目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第66章: セカンドギア

時には最も直接的な道が最も公平な道とは限りません。また、道がまったくない場合もあります。恐怖やプライド、あるいは転ばないようにという盲目的な希望を抱いて踏み出した、不確かな一歩の連続に過ぎません。


より強くなろうとする者の物語では、痛みと疑いが休まることはめったにありません。自分自身を証明する、誰かを守る、居場所にふさわしいという単純な目標として始まったものが、障害ごとに歪んでいき、最終的には当初の動機さえもぼやけてしまいます。


本当の戦いは、ただ広い野原や力の爆発で起こるのではありません。最も困難な問題は心の中で戦われます。遺言書で。


いかなる鎧よりも重い姓を背負って歩く者もいる。自分には関係のない罪悪感を抱えているのに、それを自分のものにしようと決めている人もいます。そして、自分が何者なのか、何になれるのかを十分に理解せずに、ただ前進する人もいます。なぜなら、立ち止まることは死ぬのと同じだからです。


そして、この第 2 幕では、新たな行進で全員の道が交差します。より要求が厳しい。もっと冷酷に。さらに明らかに。


力を持つだけでは十分ではないからです。


なぜそれが使われているのかを理解する必要があります。


————————————————————————————————————————————————————————————————


ギリシャの海岸沿いにあるホテルの窓に、温かい海風がそっと吹き込んでいた。


ブラインドの隙間から差し込むその風は、まるでこれから訪れる厳しい運命を告げているかのようだった。




「こんな場所を選ぶなんて、意外ね」


イセリは手袋の端を整えながら言った。


「あなたって、太陽が大嫌いだったでしょう?」




「今でも大嫌いだ」


アレックスボルドは苦々しい顔で答えた。


「日差しなんて、クソくらえだ」




「……吸血鬼の血のせい?」




「……ああ。唯一、あいつだけが太陽の下に引きずり出せた。あの化け物だけはな」




その瞳に、一瞬だけ過去の幻影が差した。


鋭く、獰猛な眼差し。魂を切り裂くような視線。


決して忘れられない顔。今でも、思い出すだけで背筋が凍る。




「アレックスボルド……」


イセリがそっと呼びかけた時、




「全員準備できたよー」


ルキアがドアの前から顔を出し、明るく言った。


「そろそろ訓練始めようよ」




アレックスボルドは無言で頷き、記憶を押し込めて立ち上がった。




外では、太陽が容赦なく砂浜を照りつけていた。


まるで世界そのものが、彼らに服従を強いているかのようだった。




集まった生徒たちの前に、アレックスボルドは一歩踏み出す。




「始めるぞ」




「は? 何の話?」


セバスチャンが眉をひそめる。




「全員で俺にかかってこい。お前らの力、見せてみろ」




ローアが拳を握りしめた。


「なめんなよ!」




次の瞬間——


エデンが閃光のごとくアレックスボルドの目前に現れ、


拳を叩きつける。砂が爆発のように舞い上がる。




「クソッ……!」


エデンが唸る。




だがアレックスボルドは、片手でその拳を完全に止めた。




「悪くない。だが——遅すぎる」




そのまま彼は、エデンの体を宙に放り投げ、


顔面を掴んで砂に叩きつけた。




「さあ、どうした。かかってこい」




すでにシュウは動いていた。




「ルクス、ヨウヘイ、エリス——遠距離攻撃は任せた。君たちが鍵だ」




「は、はい!」


ルクスが緊張しつつ頷く。




「弱い奴の命令は好かんけど……その目は信頼できる」


ヨウヘイがニヤリと笑う。




シュウの《神の眼》が紫に輝いた。




「セバスチャン、ゼフ、ユキは中距離。ローアとエデンは接近戦。


ヴァイオレットと僕がサポートに回る」




「了解!」


全員が声を合わせる。




その時だった。


ルキアがアイスを舐めながら現れる。




「またアレックスボルドの狂気が始まった?」




「ええ、でも……今回は苦戦しそうね」


イセリが微笑む。




「手伝う?」


ルキアが眉を上げて尋ねる。




「いい。俺一人で十分だ」


アレックスボルドは一度も視線を外さずに答える。




ローアとエデンが突撃する。


動きは鋭く、連携も見事。だが、アレックスボルドはそれを完璧に捌く。




(こいつがチームの柱か……)


(こいつを崩せば、全体が崩壊する)




