシュンの声がもぞもぞと響く。
「……んだと?」
アレスが眉をひそめる。
「……もしかしたら、もう魂が抜けた器だけかも。理論的には……」
ゴッ。
再び地面に叩き伏せられた。
「口を開くたびに馬鹿なこと言いやがって……」
アレスがため息をつく。
「……ところで、エデンはまだ?」
「まず顔拭けよ、バカ」
アレスがぼやく。
ゼウスは静かに首を横に振った。
「いいや。まだ情報はない。帰還予定も……」
ブゥウン――
その瞬間、空気が揺れた。
突如として、陣地の中心に光のポータルが現れた。
「……噂をすれば、ってやつだな」
シュンが顔を半分土から出してにやける。
光の中から、ボロボロになったエデンが現れる。
一歩踏み出すと同時に、力尽きて倒れた。
「エデンっ!!」
シュウが走って駆け寄る。
ゼウスの目が細まる。
「……感じるか?」
「何を?」
アレスが尋ねる。
「わからんが……何か強烈な“変化”だ」
「……フォクシー編からウォーターセブン編に移った感覚だな」
シュンがぼそりと呟く。
「……は?」
ゼウスが絶句する。
「とにかく!」
ゼウスが指示を飛ばす。
「すぐに医療班を呼べ!」
「了解っ!」
兵士たちがエデンの体を担ぎ上げ、テントへと運んでいく。
ゼウスは、みんなの方を見渡しながら言った。
「……みんな、おかえり」
笑顔、涙、沈黙――
再会の温度が、そこにあった。
戦いは終わった。
だが――新たな選択が、心の奥で静かに始まろうとしていた。
暗闇がエデンを包み込む。
それは濃密な霧のようで、空も地もなく、壁すらない。
ただ、全方位から彼を見つめる“生きた無”がそこにあった。
その中から、ヴォラトラクスの威圧的な姿が浮かび上がる。
傲慢で、人間離れした笑みを浮かべながら。
「よくもまあ…この俺の前にノコノコ現れたな。屈辱を味わわせておいて」
その声は、濁り、重く、響いた。
だがエデンは一歩も退かない。
「……ああ、それ? 忘れてくれ」
ヴォラトラクスの目が細くなる。
「今、なんて言った?」
「忘れろって言ったんだよ」
低く唸るような音が空間を揺らす。
「この…人間が…」
「争っても意味がない」
エデンの声は揺るがず、確かだった。
「共に戦いたい。お前の力、まだ完全には制御できてない。でも、できると信じてる」
「くだらん。俺が人間ごときと組むわけがない」
ヴォラトラクスは鼻で笑う。
エデンは、一歩踏み出し、深く頭を下げた。
「お前との関係はわからない。でも、お前が必要だ。俺の目的を果たすには……お前の力がいる」
そして、後方に浮かぶ光へと目を向けた。
「そして…君もだ、天使。君の力はまだ使えない。でも、君に頼ることもできない…ごめん」
しばしの沈黙。
「……いいさ」
天使は、静かに、そしてどこか優しさを滲ませて答えた。
ヴォラトラクスは目を逸らし、不快げに顔をしかめる。
「チッ…勘違いするな。この俺が折れたわけじゃない。生き延びたいだけだ。お前が死んだら俺も消える」
その言葉に、天使がわずかに目を細めたが、何も言わなかった。
「だから…受けてやる。ただし――覚悟しておけ。制御を失った瞬間、てめえの身体は俺のものだ」
エデンは手を差し出す。
ヴォラトラクスは一瞬ためらったが、やがてそれを握った。
「それでいい。俺も受け入れる」
二人の手が重なった瞬間、白い閃光が闇を飲み込み、魂の奥底に深い“つながり”が生まれた。
エデンの内なる葛藤が、静かに…一つになった。
──現実。
目を見開いたエデンは、白い天井を見つめる。
誰かの声が響く。
「エデンっ!!」
ユキだった。
