希望は諸刃の剣だ。
周りのすべてが崩壊しても、あなたを支えてくれる。
または、重量をかけすぎると、さらに深く沈んでしまいます。
ある人たちにとっては、それは目印となるものです。他の人にとっては、チェーンです。
そして、両者の間で綱渡りをする人もいます。
反対側に到達する前に壊れないことを祈ります。
多くの人の運命が危ういような日には、
希望は単なる感情ではありません。
それはテストです。負担です。決断です。
夢は自分のものではなく、失敗は自分のものだったとき、あなたはどうしますか?
他人を守るために自分を失うことになるなら、あなたはどの道を選びますか?
最も厳しい戦いは、時にはフィールド上で戦われるわけではない...
しかし、あなたの思考の静寂の中で、
眠れない声の中で
あなたがしなかった約束の中で
しかし、誰もがあなたが従うことを期待しています。
そして、まさにそこに、希望の真の重みが生まれるのです。
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「どうしたのよ、エリート様?」
壁に寄りかかりながら、ルキアが腕を組んで軽く挑発するように言った。
「まさかビビってんの?負けるのが怖いの?」
「黙れ」
アレックスボルドは彼女を一瞥すらせずに唸った。
「お前には関係ない」
その一言に、ルキアの眉がぴくりと動いた。
怒りがこもった瞳で睨み返す。
「……今、なんて言った?まさか自分が私より上だとでも思ってんの?」
「お前なんか、俺に触れることすらできねえよ」
「はあ?挑んでるのか?」
「ちょっとちょっと!」
二人の間にイセリが素早く割って入る。
「落ち着いて、ふたりとも」
「“十二家系”の出身だからって偉そうにしないでよ!」
ルキアの声が一段と鋭くなる。
アレックスボルドの拳が突然、壁を叩き割った。
石の破片が床に散らばる。
「黙れって言ってるだろうが!お前に何が分かる!」
その一撃に、ルキアは一瞬凍りついた。
だが何も言わず、唇をかみしめてその場を去っていった。
アレックスボルドは壁を見つめたまま、荒く息を吐く。
「……クソ。血気を使わなかった。あと少しで骨を折るところだった」
無言のまま、イセリが彼に近づき、そっと手を取った。
包帯を取り出し、優しく巻いていく。
彼はその手元をまともに見られなかった。
「……大丈夫?」
「何してんだよ」
「見て分かるでしょ。手当よ。思ったよりひどくなってるし」
「なんで……なんでそんなことする?」
「みんな、何かしら抱えてるのよ、アレックスボルド。
ルキアはたしかに口うるさいけど……根は悪い子じゃない。チャンスをあげて」
「……そう見えねえけどな」
「でしょ?」
イセリが微笑んだ。
その場の空気が、一瞬だけ静かになった。
それは沈黙ではなく——人間的な、あたたかい沈黙。
「……よし、これでしばらくは大丈夫」
包帯を巻き終えたイセリが言う。
「……あ、ありがと」
アレックスボルドは目を逸らした。
「少しは優しくしてあげて、ね?」
「……うん」
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日本の闘技場。
観客席には緊張感が漂っていた。
GODSとワタラハ、それぞれの旗が風になびいている。
「珍しいわね、あなたが来るなんて」
高台の席からアマテラスが話しかけた。
「……俺に会えて嬉しいか?」
「夢でも見てなさい」
シュンは小さく笑いながら、戦場から目を離さない。
「“十二家系”の坊ちゃん狙いか?」
「そう思ってもいいかもね」
「やっぱりな」
アマテラスが目を細める。
「みんなムーンヴェイルに夢中。でも……あなたの目は違う。
あなたの本当の狙いは、彼じゃないんでしょ?」
「……バレてるか」
「あなたの目は嘘をつかない。
本当に興味がある時しか、こういう場には現れないから」
「……さすが太陽の女神だ」
「それで、今回は何を探しているの?」
「知りたいか?」
その瞬間——
スタジアムのスピーカーが鳴り響いた。
「第二試合、まもなく開始します!」
フウジンの声が観客に届く。
「第一試合をGODSが制しました。
この勝負で進出校が決まるか、それともワタラハが望みを繋ぐか——!」
スタジアムの両端から、ふたりの戦士が歩み出る。
「登場選手、アレックスボルド・ムーンヴェイル(GODS)!
