憎しみから生まれる間違いもあります。その他は無知から。
しかし、最も危険なものは…信頼から生まれます。
すべてが同じままであることを信じてください。
計画がうまくいくと信じてください。
まだ時間があることを信じてください。
本当の混乱は雷鳴のようには起こりません。
それは、日常のルーチンに亀裂が入ったような感じだ。無視されるささやき。さまようような視線。
そして気づいたときには…もう手遅れです。
力は力だけで測られるものではありません。
それは予見する能力によって測定されます。封じ込めます。生まれる前にその結果を想定すること。
しかし、傲慢さが理性よりも優勢になると、最も古い神々でさえもこれを忘れてしまいます。
なぜなら、この世界では、あらゆる不注意には代償があるからです。
そして、遅かれ早かれ、あらゆる代償は血で支払われることになる。
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黄金の肌を伝う血は、まだ熱を帯びて湯気を立てていた。
ウィツィロポチトリの左腕はぶら下がり、無数の傷からは血が滴っている。
荒い呼吸は続かず、燃え上がる神殿の廃墟が、目の前の地獄を物語っていた。
──このままじゃ……
汗と血が混ざり合う顔で、彼は心の中で呟いた。
──俺は死ぬ……
その目前、影の中から現れたのは、見知った男の歪んだ笑みだった。
その目は、憎しみと怨念に満ちていた。何百年も引き絞られた矢のように、放たれる瞬間を待っていた。
「どうした? 舌でも噛んだか?」
嘲るように言い放つのは、実の兄──テスカトリポカだった。
「お前……どこまで堕ちるつもりだ、兄弟……」
ウィツィロポチトリの声は、痛みによってかすれていた。
「まさか、あいつらと手を組んで……俺たちを裏切るなんて」
「黙れッ!」
怒りに染まった目でテスカトリポカが吠える。
「俺には選択肢なんてなかった! 何度努力しても、太陽神の座は与えられなかった……!」
その声は、長年押し殺してきた怒りが噴き出したようだった。
「だが、もう終わりだ。今日は俺の戴冠の日だ。ズターツのすべてを支配する!」
「……バカめ」
歯を食いしばりながら、ウィツィロポチトリが低く唸る。
「お前が一番分かってるはずだ……その座は選ばれるものだ。儀式が決めるんだ」
「なら……全員、消してやる」
冷徹な声でテスカトリポカが言い放つ。
「一人ずつな」
その言葉に、ウィツィロポチトリは悲しみと怒りの混じった目を向ける。
だが、本当に警戒していたのは──その背後に立つ“存在”だった。
話さず、動かず、ただ“そこにある”というだけで、空気を押しつぶす圧力。
それは、明らかに“化け物”だった。
──あいつだ……
──本当の脅威は……あいつ……
天から、炎の蛇が咆哮と共に降り注いだ。
それはテスカトリポカを焼き尽くすかに思えたが、彼の持つ盾が黒い光を放ち、同じ勢いで跳ね返した。
炎は軌道を変え、柱と神殿をなぎ倒していく。
ウィツィロポチトリは紙一重で回避した。
「バカが」
テスカトリポカはせせら笑う。
「この反射の盾がある限り、俺に傷一つつけられん」
その盾には、逆さまの太陽の印が脈動していた。
その輝きは、見る者の意識を奪うほどに妖しく美しい。
「抵抗は無意味だ。太陽石をよこせ」
だが、ウィツィロポチトリは答えなかった。
彼の思考は、ぐるぐると渦を巻いていた。
──渡すわけにはいかない……
──どんな手を使ってでも……
*
そこから少し離れた廃墟の影に、一人のフードを被った男が立っていた。
そのマントが風に揺れ、一瞬だけその顔を覗かせる。
それは、囁きの中でしか知られていない存在──ブラックライツのリーダー、ヨーゲンだった。
彼の目は戦場を見据えていたが、その思考は過去へと遡っていた。
***
──回想──
「今なんて言いました、ボス?」
驚きを隠せない61番が声を上げる。
「来週、ズターツに向かう」
ヨーゲンの声は静かだが、揺るぎなかった。
「今こそ、動く時だ」
「は? 急すぎませんか?」
62番が割って入る。
「これ以上待てば、もう間に合わないかもしれない」
「十二家が……我らの神と何かを企んでいる。シュンも、王も、信用できない」
