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第4話 凌天SS1-4

 突如現れた見知らぬ男が最後の賊を無造作ともいえる動作で倒した後、ゆっくりと静香の横にひざまずいた。

 凌天は見知らぬ男から目が離せなかった。

 軽く静香をゆすり声をかけているようだが、爆ぜる炎、叫び、逃げる足音。辺りの喧騒と周囲の混乱で男の声は聞こえない。 男が静香を優しく起こし声をかけている。この時凌天はやっと静香の顔が見えた。額から流れた血が炎に照らされて黒く反射していた。

 突然立ちすくんだ静香に賊が殴りかかかった。

 賊の一撃が静香に振り下ろされた時、

 凌天は思わず力を使った。  迷いはなかった。振り返ることもなく、その男を炭にした。

それでも、動かない静香の身体が何よりも怖かった。

 だからこそ、周囲に集まる賊たちを、どれだけ焼いても焼き足りなかった。賊たちは凌天の力で炭となったが、その後動かない静香を凌天は一番に心配していた。あの見知らぬ男にしても、力が万全であれば静香にたどり着く前に消し炭にしていただろう。

 男の腕の中で静香がゆっくり目を開ける様子が見える。状況がわからず、戸惑い、そして出血に気が付き、見知らぬ男を見て頭を振っている。まるでありえないとでも言うように。

そして ――静香が、微笑んだ。

 目を疑った。

 思考が一瞬止まった。

それは、彼女が凌天に一度も見せなかった表情だった。

少しだけあどけなさを残した、どこまでも安心した、やさしい笑み。 痛みと共に、それでも生を確かめるような、灯のような表情。

  痛みを抱えているはずの顔が、

 信じられないほど柔らかく、  これ以上ないくらい安らいでいた。

 そして……静香は見知らぬ男をしっかりと抱きしめ涙を流した。涙を流す静香に何かを語りかけていた男は、静香の肩に手を置き、体を離し立ち上がる。

 静香が涙をぬぐいながら、ゆっくりと視線をさまよわせる。 そして視線の先に凌天を見つけたのか、静香も立ち上がりながら凌天に向けて笑いかけた。


 「違う……ちがう……」


 凌天が言葉をこぼす。凌天自身何が違うのかよくわかっていない。しかし違うのだ。違うことだけは間違いがない。静香を助けた男を援護するためには湧いてこなかった力が沸々と沸き上がる。

(そう、まだ村を助けなければいけない。だから……)

 ーーーそう、だからーーー

一瞬にして周囲が明るく照らし出される。何本もの火柱が立ち上り絶叫が響きわたる。次々と突き刺さるように沸き上がる火柱に何人もの賊が焼かれていく。そして広場の中心にも火柱が昇る。

「つかさ!」

 声とともに静香が見知らぬ男に抱き着いた。男も答えるように静香を抱き留める。どれだけ耳を澄ませても喧騒にかき消されて聞こえなかった静香の声が届く。そして燃え盛る炎に身を投じた静香。凌天は力を抑えようとしたが、一度解き放された炎の奔流は押しとどめることはできなかった。

「ぁああ。静香」

 凌天は絞り出したような声で自分が守るはずだった女性の名前を呼んだ。


 賊が消えた翌日、すべての賊を焼き払った凌天が気が付いた時には戒めを解かれ地面の上で横たわっていた。凌天の前に割れ残った木の器に盛られた粥と水筒に入れられた水が置かれていた。村人たちは凌天に一瞥をくれるものの積極的に関わろうとするものはいなかった。

 村中の賊を一度に焼き払ったあと、どうしようもない疲労感に襲われ 縄が解かれた今もそれは抜けていなかった。村の状況からすれば粥を出してもらえただけでもありがたいのだろう。


(静香……)

 村の中では静香(Jìngxiāng/ジンシャン)と言われていた。

「私はジンシャンじゃなくて”しずか”なの。だから凌天(Líng Tiān/リィン・ティエン)は私のことをしずかって呼んで」

 少し会話ができるようになってから静香は凌天に伝えてきた。

「しずか・・・」

「そうそう上手上手」

「僕の名前は君の言葉ではなんていうの?」

「う~ん、りょうてん?」

「じゃあジンシャンは僕の事りょうてんって呼んで」

 目の前で男と消えてしまった。本来であればあの日凌天とともに村を出奔し困難を超え生活をしていくはずだった存在が……。


(僕よりあの男だったのか?)

よろよろと立ち上がり二人がいたであろう場所に移動し座り込む。周辺にまだ炭になったままの賊が転がる中静香がいた場所、そこだけが不自然にぽっかりと空白だった。

「しずか・・・」

涙も出ず、わずかな言葉がこぼれるだけだった。


数日後。

 村は死者と負傷者に覆われ、崩れた家々の修復が始まっていた。 村長一家は凌天を残し全滅し、指揮系統が失われた中でどうにか村を上げて前を向こうとしていた。

 その中に凌天はいなかった。

 賊が来た翌日にはもう村のかたずけが始まっていた。まずはけが人の手当。そしてあちこちに転がる死体を村の外に出す。それだけで一仕事だった。今回の隊商はいつもの倍の20名の商人がいた。その隊商が賊だったのだから商人とは言えないかもしれないが……それでも村に長年通ってくれた商人もおり、放置する気にもなれなかった。尤も炭化した死体であってもそのまま放置すれば腐乱してくことも予想されるため村の外に放り出し、官吏が来るまでは埋めることもできなかったが……

