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第八話 清々しいほど堂々とした外道

「ごめんなさい、まだ加減がわからなくて。まあ私の貞操ていそうの危機だったし、これでおあいこにしてあげてもいいわよ」


 私の言葉に、ナイフの男の子が反応した。

 ぎろりとめつけ、そのひたいには痛みからくる脂汗あぶらあせにじんでいた。


「なにが、おあいこだ! こっちは、て、手をくだかれてんだぞ!? それにイーヴァって言ったか、お前。ってことは村長のとこだな? 絶対に、仕返ししてやるからな!」


 すずめ涙目なみだめで鳴いている。

 私は大きくため息をついて、男の子に言った。


「やれやれ、仕方ないわね。じゃあ、こうしましょう。その手、治してあげる」


「……は?」


「エセル、ちょっと下がってて。そこの男の子、邪魔じゃま!」


「え?」「な?」


 不思議そうな顔をしていたけれど、エセルともう一人の男の子は、私の言うとおりにしてくれた。


「なにを、する気、なんだよ!」


 ナイフの男の子がおびえる。


「さあ……わからない」


「わからないことをするのかよ!」


「ええ。だってその手だけじゃ、つりわないのよ。男の子三人で寄ってたかって私を強姦ごうかんしようとしたんだからさ。怪我けがをそのままにしておいてもいいんだけど、ま、ここは実験台になってもらう方が有益だわ」


「う、ぐ……」


「あなた名前は?」


「ローマンだ」


「そう、全然興味ない」


「お前から訊いておいて……!」


 私はローマンがなにか言っているのを無視し、木の棒の先に集めたマナに集中した。

 できる、はず。

 意識を失ってしまうかもしれないけれど、ここにはエセルがいてくれる。


 私は集中し、身体が感じるまま、おどるように、宙に円をえがく。


 マナはそのまま空間にきざまれ、青いじんが刻まれていった。やがて完成したのはかがやく二重の円陣に、古語でえがかれた祝詞のりとだった。


「……のものの傷を……やせ……」


治癒ちゆの法術!』


 無意識の私がそうしたように、枝を円陣の中心に刺す。

 すると青いじんから白いもやがかった光が出て、ローマンの傷ついた手をつつんだ。


「わ、わわ、なんだ、なんだよこれ!」


 手を割られた時よりも、混乱しているローマン。

 やがてパリン、と音がしてじんが割れて、ローマンの手を包んでいた光も消えた。


「あ……ああ……?」


 その場にいたエセルも、もう一人の男の子も、そしてローマンも驚愕きようがくしていた。


 ローマンの手がなにごともなかったかのように、綺麗きれいに治っていたからだ。


「ふう、まずまずかな」


 ゆらり、と身体を泳がせる私を、エセルがめてくれた。


「イーヴァ、今のは!?」


「うん、本当に私もわからないの。今はね」


「今は?」


記憶喪失きおくそうしつなの」


「き、え?」


 エセルが目を丸くする。

 私はエセルに微笑ほほえむと、身体をはなして、棒を持ったままローマンに近づき、かれにぎっていたナイフを拾い上げた。


 ローマンの手はすっかり元通りになっていた。

 いつの間にかもう一人の男の子にきとめられながら、自分の身になにが起きたのかわからない、といった感じで、弱々しく両足を開いて座ったままほうけていた。


「私は昨日、この村はとても美しいと思った。でも勘違かんちがいだったみたい。あなたのように平気で女の子を強姦ごうかんしようとする、魔物まものと変わらないような人間が住んでいるようなら、ここは筆舌ひつぜつくしがたいほど、みにくい村だわ」


 私はナイフの刃の部分を持ち、怒りを込めて、ナイフを投げる。

 ナイフは赤いマナをまといながら、ローマンの股間こかんの前に突き刺さった!


