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第六話 白い騎士

 「お母さん。お父さんは誰かにはめられたのよ」


 帰宅したのは夜更けだった。ナナはアーロンの枕元に座って言った。


「ナナ。そんなこと・・・・・・」


「きっとひとりでも遂行可能で割のいい仕事に見せかけたんだわ」


「だからといってお前、危険なことはおやめよ」


「わたしの力は父親譲りなんでしょう?」


「そうとも限らないわ」


「違うの?」


「生まれつきよ」


「意味が解らない。お父さまの血を引いたからじゃないの?」


「・・・・・・」


「だいじょうぶよ。もしもの時には保険を掛けたから。それに一緒に闘ってくれる戦士も見つけたのよ」


「ナナ」


「いいから。ピアンが起きてしまうわ。お母さんも安心してもう休んで」


※※※


 翌朝は晴れた。


「おふたりですか?」


 ダンジョンの門番がタイザーを胡散臭そうに見上げる。門番は昔プロレスラーでもやっていたのだろう。髪はオールバック。はち切れそうなTシャツ。肩幅が異様に広い。


「ソロだ」


「でも」門番がタイザーの後ろを怪訝そうに指さす。


「タイザーさん。わたしもご一緒するわね」


 気がつくとタイザーの背後にナナが微笑をたたえて立っていた。白い鎧と盾がまぶしい光りを放っている。


「なんだきみその格好は?」


「レンタルで借りて来たの」


「よせよ。いくらキミの父上を捜索すると言っても、ついて来られたら迷惑だ。ギルドは承諾しなかっただろう?」


「当たりまえよ。今日はお仕事じゃないもの。お休みをいただいたの」


「永久にお休みいただくことになるかもしれないぞ」


「それでも結構よ」


「とんでもない。帰れ!キミを護衛しながら闘うなんてまっぴらゴメンだ」


「護衛なんていらないわ。門番さん」


「なにかね?」


「わたしニーサンの受付嬢のナナって言います。今日はソロ討伐の付き添いに参りました。通してくださいますよね?」


「それはちょっと」ナナが門番の額の前に手をかざした。「どうぞお入りください」


「勝手にしろ」タイザーはダンジョンに入っていった。白い騎士も後につづく。


 このダンジョンは塔型。道が螺旋状にどこまでも続いていた。建物の中なのになぜか空が見えた。


 一時間ばかり進んだだろうか。モンスターは現われない。ところどころにゴブリンの死骸が転がっているのは父ギリスの功績だろうか。


「タイザーさん」ナナの声が薄暗いダンジョンの中で反響する。


 タイザーはむっとして返事もしない。


「タイザーさん」


 タイザーは足元のスライムには目もくれず、ただ黙々と歩いて行く。


「タイザーさん」 


 スライムは切っても数が増えるだけなので襲ってこない限り相手にしないのだ。


「昨日父の依頼請負書を見たんです。そうしたらおかしな事が判明しまして」


「おかしな事って?」ようやく返事が返ってきた。


「どうやら父の遭難は仕組まれたみたいなんです」


「どういうこと?」


「今回のご依頼の討伐報酬額はいくらか覚えてますでしょうか?」


「五千ギャザー」


「父の請負書は五万ギャザーになっていたんです。つまり金額を改ざんして父をり出したんだと思います」


「そんなバカな。なんのためにそんなことをする必要がある。目的は?」


「わかりません。ですがこれから父を見つけに行きます。何かわかるかもしれません」


 次の瞬間、下の方から何かプラスチックのようなものがかち合う音が迫ってきた。剣と盾を構えたおびただしい数のスケルトンであった。彼らを指揮しているのはこれまた首のない騎士たちだ。


「おいでなすったな」


「ものすごい数ですね」


「ナナ・・・・・・って呼び捨てにしていいか?」


「ええ、結構よ」


「それじゃあナナ。おれより先に上に行け。急げ」


「いいわ」


 白い騎士はタイザーを追い抜いた。


 タイザーが剣を抜くと、苔の生えた黒い壁を横殴りに切り裂いた。石が飛び散り、岩になり、階下のモンスターたちを飲み込んでいった。


「バカめ」


 ナナが上がっていくと、前方に黄色い大きな六つの光りが見えた。ハアハアという息づかいが近づいて来る。三つ首の猛犬ケルベロスだった。


 ウゥゥといううなり声とともにナナに跳びかかってくる。ナナは剣を抜いた。


(あんたが来ると、ここの武具がさわぎだすんじゃ。その中でもこの剣がピカピカと光り出す。これはなんという剣なのですか。東洋の妖刀ムラサメというんじゃ。これを借してください)


 一閃、ムラサメは空を切った。ケルベロスは鳴く間もなかった。三つの頭は胴体を離れて遙か遠くに飛んでいった。


 なぜか周りの岩壁が動き出す。石の巨人ゴーレムだ。ナナはムラサメを脇に構え、電光石火のごとくゴーレムの懐に飛び込んだ。


 ナナが去った後、ゴーレムは積み木崩しの人形のように左右にバラバラと崩れていった。


「さすがはギリスさんのお嬢さんだ。なんだって受付嬢なんてやっている」下からタイザーが上がって来た。「それだけの腕があれば魔法剣だけで食べて行けるんじゃないか?」


「わたしの力は幼少の頃から両親に封印さていたの」


「なんで?」


「知らない」


 そのとき女の顔を持つ鳥のハーピーが飛んできた。


「ナナ。やっと現われたわね。さきほどから魔王がお待ちかねよ」


 それだけ言うと人面鳥は飛び去って行った。ナナとタイザーは目を合わせた。


「まさか、これも罠だと言うのか?」


 前方からなにか大きなものが歩いてくる音がする。音がするたびに壁の石がバラバラと落ちた。朽ちた臭いがした。


「魔王タエロンか!?」


 暗闇の中に大きな瞳がふたりを見下ろしている。


「こっちだ。早く来い」


 一つ目の巨人サイクロプスだった。サイクロプスは獣人の毛皮をたすき掛けにし、おとなふたり分もあるこん棒を肩にかついで塔を象のような足取りで登って行った。


 ソードファイターの二人は巨人の後について塔の最上階にたどり着いた。


 その大柄な男は巨大な石の椅子に腰掛けていた。魔王タエロンだった。


「父はどこにいるの!?」


「ナナか。お前の言う父とはギリスのことか?ギリスならあそこだ」


 少し離れたこんもりした丘の上に十字架が掛けられていた。そこにはりつけにされているのは・・・・・・お父さん!


「安心しろ。ギリスは死んではいない。仮死状態のままだ」


「父を返して!」


「父・・・・・・返してやろう。お前が条件を飲むならな」魔王タエロンは立ち上がった。「ナナよ。ひとつ真実を教えてあげよう。ギリスはお前の本当の父ではない」


「え、なにを言い出すの?」


「そしてお前の本当の母はアーロンではなくサブマスのソフィーだ」


「それじゃあ・・・・・・」


「もうわかっただろう。お前の本当の父はこのわたしなのだ」

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