ローアの拳がついに彼の脇腹を捉え、乾いた音と共に肋骨を砕いた。


だが、彼は笑った。




「この野郎……!」




彼はそのまま、ローアの頭を蹴り上げ、砂に突き刺した。




その隙に、背後からエデンが襲いかかる。




が、そこへヨウヘイとエリスの遠距離攻撃が交差し、アレックスボルドは身を翻して避ける。




「ちっ……」




セバスチャン、ユキ、ゼフの三人が三方向から襲いかかり、


彼をある地点へと追い詰める。




(囲む気か。やるな)


アレックスボルドは地形を冷静に見極めていた。




その瞬間、背後からエデンが彼を抑え込む。


そしてローアが負傷しながらも片足を掴む。




(馬鹿な……!お前らまで巻き込まれるぞ!)




だが——


ヴァイオレットが二人を光のバリアで包み込んだ。




シュウが合図を出す。


「今だ!」




エリスが二つのポータルを開く。


一つはエデンの後ろ。もう一つはアレックスボルドの正面。




その狭間から、ルクスとヨウヘイの連携攻撃が同時に放たれる。




アレックスボルドが空を見上げた時には、すでに完全に包囲されていた。




(——捕らえた)


シュウの瞳が輝いた。




アレックスボルドの唇に、かすかに笑みが浮かんだ。


その口元から一筋の血が静かに流れ落ちる。


その瞬間を読んだルキアは、微動だにせず、イセリと自分を包むバリアを展開した。




「——俺を、甘く見るなよ」




アレックスボルドの体から、血の触手が次々と伸びる。


一瞬のうちに、連携攻撃のすべてが消し飛んだ。


爆発のようなエネルギーが、まるで幻だったかのように空中で霧散する。




「なっ……!?」


シュウが叫ぶ間もなく、一本の触手が彼を吹き飛ばした。


強烈な一撃により、彼は意識を失いその場に倒れ込む。




同時に、アレックスボルドの拳がヴァイオレットのバリアを紙のように破り、


エデンとローアを容赦なく打ち砕く。


砂浜がその衝撃に揺れ、肉体がめり込む音が響いた。




さらに、一滴の血が鋭く放たれ、ヴァイオレットの神経を正確に突く。


彼女は無言で崩れ落ちた。




疲れを一切見せず、アレックスボルドは血を糸のように操り、


エデンとローアの全身を絡めとるように縛り上げた。




「……何なんだ、こいつ……」


ヨウヘイが声にならない声でつぶやく。




アレックスボルドは答えない。


ただ静かに、まだ立っている者たちを見渡し——ため息をついた。




「——失望した」




血の触手が霧のように消え、エデンとローアは力尽きて崩れ落ちた。


張り詰めていた空気が重く沈み込む。




「今日はこれで終わりだ。休んでいいぞ」




ゼフが一歩前へ出た。まだ戦意を保っていた。




「もう終わり?たしかに奴らは倒されたけど、俺たちはまだ——」




「……本気で、そう思っているのか?」




アレックスボルドの目がゼフを見据える。


次の瞬間——


ゼフの目の前で、仲間たちの首が次々と落ちていく。




だが、それは一瞬の幻。


気づけば皆、無傷で立っていた。ただ、全身汗まみれで、呼吸もままならない。




ゼフは首に手を当て、震えながら呟いた。




「今のは……何だった……?幻覚……か?」




「最初の接触で、俺の血はお前たち全員の体内に入っていた」


アレックスボルドの声は無感情に響く。


「その時点で、思考も行動も、すべて把握していた。必要なら、意識すら支配できた」




「……あれは……お前が望めば、現実になったのか……」




ゼフは、言葉を失った。




「今日はもう行け。明日はさらに厳しくなるぞ」




一人、また一人と重い足取りで宿舎へ向かう。


その背中にのしかかるのは、技ではなく“圧”そのものだった。




イセリが静かに呟いた。




「……ちょっとやりすぎじゃない?」




「全員でかかっても俺に勝てないなら、バラバラじゃもっと無理だ」


アレックスボルドの声は、断言に満ちていた。


「だから見せた。超えるべき壁をな。


乗り越えられなきゃ——次の戦いで死ぬだけだ」




「……意外と語るのね」


ルキアがからかう。




「黙れ」


アレックスボルドは一度も彼女を見ずに答えた。




_____________________




温泉にて、張り詰めた空気を和ませようと笑い声が響く。




「完全にやられたな……」


セバスチャンが湯に沈みながらつぶやく。




「……ごめん」


シュウが小さく言う。


「俺がうまく導けなかった」




「気にすんなって」


エデンが肩を叩いた。


「あいつは本物の怪物だ……まだ本気出してすらないんだ」




「どうやって、あんな力を止めるんだ……?」


セバスチャンが呟いたその問いに、誰も答えられなかった。




ゼフは首に触れる。幻の切り口の感覚がまだ残っている。




(もしこれが殺し合いだったら……)




