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第86章:力の破片

時々、本当の深淵は私たちが直面している敵の中にあるのではなく、その反射が私たちに返す壊れた視線の中にあるのです。


力…その魅惑的な言葉は、恐れられると同時に望まれるものであり、さまざまな形で現れます。それは時には贈り物として、また時には呪いとしてやって来ます。そして、許可を求めることもなく、ただ押し付けられ、まだ支払う準備ができていない代償を要求することもあります。


本当に強力な存在を定義するものは何でしょうか?


彼の強さは?その由来は?目覚める恐怖?


それとも…彼が守ろうと選んだものの重さでしょうか?


多くの人は権力は腐敗をもたらすと信じているが、本当の毒は権力を持つことではなく、権力を使うことを恐れることにあると気づく人もいる。


なぜなら、身体からではなく、私たちが叫ばない沈黙から来る傷があるからです。救えなかった手から。


しかし、最も暗い痛みの真っ只中にも、火花が散ることがあります。


断片。


決断です。


力は私たちを英雄や怪物にするわけではありません。


それがどうなるかを決めるのは私たちです。


そしてすべてが崩壊するとき…


瓦礫と傷跡だけが残ったとき…


時には、恐怖を情熱に、罪悪感を目的に変えるには、たった一歩前進するだけで十分です。


————————————————————————————————————————————————————————————————


──ヒュウゥ──…




鋭い風切り音が空を裂いた。


その刹那、世界は静止する──




そして、岩の破片がエデンの胸を貫いた。




叫びはなかった。


ただ、濃密な沈黙だけが残る。


まるで、痛みさえも声を失ったかのように。




遠くを見つめるエデンの瞳。


その視線は傷を捉えることなく、過去へと彷徨っていた。




守れなかったもの。


失ったもの。


そして、まだ守ることすらできていないもの。




「……クソッ……」


血が大地を染めるのを感じながら、彼は呟いた。


「……やっぱり、俺は弱いのか……?


このままじゃ……誰も守れない」




脳裏に蘇る、数々の失敗。




──ゲン、シュウ、ユキ、アイザック、イース……


彼らは皆、己の力のせいで苦しんだ。




「……また……俺は、また……失敗した」




だが──




闇に飲まれかけたその時、


脳裏に浮かんだのは──




あの日々。彼らの笑顔。


被害者としてではなく、仲間として──


自分を信じてくれた者たちの姿。




「……そうだ……」


エデンは、かすかに微笑む。


「……彼らは、まだここにいる。


俺の……そばにいるんだ」




大地が震える。


彼の決意に呼応するように。




「……タカハシ……お前の言葉の意味、今ならわかる」




目を閉じ、心を澄ます。




「……俺は、ずっと間違っていた。


力を抑えることが、守ることだと……そう信じていた」




「でも違った。


守るためには……この力を、“制する”必要がある」




その時──


影の中から、巨大な存在が姿を現す。




「……久しぶりだな、ヴォラトラックス」




古の獣──漆黒の霧をまとい、鋭い眼光でエデンを見下ろす。




「……人間よ……


また力を乞いに来たか? 代償は、知っているだろう」




エデンは首を振る。


その顔には、静かな微笑み。




「いや……今回は、俺が“奪いに来た”」




ゴォォン……!




宇宙の中心から鎖が断ち切られるような音。




どこか遠く──戦場の片隅で、光が震えた。




「……いまのは……何だ?」




エデンの身体から、紫のオーラが滲み出す。


熱波のように周囲を揺らし、世界を染める。




「……ありがとう……二人とも……」


囁くように言い、空を見上げる。




その瞬間──


地面が崩れ、


そして──空が、咆哮した。




ズドォォォン!!




雷が天より落ち、エデンの体に直撃。




衝撃波は戦場全体を包み、全ての戦士たちの動きを止める。


誰もが、息を呑んだ。




──タカハシの目が見開かれる。




「……これは……何の力だ……?


こんな気配……感じたことがない……


一体、何が起きてる……?」




光の中──現れる影。




エデンの筋肉は極限まで鍛え上げられ、


右目は紅蓮のように輝き、


その髪の先には、燃えるような紫が宿る。




ジパクナが戦慄した。




「……冗談だろ……


あんなもの……どうやって封じ込めてたんだよ……?」




ヨウヘイが静かに目を細める。




「……やっと目を覚ましたか……“悪魔”」




エデンが森を抜けて現れる。


その歩みは、まるで炎のように揺れ、支配的で、神秘的。




タカハシが微笑む。




「……そうだよ……これを、待ってたんだ、エデン!」




言葉はいらなかった。




瞬間、両者の剣が交差。




轟音。


木々は蒸発し、大地が砕け飛ぶ。




タカハシは必死に踏ん張るが──押される。




「来いよ、エデン!!」


叫びながら笑う。




だが──間に合わない。




エデンが一瞬で懐に入り、


鋭い突きでタカハシを吹き飛ばす。




ズシャァアッ!!


