ザシュワン王国は世界でも有数の資源国家である。
その中でもソドムはあちらこちらにダンジョンを有し、産業に必要な鉱物、食物、薬草などが豊富に収穫できる街であった。
あるダンジョンは森の奥深くに位置したり、街中であっても寺院の塔ような荘厳な建築物であったりした。
当然のことながらこの街には人の出入りが激しい。金銀財宝をもとめて入国してくる冒険者が後を絶たないのだ。
それは剣を携えた
彼らには街に入るときに法外な入町税が掛けられる。移民者の中には苦情を訴える者もいたが、それでも彼らはメリットがあると感じていた。
この街には老舗といわれる
これらいずれかのギルドに属することが、彼らの生活に安定をもたらすと信じ込まれていた。
石作りで出来あがった中世のこの街の防衛システムはキチンと整備されていた。そう、この地場特有の
この世のすべての生き物は、死ぬと魔素に分解されると言われている。この魔素はやがて山肌や地面に吸収され、川に流れて海に沈む。魔素はこの世に強大なパワーを生み出し、大地を蘇らせててくれるのだった。
それはまたモンスターたちにとっても同じこと。まだ土葬が主流だったこの時代である。墓場からアンデッド(ゾンビ)たちがさまよい歩き、ハーピーという人面鳥が森を飛び交っているだった。
強大なモンスターたちを封じ込めなければ、街は崩壊してしまうであろう。そのためダンジョンが完全に機能する前に、それらを壊滅させるギルドが誕生したのである。
「お姉ちゃん昨日パパ戻ってこなかったね。どうしたのかな?」
そんなギルドのある街の一角に、ナナの住む小さな家が建っていた。
スープ皿から立ちのぼる湯気が、朝の光りに照らされて光りのカーテンようにゆらめいている。
「ピアン、だいじょうぶだよ」エプロンを身につけたナナは片手に耐熱手袋をはめてオーブンから朝食用のパンを大皿に移しているところだった。彼女の左手首には革製の古いミサンガがのぞいている。「魔族たちの退治にちょっと手間取ってるんじゃないのかな?」
「それならいいけど・・・・・・」
弟のピアンはまだ八歳になったばかりだ。まん丸の顔に、まん丸の目、小さな低い鼻にへの字のおちょぼ口。プロバレン家にとってはマスコット的な存在だった。
「母さん、朝ご飯の
十七歳のナナはエプロンを脱いで、屈託のない笑顔を奥の部屋に向けた。
鳶色の瞳、白い肌、栗色の髪がまっすぐに伸び、細い肩に掛かっている。少し痩せすぎにも見えるが、朝夕二回の食事しかとらないこの世界ではごく普通の少女の姿だ。
肩から青いカーディガンを掛け、後れ毛を直しながら母のアーロンが現われた。
「あら。ベッドまで持って行くのに」
「ありがとう。でも朝食ぐらいはね・・・・・・」咳をしながらアーロンが席に着く。「家族みんなで食べたいじゃない」
ドンドンドン! その時玄関のドアが激しくノックされた。
「はい」 ナナがドアをそっと開ける。そこにはちょびヒゲをはやした能面のような顔の男が立っていた。手にはバインダーのようなものを携えている。
「プロバレンさん?」色白の男が口を開いた。
「はい」ナナは不安げに白い歯を見せた。「どちらさまでしょうか?」
「朝早くに申し訳ありません。ニーサンでギルド員をしておりますパレスと申します」
ナナは思わず母を振り向いた。
「夫に何かあったのですか?」アーロンがまるで幽霊でも見たかのような顔をして席から立ち上がる。
「それが・・・・・・」パレスは申し訳なさそうに眉間に皺を寄せてうつむいた。「昨夜、討伐隊のレイド経由でダンジョンの門番から連絡が入りました」
「お姉ちゃん。レイドって何?」ピアンがナナに訊く。
「パーティーの集まりよ。より強力な敵と闘うときにギルドから召集がかかるの」
「それで、ギリスに何があったというのです?」今にも倒れそうな母がナナに片手を支えてもらいながらも気丈にパレスに近づいていった。
「門番がパーティー長から訊いたとこによりますと、ギリスはどうやら魔王タエロンに討たれたようだと・・・・・・」
「そんな・・・・・・」
アーロンの表情が消える。膝がガクガクと震えその場に崩れ落ちた。
「でもまだご遺体が見つかった訳ではありません。ただレイドのウィザードによるとギリスの生命反応が消えてしまったと」
「それって、父が亡くなったということじゃないんですか?」
アーロンを支えるナナの手も震えだした。
「ありていに言えばそうなりますが・・・・・・とりあえずご報告までです。死亡の確認ができ次第ギルドから保険金が降りますので、その際には申請をしていただければと・・・・・・」
「パレスさん。その確認ができなかったらどうなるのです?」ナナは訊いた。
「五年です。五年を経過した時点で一万ギャザーが支払われることになっております」
「五年だって?」その時、背後から女の声が降ってきた。
驚いてパレスが振り向く。魔女のような顔をした老女が腰に手を当ててパレスを睨みつけていた。「五年なんて悠長なことを言ってないでさっさとに払ってやんなよ」
「あなたは?」パレスが几帳面に会釈をする。
「あたしゃあこの家の大家さね。なにしろこの親子はもう三ヶ月も家賃を滞納していらっしゃるんでねぇ」
「セデスさん」ナナが無理に笑顔をつくって言う。「父の安否がわかるまでもう少し待っていただけませんか?」
「そういう訳にはいかないね」
「それじゃあ、せめて母の具合が良くなるまで」
「あんたナナって言ったね。両親がこのザマなんだからあんたが働いたらどうなんだい。もう働ける歳だろう?あたしがいい就職先を紹介してあげるよ。知ってるだろ。『シュルハウス』っていうんだけどね」
「セデスさん。あなたなんてことを」アーロンがナナをかばうように前に出た。「あれは娼館じゃありませんか!」
「それが嫌なら家賃を払いな」
「まあまあセデスさん」間に立っていたパレスが困惑した顔をする。「こんな時に無茶なことを言う物ではありません。見舞金の件は上の者と相談してみますから、今日のところはお引き取り願えませんか」
「ふん」セデスはパレスを無視してアーロンを睨む。「プロバレンさん。月中に滞納のひと月分でも払えないないようだったら約束どおり出てっておくれよ。わかったね」
背の低い大家はまるで
「パレスさんすみません。なんかお恥ずかしい所をお見せしてしまって」母をいたわりながらナナが頭をさげる。涙がにじむ。わたし達なんてみじめなのかしら・・・・・・。
「いや酷いひとだなぁ」パレスがあきれた顔をする。「それよりお嬢さん、どうですギルドに来られては?」
「え、わたしがですか?」
「そうです。ニーサンはいま慢性的な人材不足でしてね。あなただったら間違いないと思うのですが」
「はあ・・・・・・」
ナナが何気なく母のアーロンに視線を移した。母の瞳は別の何かを訴えようとしていた。