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第83章: 灰と魂

火が暖かさを与えないこともあります。


ただ消費するだけです。


痛みで跡が残る…


しかし、本当の傷は決断そのものなのです。


すべてが燃えているときに留まることを選択する。


敗北が決まっているときに戦う。


あるいは単に…逃げないこと。


なぜなら、灰の中にも何かが息づいているからです。


時々悲鳴が上がる。


時には希望も。


その他…お別れです。


そして混沌の中で魂が交差するとき、


質問する時間はありません。


最初に何を燃やすかを選択するだけです:


体が…


あるいは信仰。


————————————————————————————————————————————————————————————————


何かがおかしかった。




シュウは、ここ数分ずっと胸に重くのしかかる圧を感じていた。


それは地面からではなく、空気そのものから響いてくる振動だった。




──何かが、来る。


本来ここにあるはずのない“何か”が──




「……この感覚、なんなんだ……?」


シュウは目を細め、思考を巡らせる。


「何かがおかしい。でも、それが何なのか……」




「どうしたの?」


ロワが声をかける。シュウの表情の変化に気づいたのだ。


「顔色が悪いわよ」




「妙だと思わないか?」




「何が?」




「エデンとヨウヘイは、もうとっくに誰かと接触してるはずだ。


なのに、何の連絡もない。


あの戦いは、とっくに終わってる頃だろ」




ロワは肩をすくめた。




「もしかして……寝ちゃったんじゃない?」




シュウは疲れたように、短く笑った。




「……くだらねぇ結論だな」




それでも続けた。




「ありがとな」




不意の素直な一言に、ロワは一瞬眉をひそめた。




「どういたしまして」




深く息を吸い──




「今は、私たちのやるべきことに集中しよう。あの二人はきっと大丈夫」




「……そうだな」







その時だった。




足音が響いた。




重く、規則的で、まるで森そのものが退いたかのような圧力。




「ロワ!」


シュウが叫ぶ。




「うん」




二人は即座に構えを取る。


気配が高まっていく。




木々の隙間から現れたのは、整った黒のスーツに身を包んだ屈強な男。


読書用の眼鏡をかけ、穏やかな表情を浮かべていた。




「おやおや……少し迷ってしまったようですね」




シュウは眉をひそめる。




(誰だ……こいつは?)


(気配がまったく……感じられない……)




「すみませんが……“エデン”という少年をご存知ありませんか?」




ロワがじっと見つめ返す。




「エデン? ……知らないわ。聞いたこともない」




「それは残念ですね」


男はにこやかに言った。


「できれば、早く会いたかったのですが」




──その時、シュウは気づいた。




男の首元。そこに刻まれた、黒い星のタトゥー。




表情が一変する。




「ロワ……こいつ……」




「……うん。間違いない。あの連中の一人よ」




シュウはうなずく。




「逃がすわけにはいかない」




「もちろん」







一瞬で二人は気を放出した。


ロワが先に動く。まっすぐに男の顔面へ拳を叩き込む。




衝撃波で背後の木々がたわむ。




──しかし、男は一歩も動かなかった。




「少々、礼儀がないですね……お嬢さん」




ロワは後退する。動揺を隠せない。




「……嘘でしょ……?」




男は信じられない握力で彼女の腕を掴み、そのまま地面へと叩きつけた。




骨の砕ける音。続く吐血。




直後に振り下ろされた拳は、地面ごと割った。




ロワはなんとか転がってかわし、シュウのもとへ戻る。




「大丈夫か?」




「……あの一撃で、肋骨が二本はいってるわ……」


「この男、本当に厄介ね……」







シュウは唾を飲み込んだ。




「……何か隠してる。明らかに、普通じゃない」




「どうしたの?」




「……弱点が、見えないんだ」




ロワは痛みに耐えながらも笑った。




「おいおい……マジかよ、それ……」




シュウは沈黙し、分析を続ける。




(どうすれば……)