ヨウヘイは湯気越しに目を細めていた。




「……あの支配を防ぐ手段、あるのか?」




その時、ルクスが湯に入ってきて、皆が驚きの目を向けた。




「な、何かあった?」


ルクスがきょとんと聞く。




「なあ、ルクス。アレックスボルド……君にも血の支配使った?」


セバスチャンが尋ねる。




「え?なにそれ?」




「いや……なんでもない。忘れてくれ」




湯の中に笑いが広がる。ルクスはぽかんとしたまま。




「えっ?何?なんか変なこと言った?」




_____________________




その頃、アレックスボルドは寝台に横たわり、手で顔を覆っていた。




「……くそ……たった数秒だってのに……まだ耐えられねぇ……」




冷たい水のボトルが額に触れる。


目を開けると、彼の上に座る人影が。




「……女神か?」




「私よ」


イセリが彼の腹の上で脚を組んで座っている。




「……そりゃそうか」


アレックスボルドはため息を吐いた。


「これ、どう返せばいいんだ?」




「知らないわよ」


イセリが微笑んだ。




「……水、ありがとう」




彼女は彼の額に触れ、顔を曇らせた。




「熱いわよ……なんで言わなかったの?誰かに頼る気、ないの?」




「……迷惑になりたくない」




「バカ」


イセリが額を軽く叩く。


「頼ることは、迷惑じゃない。……友達なんだから」




アレックスボルドは視線を逸らした。




「ありがとう、イセリ」




「お風呂行ってくる。じゃ、また明日」




立ち上がろうとした瞬間——


アレックスボルドが彼女の手首をそっと掴んだ。




「……もう少し、そばにいてくれないか?」




イセリは無言で彼を見つめ——頷いた。




「……うん」




_____________________




その夜。シャワーの中でエデンは手のひらを見つめていた。


指先はまだ、震えていた。




「……結局、俺は“あの力”に頼りすぎてる。


なければ、アイツにすら触れられない……クソッ……」




水滴が体を流れても、心のざわめきは収まらなかった。




「カイ、パペット、リュウ……このままじゃ……


誰も守れない。じいちゃんも、仲間も、誰も……」




彼は唇を噛み、首筋に浮かぶ紋章が淡く光った。




「もっと強くならなきゃ。何を失っても……必ず」




翌朝。


カーテンの隙間から差し込む日差しがまだ弱い頃、ルキアが束ねた書類を手にして部屋に飛び込んだ。




「——起きろ、怠け者ども!昼飯のために汗かく時間だぞー!」




生徒たちは一人また一人と部屋から顔を出した。


昨日の敗北がまだ残る顔には、疲労と沈黙が色濃く残っている。


目をこすりながら、足を引きずる者も多い。誰も喋らない。




ルキアは無言のまま、手にした用紙を皆に配っていく。


受け取る側の手は、恐怖と諦めが入り混じっていた。




「……これは?」


シュウが紙を慎重に読みながら尋ねる。




その背後から、アレックスボルドがポケットに手を突っ込んで現れた。


視線はまっすぐ、冷静なままだ。




「お前たち一人ひとりの個別訓練メニューだ。


この課題を終えるまでは、俺たち三人による特別訓練は受けられない」




一瞬の静寂の後、ローアが叫んだ。




「——百万人分の腕立て伏せ!?冗談でしょ!?」




だがアレックスボルドは微動だにしない。




「ローア……だったな?」




「……うん」




「お前の筋力は誰もが認める強さだ。


だがその力だけでは、常識外れの敵には通用しない。


ヨウヘイすら超えられないなら、その先に進む資格はない」




「……わかった。やってやるよ」


拳を握りしめるローアの瞳には、決意が宿っていた。




その時、ヨウヘイが声を上げた。




「なあ、ちょっといいか?」




「言ってみろ」




「……俺の紙、何も書いてない。どういう意味だ?」




アレックスボルドは真っ直ぐに彼を見た。




「基礎の訓練はお前には不要だ。今すぐ特別訓練に移れる」




衝撃がその場に走った。


セバスチャンが鼻で笑った。




「マジかよ。そんなに差があるってのか?」




「ある」




その一言に、セバスチャンの顔が曇る。


彼は紙を睨みつけ、今にも破きそうな勢いだった。




一方、エデンは無言で紙を読みながら眉をひそめていた。




(……ゼンカのエネルギー制御?