「……本当の目的は?」
別の声が問いかける。
「我らが主の真の力を解放すること」
「この世界を変えること」
「偽りの神々を倒し、“新世界の神”の予言を成就させること」
「……簡単にはいかないな」
腕を組んだまま、39番が呟く。
「覚悟は、あるのか?」
「ある」
ヨーゲンは即答した。
「今、失敗すれば……次はない」
その言葉に、沈黙が生まれた。
それは誓いだった。
「……ついて行きますよ、ヨーゲンさん」
60番が静かに言った。
「僕たちの夢は、あなたの手の中にある」
「ありがとう」
彼は小さく答える。
「でも、どうせ……安全な作戦じゃないんでしょ?」
と、39番が冗談めかして言う。
「いや」
「誰かは、死ぬ」
「──なら、それでいい」
39番が呟く。
「ここにいる全員が、あの神どもに人生を壊された。今こそ、痛みを返す番だ」
──回想終了──
*
現在──
ヨーゲンは、燃え上がるズターツの都を見下ろしていた。
──もう、裏切れない……
──一秒がすべてを変える……
──扉が開いた時、世界は──終わる
街は炎に包まれ、無数の死体が、操り人形のように吊るされていた。
その中心に、頬を染め、目を狂わせながら、ひとりの男が笑っていた。
パペット。
「ふふ……かわいいな……」
兵士の一人が、震える声で怒鳴る。
「おいっ! なにをしてやがる!!」
「これはね……芸術だよ」
パペットは、まるで恋人を語るようにささやく。
「黙れッ──!」
風を裂く音。
次の瞬間、兵士の頭が、完璧に二つに割れて転がった。
「文化を知らぬ馬鹿どもが……」
彼は手を払うと、彫刻でも完成させたかのように息を吐いた。
その時だった。
重く、威圧的な足音が響く。
古の神を思わせる、圧倒的な気配。
「やれやれ……久しぶりだな、操り王……パペット」
その声に、パペットの顔が凍りつく。
その体が、震えた。
「な、なんでお前が……シュン……!?」
シュンが、静かに歩み寄る。
その瞳には一切の揺らぎがない。
そして、その気配は──嵐の前触れのようだった。
ヨサの押し殺した叫びは混沌の中にかき消されたが、彼の顔は言葉以上に多くを語っていた。
彼の理解の限界を超える何かが目の前にあった。それは、若き訓練された精神ですら受け止めきれないほど、あまりにも残酷な現実だった。
その前方──アフロディタとケツァルコアトルが神の柱のように立ち塞がっていた。
彼らの足元には、ゼフの意識を失った体が横たわっていた。生きているのか、あるいはそれ以上か──判断すらできなかった。
「本当に見事ね」
アフロディタの声は平坦だったが、その瞳は怒りに燃えていた。
「仲間と共にここまで潜り込むとは…私たちが気づくまでにね」
知られざる存在──60番は、侮辱に近いほど落ち着いた様子で肩をすくめた。
「さすがだね。精鋭の戦士たち…でも、気づくのがもう少し遅いかと思ったよ」
「何が目的だ」
ケツァルコアトルが低く重い声で問うた。
「名声か? 恐怖か? それとも血塗られた見世物か?」
「どれも違う」
その声に一切の揺らぎはなかった。
「すでに目的は果たした。ただ、あとは時間の問題さ。偽りの支配者たちは、すぐに滅びる」
その瞬間、目には見えぬ雷鳴が戦場を揺るがした。
アフロディタとケツァルコアトルが同時に力を解放し、空間そのものを裂くような輝きが放たれる。
「──許さない!」
神々の審判が降り注ぐ。
その遠く離れた場所──ジュアナは、ズターツの生徒の無残な遺体から目を離すことができず、後退していた。
それは戦闘ではなかった。虐殺だった。
ヨサが前に出た。
直感が叫んでいた。
「危ない!」
鋭く飛び込んできた影──もう一人のフードの男、59番の奇襲を、ヨサは的確に逸らした。
「ほう……」
敵は歪んだ笑みを浮かべ、唇を舐めた。
「いいねぇ……君の味、楽しみだ」
その声は、恐怖を愉しむ獣そのものだった。
ヨサとジュアナは身構えた。これは、ただの戦いではない──
*
そのとき、戦場の反対側で、静かな音が響いた。
「ふぅん……」
もうひとつの声。今度は皮肉を帯びていた。
影のように現れたのは、タイレシアスだった。
彼は39番の背後に、まるで霧のように姿を現した。
──なっ…!?