ロワは空を見上げ、呟いた。




「……結局、私たちっていつもこうよね……」




「……え?」




「アイツといると、毎回こうなるの。


命懸けで、ギリギリで……


でも、嫌いじゃないわ。ちょっとだけ面白いって思っちゃう」




「どうするつもりだ?」




「決まってるでしょ。あなたと同じよ」


「止めるの。なんとしてでも」




「アイツらがエデンに何を求めてるかは知らないけど、


ロクなことじゃないのは確か。


ここで通せば──終わりよ」




シュウは静かに目を伏せ、頷いた。




「……ああ。やるしかないな」




その瞬間、彼の瞳が変わった。




黄金の光が走る。


オーラが震える。


何かが覚醒した。




敵はすぐにそれを察知する。







二人は同時に飛びかかる。


全力で──




シュウは連撃を放つ。


蹴り、拳、光の波動。




ロワは隙を狙い、ぴたりと背後につく。




だが、男はすべてを見切っていた。


まるで舞うように、優雅に。




そして──ロワの拳を捕らえる。




骨が砕ける音。




次の瞬間、空中へと投げ飛ばされ、


蹴り飛ばされた身体が、シュウへとぶつかる。




二人は枝と土煙の中へと落ちていった。




なんとか身を起こしたシュウは、血を流すロワを見た。




「……クソ……一発も通らない……」




「このままじゃ……死ぬ」




敵は静かに歩み寄る。




「さあ……話す気になったか?」




シュウは目を伏せる。




「……俺は……」




「いいえ……」


ロワの声がかすかに届く。




「……私たちは、何も知らないわ……」




「そうか」


男の声が冷たく落ちる。




「ならば、ここで死んでもらおう」




「ロワ……耐えてくれ……」




「もちろん……」







シュウの体が光に包まれる。




黄金の輝き。


それはただのエネルギーではなかった。




ずっとくすぶっていた──




消えかけた炎が、


いま──




燃え上がろうとしていた。




何が怖かったのだろうか。




シュウの呼吸は荒く、体は震えていた。


それは痛みのせいではない。


それは、むしろ──


真実のせいだった。




(……本気で、俺を助けるために告白するつもりだったのか?)




口の中に広がる鉄の味。


それは血の味か、それとも──後悔の味か。




(……俺は、本当に最低だ……)




叫び声。


壁に飛び散った血。


決して消えない記憶。







死ぬこと。




それは、いつだって怖かった。


今だけじゃない。


あの時も、同じだった。




──エデンの顔が闇に包まれていた。




あの悪魔のようなオーラ、暴走した力。


もう何も逃げないという覚悟を宿した、あの瞳。







ノークの廃墟。




あの時、選べなかった判断。


救えなかった命。







そして最後に──アテナ。




あの、軽蔑に満ちた瞳。




まるで、自分のすべてが「間違い」だったかのような目。




(あの時……生き残ったのは俺じゃなかった)


(あいつが、生きるべきだった)




(ずっと、そう思ってた)




でも、今は……わからない。




(エデン……お前は、こんな気持ちになったことあるか?)


(過去を振り返って……逃げたくなったこと、あるか?)




……わからない。




いや、きっと……俺には、一生わからないんだろう。







ただ、一つだけ──確かなものがある。




(……一度でいい)


(たった一度だけでいい)




(戦いたい)




(命を懸けてでも)




(自分の道を──この手で切り開くために)







その時、誰かの手が肩に置かれた。




あたたかい。


懐かしい。


安心する──


けれど、今は──いらなかった。




シュウの目に、炎が宿る。




「今は……邪魔しないでくれ」







エネルギーが噴き出す。




全身が引き締まり、筋肉は異常なほどに明確になる。


髪は鋭く尖り、野性味を増してゆく。




次の瞬間──




シュウの姿は地から消えた。







現れたのは、敵の目の前。




拳は一直線。


迷いのない、一撃。




それは大気を圧縮し、


森を真っ二つに割る風の波動を生んだ。




「……ほぅ、面白い」




敵は驚いたように呟く。




反撃の構え。だが、シュウはそれを見切っていた。


回避。そして反撃。




肋骨へ、的確な一撃。




──敵が、下がった。




その横腹に、暗い痣が浮かぶ。


彼はそれを見て、ニヤリと笑った。







シュウは止まらなかった。




拳。蹴り。回転。跳躍。




そのすべてが、敵を後退させる。


後退、さらに後退──







(そろそろ……始めるか)




男がそう思った瞬間、


世界が止まったように感じた。




そして──たった一本の指。




冷たく。正確に。致命的に。







──胸を貫かれた。




苦痛がすべてを塗りつぶす。




血を吐く。


命が、体から流れ出していくのを感じた。




「……もう、十分楽しませてもらったよ」


敵が低く呟く。




「……くっ、くそが……」




「残念だけど……」




その時──敵が止まった。




目を見開く。




「……嘘だろ」




──首筋に、刻まれた紋章。







映像が、頭を支配する。




──研究所。


──血。


──カプセル。


──泣き叫ぶ子供たち。







(今だ──!)