俺は剣がなきゃ技なんて使えたことない。


やっぱり武器に依存したタイプなのか……?


でも、シュンもずっと剣を持ってるくせに、一度も技を使ったことがない……


まさか、あいつは……?)




思考の迷路に迷い込みながら、エデンは紙の隅に記されたマークをじっと見つめた。




「——今すぐ始めて構わない」


アレックスボルドの声が場を切り裂く。


「ただし、ズルをしようなんて考えるなよ。


俺の血はまだお前たちの体内に残っている。


バレたら……俺が直々に罰を与える」




背を向けて、アレックスボルドは浜辺の向こうへ歩き出す。


イセリとルキアもその後を追う。


ヨウヘイだけが彼らに続いた。




「アトランティスでアトラスに気の扱い方を教わったと聞いたが……」




「はい。速くて強い攻撃のコツを教えてもらいました」




「なら——」




その言葉の途中で、ヨウヘイの体から閃光が放たれた。


鋭い気弾がアレックスボルドの胸を狙って飛ぶ。


砂浜に炸裂する爆音とともに、火と土煙が立ち上がる。




だが——


アレックスボルドは、その一撃を指一本で逸らしていた。




(面白いな……)


口元に歪な笑みが浮かぶ。




「……反応できたことに驚いてるんだろ?」




「お前は本当に……全方位において天才だ。


だがな」


アレックスボルドの表情が、わずかに陰る。




「……一つ、足りない」




「何だと?」




「報告書によれば、ブロンズランクの相手に近接戦で負けたそうだな?」




ヨウヘイの拳が震え、指の関節が真っ白になる。




「俺は……」




言葉が詰まる。しかし——


彼は深く息を吐いた。




「……ああ。完敗だった」




アレックスボルドは数秒、黙って彼を見つめ——満足げに頷いた。




「答えてくれて感謝する。


お前が他の連中とは違うとわかって、嬉しいよ」




「……違う?」




「ほとんどの奴は、そういう敗北を隠そうとする。


でもお前は違った。それが“価値”ってやつだ。


イセリ、あとは任せる」




「了解♪」




イセリがヨウヘイの前に立つ。




「手加減しないぞ」


ヨウヘイが構える。




「それでいい。手加減されたら、許さないからね」


イセリがやわらかく微笑む。




ヨウヘイが一気に踏み込む。だが——


次の瞬間、宙に舞い、頭から砂に突き刺さる。




「な、何が……?」


目を見開いたまま、逆さまの空を見る。




イセリが手を差し出す。




「……体力はある。でも私は速さでは負けない。


苦しい道になるけど、私を信じてくれれば——


必ず、武術の達人にしてあげる」




ヨウヘイは、挑むような笑みでその手を取った。




「……楽しみにしてるぜ」




夕陽が空を柔らかい橙に染めはじめ、波は静かに浜辺を撫でていた。


個別訓練によって、生徒たちは島のあちこちに散っていた。


アレックスボルドは一人、海岸を歩いていた。


足元に波が寄せ、砂に濡れた足跡を残していく。


海の音だけが、彼のそばにあった。




(……あの日と同じことは、もう二度と繰り返させない。絶対に)




その決意が心を満たしていたその時——


彼の意識を遮るように、先の岩陰から紫色の強烈な気配が漂ってきた。


それは生きているような気、高鳴るような波動——


制御不能なほどに、純粋で強い。




「……何だ?」




彼は静かに歩みを進めた。


そこには、地平線を見つめるエデンの姿があった。


体中から紫色のオーラを放ち、まるで別人のように静かで、ただ座っていた。




(……こんな時間にここで?


いや、それよりも——このエネルギーの量…どうしてこんなことが可能なんだ?)