──気配がなかった……風すら感じなかった……
39番の動揺は隠せなかった。
「君たちが撒いた混乱は……実に見事だよ」
タイレシアスは淡々と言う。
「いや、汚いと言うべきかな」
少し離れた場所で──シュウは立つことすらやっとで、全身傷だらけだった。
ローアは腹部を押さえ、血を指の間からこぼしながら、必死に呼吸していた。
39番がそちらを一瞥し、再びタイレシアスに視線を戻す。
「なぜ……なぜ俺を殺さなかった?」
それは、素直な問いだった。
「それは僕の流儀じゃない」
タイレシアスの声には驕りもなかった。
「それに……君は思っていたより“人間”だ。少なくとも、あの二人と比べれば」
視線の先には、パペットと59番がいた。
「何を言ってる……?」
「君の攻撃は、急所を外していた。殺す意志がなかった」
「幻想でも見てるんじゃないか?」
「かもしれないね。でも、だからこそ君には……“人間らしい死”をあげよう」
その瞬間、タイレシアスの姿がかき消えるように消えた。
*
ドームの中──
沈黙が、すべてを包んでいた。
ヨウヘイは歩を進めながら、緊張を隠しきれなかった。
思考が頭の中で渦を巻いていた。
──おかしい……ここ数分、誰にも遭遇していない
──撃破通知も止まった……もっと減っているはずだろ……
──何が起きてる……?
隣を歩くエデンに目をやる。
トーナメント開始から、彼は一言も発していなかった。
──もう死んでるのか? それとも寝てるのか?
──頼むよ……あの計画、全部こいつにかかってるってのに……
苛立ちに奥歯を噛み締めたその時──
森が裂けるように開き、巨大な空き地が出現する。
そこには──タカハシとジパクナが立っていた。
「迷子になったかと思ったぜ」
ジパクナが笑う。
──ジパクナ……
ヨウヘイの全神経が、瞬時に臨戦態勢へと移行する。
その瞬間、タカハシがエデンの顔のすぐ前に現れた。
まるで瞬間移動のように。
「遊びの時間だ。準備はいいかい? ……おい?」
エデンは応えなかった。
その瞳は虚ろで、まるで魂が抜けたかのようだった。
「……がっかりだな」
タカハシが呟く。
──完全に壊れてる……
──このままじゃ何もできないな……
冷酷にタカハシが拳を突き出し、エデンの腹部に直撃。
彼の体は遥か彼方の山に吹き飛び、衝突の衝撃で地面が震えた。
「もっと楽しませてくれると思ったのに、エデン・ヨミ」
タカハシは背を向ける。
「残りは頼む、ジパクナ」
「……ああ」
ヨウヘイに目を向ける。
「そっちは任せろ」
ヨウヘイは拳を握った。怒りと無力感が交錯する。
──まさか、本当に何もしないのか、あいつ……
──勝っても、あの狂人は残る……他の戦況も見えない……
──くそ……なんであんな馬鹿げた作戦に乗ったんだよ……
「……ったく」
苦笑しながら、力が溢れ出す。
電流が肌を走り、瞳が輝き始める。
「ふざけんなよ……」
ジパクナが目を見開く。
「二戦しておいて、その力……バケモノかよ……!」
──まだ使いたくなかったけど……仕方ない
髪が逆立ち、瞳が光り輝く。瞳孔は消え、黄金の閃光のみが残る。
ヨウヘイの姿が、一瞬で視界から消えた。
ジパクナは辛うじて反応するも──
凄まじい衝撃に吹き飛ばされ、木々を次々に砕きながら遥か遠くへと弾かれる。
──くっ……
──何が起きた……?
空を見上げた時には、雷が形成されていた。
「バンッ!!」
ヨウヘイの叫びと共に、稲妻が一斉に落下した。
爆発が森林を焼き尽くし、大地には巨大なクレーターが出現する。
煙の中から姿を現したジパクナの鎧はボロボロで、唇から血が流れていた。
「……すげぇな」
荒い息を吐きながら微笑む。
「想像以上だよ、ヨウヘイ……」
「ゴールドクラスの中でも、別格だな。だが、楽しむのはお前だけじゃないぜ……」
その体から熱が立ち上り、空気が歪み始める。
草木は焼け焦げ、地面がひび割れる。
「俺も……燃えてきた」
互いを睨み合う二人──
巨神同士の激突は、もう避けられない。
*
少し離れた瓦礫の中──
エデンの目がゆっくりと開かれる。
腕には石が突き刺さり、血と混乱、そして激痛が彼を包んでいた。
──ここは……?
──何が……?
戦いは、まだ始まったばかりだった。