「登録のご希望ですね」
それから数日後。ナナは受付カウンターに座っていた。
「ギルドカードを発行いたしますのでこちらの登録票にご記入お願いします」愛想のいい笑顔を作ってひとりの若者に登録票を渡す。
男の名前はタイザー・フランクリンという。その瞳は深い緑で湖の底を思わせる。黒い甲冑を身につけ、腰には剣を差している。
「タイザーさま。ご宿泊はいかがなさいますか?」
「宿を探す手間が省ける。宿泊もお願いしたい」
「個室と大部屋がございますが。お値段は個室で一日六百ギャザー。大部屋が三百ギャザー。連泊割引はございません。食事は二階の食堂でバイキング形式になっています。朝は六時から八時。夕方は七時から九時です。裏庭の井戸は共同でご自由にお使いいただけます」
「個室で。それからこの仕事をしたいのだが」
タイザーは壁のクエストボードに貼り付けてあった依頼票をナナの前に滑らせた。それは父が請け負った魔獣討伐の依頼票だった。レベルはA。
「残念ですがタイザーさま。このご依頼はレベルA以上の冒険者でないとお受けすることができません。失礼ですが登録後のレベルはFからになります」
「レベルF。このオレが?」タイザーの端正な顔に影が宿る。「レベルFだとどんな仕事があるのかな?」
「ダンジョン内の薬草やマジックきのこの採取。山に入って鉱石の採掘とかですね。もしも討伐パーティに参加したいのであれば荷物持ちという手もございます」
「荷物持ち?」
「タイザーさまでしたら実績を積んですぐにCランクぐらいに昇進できそうですね。がんばってください」
ナナがファイトのポーズを取る。タイザーは苦笑した。
「こんなこと言っちゃなんだけど、ボンタじゃ少しは名が知れたファイターだったんだぜ。ほかに手っ取り早くランクをあげる方法はないのかい?」
タイザー・フランクリン。何度も瀕死レベルを経験したソードファイターのひとり。
「ないことはないのですが・・・・・・」
「そう、キミはプロバレンと言うのか」タイザーはナナの胸の名札に目をつけた。「ギリス・プロバレンとは何か関係があるのかい?」
「ギリスはわたしの父ですが」
「ほう。あんたギリスさんの娘さんだったのか。ぼくは昔ギリスさんに助けられたことがあってね。ギリスさんが行方不明になったと訊いて助けにきたのさ」
「そうだったのですか。ありがとうございます。それであの討伐依頼票を?」
「そういうこと。だけどなぜギリスさんはパーティーを組まなかったのだろう。いくらなんでもソロは危険じゃないのか?」
「わかりません。腕に自信があったらからだと思います」パーティーのメンバーに報奨金を分配するのをケチったからだとは言いにくい。「それではまずIDカードの発行に必要になりますので血液を一滴ちょうだい致します」
ナナはタイザーの左人差し指に針を刺す。血液の粒がパラフィンカードに挟みこまれる。
「このIDカードをお持ちください」
タイザーはナナに差し出されたブロンズ色のカードを受け取った。このカードはランクによって色が変わるのだ。FからDランクはブロンズ。Cランクはシルバー。Bランクはゴールド。Aランクはブラック。S以上だとプラチナカードになる。
「午後にギルドの裏庭に来て下さい。今日はたまたまランクアップ認定試験がございます」
「おれも受けられる?」
ナナがこっくりと肯く。
「推薦しておきしょう。ですが本当はお薦めはできません。試験とはいっても危険がともないます。それなりに覚悟が必要になりますよ」
タイーザーは軽く手を振って踵を返す。ナナはそのたくましい後ろ姿を見送った。
「あのう。鉱石の換金をお願いしたいんじゃが」
小さな老人がカウンターの下からナナを見上げていた。
「あ、お待たせしました。それでは鑑定員に査定をしていただきますのでお預かりしますね」
※※※
「ナナ。午前中の彼、すっごくカッコ良くなかった?」
ナナは食堂でロミイとお弁当を食べていた。
「タイザーさんのこと?なんか父の知り合いなんだって。ダンジョンに行って父を探してくれるっていうのよ」
「心配よね。お父さん」
「パレスさんが最後まで希望は捨ててはいけないって。でもウィザードが生命反応を感知できない場合、救援隊も組織できないらしいのよ」
「ふうんそうなんだ。だけどちょっと変な噂を聞いちゃったんだけど」
「なあに」
「ギルメン(ギルドメンバー)のララさんが資料保管室で偶然目にしちゃったらしいんだって」
「どうしたの?」
「ギリスさんの依頼書の報酬額がちょっとね」
「報酬額がどうかしたの?」
「誰かに書き換えられていたみたいだって」
「書き換えられた?」
「て言うか、丸がひとつ足されてたっていうのよ」
「それ具体的に教えて」