時には、決断の本当の重みは、決断した瞬間ではなく、むしろ平穏が訪れたときに感じられるものです...そしてそれとともに、私たちが残してきたものの反響が感じられるのです。戦士を定義するのは戦いの雄叫びではなく、その後の静寂である。仮面を外し、群衆の温かさや神々の審判もなく、鏡の前に立って自分自身に問いかける瞬間。「私は自分自身に正直であっただろうか?」
人生をチェスのように操る力によってルールが決められるこの世界では、自らを英雄だと信じているからではなく、挑戦しないことの空虚さに耐えられないために、あえて声を上げ、その命令に挑戦する人々がいる。
今日、6つの意志が立ち上がる。 6 つの異なる道が、同じ不確かな原因によって結びついています。保証も、明確な予言もありません。ただ、これから起こることはそれらすべてを合わせたよりも大きなものになるだろうという確信だけがあります。それでも彼らは前進します。
おそらく、戦士の偉大さは、その強さではなく、戦士を導く問いによって測られるのでしょう。
そして、その答えを得るためにあなたが支払う意思のある価格です。
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重く湿った風が、GODSの幹部たちが再び集まった会議室を流れていた。
古代の紋章で飾られた壁は、互いに交わされる鋭い視線の間に張り詰めた空気を封じ込めているかのようだった。
中央に立つのは、ゼウス。
幾多の戦争の始まりを目撃してきた者のごとく、その存在は沈黙の中で重みを放っていた。
「まずは……皆に感謝を述べたい」
低く、だが穏やかな声でゼウスは語る。
「ここ数日の混乱の中、君たちは予想以上の成果を挙げてくれた。特にバルバ・ネグラの一件を乗り越えたことは、誇りに思うべきだ」
一瞬の静寂。
誰もが言葉を慎重に選んでいるのが分かった。
その中で、アレックスボールドが一歩前へ出る。
「認めざるを得ません」
飾らず、真実だけを告げる声。
「今回の代表者六名のうち、三名は初日から確定していたようなものです。ヨウヘイ・アクティナ、ゼフ・ミズシマ、そしてシュウ・サジェス。この三人はすべての試練を制し、その実力は並外れたものでした。特にヨウヘイは……彼がどこまで登り詰めるか、想像すらできません」
柱に背を預けていたアフロディテが、静かに視線を逸らす。
その沈黙が、同意を物語っていた。
「驚きはない。三人は間違いなく選ばれるべき存在。でも……残りの三枠は?」
アレックスボールドは眉をひそめ、続ける。
「その前に……一つ、質問をしてもよろしいでしょうか?」
ゼウスは頷いた。目を逸らすことなく彼を見据える。
「彼を送ったのは、あなた方ですか?」
「……誰のことだ?」
わずかに警戒をにじませるゼウスの声。
「ゾウです。あの王の右腕と呼ばれる男を」
一瞬、空気が凍りつく。
アフロディテも素早くゼウスを振り向き、驚愕の色を浮かべた。
「まさか……」
ゼウスが低く呟いた。
「なぜ奴があそこに……?」
「理由は分かりません。ただ、私が離れていた間、彼が訓練の指導を担当していました。そして……言いたくはありませんが」
アレックスボールドが苦笑する。
「彼の成果は、恐ろしいほどです」
場面が切り替わる。
誰の記憶にも焼き付いた光景。
山頂に立つヨウヘイ。
その拳が一振りされると、頂上全体が粉砕され、空すら震えるような衝撃が走った。
「……気持ちいいな」
青い雷光がヨウヘイの体を踊り始める。
アフロディテはその姿を見つめながら、驚きと困惑を押し殺していた。
(あれは命令じゃない。彼が自ら動いた。でも……なぜ?)
その答えは、唐突に届いた。
「ただ、少し楽しみたかっただけさ」
ざらついた低音。
誰も気づかぬうちに、ゼウスの隣にはゾウが座っていた。
イセリですら、その存在に今ようやく気づいたような表情を浮かべる。
(いつからそこに……?)
