火が暖かさを与えないこともあります。
ただ消費するだけです。
痛みで跡が残る…
しかし、本当の傷は決断そのものなのです。
すべてが燃えているときに留まることを選択する。
敗北が決まっているときに戦う。
あるいは単に…逃げないこと。
なぜなら、灰の中にも何かが息づいているからです。
時々悲鳴が上がる。
時には希望も。
その他…お別れです。
そして混沌の中で魂が交差するとき、
質問する時間はありません。
最初に何を燃やすかを選択するだけです:
体が…
あるいは信仰。
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何かがおかしかった。
シュウは、ここ数分ずっと胸に重くのしかかる圧を感じていた。
それは地面からではなく、空気そのものから響いてくる振動だった。
──何かが、来る。
本来ここにあるはずのない“何か”が──
「……この感覚、なんなんだ……?」
シュウは目を細め、思考を巡らせる。
「何かがおかしい。でも、それが何なのか……」
「どうしたの?」
ロワが声をかける。シュウの表情の変化に気づいたのだ。
「顔色が悪いわよ」
「妙だと思わないか?」
「何が?」
「エデンとヨウヘイは、もうとっくに誰かと接触してるはずだ。
なのに、何の連絡もない。
あの戦いは、とっくに終わってる頃だろ」
ロワは肩をすくめた。
「もしかして……寝ちゃったんじゃない?」
シュウは疲れたように、短く笑った。
「……くだらねぇ結論だな」
それでも続けた。
「ありがとな」
不意の素直な一言に、ロワは一瞬眉をひそめた。
「どういたしまして」
深く息を吸い──
「今は、私たちのやるべきことに集中しよう。あの二人はきっと大丈夫」
「……そうだな」
•
その時だった。
足音が響いた。
重く、規則的で、まるで森そのものが退いたかのような圧力。
「ロワ!」
シュウが叫ぶ。
「うん」
二人は即座に構えを取る。
気配が高まっていく。
木々の隙間から現れたのは、整った黒のスーツに身を包んだ屈強な男。
読書用の眼鏡をかけ、穏やかな表情を浮かべていた。
「おやおや……少し迷ってしまったようですね」
シュウは眉をひそめる。
(誰だ……こいつは?)
(気配がまったく……感じられない……)
「すみませんが……“エデン”という少年をご存知ありませんか?」
ロワがじっと見つめ返す。
「エデン? ……知らないわ。聞いたこともない」
「それは残念ですね」
男はにこやかに言った。
「できれば、早く会いたかったのですが」
──その時、シュウは気づいた。
男の首元。そこに刻まれた、黒い星のタトゥー。
表情が一変する。
「ロワ……こいつ……」
「……うん。間違いない。あの連中の一人よ」
シュウはうなずく。
「逃がすわけにはいかない」
「もちろん」
•
一瞬で二人は気を放出した。
ロワが先に動く。まっすぐに男の顔面へ拳を叩き込む。
衝撃波で背後の木々がたわむ。
──しかし、男は一歩も動かなかった。
「少々、礼儀がないですね……お嬢さん」
ロワは後退する。動揺を隠せない。
「……嘘でしょ……?」
男は信じられない握力で彼女の腕を掴み、そのまま地面へと叩きつけた。
骨の砕ける音。続く吐血。
直後に振り下ろされた拳は、地面ごと割った。
ロワはなんとか転がってかわし、シュウのもとへ戻る。
「大丈夫か?」
「……あの一撃で、肋骨が二本はいってるわ……」
「この男、本当に厄介ね……」
•
シュウは唾を飲み込んだ。
「……何か隠してる。明らかに、普通じゃない」
「どうしたの?」
「……弱点が、見えないんだ」
ロワは痛みに耐えながらも笑った。
「おいおい……マジかよ、それ……」
シュウは沈黙し、分析を続ける。
(どうすれば……)
ロワは空を見上げ、呟いた。
「……結局、私たちっていつもこうよね……」
「……え?」
「アイツといると、毎回こうなるの。
命懸けで、ギリギリで……
でも、嫌いじゃないわ。ちょっとだけ面白いって思っちゃう」
「どうするつもりだ?」
「決まってるでしょ。あなたと同じよ」
「止めるの。なんとしてでも」
「アイツらがエデンに何を求めてるかは知らないけど、
ロクなことじゃないのは確か。
ここで通せば──終わりよ」
シュウは静かに目を伏せ、頷いた。
