翌日。
私の生活は、
湖での一件はお父さまが動いたこともあって、ローマン・デジールたちがやってきた数々の
昼過ぎには村民会議が行われ、これまでローマンらがやってきたことが真実だとわかると、デジール家は次期村長候補を取り消され、その取り巻きや仲間の女の子の家も、村での立場を大きく落とした。今は各自、家で
それもこれも、どこからともなく現れた紅い髪の女のせいだという
「イーヴァのおかげだよ。今まであいつらには手を焼いてたんだ」
マールの湖で、並んで
「あの子たちって、そんなに
「少なくとも子供がやっていい領域はとっくに
「本物の
「うん。でも僕は
エセルが
「そんなに気落ちしないで。もし私が
「え、あ、いや、そんな……」
顔を上げて、
私も
今日も良い天気。
様々な色のマナが、たくさん飛んでいる。
空気が
風が気持ちいい。
こんな美しい村でもローマンのような連中がいるんだから、人間って救えないなって思う。もっとフォレストエルフらを見習って、きちんと規律を守って暮らせればいいのに。
あれじゃ
「ねえイーヴァ」
不意に、エセルが話しかけてきた。
「え、あ、なに?」
「君は村長のところにいきなり現れたって、本当?」
「あ、うん。本当」
「
「うん」
夏の日差しが、私とエセルを
鳥の鳴き声や、木々のざわめき、そして
「どこかに行っちゃったり、しないよね?」
「え?」
エセルの言葉に、胸がずきんと痛んだ。
「君のその不思議な力があれば、
「うーん、今はまだ、そこまで考えてないかな」
私は
立派な魚を
「今はって、どういうこと?」
「もうエセルったら。なんでそんなことを
ぽたん、と音がして
「僕、君が好きになっちゃった」
「え!?」
エセルと私の
「いや、だって、私たちが
「そうだね」
「そうだねって、私はあなたのことをなにも知らないし、あなただってそうでしょう?」
「うん」
「それでどうして、こんな得体の知れない女を好きになれるの?」
エセルは
「畑で、村長と
「いや、その……そんなこと、ないけど」
私は顔を熱くして、
照れる。
「僕はきみだけを大事にする。だから、僕と、その、つき合ってくれないかな」
でも、答えは決まっていた。
「ありがとうエセル。でも、今はだめ」
「今は?」
「うん」
私は
「だって今の私は、ちゃんとした私じゃないもの。
「じゃ、じゃあ、僕のことを
破顔して、
そこに
参ったなあ。
エセルって、なんでこんなに
「うん。今の私は、たぶん、エセルが好き」
「ああ、
「え、わわ!」
エセルが
私も、エセルの背中に
やっぱり、
私はこのお日様の
でも、だからこそ、このふわふわした私をなんとかしないといけない。
そのためにも……。
「こんな自分知らずの、よくわからない女を好きになってくれて、ありがとう」
「なにを言ってるんだよ。きみこそ、こんな
「うん」
この時、私は
きっとそこに、幸せがあると思うから。
「じゃあさ、エセル」
「ん?」
きょとん、としたエセルに、私は言葉を重ねた。
「ちょっと手伝ってくれないかな。このマールの村のために」
それから十日ほど
その間、家にある書物をすべて読み、この世界の
かなり古いものだったけれど、世界は数十年たらずでそこまで大きく変わらないだろうし、なにも知らないよりはましなはず。
本は、からっぽの人間の頭に
二十六冊の本は私が知りたいことを、おおよそ教えてくれた。
ここはどうやら“アレンシア”と呼ばれる大陸らしい。
そしてマールの村はちょうど真ん中よりやや南、大国の
アレンシアの南東にあるのは、大陸一の国力を
南はコルセア地方。
南西はセレンディア地方。
東にはレベルド
北東のガザラとミスティカ。
これらは陽種族(ロウレイス)と呼ばれる人間、フォレストエルフ、ハーフエルフ、ドワーフらが支配している勢力だ。
そしてこのマールの村の北から北西にかけてを制圧し、なお支配地を広げているのが、フロージアのディルギニア公国、トロルの国オーダス、ログナカンの国ログナック、ダークエルフの国グレイウッズという、闇種族(エヴィレイス)たちの勢力がある。
アレンシアは長い間、これらが勢力争いをしているという。
そしてマールの村から南の位置には、ラミナという街がある。
つまりマールの村はコルセア領内にあるいうことだ。
お父さまの、さらにお父さまの商隊は、なんで幻惑の森に入ったのだろう。それはわからないけれど、きっとそこにもなにか意味があるんだと思う。
幻惑の森は長い間、人を
なのに
そして再び、商隊を外界から
世界に“無意味”なことは、ひとつもない。
私はもう一度、古い地図を
「なんじゃイーヴァ、こんな朝早くに」
「そうだよ。しかもそんな真面目な顔をしちゃって。なにかあったのかい?」
テーブルを
ここでの生活も慣れてきたせいか、お父さまもお母さまもかなり
今では本当に、このお二人を父母だと敬愛している。
「お父さま、お母さま。私がここにお世話になってから十日以上も
「待っておくれイーヴァ、あんた、まさか……」
出て行くつもりなのか?
