翌朝。
私はベッドから起きると、すぐにカーテンを開けた。
今日もいい天気だ。
思わずにっこり笑ってローブを着ると、ダイニングに行って朝食を頂き、早速、書庫に行ってみた。
書架には父が言った通り、かなり痛んだ本が二十六冊納められていた。
その中から一冊、抜き出して、中を読む。
……読める。
古語だったけれど、なんの問題もない。
時間がないので、明るい窓際にあるテーブルに本を何冊か置くと、白紙の本、四十冊をテーブルに載せる。ふーっ、と息を吐いて気合いを入れると、椅子に座ってインク瓶の栓を抜き、ペン先にインクをつけて作業を始めた。
思いのほか、作業は順調だった。
薄い本から始めたというのもあるけれど、順調に写本が積み上がっていく。
私はどうやら、地頭がいいらしい。
元の本を十ページほど読むと、文章でも絵でも、頭の中にきっちり記憶することができた。
白紙の本に、みるみる新たな息吹が与えられていく。
違和感を憶えたのは、十冊目を終えた頃だった。
気がつくと周囲に、あの緑や茶色、水色や青などの小さな光の球……マナが、部屋に集まってきていた。
「うんー? きみたちは、なにかなぁ?」
独りごちつつ、まあいっか、と、そのままにしておくと、やがて部屋中にマナの輝きが満ちていく。
突然、ふっ、と意識が遠のいた。
私の身体は、ペンを机に置いて辺りを見回すと、綺麗にニスが塗られた棒を手にした。
(え、わ、私は一体、なにをしようとしているの?)
意識から離れた私の身体は、棒を勢いよく前に振る。
すると部屋中で遊ぶように浮かんでいたマナが、棒の先に集まってひとつになった。その輝く棒の先を、元の本の山にヒュン、と音を立てて向ける。
なにやらその棒を空中で振ると、その先に集まったマナが踊り、空中に純白で二重の円陣を刻む。
そこになにやら文字を書き込んでいった。
そして――
「マナよ……これなる叡智を移せ……」
『転写の法術』
次の瞬間、目を疑うようなことが起きた。
残りの十六冊が宙に舞い、開かれて横一列に並ぶ。
そして同じ数の白紙の本が、同じように真向かいで連なった。
私は、これからなにが起こるのかしっかりと見定めようと、瞬きを忘れ、その光景を目に焼きつける。
棒を持った腕を円陣の中心に突き刺すと、円陣が輝き出す。すべての原本から、黒い文字がするすると糸のように伸びて、白紙の本へと吸い込まれていった。
(ななな、なになに? なにこれ!?)
目の前で起きていることが信じられなかったけれど、原本からの写本が物凄い速度で進んでいるのは事実だった。
やがてすべての本を写し終えると、原本、写本、それぞれが机の上にぱたぱたと置かれ、なにごともなかったかのように、窓から風が吹いてきた。
「――ッ!?」
身体に意識が戻ると、まるで一気に遠くまで走った時のような疲労感が覆い被さり、全身から汗がふき出した。
「はあ、はあ……本当に、なんなの、これ?」
私は辛うじて椅子に座ると、机に突っ伏した。手にしていた棒が滑り落ちて床に落ち、からんと小気味良く音を立てる。
部屋の中のマナは、まだ少し浮いているものもあったけれど、大半が先ほどの力で消えてしまった。
このふしぎなちからに、変換されたのだろうか?
「うう……」
全身から力が抜けていく中で、先ほどのふしぎな現象で書かれた写本のうちの一冊をなんとか取り寄せ、ページを捲る。
「わ!?」
そこに書かれていたのは、原本と全く同じもの……ではなく、私なりの注釈を入れ、最新版に改編された“新たな本”だった。
(確かに、ここ古いなって思った場所は改稿してたけど、あんな一気に?)
あの力はなんだろう。
少なくとも、マナが関係しているのは間違いない。
「はは、あはは……」
なにはともあれ、お父さまとの約束は果たせた。
安心感からか、私はそこで力尽きて机に突っ伏してしまった。
なんだろう、眩しくて堪らない。
目を覚ますと、白い陽光が差し込んでいた。朝の爽やかな風は日に焼かれて熱を帯び、もうすっかり真昼になっていた。
「ありゃ、寝ちゃった」
顔を上げて、正面にある窓の外を見る。
空には砂糖菓子のような雲がゆったりと形を変え、青色の空を彩っている。
窓の左手奥には微かに湖が見えるので、この村長宅が若干高い位置にあることがわかる。右手の先には森があり、近くに三本の椎の木があって……。
「え?」
その木の上の太い枝に、誰かが座っているのに気づいて、思わず身体を乗り出し、目を細める。
誰かと思えば、昨日畑で会った男の子、エセルだった。
エセルは私の姿を目に留めると、動揺したのか、その場から逃げようとして……見事に落ちた。
「わわわ、エセル!」
私は咄嗟に窓枠に足をかけ、身を躍らせると、スカートの端を持ってエセルに駆け寄った。
エセルは背中を強く打ちつけたらしく、呻きながら身体を仰け反らせていたけれど、私が抱きかかえると、脱力して項垂れた。
「ああ、あの、その……ごめん」
エセルはそう言って、私に謝罪する。
「えっと、なにが?」
首を傾げて、エセルに問いかける。
その顔は、真っ赤だった。