「……ああ。やるしかないな」
その瞬間、彼の瞳が変わった。
黄金の光が走る。
オーラが震える。
何かが覚醒した。
敵はすぐにそれを察知する。
•
二人は同時に飛びかかる。
全力で──
シュウは連撃を放つ。
蹴り、拳、光の波動。
ロワは隙を狙い、ぴたりと背後につく。
だが、男はすべてを見切っていた。
まるで舞うように、優雅に。
そして──ロワの拳を捕らえる。
骨が砕ける音。
次の瞬間、空中へと投げ飛ばされ、
蹴り飛ばされた身体が、シュウへとぶつかる。
二人は枝と土煙の中へと落ちていった。
なんとか身を起こしたシュウは、血を流すロワを見た。
「……クソ……一発も通らない……」
「このままじゃ……死ぬ」
敵は静かに歩み寄る。
「さあ……話す気になったか?」
シュウは目を伏せる。
「……俺は……」
「いいえ……」
ロワの声がかすかに届く。
「……私たちは、何も知らないわ……」
「そうか」
男の声が冷たく落ちる。
「ならば、ここで死んでもらおう」
「ロワ……耐えてくれ……」
「もちろん……」
•
シュウの体が光に包まれる。
黄金の輝き。
それはただのエネルギーではなかった。
ずっとくすぶっていた──
消えかけた炎が、
いま──
燃え上がろうとしていた。
何が怖かったのだろうか。
シュウの呼吸は荒く、体は震えていた。
それは痛みのせいではない。
それは、むしろ──
真実のせいだった。
(……本気で、俺を助けるために告白するつもりだったのか?)
口の中に広がる鉄の味。
それは血の味か、それとも──後悔の味か。
(……俺は、本当に最低だ……)
叫び声。
壁に飛び散った血。
決して消えない記憶。
•
死ぬこと。
それは、いつだって怖かった。
今だけじゃない。
あの時も、同じだった。
──エデンの顔が闇に包まれていた。
あの悪魔のようなオーラ、暴走した力。
もう何も逃げないという覚悟を宿した、あの瞳。
•
ノークの廃墟。
あの時、選べなかった判断。
救えなかった命。
•
そして最後に──アテナ。
あの、軽蔑に満ちた瞳。
まるで、自分のすべてが「間違い」だったかのような目。
(あの時……生き残ったのは俺じゃなかった)
(あいつが、生きるべきだった)
(ずっと、そう思ってた)
でも、今は……わからない。
(エデン……お前は、こんな気持ちになったことあるか?)
(過去を振り返って……逃げたくなったこと、あるか?)
……わからない。
いや、きっと……俺には、一生わからないんだろう。
•
ただ、一つだけ──確かなものがある。
(……一度でいい)
(たった一度だけでいい)
(戦いたい)
(命を懸けてでも)
(自分の道を──この手で切り開くために)
•
その時、誰かの手が肩に置かれた。
あたたかい。
懐かしい。
安心する──
けれど、今は──いらなかった。
シュウの目に、炎が宿る。
「今は……邪魔しないでくれ」
•
エネルギーが噴き出す。
全身が引き締まり、筋肉は異常なほどに明確になる。
髪は鋭く尖り、野性味を増してゆく。
次の瞬間──
シュウの姿は地から消えた。
•
現れたのは、敵の目の前。
拳は一直線。
迷いのない、一撃。
それは大気を圧縮し、
森を真っ二つに割る風の波動を生んだ。
「……ほぅ、面白い」
敵は驚いたように呟く。
反撃の構え。だが、シュウはそれを見切っていた。
回避。そして反撃。
肋骨へ、的確な一撃。
──敵が、下がった。
その横腹に、暗い痣が浮かぶ。
彼はそれを見て、ニヤリと笑った。
•
シュウは止まらなかった。
拳。蹴り。回転。跳躍。
そのすべてが、敵を後退させる。
後退、さらに後退──
•
(そろそろ……始めるか)
男がそう思った瞬間、
世界が止まったように感じた。
そして──たった一本の指。
冷たく。正確に。致命的に。
•
──胸を貫かれた。
苦痛がすべてを塗りつぶす。
血を吐く。
命が、体から流れ出していくのを感じた。
「……もう、十分楽しませてもらったよ」
敵が低く呟く。
「……くっ、くそが……」
「残念だけど……」
その時──敵が止まった。
目を見開く。
「……嘘だろ」
──首筋に、刻まれた紋章。
•
映像が、頭を支配する。
──研究所。
──血。
──カプセル。
──泣き叫ぶ子供たち。
•
(今だ──!)