「……あれ? 俺、死んだ? なんで悪魔が見えるんだ……」
軽く頭を叩かれる。
「バカッ! どれだけ心配したと思ってるのよ!」
「いやいや、そっちもかなりボロボロだけど…何があったんだよ?」
ユキは腕を組んでふくれっ面。
「長い話よ」
「時間ならたっぷりある。さあ、どうぞ?」
その様子を、ドアの隙間からシュウがそっと見ていた。
微笑み、背を向ける。
(ここは…邪魔しない方がよさそうだな)
そう思って病室を出た直後、別の足音が近づく。
「悪いな、ラブラブなとこ失礼」
と軽口を叩きながら現れたのは、シュンだった。
エデンとユキが一斉に顔を赤らめる。
「続きはあとでやれよ」
そう言って、シュンはシュウを押しつつ、ユキを外へ連れ出す。
二人きりになった瞬間、彼の表情が引き締まる。
「……で、体の調子は?」
「その口ぶり……まさか心配してるのか?」
「……っ!」
シュンの拳が容赦なく飛ぶ。
「ぐっ……! 骨が! 骨が折れてるんだぞ、俺は!」
「知らん」
「クソ野郎……」
「で、見たんだな」
「うん。少しだけど……ありがとう。けど、疑問が残る。お前は、なんの得があって?」
「さあな。思いつきだ」
「……ほんとかよ?」
「本当さ」
「信じてやるよ」
「お前、変わったな」
「……強くなった? イケメンになった?」
「いや、それは無理だ」
シュンが手を振る。
「てめえ……」
「初めてお前を見たのは、もう一年近く前だ。
その頃のお前は、ずっと“無”だった。感情も希望もないような顔をしてた。
でも今のお前には…仲間がいる。信じるものがある。
それだけで、十分だ」
エデンが目を見開く。
その言葉は、彼にとってシュンらしくないほど、温かかった。
「そうだ」
シュンが黒い布に包まれた剣を投げてよこす。
「壊れたんだろ、前の剣。これはその代わりだ。大事にしろよ」
そう言って、彼は背を向けた。
「……おい、待て! お前、誰だ!? 本物のシュンはどこに行った!?」
廊下を歩きながら、エデンは妙にそわそわしていた。
──そして、背後から低く笑う声が届く。
「……やっぱりお前は怪物だな、エデン・ヨミ」
カメラは引いていく。
その体からあふれるエネルギーは、制御されてはいるものの、なお危うい光を宿していた。
バランス――その始まりは、まだ脆く儚い。
アトランティス本部の教室。
広い窓から差し込む陽光が、戦いの爪痕を静かに照らしていた。
だがその空気には、これまでと違う熱があった。
再出発の気配、不安、そして…決意。
教壇に立つアフロディーテは、柔らかさと威厳を同時に纏っていた。
その微笑みは穏やかだが、瞳の奥には誇りが宿る。
「皆さん、おかえりなさい」
彼女の声が、静かに、しかし力強く響く。
「あなたたちは生き抜き、成長し、進む力を示してくれました。
だからこそ、次のステージに進むための準備を始めます。
これから紹介するのは、"Torneo of God"第二ラウンドの特訓を担当する者たち――
GODSの三大大天使です」
ざわ…っと教室にざわめきが広がった。
誰かの息を呑む音。誰かの拳の震え。
緊張と期待が交差する中、扉が静かに開いた。
ヒュウゥンという機械音と共に、三つの影が教室に足を踏み入れる。
全員が立ち上がった。
最強とされる者たちでさえ、その前では自然と頭を垂れる。
ただ一人だけ――座ったまま、目を見開き、口元を綻ばせていた。
エデン。
胸が高鳴る。だが、それは恐怖ではない。
興奮――未来を迎えにいく鼓動だった。
(……やっとだ。やっと、また進める)
彼は、微笑んだ。
次なる扉が、今――開かれようとしていた。