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第84章: 最後のささやき

すべての叫び声が大きな声で上げられるわけではない。


廃墟の中のささやきのように、這い進むものもいる。


歴史はかき消された声で作られる。


煙の中で忘れ去られた約束。


形になる前に破れた夢。


しかし、崩壊の真っ只中にあっても、


彼らは聞き続けます。


彼らは思い出し続けます。


そしてその思い出は…


かすかな過去の残響…


無視されると炎上します。


恐ろしいのは破壊ではないからです。


それは、私たちがかつてそうであったことすべて、


私たちが愛するものすべて、


消える…


私たちの最後のささやきを誰にも聞かれずに。


————————————————————————————————————————————————————————————————


かつて世界最強の都市のひとつと謳われた都──テンノチティトラン。


その街は、今や炎に飲まれ、瓦礫と灰に変わり果てていた。


空を覆う黒煙は、神なき世界の象徴のように天を塞いでいた。




その焼け跡の中に、二つの影が立っていた。




正面から──向き合う二人。




沈黙。緊張。押し殺された死の気配。




パペットはシュンを見つめていた。


その顔には、いつもの嘲笑ではなく、


明らかな「不安」の色が浮かんでいた。




(なんで……こいつがここに?)


眉をひそめ、辺りを警戒する。


(まさか予知して来たってのか? いや、それは無理だ……


いくら頭が切れても、場所も時間も正確に割り出せるわけがない。


……絶対に何か裏がある)




その思考を断ち切るように──


シュンの目が、鋭く、皮肉を込めて光った。




「どうした?」


その声は冷静だった。


「……少し、緊張しているように見えるぞ」




パペットは歯を食いしばった。


ヨゲンに連絡を──情報を渡さなければ。


そう思った。だが……動けなかった。




(なに考えてる、俺は……!?)




その瞬間、彼の身体から


重く、腐敗した、どこか現実から逸脱した「気」が噴き出す。




それは、糸と肉と怒りのオーラ。




(そうだ……今こそ、俺の舞台だ)


パペットの口元に、歪んだ笑みが浮かぶ。


(壊してやる。世界最強の男を……俺の人形にしてやる)




だが──シュンは微動だにしなかった。




その眼差しは氷のように冷たく、


まるで、瀕死の獣が吠えているのを眺めているかのようだった。




(こいつ自身は大したことない……だが、この力……)


(もしこれを伸ばされたら、厄介になる)


(……今、潰すしかない)







一瞬の瞬き。




世界が──変わった。




シュンの背後に、無数の人間の死体が出現する。


糸に操られ、歩兵として使われる「生きた」人形たち。




だが、シュンの動きは──完璧だった。




滑るように動き、


攻撃を受け流し、


致命の一撃を与える。




そのすべてが、計算され尽くしていたかのような精度だった。




操られた者たちは次々と倒れていく。


だが──数が多すぎた。




やがて、人形たちは前線に立ち並び、


肉の盾となってパペットを守った。




操り師は、皮肉たっぷりに拍手を送る。




「興味深い男だな。


少しくらいは血を見せてくれるかと思ったが……


見ての通り、無傷じゃないか」




シュンは何も言わなかった。


ただ、思考を巡らせていた。




(……殺す気だった)


(あの攻撃……全部、急所を狙っていた)




(──こいつ、ただの狂人じゃない)







そして、本当の襲撃が始まった。




次々に増える新たな人形たち。


包囲は完全に──完成した。




逃げ道はない。


空すら──閉じられていた。




だが、シュンは──笑った。




「……下衆め」




上空を見上げた。


そこだけが、唯一の逃げ道。




だが──糸が絡みついた。


パペットの糸が、シュンの体を拘束する。




動けない──その瞬間。




全ての人形が跳んだ。


肉と絶望の叫びが、ひとつに重なる。







全身が、貫かれた。




沈黙。




──そして、血。




暗い液体が大地を濡らす。




シュンは──見えなくなった。


死体の山の下に沈み、パペットの高笑いが響いた。




まるで──最強の玩具を壊した子どものように。


飛び跳ね、叫び、歓喜した。




「やった! ついにやった!」




だが──光が、走った。




一閃。見えざる一撃。




そして──地獄が、逆転した。




何十体もの人形が、真っ二つに裂け、崩れ落ちる。


そこから、ゆっくりと現れた影。




血に塗れた姿。


だが──無傷。痛みも感じていない。




シュンだった。







パペットは一歩下がる。


その足が──震えていた。




「……驚いたよ」


低く、抑えた声が森に響く。




「もっと短気かと思っていたが……


案外、冷静に考えて動いていたんだな」




操り師の目が、見開かれる。




「な……なんで、生きてる……!?」







シュンは目を伏せた。


思い返す──包囲されたあの瞬間。




飛びかかってきた人形たち。




そして──感じた。




(……こいつらは、ただの死体じゃない)




その記憶を破ったのは、弱々しい声だった。




「た、たす……けて……」




半壊した人形のひとつが──喋った。




まだ──生きていた。







シュンは見下ろした。




そこには──憎しみ。


そして、軽蔑。


それでも……心の奥底で、沸き立つ痛みがあった。




彼は、拳を握った。







──幕が開いた。


本当の戦いは、これからだった。




炎はまだテンノチティトランの瓦礫を舐めていた。


だが、シュンの目にはもはや炎は映っていなかった。




彼の耳に届いていたのは──囁き声だけだった。




「……生きていたんだ」


虚空を見つめながら、呟く。


「まだ……夢を持ってた。まだ……人間だった」




その声に震えはなかった。


だが──世界の方が震えた。




獣のような「力」が、彼の奥底から溢れ出す。


大地がひび割れ、空気が濃密になる。




パペットは思わず一歩、後退した。




「な……なんなんだ、この圧……!?」




シュンは何も言わなかった。


ただ、思い出していた。




(そうだ……この世界は、残酷だ)


(この世界では、力こそが──支配する)




目を閉じる。







──あの日の記憶が、蘇る。




「……なんて言った?」


怒りに満ちた叫び。




「負けた」


敗北を認める、沈んだ声。




「馬鹿言うな! 戦いは終わってない! 何を──」




「でも……俺は、失敗した」


視線を落とす影。


「父と同じさ。種族を一つにすることも、平和も……全部、叶わなかった」




歯を食いしばるシュン。




「ふざけんなよ……! 始めたのは、お前だろ!