彼の存在に気づいたエデンは、振り返りもせずに言った。




「……何の用ですか?」




「悪い、邪魔だったか?」




「いいえ」


エデンはゆっくりとオーラを収め、アレックスボルドに視線を向けた。


その顔には、静かな哀しみと迷いが浮かんでいた。




「ひとつ、聞いてもいいですか?」




「……ああ」




「大会で戦う理由って、何だったんですか?」




一瞬、アレックスボルドの瞳が揺れた。


その問いは、彼の中の何か深い部分に触れたようだった。




「……どうしてそんなことを聞く?」




「……俺には理由がないんです」


エデンは視線を落とした。


「ここにいる意味がわからなくて……


自分が誰かのチャンスを奪ってるんじゃないかって、ずっと思ってました。


最初は衝動でした。誰も行きたがらなかったから。


でも今は違う。みんながどれだけ頑張ってるかを見て……


俺だけが、場違いに思えるんです」




沈黙の中、アレックスボルドは静かに語り始めた。




「……俺の理由は、“家族に認められたかった”からだ」




「……え?」




「こんな話、普段は誰にも言わない。


でもお前が本音を話してくれたから、俺も答えるよ」




そして、彼の記憶が静かにあふれ出す。




_________________


【回想】




GODSの会議室。


アフロディーテが一人の生徒の資料を見つめていた。




「今年こそ、私たちの年になるわね」




「間違いない」


アレスが頷いた。


「なんと言っても、“ムーンヴェイル家”の少年がいる。


十二家系の一人が入るのは、これが初だ」




「その力を早く見たいわ」


アフロディーテの瞳が輝く。




「……期待しすぎるなよ」


テーブルに足を乗せたまま、シュンが言い放つ。




「お前って本当、場をしらけさせるの得意だよな」


アレスが舌打ちする。




「現実を言ってるだけだ。


たかが16歳。才能があっても、それを制御できなきゃ意味がない」




「じゃあ、お前が指導してやれば?」


アフロディーテが提案する。




「嫌だね。十二家系のやつなんて、関わりたくもない」


シュンの目は冷たい。




「……何それ」


アフロディーテが口を抑えようとするが、シュンははっきりと命じた。




「手をどけろ」




その圧に、アフロディーテは思わず身を引いた。




「バカなこと言うな。誰かに聞かれたら命取りだぞ」




「構わない。あいつらじゃ、俺に手出しはできない。


唯一できるのは……王だけだ」




「だったら忠告くらいしてやれば?」


アフロディーテがため息をつく。




「……仕方ねえな。だが、あの手の奴は見飽きた」




数時間後。訓練場。


アレックスボルドは飛んできたクナイをかろうじてかわした。




「どこ見てんだよ」




——次の瞬間、拳が直撃し、彼の体は宙を舞う。




血を吐きながら立ち上がる。




「……お前、頭おかしいのか?俺が誰か知ってるのか?」




「知ってるよ、アレックスボルド・ムーンヴェイル。


家族からも王からも見捨てられた、“最弱”の名を持つ男」




「……この野郎!!」




血の触手を放つが、シュンはそれを一撃で消し飛ばす。




「弱すぎる」




「……黙れ!俺は強いってことを——!」




炸裂するオーラ。しかしそれも一瞬で押さえ込まれる。




「それがすべてか?ムーンヴェイル、ムーンヴェイル……名前だけだな。


中身は空っぽだ」




「……お前に、家名を背負うことの意味なんて——!」




「ないよ。だがそれが何だ?同情でも求めてるのか?」


シュンは冷たく言い放ったが、次の言葉は優しさを含んでいた。




「……まあ、俺も優しいからな。ワタラハとの戦いの後、お前を待っててやる」




「それって……金?名声?」




「違う。お前自身の未来を変える“機会”をやるってことだ」




その笑みは、冗談のようで、真実のようだった。




_________________


【現在】




エデンは静かに彼を見ていた。海の音が遠ざかる。




「……それで、変われたんですか?」




アレックスボルドは肩をすくめた。




「……さあな。


でも少なくとも、今は“名前”に縛られていない」




エデンはゆっくりと頷いた。




「話してくれて、ありがとうございます」




「……いや、聞いてくれてありがとう」




アレックスボルドは背を向け、歩き出す。


その途中、立ち止まり、視線を向けずに言葉を残した。




「理由なんて、今なくていい。


歩き続けろ。


お前が“それ”を見つけられる日まで——」




そして、彼は遠ざかっていった。


エデンは一人残された。だが、心は空ではなかった。




初めて、彼は“答え”を探すのではなく、


“答えを待つ”という選択をしたのだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?