すべての叫び声が大きな声で上げられるわけではない。
廃墟の中のささやきのように、這い進むものもいる。
歴史はかき消された声で作られる。
煙の中で忘れ去られた約束。
形になる前に破れた夢。
しかし、崩壊の真っ只中にあっても、
彼らは聞き続けます。
彼らは思い出し続けます。
そしてその思い出は…
かすかな過去の残響…
無視されると炎上します。
恐ろしいのは破壊ではないからです。
それは、私たちがかつてそうであったことすべて、
私たちが愛するものすべて、
消える…
私たちの最後のささやきを誰にも聞かれずに。
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かつて世界最強の都市のひとつと謳われた都──テンノチティトラン。
その街は、今や炎に飲まれ、瓦礫と灰に変わり果てていた。
空を覆う黒煙は、神なき世界の象徴のように天を塞いでいた。
その焼け跡の中に、二つの影が立っていた。
正面から──向き合う二人。
沈黙。緊張。押し殺された死の気配。
パペットはシュンを見つめていた。
その顔には、いつもの嘲笑ではなく、
明らかな「不安」の色が浮かんでいた。
(なんで……こいつがここに?)
眉をひそめ、辺りを警戒する。
(まさか予知して来たってのか? いや、それは無理だ……
いくら頭が切れても、場所も時間も正確に割り出せるわけがない。
……絶対に何か裏がある)
その思考を断ち切るように──
シュンの目が、鋭く、皮肉を込めて光った。
「どうした?」
その声は冷静だった。
「……少し、緊張しているように見えるぞ」
パペットは歯を食いしばった。
ヨゲンに連絡を──情報を渡さなければ。
そう思った。だが……動けなかった。
(なに考えてる、俺は……!?)
その瞬間、彼の身体から
重く、腐敗した、どこか現実から逸脱した「気」が噴き出す。
それは、糸と肉と怒りのオーラ。
(そうだ……今こそ、俺の舞台だ)
パペットの口元に、歪んだ笑みが浮かぶ。
(壊してやる。世界最強の男を……俺の人形にしてやる)
だが──シュンは微動だにしなかった。
その眼差しは氷のように冷たく、
まるで、瀕死の獣が吠えているのを眺めているかのようだった。
(こいつ自身は大したことない……だが、この力……)
(もしこれを伸ばされたら、厄介になる)
(……今、潰すしかない)
•
一瞬の瞬き。
世界が──変わった。
シュンの背後に、無数の人間の死体が出現する。
糸に操られ、歩兵として使われる「生きた」人形たち。
だが、シュンの動きは──完璧だった。
滑るように動き、
攻撃を受け流し、
致命の一撃を与える。
そのすべてが、計算され尽くしていたかのような精度だった。
操られた者たちは次々と倒れていく。
だが──数が多すぎた。
やがて、人形たちは前線に立ち並び、
肉の盾となってパペットを守った。
操り師は、皮肉たっぷりに拍手を送る。
「興味深い男だな。
少しくらいは血を見せてくれるかと思ったが……
見ての通り、無傷じゃないか」
シュンは何も言わなかった。
ただ、思考を巡らせていた。
(……殺す気だった)
(あの攻撃……全部、急所を狙っていた)
(──こいつ、ただの狂人じゃない)
•
そして、本当の襲撃が始まった。
次々に増える新たな人形たち。
包囲は完全に──完成した。
逃げ道はない。
空すら──閉じられていた。
だが、シュンは──笑った。
「……下衆め」
上空を見上げた。
そこだけが、唯一の逃げ道。
だが──糸が絡みついた。
パペットの糸が、シュンの体を拘束する。
動けない──その瞬間。
全ての人形が跳んだ。
肉と絶望の叫びが、ひとつに重なる。
•
全身が、貫かれた。
沈黙。
──そして、血。
暗い液体が大地を濡らす。
シュンは──見えなくなった。
死体の山の下に沈み、パペットの高笑いが響いた。
まるで──最強の玩具を壊した子どものように。
飛び跳ね、叫び、歓喜した。
「やった! ついにやった!」
だが──光が、走った。
一閃。見えざる一撃。
そして──地獄が、逆転した。
何十体もの人形が、真っ二つに裂け、崩れ落ちる。
そこから、ゆっくりと現れた影。
血に塗れた姿。
だが──無傷。痛みも感じていない。
シュンだった。
•
パペットは一歩下がる。
その足が──震えていた。
「……驚いたよ」
低く、抑えた声が森に響く。
「もっと短気かと思っていたが……
案外、冷静に考えて動いていたんだな」
操り師の目が、見開かれる。
「な……なんで、生きてる……!?」
•
シュンは目を伏せた。
思い返す──包囲されたあの瞬間。
飛びかかってきた人形たち。
そして──感じた。
(……こいつらは、ただの死体じゃない)
その記憶を破ったのは、弱々しい声だった。
「た、たす……けて……」
半壊した人形のひとつが──喋った。
まだ──生きていた。
•
シュンは見下ろした。
そこには──憎しみ。
そして、軽蔑。
それでも……心の奥底で、沸き立つ痛みがあった。
彼は、拳を握った。
•
──幕が開いた。
本当の戦いは、これからだった。
炎はまだテンノチティトランの瓦礫を舐めていた。
だが、シュンの目にはもはや炎は映っていなかった。
彼の耳に届いていたのは──囁き声だけだった。
「……生きていたんだ」
虚空を見つめながら、呟く。
「まだ……夢を持ってた。まだ……人間だった」
その声に震えはなかった。
だが──世界の方が震えた。
獣のような「力」が、彼の奥底から溢れ出す。
大地がひび割れ、空気が濃密になる。
パペットは思わず一歩、後退した。
「な……なんなんだ、この圧……!?」
シュンは何も言わなかった。
ただ、思い出していた。
(そうだ……この世界は、残酷だ)
(この世界では、力こそが──支配する)
目を閉じる。
•
──あの日の記憶が、蘇る。
「……なんて言った?」
怒りに満ちた叫び。
「負けた」
敗北を認める、沈んだ声。
「馬鹿言うな! 戦いは終わってない! 何を──」
「でも……俺は、失敗した」
視線を落とす影。
「父と同じさ。種族を一つにすることも、平和も……全部、叶わなかった」
歯を食いしばるシュン。
「ふざけんなよ……! 始めたのは、お前だろ!