「ひぃっ!」


 ローマンが悲鳴をあげる。


「もしこれが私じゃなくてなんの力もない女の子だったら、あなたの手なんかどうでもいいくらいの傷を負わされていたのよ。次にあなたが同じようなことをしていると耳にしたら、それが本当であろうが嘘であろうが、必ずあなたたちの前に現れて……根元ねもとからもぎとってやる。

 覚悟かくごしておきなさい!」


「は、はいっ!」


 私がにらみつけながらそう叫ぶと、ローマンはなさけない声で返事をした。

 そしてローマンたちはゆっくりと立ち上がり、おくにいた三人の女の子に向かっていく。もう一人の男の子は、エセルにられて気絶していた子の両足をかかえ、引きずりながらローマンの後を追った。


「ごめんなさいエセル。折角せつかくのデートのおさそいだったのに」


「い、いや、そんなことはないよ。早くこなかったぼくが悪いんだ。まさかこの時間にあいつらがいるとは思わなかったんだ」


 私は地面にてたナイフをもう一度いて、エセルにたずねた。


「あの、清々しいほど堂々とした外道げどうはなんなの?」


「ああ、ローマンたちはこの村で厄介扱やつかいあつかいされてる問題児なんだ。いつもあの六人でつるんでてさ。あいつらがやってることは、もう悪戯いたずらの領域をえている」


「ふーん」


 かれらに目を向けると、女の子たちは下品に笑って男の子たちをののしり、男の子たちはすっかりかたを落としていた。


「少し、こらしめないとダメかもね。私、犯罪者はんざいしやは嫌いだけど、もーっと、大っ嫌いなのは、ああいう自分は安全なところにいて手を汚さず、悪事あくじを企む連中なのよね」


 そう言うと、エセルはあわてて私の前に出た。


「イーヴァ、なにをする気なんだ。さっきも行ったけど、あいつらはこのマールの村の異端児いたんじなんだ。みんながみんな、あんなやつらばっかりじゃない。それに、あいつらに目をつけられたら、君の身になにがあってもおかしくないんだ!」


「その時は、私をまもってくれる?」


「僕がいる時は勿論もちろんだけど、僕がいない時が心配なんだよ!」


「それなら心配ご無用。私は強いから」


 左手に木のナイフを、右手に枝を持ったまま、私は笑顔えがおであの六人組に歩いていく。


 男の子たちはこらしめたからこれ以上は必要ないけれど、あの男の子たちが女の子たちの言いなりなんだったら、しっかり彼女かのじよらにも落とし前をつけてもらわなきゃ。


 六人が私の存在そんざいに気付くまで近づくと、右手の枝を三人の女の子に向けて、マナを集めた。この地はマナであふれている。だからこの力を使えるんだと思うけれど、何度も使っていたら私の体力が持たない。