と言いたかったのだろうけれど、いち早く首を
「お母さま、そんなつもりはありません。しかし、どうしても私がやらなくてはならないことがあります」
私はお父さまから頂いたワンドを
「もうご承知とは思いますが、私は
この部屋に
「これは世界に
「は、はあ?」
首を
「マナはこの部屋だけではなく、村にも森にも、たくさん
指先に集めることも可能ですが、やはりお父さまからいただいたこのワンドが一番、マナ変換効率が高かったのです。
そしてあの幻惑の森には、どす黒いマナが
私は集めたマナをそのまま解放する。
ワンドの先から
「まさかその力で、幻惑の森に
お父さまの表情が険しくなる。
「はい」
私はその
「それはダメだっ!」
お父さまは
「なあイーヴァよ。
「すべては、この村の発展のためです」
私が語気を強めてそう言うと、お父さまは
「どうしてお前が幻惑の森に挑むことが、村の発展に繋がるんだい?」
そう言うお母さまに顔を向けて、説明した。
「この村は主に木の道具を使っています。農具も、
私がこの村に必要なのは、鉄器だと思うんです。これを手に入れるためには
ラミナはこの辺りで最も交易が
「つまりイーヴァは村のために、鉄の道具を仕入れるために、ラミナの街に行きたいと?」
「はい。私は必ず
お父さまはどさっ、と音を立てて、椅子に身体を預けた。
「気持ちはありがたいよ、イーヴァ。だがね、
「お金ですよね」
「!……気づいておったか」
「
「ほう?」
お父さまもお母さまも、
この調子で、二人を説得しよう。
「ラミナの街は付近に湖や川がありません。この地理的に推察するに、お魚や貝などは希少な食材として
「なるほど。そのお金で農具を買って、ここに
お母さまが得心して、何度も首を縦に
「その通りです。この計画が
「イーヴァの
お父さまは
「それで、いつ出発するつもりなんだ?」
「今から」
「なんだと!?」「今から!?」
お父さまもお母さまも、
この手の
もし明日に、などと言ったら、お二人の気持ちが変わってしまうかもしれないから。
もう部屋にはたくさんの
ひとまず、そこまで計算に入れて、三十日分の食料と水も用意した。
私の
すべて整っていた上で、お父さまとお母さまに話を
「イーヴァは
お父さまがパイプを
「こりゃあ、行かせてやるしかないかねえ」
お母さまは寂しげに、だけど、にっこりと笑った。
「ありがとうございます、お父さま、お母さま。私は必ず、この村をより発展させるための物資を仕入れて
私が頭を下げて言うと、ぽん、ぽんと二つの
お父さまとお母さまの、手だった。
「行くのは構わん。だが、必ず帰ってきておくれ。イーヴァはもう私たちの、かけがえのない
お母さまの声だ。
「その通りだ。こんな可愛い
お父さまの、
「お母さま、お父さま。私は命を捨てに行くのではありません。お二人から
私は額を机につけて、感謝の言葉を
それから私は自室に
木箱には売り物の魚が、そして鞄には旅に必要なものが入っている。
私とエセルはこの
そこは私が
村の戒律で、この坂をのぼることは固く禁じられている。
ここなら干物造りにうってつけなのだ。それに私は、そもそもそんなところに倒れていたのだから、なんの
もっとも、エセルはとてもいやがったけれど。
とにかく、こうしてできあがった干物を木箱に
『我が指し示すものから重量を
ワンドの先を円陣の真ん中に突き刺す。
すると、木箱と
「ふうっ……さて、どうかな?」
私は軽い疲労を感じつつ、ワンドを
大きな木箱なのにまったく重さを感じず、片手ですっと持ち上がった。
「うん、
肩掛け鞄も同様、重さがない。まるで羽のようだ。
私は鞄を肩から提げ、木箱を背負い、リビングに向かった。
お父さまとお母さまは私の格好を見て
「お、おいイーヴァ、そんな格好で動けるのか!?」
お父さまが声をあげる。
「問題ありません」
私が
「ははは、それじゃあまるで、木箱が歩いているみたいだねえ」
「思ったよりも魚が多かったので。エセルに会ったらお礼を言っておいて下さい」
「ああ、わかった。言っておくよ」
「では」
「うん、気をつけて」
お父さまとお母さまに頭を下げ、家を出る。
二人は外まで見送りしてくれて、心配そうに私を
私は手を大きく
雲ひとつない青空が、まるで私と、マールの村の