「言わせてもらうが」
ゾウはニヤリと笑う。
「お前の息子……とんでもない才能だな、ゼウス」
ゼウスが身を乗り出す。
その目には明らかな苛立ちが灯っていた。
「貴様……なぜここにいる?」
「王の命を受けてな。だが予想外の収穫もあったよ。面白い連中と出会えた」
「ヨウヘイに何をした?」
ゾウは乾いた笑いを漏らす。
「ほう、珍しいな。自分の息子を気にするとは。病気か?」
「口を慎め」
ゼウスの眼に、雷が走る。
「何もしていないさ。ただ、彼らを極限まで追い込んだだけ。あとは奴ら次第だ」
「なぜ、そんなことを?」
アレックスボールドが問いかける。
ゾウは全員に視線を向けた。
その瞳は深い闇を宿していた。
「簡単だ。簡単に潰れる奴らを見るのは、退屈だからな。――どこまで辿り着けるか、見てみたい」
そして、ゆっくりと立ち上がる。
その足取りは静かだが、彼が通った後には冷気のような空気が残る。
誰も、止めることができなかった。
「第二ラウンドで会おう」
背を向けたまま、ゾウは去っていく。
その背中を見つめながら――
誰もが感じていた。
敬意と……恐怖。
◆
アフロディテは、数時間前にゾウが去った扉を、じっと見つめていた。
その表情は、いつも以上に険しい。
(お前は……何を求めているの? ゾウ)
だが、考えている時間はもうなかった。
彼女は静かに息を吸い、学生たちの方へ向き直る。
「それでは発表します」
厳かに、だが迷いなく言葉を紡ぐ。
「第二ラウンドに進むGODSの代表、六名は以下の通りです」
その場の空気が、ピンと張り詰める。
「まず一人目、ヨウヘイ・アクティナ。
全訓練で圧倒的な支配力を見せ、ゼンカと肉体の制御は他の追随を許しません」
ヨウヘイは一歩前へ出る。表情は変わらず、ただ静かに立つ。
「二人目、ゼフ・ミズシマ。
近接・遠距離の武器操作に長け、エネルギーのコントロールはほぼ完璧です」
ゼフは笑顔でヨウヘイとロワと拳を交わす。
「三人目、シュウ・サジェス。
戦略の鬼。戦場をまるで開いた書のように読み解く力を持ちます」
シュウは拳を上げ、後方にいるエデンとユキに笑みを向ける。
「四人目、ロワ・マッチ。
物理的な戦闘力では随一。近接武器の達人です」
「よっしゃーっ!」
ロワが両腕を空に掲げて叫ぶ。
「五人目、エデン・ヨミ。
この数ヶ月で最も成長を遂げた生徒。ゼンカの扱いは教師陣さえ驚かせました」
「ありがとうございます」
エデンは広い笑顔で答えるが、目にはこらえきれない感情が滲む。
アフロディテは彼に敬意をこめた視線を送った。
「六人目、エリス・オネニエド。
ゼンカと呪力の融合。想定を超える実力を見せました」
会場がざわつく。
エデンとシュウは微笑む。
だが――ユキの表情だけが、驚きに染まっていた。
「……まさか……」
エデンが呟く。
「なんで……?」
ユキが小さく口にする。
アフロディテは変わらぬ調子で続ける。
「エリス、お前の報告書は全員の度肝を抜いた。入学試験の頃とは別人のようだ。おめでとう」
「ありがとうございます、先生」
エリスは静かにお辞儀をする。
周囲は歓声に包まれた。
だが、その片隅で、ユキは静かに座っていた。
声を発することなく――
ただ、心のどこかが崩れていく音だけが、響いていた。
午後の風が、渦を描いて舞い落ちる葉を優しく撫でた。
まるで世界そのものが静けさに道を譲るかのように、時が緩やかに流れていた。
訓練場の隅、その片隅のベンチに、ユキはじっと座っていた。
悲しみの表情もなければ、安堵の気配もなかった。
「ユキ、もしよかったら──」
シュウが慎重に声をかけたその瞬間、
「やめて」
視線を向けぬまま、ユキは言葉を遮った。
シュウは静かに頷き、後ろにいたエデンと共にその場を後にする。