 だから、今日はこれで最後。


 木の枝に集まったマナは、水色のかがやきをたたえていた。


 これは空気と空と、風のマナだ。私はこのマナを使って頭の中にある引き出しから、とある法術の術式を抜き出す。


 そしてゆっくりと、宙に円をえがいていった。


 さっきよりも自信はある。


 きっと、上手うまくマナをあやつれる。


 私は水色の円陣えんじんを書き上げると、左手に棒を、そして右手にはナイフを持ち替えて、構えた。


「ちょ、ちょっとイーヴァ!」


 エセルの声を聞き流し、最後の一文を唱えた。


「……我が意のままに、飛べ……」



分裂ぶんれつの法術!』



 ちゆうに描かれた円陣えんじんの真ん中に棒を突き刺して法術を発動させる。円陣が輝くのと同時に、木のナイフを思いきり円陣に投げ込んだ。


 円陣えんじんを突き抜けた一本のナイフは、滑空かつくうしながら無数に増え、横殴よこなぐりの雨のように、女の子たちに向かって飛んでいった。


「え、うそ、なにあれ、びぎゃああああああああああ!」


 下品な悲鳴と共に女の子らがあわてたが、もうおそい。


 分裂ぶんれつしたナイフは、手を前にして目をつむる女の子らのまたわき、耳や太ももの側をとおける。


 そして女の子のおくにあった岩壁がんぺきを深くえぐった。


「あらら。この術って、こんなに破壊力はかいりよくがあったんだ」


 すべてのナイフが岩壁を穿つと、くずれた岩のかけらが湖に落ちる。


 でも、法術を上手く操れたので、恐怖きようふでへたりむ女の子らには、傷ひとつなかった。


 ……と思う。きっと。


「イ、イーヴァ、きみは一体? それにさっきも棒で、なにもないところになにか書いてたけれど、あれは?」


「うーん、説明せつめいできるほど、まだ完全に思い出せていないの。記憶きおくが戻ったら、そのときにね。ところでエセルはあの子らと知り合い?」


「あ、まあ、こんなせまい村の同年代だからね。でも、断じてあいつらの仲間なんかじゃない!」


 エセルが真剣な瞳を向ける。

 そこには邪心を示す黄色いマナは浮かんでいなかった。


 やっぱりエセルは、信頼できる。


「うん、そうだね。じゃあ、あの外道グループに伝えておいて。私は村長さんの家に住まわせて頂いている記憶喪失きおくそうしつの女、イーヴァ・ケイン。返りちにう覚悟があるなら、いつでもきなさいって」


「ははは、怖いなイーヴァは」


「あら、強い女はお嫌い?」


「むしろ好みだよ」


 不意ふいを突かれた。


 まるで告白こくはくされたみたいで、顔が熱くなる。


 やだな、もう。



「き、今日はもうつかれちゃったし、いろいろあって興醒きようざめしちゃったから、りはまた今度でいい?」


「ああ、そうだね。あんな目にって、りなんて、できないよね」


「そうだ、ひとつきたいんだけど」


「うん?」



 エセルに顔を近づける。



「あの子たちも言っていたけど“イーヴァ”って名前になにかあるの? あのローマンって男の子は、名乗っただけですぐに“村長のとこ”って言ったわ。無関係むかんけいとは思えないんだけど」


「ああ、そのことか」


 エセルは私の目をぐ見て、告げた。


「村長さんには一人娘ひとりむすめがいたんだよ。ぼくより年上で綺麗きれいな人だったんだけど、幻惑げんわくの森に入ってから、帰ってこなかった。その人の名前が、イーヴァなんだ」


「そう、なんだ」


 薄々うすうすは気づいてた。


 お父さまもお母さまも、見ず知らずの私に対して手厚すぎるし、女の子向けの服をすぐに用意してくれたのだから。


 やっぱり、娘さんがいたんだ。



「ありがとうエセル。こんな私だけど、また魚釣さかなつりにさそってくれる?」


「それは勿論もちろんさ!」


 エセルは即答そくとうして、満面のみをくれた。



 それから私は、すぐ家に帰らなかった。


 日はかたむいていたけれど、まだ暗くなるには時間がある。


 だから、一箇所かしよだけ確認かくにんしておきたい場所があった。


 幻惑げんわくの森だ。


 私は村の人たちにみをして、方角的には村の南西に位置する森だという情報を得て、早速さつそく行ってみた。


「ここは……」


 一目で私は、ここがただの森ではないことを見抜みぬいた。


 森の入り口から先は怪しいきりが立ちこめ、暗闇くらやみになっており、辺りには黒いマナの光源がただよっていて、明確な悪意を感じた。


 これじゃあ、マナが見えない人たちが通れるはずはない。

 納得なつとくした。



 そんなことを考えつつ、集中して森をにらけると、風もいていないのに、ざわざわと木々や草がれ始める。


 どうも森は、私を歓迎かんげいしていないらしい。



「ふふっ。でも、あなたたちを退ける方法はわかったわ。またくるから、その時を楽しみにしててね」



 ざわわわわわ、と、森が音を立てて私を威嚇いかくしてきたが、その音を無視してかえり、家路いえじについた。


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