目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第五話 ふしぎなちから

 翌朝。


 私はベッドから起きると、すぐにカーテンを開けた。

 今日もいい天気だ。

 思わずにっこり笑ってローブを着ると、ダイニングに行って朝食を頂き、早速さつそく、書庫に行ってみた。


 書架しよかには父が言った通り、かなり痛んだ本が二十六冊納められていた。

 その中から一冊、して、中を読む。


 ……読める。


 古語だったけれど、なんの問題もない。

 時間がないので、明るい窓際まどぎわにあるテーブルに本を何冊か置くと、白紙の本、四十冊をテーブルに載せる。ふーっ、と息を吐いて気合いを入れると、椅子にすわってインクびんの栓を抜き、ペン先にインクをつけて作業を始めた。


 思いのほか、作業は順調だった。

 薄い本から始めたというのもあるけれど、順調に写本が積み上がっていく。


 私はどうやら、地頭がいいらしい。

 元の本を十ページほど読むと、文章でも絵でも、頭の中にきっちり記憶きおくすることができた。

 白紙の本に、みるみる新たな息吹いぶきあたえられていく。


 違和感いわかんを憶えたのは、十冊目を終えたころだった。


 気がつくと周囲に、あの緑や茶色、水色や青などの小さな光の球……マナが、部屋に集まってきていた。


「うんー? きみたちは、なにかなぁ?」


 独りごちつつ、まあいっか、と、そのままにしておくと、やがて部屋中にマナのかがやきが満ちていく。


 突然、ふっ、と意識いしきが遠のいた。


 私の身体は、ペンを机に置いて辺りを見回すと、綺麗きれいにニスがられた棒を手にした。


(え、わ、私は一体、なにをしようとしているの?)


 意識からはなれた私の身体は、棒を勢いよく前に振る。


 すると部屋中で遊ぶようにかんでいたマナが、棒の先に集まってひとつになった。そのかがやく棒の先を、元の本の山にヒュン、と音を立てて向ける。


 なにやらその棒を空中でると、その先に集まったマナがおどり、空中に純白で二重の円陣えんじんを刻む。

 そこになにやら文字を書き込んでいった。


 そして――


「マナよ……これなる叡智えいちを移せ……」


転写てんしやの法術』


 次の瞬間しゆんかん、目を疑うようなことが起きた。


 残りの十六冊が宙にい、開かれて横一列に並ぶ。

 そして同じ数の白紙の本が、同じように真向かいでつらなった。

 私は、これからなにが起こるのかしっかりと見定めようと、まばたきを忘れ、その光景を目に焼きつける。


 棒を持ったうでを円陣の中心にすと、円陣が輝き出す。すべての原本から、黒い文字がするすると糸のように伸びて、白紙の本へと吸い込まれていった。


(ななな、なになに? なにこれ!?)


 目の前で起きていることが信じられなかったけれど、原本からの写本が物凄ものすご速度そくどで進んでいるのは事実だった。


 やがてすべての本を写し終えると、原本、写本、それぞれが机の上にぱたぱたと置かれ、なにごともなかったかのように、窓から風がいてきた。


「――ッ!?」


 身体に意識がもどると、まるで一気に遠くまで走った時のような疲労ひろう感がおおかぶさり、全身からあせがふきした。


「はあ、はあ……本当に、なんなの、これ?」


 私はかろうじて椅子いすすわると、机にした。手にしていた棒がすべちてゆかに落ち、からんと小気味良く音を立てる。


 部屋の中のマナは、まだ少しいているものもあったけれど、大半が先ほどの力で消えてしまった。

 このふしぎなちからに、変換されたのだろうか?


「うう……」


 全身から力がけていく中で、先ほどのふしぎな現象で書かれた写本のうちの一冊をなんとか取り寄せ、ページをめくる。


「わ!?」


 そこに書かれていたのは、原本と全く同じもの……ではなく、私なりの注釈ちゆうしやくを入れ、最新版に改編された“新たな本”だった。


(確かに、ここ古いなって思った場所は改稿かいこうしてたけど、あんな一気に?)


 あの力はなんだろう。

 少なくとも、マナが関係しているのは間違まちがいない。


「はは、あはは……」


 なにはともあれ、お父さまとの約束は果たせた。

 安心感からか、私はそこで力尽ちからつきて机にしてしまった。


 なんだろう、まぶしくてたまらない。

 目を覚ますと、白い光がんでいた。朝のさわやかな風は日に焼かれて熱を帯び、もうすっかり真昼になっていた。


「ありゃ、ちゃった」


 顔を上げて、正面にある窓の外を見る。

 空には砂糖菓子さとうがしのような雲がゆったりと形を変え、青色の空をいろどっている。


 窓の左手おくにはかすかに湖が見えるので、この村長宅が若干じやつかん高い位置にあることがわかる。右手の先には森があり、近くに三本のしいの木があって……。


「え?」


 その木の上の太い枝に、だれかがすわっているのに気づいて、思わず身体を乗り出し、目を細める。

 だれかと思えば、昨日畑で会った男の子、エセルだった。


 エセルは私の姿を目にめると、動揺どうようしたのか、その場からげようとして……見事に落ちた。


「わわわ、エセル!」


 私は咄嗟とつさ窓枠まどわくに足をかけ、身をおどらせると、スカートのはしを持ってエセルにった。


 エセルは背中を強く打ちつけたらしく、うめきながら身体をらせていたけれど、私がきかかえると、脱力だつりよくして項垂うなだれた。


「ああ、あの、その……ごめん」


 エセルはそう言って、私に謝罪しやざいする。


「えっと、なにが?」


 首をかしげて、エセルに問いかける。

 その顔は、真っ赤だった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?