残された空間には、アフロディテだけが、腕を組んで静かに佇んでいた。
「なぜ自分が選ばれなかったのか、考えてるのかしら?」
冷ややかな声が静寂を裂く。
ユキはわずかに顔を向けた。
「……ええ」
「それは、あなたが弱いからよ」
言葉は水面に落ちる石のように重く、ユキの表情に目に見えない波紋を広げた。
「容赦ないわね」
「なぜ、私が手加減をしなければならないの?」
アフロディテの声は淡々としていた。
「努力していたのは認めるわ。この七年で、あなたを鍛えた者は優秀だったのでしょう。でも……」
一歩前へ踏み出し、ユキの前に影を落とす。
「犠牲を払ったのは、あなただけじゃない。ここにいる皆が、血を流し、涙をこらえ、何度も倒れては立ち上がってきた。
その努力だけで、自分が特別だと思ってるの?」
ユキは拳を強く握りしめたが、言葉は返さなかった。
「自分が強くなりたい理由、ちゃんと向き合ったことはある?」
アフロディテは続ける。
「名声のため?力のため?復讐のため?──それとも、私を殺すため?」
ユキの目が驚きで見開かれる。
「なっ……」
「あなたが父の死を恨んでいることくらい、最初に再会した時から分かっていたわ」
「……なのに、なんで何も言わなかったの?」
「怖くなかったから」
アフロディテは口の端をわずかに上げる。
「再会したあなたを見て、私は落胆した。少しだけ強くなったと自惚れていた。でも、その程度で私に触れられるとでも?」
「……わたし……」
言葉は、初めて自信を失った少女のように弱々しかった。
「本気で何かを望むなら、体が壊れるまで鍛えなさい。理由がどうであれ、すべてを賭けて、全力を尽くすの。後悔しないために」
そう言い残し、アフロディテは踵を返す。
その背に最後の言葉が投げられた。
「あなたが本当に私を殺せるようになるまで──待ってるわ、我が娘」
再び、静寂が戻った。
ユキは、小さく、しかし決意のこもった笑いを漏らした。
「次は──絶対に叩きのめすからね……婆さん」
◆
数時間後。
寮近くの小さなバー。
吊り下がったランプが照らす丸テーブルを囲んで、ヴァイオレット、シュウ、エデンが座っていた。
「来たわよ」
ヴァイオレットが目線で入口を示す。
「……ああ」
シュウが頷き、隣のエデンに釘を刺す。
「絶対に変なこと言うなよ」
「遅れてごめん」
ユキが席に着く。
エデンが肘をテーブルに置き、にやにやと笑いながら言う。
「で、今回は俺に負けた気分はどう?」
「え?」
ヴァイオレットとユキが同時に声を上げた。
「……馬鹿か、お前は」
シュウが呟く。
ちなみにエデンの顔には、既にいくつかの痣と軽い腫れがあった。
どうやら既に一発食らっていたようだ。
「でも……顔色が良くなったな」
シュウが茶化すように笑う。
「何があった?」
「別に、何でもない」
ユキは曖昧な笑みを浮かべる。
「……まだ諦めてないってだけ」
身を乗り出し、鋭く言い放つ。
「だから……ズターツに勝てなかったら、私が全員ボコボコにするわよ」
「勝つさ」
シュウは真っ直ぐに答える。
「準決勝で、待ってる」
彼は拳をテーブルの中央に差し出した。
一瞬の間の後、ヴァイオレットが微笑んでそれに拳を重ねる。
「戦うのは好きじゃないけど……参加するわ」
ユキも同じように拳を乗せる。
「もっと強くなる。優勝する……一緒に」
その流れで、皆が注目する中、最後の一人が一言。
「……ブスとチーム組むのは嫌だけどな」
そうぼやきながら、エデンも拳を重ねた。
笑いと微笑みが静かに混ざり合い、ひとつの約束となった。
◆
夜の帳がアテナを包む頃。
屋上では、グループ1の面々もまた、それぞれの思いを語り合っていた。
「四人全員が選ばれなかったのは……ちょっと残念だな」