そして、ネイ・ハヤシ(ワタラハ)!」
「……幸運を」
ネイが静かに言う。
「お前もな」
アレックスボルドの返事に感情はなかった。
「試合開始!」
雷神の号令と共に、戦いが始まった。
アレックスボルドの血が槍と化し、次々とネイに飛んでいく。
だがネイはただ、ため息をついただけ。
「……失望だな」
右手を空へ掲げる。
「光技——神罰ディバイン・パニッシュメント」
天が割れた。
神の怒りのような光が、大地に降り注ぐ。
衝撃は凄まじく、結界の防御がひび割れ始めた。
「まずいっ!」
ライジンが立ち上がる。
「……神聖結界」
シュンが別の結界を張り、破壊を抑える。
砂煙の中——
アレックスボルドはまだ立っていた。
だがその身体は、傷だらけで血に染まり、鎧も粉々。
「……たいしたもんだ」
シュンが小さく笑う。
「まだ立っているとはな。驚いたぞ」
ネイが感心したように言う。
「……残念だが……もう動けねぇ……」
血を吐きながら、アレックスボルドが呟く。
膝をついたその瞬間——
指先から放たれた微細な血の針が、ネイの頬をかすめた。
赤い一筋の血が、彼の頬を伝う。
「……化け物め」
ネイが唇をかみしめる。
「勝者、ネイ・ハヤシ!ワタラハ、試合を制しました!」
観客が沸き立つ。歓声、拍手の嵐。
だがその中——
アレックスボルドは砂に伏せたまま。
拳を握りしめ、血を流しながら……ただ、悔しさを噛み締めていた。
シュンの足音が静かに響きながら、闘技場を後にする。
「もう帰るの?」
高座からアマテラスが声をかけた。腕を組み、彼の背中を見つめている。
「第三試合は見ないの?」
「必要ない」
振り返らずに答える。
「どうなるか、もう分かってる」
「……やっぱり知ってたのね?」
「何を?」
「彼に、それだけの力があるってこと」
シュンは一歩だけ止まり、風に紛れるほど小さな声で答えた。
「……ああ。なんといっても、あの男の息子だからな。驚くことじゃない」
アマテラスの瞳が揺れる。苛立ちと哀しみが入り混じっていた。
「……いつまで、あなたは一人でやるつもりなの?」
「どうして、これまでの年月、誰にも助けを求めなかったの?」
シュンは肩をわずかにすくめる。
「悪いが、俺は弱者に興味がない」
その言葉に、アマテラスは思わず歯を食いしばった。
怒鳴りたかった。けれど出てきたのは、ため息だけだった。
「……せめて、私の前では仮面を外してよ、シュン」
シュンがゆっくりと振り返る。
表情は変わらず、灰色の瞳には何の感情も浮かばない。
「何の話だ?」
アマテラスは答えなかった。ただ彼を見つめていた。心の中で問いかける。
「最後にあなたが心から笑ったのはいつ?
最後に“あなた自身”だったのは……いつ?」
彼が歩み去っていく。静かな廊下を、まるで光すら彼を避けるように。
「……いつか、あなたに届く日が来るのかな」
_________________
その頃、スタジアムの控室——
空気は重く、張りつめていた。
アレックスボルドは床に膝をつき、血まみれの拳で大理石を叩きつけていた。
「……クソが!クソが!クソが!クソッ!」
イセリがそっと近づく。胸が締めつけられる。
「アレックスボルド……」
部屋の隅でルキアが見つめていた。困惑したまま。
(ただの敗北……なのに、どうしてこんなに怒ってるの?)
その時だった。
“それ”が現れたのは——
存在だけで空気が凍りつく。
視線が……熱を持った炭火のように二人を貫く。
ルキアとイセリが同時に振り返る。
「……通してくれ」
冷たい声が響いた。
ゆっくりと近づいてくる男——
青白い肌、黒い髪、赤い瞳。足取りは静かでも、その気配は嵐のようだった。
イセリが思わず一歩引いた。
「は、はい……」
男はアレックスボルドの前で立ち止まる。
彼はまだ、額を床に押し当てていた。
「……マジェス」
アレックスボルドが呟く。
そして次の瞬間、何の前触れもなく、男の足が振り上げられ——
アレックスボルドの頭を踏み潰すように床へ叩きつけた。
部屋中が凍りつく。
「アレックスボルドッ!」
イセリが叫び、駆け寄ろうとする。
「……来るな」
彼がかすれた声で言う。顔を上げずに。
「邪魔するな」
イセリはその場で固まった。
その顔には、内側から崩れるような苦しみが浮かぶ。
「やはり、見込み違いだったか」
男の声は刃のように冷たい。
「分かってはいた。だが最後の希望にかけてみただけだ」
彼の目には、純粋な侮蔑だけがあった。
「お前は、ただの失敗作だ。ムーンヴェイルの名に泥を塗る存在」
アレックスボルドの身体が震える。
それは恐怖ではない。無力さから来る震え。
「俺は……」
「約束通り、罰を受けてもらう」
「今度こそ逃しはしない。
“選ばれし血”にふさわしくない者は、死ぬしかない。
我がムーンヴェイルの名のもとに——」
男の腕から、血の大鎌が形を成す。
赤く光るその刃は、まるで意志を持っているかのように脈動していた。
「アレックスボルド……
お前に下されるのは、死刑だ」
アレックスボルドは動かなかった。叫びもせず、抗うこともない。
ただ思った。
(……これで終わりか? 俺の限界はこの程度だったのか?