残った力をすべて込めて、
シュウは体をひねり、上段蹴りを放つ。
それは、敵の首に炸裂した。
男の体は吹き飛び、
木に叩きつけられる。
──眼鏡が砕ける音。
•
「……こんな奴が、ここにいるなんて……」
「クソっ、どうすりゃいいんだ……」
敵は立ち上がりながら、顔をしかめる。
•
一方で、シュウの体は限界だった。
視界が揺れる。
胸から滴る血は、止まる気配を見せなかった。
横を見る。
ロワが倒れている。
呼吸すら、かすかにしか感じられない。
(運ばないと……このままじゃ、死ぬ……)
(……俺が……)
•
──だが、遅かった。
背後に──敵がいた。
早すぎた。
静かすぎた。
反応など、できなかった。
手が、背中を貫いた。
腹から飛び出した指先。
──血が、雨のように降った。
そして──
世界は、さらに暗くなる。
•
倒れた。
膝が地をつき、
額が落ち、
体全体が──沈黙した。
傷だらけで、力尽きた体。
──もう、何も残っていなかった。
「終わりだ」
男は呟き、血を拭う。
そして──森に、
重く、深い──
沈黙が、戻った。
「……すまない」
その声には、不思議なほどに哀しみと決意が混ざっていた。
ベスティアは静かに手の中の本を閉じた。
森を包む沈黙。
「行く時だな」
そう呟いて背を向けた──
だが、何かがその足を止めた。
背後から──
シュウが立ち上がった。
震えながら。
ボロボロになりながら。
それでも、その顔には──笑みがあった。
「なぁ……」
血を拭いながら、かすれた声で呟く。
「もう遊ぶのはやめてくれないか?」
ベスティアは少しだけ振り返った。困惑したように。
「何のことだ?」
「どうせ死ぬってんならよ……」
シュウの声は低く、しかし確かに響いた。
「全力で来い。手加減なんか、すんなよ、クソ野郎」
•
空気が変わった。
ベスティアは溜息をつき──初めて、顔から笑みが消えた。
「後悔するなよ……」
•
彼の腕が変化を始めた。
指は鋭く尖り、ハサミのような形に。
そして脇腹から──黒く巨大な昆虫の脚が現れる。
•
場面は一変する。
静寂。
炎。
漂う灰。
地に伏すシュウ。
ベスティアは、その姿を悲しげに見下ろしていた。
──その表情は、彼のものではないようだった。
「君には……こんな結末、似合わなかった」
「君も……他の者たちも……」
•
「やれやれ、面白い奴がいたもんだな」
不意に、別の声が響いた。
ベスティアが振り返る。
そこにいたのは──タイレシアス。
立っていた。笑っていた。
まるでさっきまで地獄を越えていなかったかのように。
ベスティアは一歩後退する。困惑。
「どうして……?今まで、気配が……」
「お前ら──」
タイレシアスはシュウとロワに視線を移す。
「随分と賑やかにしてくれたな」
•
「……なぜ殺さなかった?」
ベスティアの問いは直球だった。
タイレシアスは片眉を上げた。
「好みじゃないんだよ。
それに……お前、思ったより人間らしいな」
──パペットと“59番”の記憶が、ふと交差する。
「どういう意味だ?」
「見えたんだよ。……お前、急所を一度も狙っていない。
殺そうとしてない」
ベスティアは沈黙した。
「何のことか、わからない」
「……かもな」
タイレシアスの瞳が光る。
「だが、せめて……お前には“人として”の死をくれてやる」
「だから、すぐに終わらせる」
•
タイレシアスが一瞬で姿を消す。
ベスティアの顔面に、正確な一撃。
「こいつ……ジジイのくせに、何でこんな力が……!」
•
閃光。
白い。まぶしすぎる。
視界を失ったベスティアは、呻く。
「……くそっ、どこに……?」
•
だが、タイレシアスは逃げなかった。
彼はシュウとロワの脈を確かめ、傷を調べる。