ロワが肩をすくめて言う。
「だよな」
ゼフも同意する。
「正直、セバスチャンの方がエリスより強いと思うんだけどな。力もエネルギーもさ」
「バカか、お前ら」
冷たく遮ったのはヨウヘイだった。
「は?何が言いたいんだよ」
「第二ラウンドはチーム戦だ。ただの力比べじゃない。必要なのは、戦略と視野と、バランスだ。彼らは既に戦場を知っている。一つのミスが命取りになる」
「それが……エリスの意味ってことか?」
「そうだ。彼女は筆記試験でシュウと並ぶ成績だった。頭が切れる。彼女をどう使うかで、勝負は変わる」
ロワはにっこり笑い、頷く。
「さすがナンバーワンね」
ヨウヘイは答えず、ただ空を見つめていた。
だが、その視線の先には……別の影があった。
(……どれだけ強くなった?化け物)
エデンのエネルギーを見た時のことを思い出す。
あの気配は……どこか、懐かしくて、恐ろしい。
(……あの剣……力は感じられないのに……なんで、こんなにも不気味なんだ?)
ヨウヘイの口元がわずかに釣り上がる。
(潰してぇな、アイツ)
◆
遥か彼方、名もなき土地。
闇に包まれた空間で、影が暴れるように揺れていた。
一人の剣士が、異常な精度で次々と魔物を斬り捨てていく。
誰一人、彼に傷をつけられない。
「すげぇな……」
監視塔から見下ろしていた男が呟く。
「一振りも外さない。あのままいけば……最強になるぞ、あのガキは」
「まだだ」
隣に立つフードの男が冷たく言う。
「訓練レベルを上げろ」
「なっ!?ですが、彼はまだ十三歳ですよ!」
その言葉に、殺気が走る。
「……もう一度言わせる気か?」
「い、いえ、分かりました!」
男は慌ててその場を去る。
(──すべてが計画通りに進めば……我々が優勝する。間違いない)
一方、魔物の残骸に囲まれた剣士は、無感情な目で周囲を見渡していた。
その瞳には栄光も勝利もなかった。ただ、虚しさがあった。
「……つまらない」
ぽつりと呟く。
「誰も俺とやり合えない。全員、弱すぎる」
(あの安っぽい神……約束を守れよ。じゃなきゃ……殺す)
少年の体から、黒く、圧倒的なエネルギーが立ち上る。
空気すら震え出す。
そして彼は、口元に歪んだ笑みを浮かべながら囁いた。
「……楽しませてくれよ」
夕暮れの光が、作戦拠点の雲を金色に染めていた。
穏やかな空気の中に、張り詰めた緊張が静かに満ちている。
石造りの見晴らし台に立ち、シュンは腕を組んだまま地平線を見つめていた。
風が彼のマントをやさしく揺らす。
「今回は決断が早かったな」
彼は振り返らずに呟いた。
後ろに立っていたアレックスボルドが、軽く頷く。
「まあな。……でも、実力者の何人かが外れたのも事実だ」
「チーム戦だろ?」
「そうだ」
シュンはわずかに顔を横に向け、静かながらも揺るぎない表情を見せた。
「なら、悪い選択とは思わない。選ばれた者たちには、それぞれの役割がある。だが……」
「エデンのことが心配か?」
アレックスボルドが鋭く言い当てた。
シュンは首をゆっくり横に振った。
「いや……心配なのは、彼が暴走した時に、周囲がどうなるかだ」
数秒の沈黙が流れた。
そして、アレックスボルドは静かに彼の肩に手を置いた。
「信じろ。ここ数週間で彼は大きく変わった」
「……かもしれんな」
シュンは目を伏せた。
「それだけじゃなさそうだな」
アレックスボルドが言う。
「心配じゃない。むしろ……」
シュンは微笑みながら呟いた。
「楽しみなんだ」
アレックスボルドが何かを返そうとした時──
「──ブラック・ライツ」
聞き慣れた声が、会話を断ち切った。
柱にもたれたジャンヌが、真剣な表情で姿を現す。
「ジャンヌか。遅かったな」
シュンが眉を上げる。