地面に叩きつけられ、血を吐く。




「……失望したか?」


タカハシが笑いながら問う。




エデンは静かに歩み寄り、手を差し出す。




「……遅れてごめん。


──始めようか?」




その手を、タカハシは強く握り返す。




「……喜んで」




二人は立ち上がる。




風が吹いた。


髪を撫でるその風は、まるで祝福のようだった。




視線が交わる。




──もう、敵ではない。


──同じ道を歩む者として。




「ありがとう、エデン」


タカハシが真っ直ぐに言う。


「お前を縛っていたものが何だったか知らないが……


それを断ち切ってくれて、ありがとう」




「そして──


俺も、すべてを見せてやるよ」




大地が震える。




タカハシの身体が、赤く妖しく輝き始めた。




血管が浮かび上がり、


瞳は深紅に染まり、牙が鋭く伸びる。




エデンは目を丸くした。




「……おいおい……マジかよ」




「──さあ、始めようか?」




「……ああ」




そして──




二人は走り出した。




まるで、激突する流星のように。




雷鳴のような一撃。


死を踊るような動き。




世界が、彼らの戦いに震えていた。




世界は、もはや彼らに追いつけなかった。




エデンとタカハシ──


その動きは雷光のように速く、残像すら残さない。




だが、剣が交差するたびに、


大地には刻まれる。


傷跡。裂け目。轟き。




空すらも震える。




「──ダーク・フレア!!」




エデンが叫び、漆黒の炎を剣から放つ。


刃の軌跡は、まるで死神の鎌。


灼熱の闇がタカハシを飲み込もうと迫る。




しかし──




タカハシは瞬きすらせず、


静かに腕を振る。


完璧な軌道を描くその剣筋が、炎を霧散させた。




──シュウゥ……




無数の火花が闇に消える。




エデンは素直に笑った。




「……さすがだな」




言葉の返しはなかった。




代わりに、炎が応えた。




「──獄炎斬ごくえんざん」




紅蓮に染まる刃が、地獄の裁きを下すかのように振り下ろされる。




エデンは咄嗟に剣を構え、防御に成功するが──




ドォォォン!!!




爆ぜる熱波。


激しい炎が身体を包み、苦痛が肌を焼く。




「……クソッ……」


エデンが呻く。


皮膚は赤く爛れ、脇腹には火傷の痕。




「驚いたか?」


タカハシが挑発的に笑う。




「……範囲攻撃とはな……剣士には珍しい選択だ。見事だった」




だが──




エデンの目に、黒い閃光が灯る。




「……だが、驚きの種は、俺にもある」




言葉と共に──




ズシャッ!!




まったく同じ黒炎の斬撃が、タカハシの眼前に再び現れた。




回避する暇もなく、直撃。




バゴォォン!!




身体が吹き飛ばされ、地に叩きつけられる。




「……っ!」


タカハシが血を吐きながらも笑う。




「遅延攻撃……?いや、時差のある技……?


そんなの……バカな……」




地面に立つエデン。


静かに自問する。




「成功率は低かった。


威力も落ちたが──


迷わせるには、十分だった」




タカハシはゆっくりと立ち上がる。


苦しみの中に、喜びを宿した笑みを浮かべて。




「……やっぱり、お前って……面白いな」




「そっちこそな、タカハシ」




空気が変わる。




タカハシが剣を地に突き立てた。




「……降参か?」




「いや……準備中だ」




「……紅蓮獄ぐれんごく」




赤き魔法陣が地を包む。


五芒星の中心に、激炎の柵が立ち昇る。




「戦いの最中に剣を捨てるとは……意外だな」


エデンが言う。




タカハシが拳を構える。




「残念だが──俺は格闘戦も得意なんだ」




「……なるほど」




エデンは剣を落とす。




鎧を脱ぎ捨て、裸の上半身に刻まれた無数の傷をさらす。




──そして、駆け出す。




拳と拳。


骨と骨。




見えない衝撃波が空間を裂く。


音ではない何かが、彼らのぶつかり合いを叫ぶ。




──語るのは拳のみ。




どちらも恐れない。


自らが壊れることすら。




ズガン!!




タカハシの拳が腹に突き刺さる。


エデンが身を屈める。




──だが、すかさず──




ガッ!!




渾身の拳がタカハシの顔面をとらえる。




──憎しみなどない。




ただ、測り合いたい──それだけ。




タカハシが吠えるように拳を振り上げる。


防いだエデンの腕から、嫌な音が響く。




──バキィィン!!




骨が砕ける音。




吹き飛ばされるエデン。


炎の柵に叩きつけられ、悲鳴を上げる。




血を吐き、よろけながら立つ。




だが──笑う。




タカハシも笑う。




そして──無言で剣を拾う。




炎の牢獄は消えた。


もはや、閉じ込める意味などなかった。




「……いよいよ、だな」


(エデンの心)




「……ついに来たな」


(タカハシの心)




──二人、同時に。




「終幕の舞を──!!」




____________________




遠くから、それを見つめるジパクナ。




「……悔しいだろう?」




ヨウヘイが彼を横目で見る。




「……何がだ?」




「自分より強い相手に、出会うことさ」




風が吹き、ヨウヘイの髪を揺らす。




「……かもしれないな」




____________________




エデンとタカハシのオーラが爆発的に高まる。




戦場が震える。




エデンが目を閉じる。




「全てを懸ける。今しかない……!」




「──黒月審判こくげつしんぱん」




「──紅龍爆こうりゅうばく!!」




運命を裂く一撃を放とうとした、その時──




背後に、影が忍び寄る。




エデンの目が見開く。




タカハシが振り返る。


だが、遅かった。




「──Bonjour」




聞き覚えのある声。




パペット。




そして──




ズシュッ!!




その腕が、静かに、鋭く──


タカハシの胸を貫いた。




術式が消える。


音も、色も、時間も──止まる。




タカハシが崩れ落ちる。




「……タカハシ──!!」




エデンの絶叫が、空を裂いた。

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