俺に信じるものをくれたのは……お前だったろ!!」




「すまない……俺には、その資格がなかったんだ」


小さな、けれど確かな声。




「王が倒れるまで終わらない……! 立てよ、戦って──死ね!!」




沈黙が支配した。




──だが、そこに別の声が重なった。




「……俺を許してくれるか?」




目を見開くシュンとロキ。




「何の話だ」




「戦いを続ける方法がある。


だが、その重荷を背負うのは──お前たちだ。


耐えられるか?」




シュンは迷わなかった。




「知らねえ。けど──やる。命令をくれ、信じてる」




ロキも頷いた。




「任せろ、隊長。背負ってやるよ」




「ありがとう……すまないな、二人とも」







──記憶は霧のように消え、


嵐のような現実が戻ってくる。




「……バカ野郎」


心の中で吐き捨てる。




(お前ってやつは、いつも面倒な夢を……


全部の種族を繋ぐ平和? バカにしか思いつかねえ)




拳を握り締める。




(……でも、だからこそ信じた)


(そのバカみたいな夢に賭ける)


(あいつが託した──あの男のために)




(……ここで、すべてを壊す)




彼の体が、爆発したように走り出す──




だが、止まった。




轟音。




空に向かって、黄金の光柱が立ち昇った。




空が震える。


地もまた、鳴動する。




「これは……まさか、予定通りか?」




その光景に、戦場は一瞬静まり返る。




アフロディタは息を呑む。




「この力は……」




ヨサは、手に血をにじませながら見上げる。




「……あいつ、あんなに強かったっけ?」




タイレシアスは口角を上げた。




「……ようやく、殻を破ったか。あのヒヨコ」







シュンは、迷わなかった。




拳を振るい──目の前の人形を粉砕する。




パペットは、焦りのあまりさらに糸を放ち、肉を操り、無数の人形を召喚した。


だが──すべて、粉々に吹き飛ばされる。




彼は進む。




怒りと力の嵐。




そして──ついに、目の前にパペットを捉えた。




(時間がない!)


操り師は、一歩、退いた。




シュンの拳が彗星のように輝く。


そのまま、顔面に向けて突き出される──




が、届かなかった。




──剣が、間に入った。




「……チッ」


歯を食いしばるシュン。




「遅ぇよ、クソ野郎」




剣を受け止めたのは──ヨゲン。




「すぐに動け!」


命令する。




「このチャンス、逃すな!」




パペットは頷き、何も言わずに跳躍。姿を消す。







「どこへ行くつもりだ」


睨みつけながら、剣を抜くシュン。




鋼が唸り、テンノチティトランの残骸を震わせた。




一閃。


シュンはパペットに向けて斬りかかる。




だが──ヨゲンが立ちふさがる。




剣が交差し、衝撃波が家々を吹き飛ばした。


地面が裂ける。




パペットは──その隙に、消えた。




向かった先は──エデンがいる場所。







「……何を企んでやがる」


シュンは歯を食いしばる。




「すまない、シュン」


ヨゲンが口を開く。




「これは……お前の理解を超えている」


「お前ほどの力があっても……“あれ”の意味は理解できまい」




「……なんだか懐かしいセリフだな」




その時。




「──隊長!!」




アレックスボルドの声。




「ちょうどいいところに来たな」


シュンは唸るように命令した。




「人形野郎を追え!


エデンを連れて行かせるな!!」




「へっ!? あ、はい!!」




だが、その瞬間──




ヨゲンが、アレックスボルドの前に現れる。




(……死ぬのか、俺)




その恐怖を打ち破ったのは──




──衝撃音。




シュンの拳がヨゲンを地に叩き落とす。




「今だ!!」




迷わず、アレックスボルドは走り出した。







ヨゲンは、瓦礫から現れる。




無傷だった。




ただ、肩に埃をかぶっているだけ。




「なるほど……データ通り。


本当に恐ろしいな、お前は」




「こっちの台詞だ……」


シュンは折れた指を見せつける。




「お前、何でできてやがる」




ヨゲンは静かに彼を見た。


まるで、観察対象を見るように。




「作戦に気づくとは思わなかったが……


もう、遅いようだな」




「そうかもな」


「……まあ、認めてやるよ」




「会えて光栄だと言いたいが……お前は邪魔者だ」




「戦う気か?


ここで時間を潰せば……仲間が死ぬぞ?」




「奴らは……お前が思ってるより、ずっと強い」




一歩、踏み出すシュン。




「それに、お前がここから──一歩も逃がさないつもりだろ?」




ヨゲンは、薄く微笑んだ。







そして──




二人の姿は掻き消えた。




剣と剣がぶつかり合い、空が唸り、


大地が震えた。




遠く、海が揺れた。




──まるで世界そのものが、何かの“変化”を予感していたかのように。



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