「すまない。ヨサが道中で買い物ばかりしてさ」
その後ろから、荷物を山のように抱えたヨサが現れた。
「はあ!?買い物してたのはお前だろ、メガネ女!」
「黙れ、コアラ」
空気が弾けるように震えた。
ヨサが荷物を投げ出し、剣を抜いた。エネルギーが火花のように迸る。
「やんのか、四つ目!」
「かかってきなさいよ、コアラ」
「……最近の若いもんは元気だな」
ティレシアスが静かにその場へ姿を現した。
二人はすぐに気を収め、武器を納めた。
「……これで全員揃ったな」
シュンが言う。
「そのようだな」
アレックスボルドも頷く。
一瞬、風が止んだ。
そして──
「ブラック・ライツの拠点の一つを突き止めたようだ」
その言葉に、全員の動きが止まった。
「なんだって!?」
一斉に声が上がる。
「まだ詳細は分かっていない」
シュンは落ち着いて続ける。
「なら、すぐにでも襲撃するべきだろ!」
アレックスボルドが叫ぶ。
「まだ準備が整っていない」
「お前が、準備を気にするなんてな」
アレックスボルドが目を細める。
「これは王の命令だ」
シュンの目が鋭く光る。
「王の許可が下りるまでは、動けない」
「チッ……」
ヨサが舌打ちする。
「何を待ってんだ、あの王様は」
「知らないさ。でも、選択肢はない」
黙ってシュンを観察していたティレシアスが、心の中で呟く。
(……珍しいな。あのシュンが、王の命令に従うとは。裏に何かあるな)
「で、出発はいつになる?」
ジャンヌが口を開く。
「おそらく、第二ラウンドの後だ。ただし……」
シュンの目が鋭さを増す。
「全員が無事に戻れる保証はない」
その言葉に、ヨサが反応する。
「おい、俺たちを舐めてるのか?」
「どうした、最強の男」
アレックスボルドが腕を組んで挑発する。
「まさか、ビビってんのか?」
「怖いのか?」
ジャンヌも続けた。
シュンは目を伏せ──次の瞬間、心からの笑い声を上げた。
全員が、思わず固まる。
「……自殺志願者どもが」
ヨサが目を細める。
「……ボス」
「……シュン」
アレックスボルドが呟いた。
◆
何キロも離れた場所。
夕方の石畳、街灯がぽつぽつと灯り始める中、シュウとサラがグレクの通りを歩いていた。
「……すっかりチームに馴染んできたみたいだな」
シュウが言う。
「ええ」
サラは穏やかに微笑む。
「本当にすごい人たちばかり。強くて、優しくて」
「君も負けてないさ。ノークで見せた力……本当にすごかった」
「でも……あのヨトゥンには敵わなかった」
「俺もだよ。あいつは……まさに怪物だった」
「……うん」
しばし、無言のまま歩く。
「……王国の様子はどうだ?」
シュウが尋ねる。
「ナイが次の統治者として準備を進めてるわ。
神々の多くが戦いで倒れて……生き残ったのはほんの一握り」
「……あれは地獄だったな」
シュウの表情が曇る。
「あの光景、まだ脳裏に焼き付いてる」
「でも、きっと乗り越えられる。ナイなら……それに、彼は一人じゃないから」
◆
王国の奥深く。
紫の葉と黒い大地に囲まれた場所で、ナイは剣を振っていた。
以前より鍛え上げられた肉体。
汗がその努力を物語っていた。
「お兄ちゃーん!お手紙届いたよ!」
小さな少女が駆けてくる。
「手紙?」
ナイが動きを止める。
「差出人はね……“呪われた少女”だって!」
思わず笑みが漏れる。
「ありがとう、メイ」
「どういたしまして!」
少女は満面の笑みで返した。
「トントン」
扉が開き、赤髪の大男が入ってきた。
「もう行くのか?」
「うん。特殊部隊の試験を受けに行く」
スランゲモルダーが決意を込めて答える。
「父上に、よく説得されたんだな」
「彼がいなければ、俺はここにいない。……本当に、偉大な人だった」
「分かってる」