残った力をすべて込めて、


シュウは体をひねり、上段蹴りを放つ。




それは、敵の首に炸裂した。




男の体は吹き飛び、


木に叩きつけられる。




──眼鏡が砕ける音。







「……こんな奴が、ここにいるなんて……」


「クソっ、どうすりゃいいんだ……」




敵は立ち上がりながら、顔をしかめる。







一方で、シュウの体は限界だった。




視界が揺れる。


胸から滴る血は、止まる気配を見せなかった。




横を見る。




ロワが倒れている。


呼吸すら、かすかにしか感じられない。




(運ばないと……このままじゃ、死ぬ……)


(……俺が……)







──だが、遅かった。




背後に──敵がいた。




早すぎた。


静かすぎた。




反応など、できなかった。




手が、背中を貫いた。


腹から飛び出した指先。




──血が、雨のように降った。




そして──


世界は、さらに暗くなる。







倒れた。




膝が地をつき、


額が落ち、


体全体が──沈黙した。




傷だらけで、力尽きた体。




──もう、何も残っていなかった。




「終わりだ」




男は呟き、血を拭う。




そして──森に、


重く、深い──




沈黙が、戻った。




「……すまない」




その声には、不思議なほどに哀しみと決意が混ざっていた。


ベスティアは静かに手の中の本を閉じた。




森を包む沈黙。




「行く時だな」


そう呟いて背を向けた──




だが、何かがその足を止めた。




背後から──


シュウが立ち上がった。




震えながら。


ボロボロになりながら。


それでも、その顔には──笑みがあった。




「なぁ……」


血を拭いながら、かすれた声で呟く。


「もう遊ぶのはやめてくれないか?」




ベスティアは少しだけ振り返った。困惑したように。




「何のことだ?」




「どうせ死ぬってんならよ……」


シュウの声は低く、しかし確かに響いた。


「全力で来い。手加減なんか、すんなよ、クソ野郎」







空気が変わった。




ベスティアは溜息をつき──初めて、顔から笑みが消えた。




「後悔するなよ……」







彼の腕が変化を始めた。




指は鋭く尖り、ハサミのような形に。


そして脇腹から──黒く巨大な昆虫の脚が現れる。







場面は一変する。




静寂。


炎。


漂う灰。




地に伏すシュウ。


ベスティアは、その姿を悲しげに見下ろしていた。


──その表情は、彼のものではないようだった。




「君には……こんな結末、似合わなかった」


「君も……他の者たちも……」







「やれやれ、面白い奴がいたもんだな」




不意に、別の声が響いた。




ベスティアが振り返る。


そこにいたのは──タイレシアス。




立っていた。笑っていた。


まるでさっきまで地獄を越えていなかったかのように。




ベスティアは一歩後退する。困惑。




「どうして……?今まで、気配が……」




「お前ら──」


タイレシアスはシュウとロワに視線を移す。


「随分と賑やかにしてくれたな」







「……なぜ殺さなかった?」




ベスティアの問いは直球だった。




タイレシアスは片眉を上げた。




「好みじゃないんだよ。


それに……お前、思ったより人間らしいな」




──パペットと“59番”の記憶が、ふと交差する。




「どういう意味だ?」




「見えたんだよ。……お前、急所を一度も狙っていない。


殺そうとしてない」




ベスティアは沈黙した。




「何のことか、わからない」




「……かもな」


タイレシアスの瞳が光る。


「だが、せめて……お前には“人として”の死をくれてやる」




「だから、すぐに終わらせる」







タイレシアスが一瞬で姿を消す。


ベスティアの顔面に、正確な一撃。




「こいつ……ジジイのくせに、何でこんな力が……!」







閃光。


白い。まぶしすぎる。




視界を失ったベスティアは、呻く。




「……くそっ、どこに……?」







だが、タイレシアスは逃げなかった。


彼はシュウとロワの脈を確かめ、傷を調べる。




「まだ間に合う……でも、時間はないな」