「まだ間に合う……でも、時間はないな」
•
ベスティアの視界が戻った時、
彼は背を向けていた。
負傷者たちを守るように。
「何を企んでる……殺せたろうが!」
「心配ありがとうよ」
タイレシアスは穏やかに言った。
「だが──とっくに“遊び”は終わった」
•
ベスティアは眉をひそめる。
「……は?」
次の瞬間、地面に気づく。
赤く光る小型装置たち──
「……さよならだ」
•
大爆発。
森が震え、木々が爆風で曲がり、燃え落ちてゆく。
タイレシアスは防御壁を展開し、
その中でシュウとロワを守っていた。
「簡単には終わらせてくれないか……
だが、驚かされたのはこっちだよ」
•
炎の中から──姿が現れる。
体は硬質な樹皮に覆われ、
両脇に三本ずつ、鋭い腕。
巨大なハサミ。
背中には、湾曲した毒針。
ベスティア──真の姿。
「……今のお前の姿を見れないのが残念だな」
タイレシアスは汗を流しながら呟いた。
「だが、きっと“とびきり恐ろしい顔”なんだろうな」
•
「老人にしては、やるな」
ベスティアは笑う。
「もう一秒遅れてたら、粉々だったぜ」
「名を聞いても?」
タイレシアスが問う。
「ベスティア。お前は?」
「タイレシアスだ」
「墓に名を刻むのに必要だからな」
•
二人は笑った。だが、笑みに張り詰めた緊張が漂う。
──互いに認めつつも、
その分だけ、危険も増す。
•
その時──遠方から爆発的なエネルギーが響いた。
タイレシアスが振り向く。
「この力……?」
•
ヨサの新形態。
大地を震わせる咆哮。
「まさか……」
彼の声が震える。
•
しかし、考える暇などなかった。
ベスティアが迫る──
「他を見てる余裕なんてねぇだろ、ジジイ!」
タイレシアスは辛うじて防ぐ。
だが、腕に麻痺のような痛みが走る。
「……耐えてくれ、ヨサ。あと少しで……」
•
ベスティアの連撃。
地面が割れ、衝撃が大地にヒビを走らせる。
だが──
見えない糸が、ぴんと張られた。
それにベスティアが触れた瞬間、
地面から棘が伸びて──
彼の体を貫いた。
血が噴き出す。
「……いつの間に……?」
「本当に──予測できない奴だな、タイレシアス……だが」
•
棘が粉々に砕けた。
ベスティアは──力で破壊した。
•
「……やはり、怪物を倒すには──自らも怪物になるしかないか」
「何をブツブツ言ってる、ジジイ?」
「お前が知る必要はない」
「終わらせよう」
•
タイレシアスが力を解放。
肉体が異様なまでに肥大化し、
筋肉が盛り上がり、
両目は金色に輝く。
•
ベスティアが一歩退く。
「……マジかよ」
タイレシアスは言葉を返さず、
ただ、その目で睨んでいた。
•
「お前、思った以上に厄介だな」
ベスティアは神経質に笑った。
「……決着、つけるか?」
「……ああ」
•
だが、最終衝突の直前──
さらに巨大な爆発が起きた。
さらに広大で、圧倒的なもの。
•
全員が動きを止めた。
ベスティアでさえも。
「……ウソだろ?」
•
ウィロックが現れた。
「……どうやら、遅かったみたいだな」
•
“59番”は、地平を見て微笑む。
ただ一人の男。
絶大な力を持つ存在。
──エデン。
•
「……残念だな」
ベスティアは呟いた。
「この勝負は……また今度だな、タイレシアス」
•
その瞬間、三人は消えた。
ウィロック。
ベスティア。
そして、“59番”。
•
焦土と化した森に残されたのは──
荒く息を吐くタイレシアス。
「……いったい、何が起きているんだ……?」
•
遥か彼方で、二つの影が激突する。
シュン──
そして、ヨゲン。
•
「今日、何が起きるかで……」
「この世界の未来は決まる」
「もう、後戻りはできない」
•
「──終わらせるんだ。今ここで」