やっぱり俺は、ただの落伍者だった……)
大鎌が振り下ろされる。速く、そして残酷に——
「……久しぶりだな、クラリレオ」
どこか懐かしい声が響いた。
刃が止まる。
アレックスボルドの頭すれすれで。
世界が静止した。
クラリレオが顔を歪め、怒りに振り返る。
そこには、シュン。
作り物めいた笑みを浮かべ、肩に手を置いていた。
「貴様か……」
クラリレオが唸る。
「シュン……?」
アレックスボルドが混乱の中で呟く。
「……さて」
シュンの瞳がアレックスボルドに突き刺さる。
「未来を変えたいか?アレックスボルド・ムーンヴェイル」
クラリレオが身構える。牙を剥き出す。
「ここで何をしている?」
「噂で聞いてね。お前が現れるって」
「見逃すわけにはいかないだろ?」
「……その穢れた手を俺の肩からどけろッ!」
「……すまない」
シュンは皮肉たっぷりに言った。
「ご立派な、ムーンヴェイル様」
「何を企んでいる?」
「お前の“浄化”とやらを止めに来た。アレックスボルドは——俺が連れて行く」
「貴様……!ムーンヴェイルの名を穢す気か!?
貴様如きが我らに楯突けば——!」
「黙れ」
目に見えぬ刃が副官を貫いたその瞬間、すべてが悪夢のように消え去った。
だが、彼の胸にはまだその感覚が残っていた——真っ二つに裂かれたような、恐怖の震え。
額から汗が滴り、唇は震えていた。
(今のは……幻覚か? いや、違う。確かに“それ”はあった。こいつ……何者なんだ?)
クラリレオはそんな部下を一瞥すらしない。
彼の視界に存在するのは、ただ一人。
「……ここから消えろ。面倒ごとを起こしたくなければな」
牙をむき、低く唸るクラリレオに、シュンは笑顔のまま首を横に振った。
「悪いけど、それはできないな。彼を置いては帰れない」
「……ムーンヴェイルの族長の命令に背く気か?死にたいのか?」
「俺を殺す?」
シュンの口元がわずかに釣り上がる。
「お前が何人引き連れようと、俺には通じない。
なぜなら——お前は“弱い”からだ。
血筋という仮面を被った、ただの影だよ、クラリレオ」
クラリレオの瞳が怒りに燃え上がる。
「殺す……!」
そして世界が揺れた。
闇のようなエネルギーがクラリレオの体から噴き出し、都市全体を覆い尽くす。
空が一瞬、色を失った。
悲鳴が響き渡り、人々が次々に意識を失って倒れていく。
観覧席。
アマテラスが立ち上がった。
「……は?冗談でしょ。何あれ……」
ネイが一歩後ずさり、顔色を失う。
(なんて……恐ろしい力だ……)
雷神ライジンも、風神フウジンも、普段の冷静さを捨てて目を見開く。
「ふむ……面白い奴じゃねえか」
と、ライジン。
「興味深い……」
フウジンが続ける。
観客席では、ルキアとイセリがその場に崩れ落ちた。
まるで風に舞う落ち葉のように——
(……悪魔)
イセリがそう思った瞬間、意識が闇に飲まれた。
だがその中心——シュンだけは微動だにせず、静かに佇んでいた。
まるでその圧力など、初めから存在しないかのように。
「貴様ごときが、我らの上に立とうなどとは……!」
クラリレオが叫ぶ。
「人間風情が……!」
「“上”だって?」
シュンが笑う。
「残念だけど、俺が一番強いんだよ。
ただの人間——自由な存在としてな」
その言葉に、クラリレオが大鎌を振り上げ、紅に染まった刃が空を裂いた——
だがその瞬間。
「やめろッ!」
威厳ある声が轟き、クラリレオの動きが止まる。
空から一人のフード姿の男が降り立った。
まるで天からの裁きのように。
「おやおや……」
シュンが腕を組み、薄く笑う。
「こんなところで会えるとはね、爺さん」
「……王はこうなることを予見していた」
男が答える。
「だから俺を監視役として送ったのだ」
「アイツ、ほんと外さないな」
「止めるべきだ、クラリレオ。
ここで戦えば、お前の無事は保障できん」
クラリレオの顔が引きつる。
「だが……こいつの暴言を放っておけと!?
