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第10話 盗賊の恐怖

ファルーンが、切迫した様子でぐいと手を引く。


「盗賊?」


あれほど人々が恐れおののく、その盗賊?


「こちらへ!」


外を走る複数の馬のひずめの音に、切羽詰まったファルーンが彼女の手を引き食堂の裏へ飛び出す。

あちらこちらで火の手が上がり、空を人々の悲鳴が切り裂く。


「隠れる場所を探さねば!」


「ファルーン!足が痛いわ!」


「今はご辛抱下さい!」


2人は人々に紛れ、道を懸命に駆けてゆく。

しかし早々にサラは息が切れ、痛めていた足ももつれて何度も倒れそうになる。


ドカカッドカカッドカカッ


後ろから次第に複数の馬の蹄の音が近づき、そしてパアッと脇を過ぎてゆく。


「キャアッ」


サラがとうとう転んで、ファルーンに助け起こして貰いながら振り返る。

逃げまどう人々は盗賊に襲われ、次々に物を奪われて殺されていく。


「ファルーン!一体何?!」


「これが、盗賊の恐怖なのです!」


震える足で、何とか立ち上がりファルーンに手を引かれる。


「女だ!」


突然声が上がり、背後から数人の男が駆け寄ってきた。


「ひっ!」


腰を抜かしたサラに、ファルーンが庇うように立ちはだかり男を睨む。


「子供はどうする?」


血にまみれた剣を持つ男が3人、ニヤリと舌なめずりしてサラ達を見下ろす。


「子供も連れて行こう。こいつは上物だ、高く売れるぞ。」


ズイッと伸ばすその手を、バシンとファルーンが払った。


「触れるな!!」


「この!」


「ファルーン!」


ビュンと剣を振り上げる男を見上げ、サラがファルーンを抱きかかえて庇う。

ギュッと目を閉じ、その脳裏には何故かただ一人の騎士が浮かんだ。


「助けて……助けてリュート!」


その剣が振り下ろされた刹那。


ガキーーーンッ!!


火花を散らし、耳をつんざくような金属音に、ハッと目を開ける。


ドカッドカッドカッドカッ


気が付くと蹄の音がサラの横を通り過ぎ、リュートが馬上から男の剣をたたき落としていた。


「間に合ったか?!」


ザッと馬から下りて、2人の元に駆け寄る。


「何だ、この野郎!」


「死にたければ来るがいい!」


リュートが正面にスッと剣を構える。


「うおおおお!」


思い切って先頭の盗賊が剣を振り下ろす。

リュートがそれをギンッとはじき、素早く切り返してドッと切り裂いた。

血を吐き倒れる仲間に、仲間が身を引く。


「ひいっ!!」


ちょうど後ろから、遅れてリュートの従者が2人追いついた。


「リュート様!」


手練れに出会った不幸を呪い、男達が舌打って下がる。


「ちっ、かなわねえ!逃げろ!」


残った2人は敵わないと見るや、慌ててその場を立ち去っていった。


「リュート様!良かった、間に合われましたね。」


ファルーンが、リュートに駆け寄る。

リュートは背中のハープを降ろし、彼に差し出した。


「すまん。これを、お前のハープだ。2人とも良かった、無事で。サラ殿、さあ手を。」


リュートがファルーンにハープを返し、サラに手を差し伸べる。

サラはドッと涙を流して、立ち上がると彼に抱きついた。


「もう!もう!なんで今頃来るのよ!」


「遅れてすまん。」


「勝手に消えて、勝手に……勝手に……

もう!何て方なの?!もう!」


「無事で、良かった。」


サラが顔を上げ、彼と見つめ合う。

リュートがその涙をそっとぬぐい、彼女の唇にキスをした。


「リュート様、ここは早く引きましょう!」


従者が声を上げた時、周りからぞろぞろと剣や槍を手に盗賊達が集まってきた。


「なにっ!まさか!」


先ほど逃げた2人が、仲間を引き連れてやってきたのだ。


「へえ、こいつは綺麗な姉ちゃんと可愛い子供もいるじゃねえか。」


「どこかの貴族さんが戯れのお散歩かな?」


下卑た男の声が響き、男達が笑い声を上げる。


「サラ、私から離れるな!」


リュートが従者と共にサラとファルーンを守って剣を構える。


「馬を!」


「やめよ、敵は槍も持っている。騎乗する時狙われては命を落とす。」


あまりにも、敵の数が多い。

しかも相手は盗賊、背中から平気で斬りつける卑怯者だ。


「さっきはよくも仲間を切ってくれたな。今度は負けねえ。」


先ほどの一人が前に出て、不敵に笑った。


「ファルーン、駄目よ。もう駄目だわ!」


サラがファルーンを抱きながら、大きく首を振ってうつむく。

どんなにリュートやその従者が剣の達人でも、この数を相手にしては押されるだろう。

彼女は絶望にくれてガクリと膝を折った。


ポロン、ポロロンポロン


「主よ、落ち着くのだ。落ち着きなさい。」


ファルーンがハープをつま弾き、優しく彼女の頬にキスをする。

そのハープの音を聞いた瞬間、周りの音がすべて消え失せた。

小さく身を丸めた彼女に、ファルーンがそっと力強く耳元に囁く。


「あなたはこの国の王女ではありませんか?」


「でも怖い!怖いわ。」


泣きながら耳を塞いでも、ファルーンの声だけは頭に響く。


「主よ、偉大な王の娘サラ王女よ、あなたは何を望むのだ?」


「わ、私の…?」


「望みは何だ?」


「私の望み?」


キュッと王女が唇を噛み、顔を上げる。

そこには剣を振り上げたまま時間が止まったように動かない男達に囲まれ、美しいファルーンの顔が優しく微笑んでいる。


「私は、私は生きたい。」


「それだけ?」


そっと首を巡らし、彼女を守って立ちはだかる、リュートの雄々しい姿に手を合わせる。


「許されるならば。私は、この人と共に生きたいの。……そう、みんなと幸せに。」


みんなと………

ハッと、気が付き周りをもう一度見回す。


煙を上げ燃えさかる家、傷つき殺された人々。

先ほどまで、あれほど平和に暮らしていた……


「ファルーン!月のカケラよりいでし、美しき汝ハープの精霊ジュエルムーンよ、こ奴らをこの街より追い出して!この街を助けて!」


「承知した。」


スラリと、ファルーンがハープを持ち男達の前に出る。


ポロロロンポロン


ハープを奏でたその瞬間、止まっていた時が動き出した。


「ファルーン!下がれ!」


リュートが男と戦いながら驚いて声を上げる。


「な、何だ?このガキ。」

「気でも狂ったか?」


その無謀な行為にひるむ男の前で、ファルーンはハープを弾き始めた。


ポロロロン、ポロンポロンポロン……


その澄んだ音に涼やかな風が降り立ち辺りに舞う。


「なんだ…………?」


男達の手が止まり、ぽうっとそれを眺める。


ポロロロポロンポロロ


美しい音色が光を生み出し、男達を輝きに染めながら、その輝きが風に乗って街を包みこんだ。


ヒュウウウウ


勢い良く燃えていた家の火が、その光を帯びたささやかな風で消えてゆく。

馬に乗った男も町民を襲う男も、皆その身体が光に包まれて黄色く輝くと、次第に表情がぼんやりして身体をユラユラ揺らし始める。

そして、ブランと下げた手から剣を落とし、まるで幽鬼のように一斉に来た道を戻り始めた。

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