俺に信じるものをくれたのは……お前だったろ!!」
「すまない……俺には、その資格がなかったんだ」
小さな、けれど確かな声。
「王が倒れるまで終わらない……! 立てよ、戦って──死ね!!」
沈黙が支配した。
──だが、そこに別の声が重なった。
「……俺を許してくれるか?」
目を見開くシュンとロキ。
「何の話だ」
「戦いを続ける方法がある。
だが、その重荷を背負うのは──お前たちだ。
耐えられるか?」
シュンは迷わなかった。
「知らねえ。けど──やる。命令をくれ、信じてる」
ロキも頷いた。
「任せろ、隊長。背負ってやるよ」
「ありがとう……すまないな、二人とも」
•
──記憶は霧のように消え、
嵐のような現実が戻ってくる。
「……バカ野郎」
心の中で吐き捨てる。
(お前ってやつは、いつも面倒な夢を……
全部の種族を繋ぐ平和? バカにしか思いつかねえ)
拳を握り締める。
(……でも、だからこそ信じた)
(そのバカみたいな夢に賭ける)
(あいつが託した──あの男のために)
(……ここで、すべてを壊す)
彼の体が、爆発したように走り出す──
だが、止まった。
轟音。
空に向かって、黄金の光柱が立ち昇った。
空が震える。
地もまた、鳴動する。
「これは……まさか、予定通りか?」
その光景に、戦場は一瞬静まり返る。
アフロディタは息を呑む。
「この力は……」
ヨサは、手に血をにじませながら見上げる。
「……あいつ、あんなに強かったっけ?」
タイレシアスは口角を上げた。
「……ようやく、殻を破ったか。あのヒヨコ」
•
シュンは、迷わなかった。
拳を振るい──目の前の人形を粉砕する。
パペットは、焦りのあまりさらに糸を放ち、肉を操り、無数の人形を召喚した。
だが──すべて、粉々に吹き飛ばされる。
彼は進む。
怒りと力の嵐。
そして──ついに、目の前にパペットを捉えた。
(時間がない!)
操り師は、一歩、退いた。
シュンの拳が彗星のように輝く。
そのまま、顔面に向けて突き出される──
が、届かなかった。
──剣が、間に入った。
「……チッ」
歯を食いしばるシュン。
「遅ぇよ、クソ野郎」
剣を受け止めたのは──ヨゲン。
「すぐに動け!」
命令する。
「このチャンス、逃すな!」
パペットは頷き、何も言わずに跳躍。姿を消す。
•
「どこへ行くつもりだ」
睨みつけながら、剣を抜くシュン。
鋼が唸り、テンノチティトランの残骸を震わせた。
一閃。
シュンはパペットに向けて斬りかかる。
だが──ヨゲンが立ちふさがる。
剣が交差し、衝撃波が家々を吹き飛ばした。
地面が裂ける。
パペットは──その隙に、消えた。
向かった先は──エデンがいる場所。
•
「……何を企んでやがる」
シュンは歯を食いしばる。
「すまない、シュン」
ヨゲンが口を開く。
「これは……お前の理解を超えている」
「お前ほどの力があっても……“あれ”の意味は理解できまい」
「……なんだか懐かしいセリフだな」
その時。
「──隊長!!」
アレックスボルドの声。
「ちょうどいいところに来たな」
シュンは唸るように命令した。
「人形野郎を追え!
エデンを連れて行かせるな!!」
「へっ!? あ、はい!!」
だが、その瞬間──
ヨゲンが、アレックスボルドの前に現れる。
(……死ぬのか、俺)
その恐怖を打ち破ったのは──
──衝撃音。
シュンの拳がヨゲンを地に叩き落とす。
「今だ!!」
迷わず、アレックスボルドは走り出した。
•
ヨゲンは、瓦礫から現れる。
無傷だった。
ただ、肩に埃をかぶっているだけ。
「なるほど……データ通り。
本当に恐ろしいな、お前は」
「こっちの台詞だ……」
シュンは折れた指を見せつける。
「お前、何でできてやがる」
ヨゲンは静かに彼を見た。
まるで、観察対象を見るように。
「作戦に気づくとは思わなかったが……
もう、遅いようだな」
「そうかもな」
「……まあ、認めてやるよ」
「会えて光栄だと言いたいが……お前は邪魔者だ」
「戦う気か?
ここで時間を潰せば……仲間が死ぬぞ?」
「奴らは……お前が思ってるより、ずっと強い」
一歩、踏み出すシュン。
「それに、お前がここから──一歩も逃がさないつもりだろ?」
ヨゲンは、薄く微笑んだ。
•
そして──
二人の姿は掻き消えた。
剣と剣がぶつかり合い、空が唸り、
大地が震えた。
遠く、海が揺れた。
──まるで世界そのものが、何かの“変化”を予感していたかのように。