目を開ける。
はじめに視界に入ってきたのは、木の
ベッドに
少し固めだったけれど、なんだか久しぶりにベッドで
ゆっくりと上体を起こす。
はらり、と、
「
ぴき、と頭に痛みが走る。
なんだろう、これ。
よくわからない。
相変わらず、名前も思い出せない。
父や母、兄弟がいたのかすら、全くわからない。
「
まるでこの世界に、ぽっと放り出されたかのような感覚に
その時。
「おお、目が覚めたかね?」
優しい声の方に顔を向けると、
「あの、私……」
やや、
「いいのいいの。あんたみたいな若い女の子が、
「すいません、ここは?」
「ここはマールの村。見ての通り小さい村でね、まだまだやらなくちゃならないことがたくさんあるんだけど、いつか立派な村にしてみせるって、
「ということは、旦那さまが村長さんなんですね?」
「おやまあ、こりゃ
フレースさんが手を差し出してきたので、私はおずおずとその手を
長年の労苦が刻まれた、重みのある手のひらだった。
そしてフレースさんは私のことを、名前で呼んでくれなかった。
つまり私は、この村の住人ではないという可能性が高い。
「それで、あんた名前は? それに、なんでずぶ濡れだったんだい。ここんとこ晴れ続きで、作物の心配をしているくらいなのに。あんな夜中に、マールの湖にでも落ちたのかい?」
うっ、と言葉に
それはむしろ、私が知りたいことだったから。
「それが、その、全然、わからないんです」
「わからない?」
「はい」
「名前も?」
「はい。名前だけじゃなくて、ここがどこなのかとか、両親のこととか……」
「あんれまぁ、そりゃ
「……たぶん、そうかと存じます」
「そうかね、それは参ったねぇ」
フレースさんは
「ちょっと待ってなさい」
そう言い残して、フレースさんは部屋から出て行った。
「マールの村……?」
ぽつり、と
その場所に、聞き覚えが全くなかったから。
それどころか、この世界のどこになにがあるのかすら、全くわからない。
頭を
「おお、
その時、部屋に温和そうで、大きなお
白い
このおじさんも、悪い人ではなさそうだ。
「妻から聞いたよ。災難だったね」
明るい声と
「いやあ、本当に
「私を知らない?」
「この村のことは、村長である儂が一番よく知っている。だから君がこの村のものではないことくらい、一目でわかる。しかも、ここには旅人など、そうそう入れないのだが……君は、どこからきなさった?」
「それは――」
ベッドの上で
「あんた馬鹿かね! 記憶喪失の子が、そんなことを知ってるわけないだろう?」
「おお、そうだな、そうだよな」
フレースさんに叱られて、村長さんはその大きな身体を丸める。
どうやら村長さんは、フレースさんに頭が上がらないようだ。
「それでは、名前もわからんのかね?」
「はい……思い出そうとしては、いるのですが」
痛い。
「イーヴァ」
「はい?」
「あんたの名前だよ。ここで暮らすにしても、どこに行くにしても名前は必要だろうに。あんたは今からイーヴァ・ケインだ。ここはあたしと旦那しかいないから、
フレースさんの
「お、おい、お前、その名前は――」
村長さんが、
「いいんだよ。こんなに可愛くて、
「まあ、それは、そうだろうな。お前がいいというのなら儂も
村長さんに
自分のことも、この場所も、なにもかもわからない。
そんな私を、温かく
それが、
「お父さま、お母さま。イーヴァを、よろしくお願いします」
そう言って頭を下げた。