 そして、賊に殺された人たちを一か所に集め簡単ではあるが葬儀を上げてやる。本来ならそれぞれに穴を掘り墓標を立ててやりたいところだったがそれもかなわない。

「悪く思わんでくれ」

「いいところにいけよ」

口々に言葉をかけながら大穴に遺体を落とし葉をかけていく。

「いやーッ、お父さん!!」

嗚咽や叫び声が響く中次々と土がかけられていく。

(弔うことができるだからいいじゃないか)

葬儀の中にも入れず堀の向こうで行われている埋葬の声を聞きながら何もない広場を凌天は眺めていた。

「まだ何も伝えてない、まだ何も聞けてない……」

泣くこともできなかった。


 葬儀が終わり、ようやく村の片づけが本格的に始まった。

凌天が広場を歩くと、数人の作業の手がふと止まった。

「あ……」と誰かが小さく息をのんだが、その先の言葉はなかった。

子どもが黙って親の後ろに隠れる。 老人は頭を下げるふりをして、目線を地面へ落とす。 若者が担いだ木材を持ち直し、視線を凌天の肩越しにすべらせる。

挨拶は交わされた。うなずき返す者もいた。 けれど、誰も、彼に近づこうとはしなかった。


 さらに数日後官吏たちが村へ現れた。自然と皆がまとまりリーダーが選出され行政街である凛城リンチェンまで盗賊による被害を報告に走り下級官吏の巡律吏が派遣されたのだった。

 「これは……どういうことだ」

 口元に手を持っていき馬上から男がうめいた。村に入る前に積み上げられた黒い人形に男は顔を青くした。大きな穴が掘られていたが穴に入りきらず山のようになっていたのだ

「これは、どういうことだ」

 驚きを押さえつけて再び馬上の男が訪ねた。

「はい、これは村を襲った賊たちでございます」

街まで報告に行き一緒に変えてきた村人が答えた。

「お前たちが処分のために焼いたのか?」

「いえ、私たちは何も……ただ……」

「ただ……?」

「暴れていた男たちが突然燃え上がったんです、だからただ集めてここに・・・・・」

「そうか……わかった」

それきり馬上の男は唇を閉じたまま、馬の向きを変えた。


馬蹄が乾いた大地を踏みしめて進む。  巡律吏たちが村に入ったとき、最初に見えたのは――焼け落ちた家と、人形に炭化した地面だった。

「……これが全部、賊が……?」

隊列の先頭にいた若い役人が、口元に手をやった。  

 村は、静かだった。 否、人の声が聞こえないだけで音にはあふれていた。ものを動かす音、そして槌の音。その音がこの村の強さのように官吏の男には感じられた。

被害を免れた者たちが家屋を片付け、 家族を亡くした者は四合院の奥へ戻り、泣きながらも壊れた什器を片付けていた。 屋根に登る者、声をかける者、鍋を煮込む者。

“いま何かをしなければ気持ちが死んでしまうのだろう”。

 20名の賊が来たにしては被害が少ないが、確実に生きていくための気力をそがれた村が何とか立ち止まっている様子を見てたくましくも思った。

「……それにしても……あれはなんだ?」

小さく首をかしげた官吏のひとりが、広場の端に目をとめた。  一人の青年が、家の壁にもたれていた。足が投げ出され壁にもたれていた背はずり下がり肩甲骨で何とか壁にへばりついているような座り方をして、じっと広場の中央――何も残っていない“ぽっかりと空いた場所”に目を向けまったく動かない。

「あれは?生きているのか――」

問うた声に、そばにいた村人が、申し訳なさそうに眉を下げた。

「……村長の息子です。名はリィン・ティエン(凌天)です。あの後からずっとあの調子ですよ。  思い人を――今回の件で亡くしたようで。  ……遺体も見つかっておりません」

「そうか」

 賊や異民族が頻繁に攻めてくるので、珍しい話ではないが全てを失った後の反応としてはうなずけるものがなくもない。

(ただ村長の息子であればもう少ししっかりとしていてもよさそうなものだ)

 腹の中で青年のふがいなさを思いながらもう一度凌天に目をやる。力の抜けきった手足が地面に投げ出されていた。その横には誰が置いたのか木の椀と水筒が置かれていた。もう長い間置かれているのか椀には虫がたかっていたが、虫を気にする様子もなかった。

 それきり興味を失って馬を進めようとした男が違和感に気が付いた。無造作に投げ出された手足が何かを反射している。再び興味を持って馬を歩かせ凌天に近づくと手足が硬そうな小さなうろこに覆われていることに気がついた。

「おい。この村を襲った賊は突然燃え上がったといったな?」

「え、あ、はい」

突然巡律吏に声をかけられた男はうなずいた。

「村の様子を見た後この男を凛城リンチェンに連れて帰る。明日にでも立つつもりだから用意をさせておけ」

「あ、はい」


 翌日巡律吏たちは村を後にした。村長宅に燃え残った荷車に牛をつなぎ凌天をのせて。村人たちは総出で官吏を送り出したが凌天のことを口にする者はいなかった。










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