ポロロポロンポロロ
「一体、これは何事だ?」
リュート達が、盗賊達の背を見送る。
輝く風に乗ったハープの音に誘われるように、男達はすべて姿を消していき、やがて街には静けさが戻った。
「あの盗賊は、どこへ行ったの?」
サラがストンと腰を抜かしてその場に座り込み、ハープを弾き終わったファルーンに聞く。
「さあ、生まれた所へ帰るが良いと呪をかけましたゆえ、どこへ行くのやら。
凶暴さを封じましたから、うさぎのように怯えて暮らすでしょう。」
「ああ……」
サラが土に汚れた顔で涙を拭く。
「大丈夫か?」
「ええ、何とか。」
リュートの手を借りて立ち上がると、サラがいきなりバシンと彼の頬を叩いた。
「いて、何だ?いきなり。」
ホッとしてサラが、むくれながらドンッと彼の胸を叩く。
「ひどいわ!私達を置いて、ハープまで持って行っちゃって!どんなに悲しい思いをしたかわかっていて?」
「すまん、悪かったよ。」
しかし見つめ合う2人を、従者が見て眉をひそめる。そして足下にひざまずいた。
「リュート様、もう十分でございましょう。国へお帰り下さい。」
「え?国へ?」
サラが不安げに彼の腕を握る。
「また、また行ってしまわれるのですか?」
「サラ……」
ポロン、ポロン……
横でその様子を見ていたファルーンが、ハープを一つつま弾く。そして彼にスッと片足を引いて一礼した。
「リュート様、どうぞご身分をお証し下さいませ。こちらはこの国の王女、サラ様でございます。」
「えっ?!」
驚いて、リュートが従者と顔を見合わせる。
「もしかして、あなたが私との婚礼のお相手の方なのか?私は、隣国より旅して参りました王子です。」
「えっ!」
互いに驚きながら、暫し見つめ合いプウッと吹き出す。
何だか力が抜けたように、抱き合って笑った。
「うふふ……私、何故あんなに悩んだのかしら?神様って意地悪ね。」
「いや、策略家さ。はは、さあこの街を出よう。」
「街を?」
「ああ、盗賊は彼らだけじゃない。報復もあり得るからな。」
「ええ……」
返事を返しながら、サラが辺りを見回し、怯えながらもまた家に戻って行く村人を見つめる。
自分は立ち去っても、彼らはどうするのだろうか?
生き残った人々は、互いに手を貸し合ってまた家に戻り始めているように見える。
ポロン、ポロン、ポロン……
サラはリュートを離れて、街の人々を癒やすようにハープを弾き始めたファルーンに問いかけた。
「ファルーン、あの、ケガをしている人はどこへ行くのかしら?」
「家族や医者に、手当てして貰うのでしょう。」
「家は壊れてしまったわ。みんなどうするのかしら?」
「壊れたら直せばいいのです。」
「盗賊にまた襲われるかもしれないなんて。
こんな恐ろしい所……… こんな所からは、逃げればいいのよ。」
「王女」
ファルーンが、一段と強くポロンとハープをつま弾く。
「ここはあなたの国。この街の人々は、あなた様の国の民でございます。」
ハッと王女が我を取り戻し、もう一度見回す。
「私は…この人々のために、何が出来るの?」
ポロポロと、美しいハープの音色が人々の心を落ち着かせて元気付ける。
ファルーンは、真っ直ぐに王女を見つめると微笑んだ。
「王が主様と隣国の王子との婚姻を決めたのは、主様の為でも自分の為でもありません。国民の為です。」
「どうして?」
「ここは、隣国との境。
しかし、最近このような盗賊が横行し、人々は大変な損害を受けています。
あなたの国は、国境まで制圧できる兵力はありません。このままでは国が衰退します。」
そうだ、それこそが真実。
それはこの旅で、外の世界を見て回って初めて感じた。
後ろから、リュートがそっと肩を抱く。
それは大きく温かい手に、身体中が包まれるような安心感があった。
「だからこそ、我が父もこの婚礼を喜んで受け入れた。
周辺諸国も安定した国造りには憂慮している。こうして互いに手をつなごうとしているのだ。」
「でも……」
サラがうつむき、ファルーンの背を見つめる。
すると彼は、くるりとサラを見上げてニッコリと微笑んだ。
「私は、ただの政治の道具になるのがイヤだったのよ。」
クスクスとファルーンが笑う。そして、先が見えているように手を差し出した。
「あなたは隣国に行って、じっと窓辺で静かに暮らすつもりですか?この私がおりますのに。」
それは…………?
「ファルーン、私も人々のためになる事が出来るのかしら?」
ウフフッとまたファルーンが笑う。気が付けばまた、自分の周りは時間が止まったように静かだった。
「サラ様。私の主は、世を制すると申しましたでしょう?あなた様さえ動き出せば。」
「動くわ、動きたい!働きたいの、私も。」
ファルーンの手に、王女が手を重ねた。
「主よ、あなたの望みは?」
「では、命じましょう。私は、世を制したい。愛する人々のために。」
ポロロロン
ファルーンが、手を重ねた上に独りでに音が鳴り響くハープを置いた。
「大いなる力は、全てあなたとあなたが愛する方々のために。
闇に輝く月の力よ、主の道行きをことごとく輝きで満たすがよい。
我が名はジュエルムーン、月のカケラより生まれしハープの精霊。」
2人の姿がパアッと輝き、そして王女が次に気が付いたときは、何事も変わらない城の大広間だった。
「え?ここは?」
リュート達も突然サラの横に現れて、驚きと戸惑いで周りを見回す。
「しいっ」
サラがおかしくてたまらない様子で、指を立てて微笑む。
ポロンポロン、ポロロロンポロンポロン……
ファルーンが王の前でハープを奏で、そしてうっとりと聞き入る人々は演奏が終わると一斉に拍手を始めた。
「これは素晴らしい!」
「美しいハープでしたわね、お父様。」
サラが父に駆け寄り、そしてリュートを呼び寄せる。
「ほら、王子もこの歓迎を喜んでいらっしゃいますわ。」
慌てて引きつった笑顔で一礼するリュートに、王が首をかしげた。
「はて、そうだったかな?」
夢から覚めたような王の頭は、ボウッと霞(かすみ)がかかったようにはっきりしない。
やがて大きく打ち鳴らされる拍手にハッと気を取り直し、王が身を乗り出してファルーンに問うた。
「何なりと褒美をやろう、何でも申すがよい。」
ファルーンが、王に一礼して顔を上げる。
「では、王女の側近として生涯お仕えしとうございます。」
「おお、それはよい。お前のハープで、末永く王女の心を癒やしておくれ。」
「ええ、私からも頼みます。ね?旦那様。」
「え?あ?あ、ああ、そうだな。」
リュートが、顔をこわばらせて笑い返す。
「はっはっは、まだ旦那様と呼ぶのは早かろう!我が娘よ。」
ぼんやりした頭を払拭するように、楽しげに皆が笑う。
その中で微笑むファルーンは、月のように一際(ひときわ)輝いて、美しい少年だった。