ベスティアの視界が戻った時、


彼は背を向けていた。




負傷者たちを守るように。




「何を企んでる……殺せたろうが!」




「心配ありがとうよ」


タイレシアスは穏やかに言った。


「だが──とっくに“遊び”は終わった」







ベスティアは眉をひそめる。




「……は?」




次の瞬間、地面に気づく。




赤く光る小型装置たち──




「……さよならだ」







大爆発。




森が震え、木々が爆風で曲がり、燃え落ちてゆく。


タイレシアスは防御壁を展開し、


その中でシュウとロワを守っていた。




「簡単には終わらせてくれないか……


だが、驚かされたのはこっちだよ」







炎の中から──姿が現れる。




体は硬質な樹皮に覆われ、


両脇に三本ずつ、鋭い腕。


巨大なハサミ。


背中には、湾曲した毒針。




ベスティア──真の姿。




「……今のお前の姿を見れないのが残念だな」


タイレシアスは汗を流しながら呟いた。


「だが、きっと“とびきり恐ろしい顔”なんだろうな」







「老人にしては、やるな」


ベスティアは笑う。


「もう一秒遅れてたら、粉々だったぜ」




「名を聞いても?」


タイレシアスが問う。




「ベスティア。お前は?」




「タイレシアスだ」


「墓に名を刻むのに必要だからな」







二人は笑った。だが、笑みに張り詰めた緊張が漂う。




──互いに認めつつも、


その分だけ、危険も増す。







その時──遠方から爆発的なエネルギーが響いた。




タイレシアスが振り向く。




「この力……?」







ヨサの新形態。


大地を震わせる咆哮。




「まさか……」


彼の声が震える。







しかし、考える暇などなかった。




ベスティアが迫る──


「他を見てる余裕なんてねぇだろ、ジジイ!」




タイレシアスは辛うじて防ぐ。


だが、腕に麻痺のような痛みが走る。




「……耐えてくれ、ヨサ。あと少しで……」







ベスティアの連撃。


地面が割れ、衝撃が大地にヒビを走らせる。




だが──


見えない糸が、ぴんと張られた。




それにベスティアが触れた瞬間、




地面から棘が伸びて──


彼の体を貫いた。




血が噴き出す。




「……いつの間に……?」




「本当に──予測できない奴だな、タイレシアス……だが」







棘が粉々に砕けた。




ベスティアは──力で破壊した。







「……やはり、怪物を倒すには──自らも怪物になるしかないか」




「何をブツブツ言ってる、ジジイ?」




「お前が知る必要はない」


「終わらせよう」







タイレシアスが力を解放。




肉体が異様なまでに肥大化し、


筋肉が盛り上がり、


両目は金色に輝く。







ベスティアが一歩退く。




「……マジかよ」




タイレシアスは言葉を返さず、


ただ、その目で睨んでいた。







「お前、思った以上に厄介だな」


ベスティアは神経質に笑った。




「……決着、つけるか?」




「……ああ」







だが、最終衝突の直前──




さらに巨大な爆発が起きた。




さらに広大で、圧倒的なもの。







全員が動きを止めた。


ベスティアでさえも。




「……ウソだろ?」







ウィロックが現れた。




「……どうやら、遅かったみたいだな」







“59番”は、地平を見て微笑む。




ただ一人の男。


絶大な力を持つ存在。




──エデン。







「……残念だな」


ベスティアは呟いた。


「この勝負は……また今度だな、タイレシアス」







その瞬間、三人は消えた。




ウィロック。


ベスティア。


そして、“59番”。







焦土と化した森に残されたのは──




荒く息を吐くタイレシアス。




「……いったい、何が起きているんだ……?」







遥か彼方で、二つの影が激突する。




シュン──


そして、ヨゲン。







「今日、何が起きるかで……」


「この世界の未来は決まる」


「もう、後戻りはできない」







「──終わらせるんだ。今ここで」

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