握り締めた拳の先に、ダンの面影があった。
彼の目には、強い覚悟が宿っていた。
ナイは軽く口笛を吹くと、奥から光に包まれたミョルニルが現れた。
「……持って行け」
「は?何のつもりだ?」
「お前のものだ」
「なぜ……?」
「きっと父上も、それを望んでいるはずだ。それに……俺はまだ、それを持つにふさわしくない」
「でも……!」
「自分を疑うのはやめろ。もし試験を終えてもそう思うなら、その時は返してくれ」
スランゲモルダーは、目を閉じた。
「……ありがとう」
「……幸運を祈る、友よ」
「……ナイ、ありがとう」
その背に向かって、メイが元気よく手を振る。
空は、ゆっくりと夜の色を帯びていた。
大地が轟音とともに揺れた。
空では、稲妻のようにエネルギーの奔流が交錯している。
その中心で、ヨウヘイは片手だけでローアとセバスチャンの合体攻撃を受け止めていた。
彼の表情には一切の揺らぎがない。
「おいおい……マジかよ……?」
ローアが息を切らしながら声を上げる。
ヨウヘイはくるりと身体を回し、回転の勢いそのままにローアの腹部へ強烈な蹴りを放った。
彼女の身体は吹き飛び、その直後、セバスチャンも一緒に叩きつけられるように地面に叩きつけられた。
土煙が立ちこめ、二人は動けずに横たわる。
「なんでだよ……」
ローアは荒い息をつきながら、震える腕で地面を支える。
「私たち二人とも金ランクだぞ……!なんでここまでの差が……!」
「むしろ、燃えるだろ?」
セバスチャンが口の端から血を流しながら笑った。
「……だな」
ローアの拳が怒りのオーラで包まれ、回転する渦となって凝縮されていく。
セバスチャンも両手を掲げ、指先から炎と光が小さな太陽のように迸る。
「ぶっ潰してやるよ、この拳で!」
「焼き鳥にしてやるぜ、はははっ!」
だが──
戦いはそれ以上続かなかった。
数秒後には、二人とも地面に倒れ、気絶していた。
ヨウヘイは一切の傷もなく、無表情のまま彼らを見下ろす。
「言っただろ……こんな戦い、意味がないって」
「じゃあ、俺たちはどうすりゃいいんだよ……」
セバスチャンが天を仰ぎながら呟く。
「お前は化け物だ……」
「鍛錬の問題だ」
ヨウヘイはかかとを返しながら言った。
「もっと鍛えろ」
「そう願いたいね……」
ローアの呟きは、苦笑混じりだった。
──けれど、その心には一つの思いがよぎる。
「これで三位だって?……じゃあ、一位や二位は……どうやって勝てばいいのよ……」
自然と彼女の視線は、遠くの孤高の山に向かう。
「……いや、彼だけじゃない。きっと……」
◆
グレクの離れた山頂。
エデンは息を荒げていた。
黒い円環が彼の周囲を回転し、圧縮された嵐のように揺れている。
手が震え、エネルギーを制御しようとするも──
「くっ……だめだ……」
血を吐きながら膝をつく。
「制御できなきゃ……みんなを巻き込む……
足手まといにはなりたくない……」
次の瞬間、黒いエネルギーが完全に消失した。
拒絶されたように。
「……俺には……これ以上無理なのかよ……」
拳を地面に打ちつける。
「……くそ……俺は……まだ弱い……」
「やれやれ……随分強くなったじゃねぇか」
後ろから聞こえたその声に、エデンは驚き顔を上げた。
風に髪をなびかせながら、ピンク髪のシュンが立っていた。
いつものように、腕を組み、微笑んでいる。
「……ピンク野郎」
「少なくとも、もう意識的に力は使えるようになったな」
シュンが軽く肩をすくめる。
「……まだ俺は強くない。敵には勝てない」
「じゃあ、少し力を分けてやろうか?」
からかうように笑う。
「……いらねぇよ。どうせ変なことされる」
「ひどいな、俺がいつそんなことを?」
「見てわかるだろ」
「それで、ここで何やってんだ?