十二家を侮辱したのに、何の罰も与えないだと!?」
「お前も分かっているはずだ、クラリレオ」
男の声は低く、しかし揺るぎなかった。
「シュンは……陛下の“直轄保護対象”だ。
不満があるなら……王に言え」
クラリレオは言葉を失い、拳を震わせた。
「……行くぞ」
苦しげな声で命じる。
「は、はいっ……」
しかしその背後で、彼は低く呟いた。
(すぐに……必ず、お前を引きずり下ろしてやる。
その小賢しい人間の身でな……)
牙が光る。瞳が、血のように赤く染まっていた。
シュンはその背中を静かに見送っていた。
そして、アレックスボルドの方へ目を向ける。
「な?言っただろ」
彼の声は穏やかだった。
「未来は、変えられるんだよ」
アレックスボルドは、まだ地面に膝をついたまま。
全身が震えている。恐怖ではなく……感情の奔流に。
(なぜ彼は……動じなかった?
なぜ王が、彼を守る?
……こいつ、いったい何者なんだ?)
「さあ、どうする?」
シュンが手を差し出す。
「そのまま嘆き続けるか……
それとも、自分の未来を選ぶか」
アレックスボルドは顔を上げた。
ほんの一瞬だけ迷い——そして、その手を取った。
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「ほんの一瞬だった」
夕陽を背に、アレックスボルドが語る。
「誇り高く守ってきたその名を、あっさり手放して——
俺は初めて、自分のために強くなりたいと思った」
彼の隣には、リカ、イセリ、そしてシュンがいた。
血筋でも肩書きでもない、絆で繋がれた仲間たち。
彼らを遠くから見つめるエデン。
アレックスボルドの言葉を聞きながら、ふっと微笑んだ。
「……立派だな、お前ら」
エデンの声は静かだった。
「みんな、守るために戦ってる。誰かのために……
なのに俺は……」
アレックスボルドがその目に気づく。
赤く染まった、痛みを抱える瞳に。
「……お前が何を背負ってきたかは知らない」
彼の声は優しかった。
「だが一つだけ分かる。お前は……悪い奴じゃない」
エデンが俯き、小さな声で呟いた。
「みんな、立派な理由で戦ってる。
でも俺は……俺の願いは、ただの“欲”だ」
拳が震える。
「……それがどうした?」
アレックスボルドが即答する。
「誰だって、完璧じゃない。
愛、憎しみ、恐れ——
何かにすがってでも、生きようとする。
大事なのは……それに“支配されない”ことだ」
エデンが目を閉じた。
「……俺の願いは、誰かを守ることじゃない。
ただ……」
「いいんだよ、それで」
アレックスボルドが笑って言った。
「俺たちも、誰かのために戦うけど——
同時に、自分のためにも戦ってる。
それは、恥じることじゃない」
「……俺は弱かった。大切な人を……守れなかった。
そして、今……」
祖父の姿。ブラックライツの襲撃。
全てが胸を締めつける。
アレックスボルドが近づき、そっと目の前に立つ。
「……感情を捨てろとは言わない。
だが、それに支配されるな。
さもなきゃ、それは“鎖”になって、お前を引きずり込む」
エデンは、静かに彼の言葉を聞いていた。
そして、初めて——
誰かに“理解された”気がした。
「じゃあ、俺は……どうすればいい?」
アレックスボルドが笑って、髪をくしゃっと撫でた。
「その時が来れば、分かるさ。
……でも、それは“今日”じゃない」
仲間たちを顎で指し示しながら。
「今は……一緒に行こうぜ」
「ありがとう」
エデンが呟く。
「もっと……偉そうな奴だと思ってた」
「マジで?」
「……信じるかどうかは、任せるよ」
アレックスボルドが小さく笑う。
エデンがその場を離れていく中——
(この壁を越えた時、こいつは……本物の“怪物”になる)
(なあ、エデン……お前はどっちを選ぶ?
闇か、光か……)
その瞬間——
エデンの姿が、影と光の狭間で揺れた。
_______________________
別の場所——
別の時間——
シュンと、さきほど現れたフードの男が対峙していた。
過去の記憶の中で。
「嘘が上手いな」
シュンが言った。
「何の話だ?」
「……お前は王に命じられて来たんじゃない。
違うだろ?」
フードの男は否定しなかった。
ただ、微かに笑った。
「何を求めている?」
「なぜ戻らない? お前は——」
刹那。
シュンの剣の刃が、男の首元に現れる。
「黙れ」
声は凍りつくように冷たい。
「俺は、あいつの言いなりにはならない。
何をされようと……関係ない」
「昔と変わらんな」
シュンは剣を納め、背を向ける。
(……時間がない)
そのまま、彼は闇に溶け込むように姿を消した。