死の島の任務が終わったんだから、そろそろ戻ってもいい頃だろ」
「戻るさ。でも少し休暇をもらった」
「ふうん……“奴ら”の手がかりでも?」
「“奴ら”?ブラック・ライツのことか?」
「そうだ」
「ないな。あいつら、隠れるのだけは得意だ」
「……だろうな」
短い沈黙。
そのあと、エデンが意を決して尋ねた。
「……質問、してもいいか?」
「いいぜ」
「……俺たちって、本当に“正義”なのか?」
シュンのまぶたがわずかに動いた。
「……ああ、前の話か」
「そうだよ。俺たちが守る者のせいで、苦しんでる人たちがいる。
それって……正しいのか?」
風の音だけが、しばし空気を支配する。
「……正しい答えなんてない」
シュンは静かに答えた。
「俺たちの側にいるのが正しいのか?
“奴ら”に敵対するのが正しいのか?
そんなもん、知るか。両方クソ喰らえだ」
そして、彼はエデンの目をまっすぐ見つめた。
「この世界が、愛する者を傷つけるなら、壊して何が悪い。
たとえ独りでも、自分の信念を守って何が悪い。
時代遅れの老害どもに背くのが、何か悪いのか?」
沈黙。
それから、シュンは笑って目を伏せた。
「知らねぇよ。でもな……俺は、守りたいものを守る。それだけだ。
命を懸けてでも、な」
エデンが、微笑んだ。
「……真面目な顔すんの、初めて見たな、ピンク野郎」
「かっこよかったろ?」
「……ああ。本当に、かっこよかった」
シュンは何も言わずに手を差し出す。
二人は固く握手を交わした。
「またな、ピンク野郎」
「……ああ、バカ」
◆
船の前で、仲間たちは別れの言葉を交わしていた。
「がんばってね、みんな」
ヴァイオレットが手を振る。
「ありがとう」
エデンが応じる。
「負けたら承知しないからな。蹴っ飛ばしてやる」
ユキが笑う。
「……負けないよ」
「第三ラウンドで会おう。午後二時な」
シュウが拳を突き出す。
一人、また一人と拳を合わせる。
「ぶっ潰して来い!信じてるぜ!」
セバスチャンが叫ぶ。
「任せといて」
ローアが強く頷いた。
「ヨウヘイに全部やられる前にな!」
ゼフが冗談を飛ばす。
「……もっと強くなって帰ってこい。待ってるぞ」
ヨウヘイが真剣に言う。
少し離れた場所。
エリスは何も言わずに皆を見ていた。
誰にも気づかれないまま。
そして──
「……全員そろったようね」
アフロディーテが現れ、静かに手を上げた。
「さあ、ズターツへ向かいましょう。
後悔のないよう、全てを出し切って。いいわね?」
「はいっ!!」
皆の声が、空に響く。
扉が閉まり、船は動き出した。
グレクの空が見送り、彼らの運命は次の一歩を踏み出した。