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表・マールの旅 第二章 紅の魔女

第一話 幻惑の森

 幻惑げんわくの森。


 そう呼ばれる暗い森の入り口に、私は立っていた。

 来るものをこばみ、延々と彷徨さまよわせてんでしまうというのろわれた森。


 ……といううわさを村で聞いたけれど、その本性ほんしようちがう。

 この森をとおけるには、いくつかの条件が必要なんだ。


 その一つは、マナが見えること。

 他は分からないけれど、私はその条件を満たした人間だ。


 私は精霊せいれいのワンドを構えて周囲を見回すと、太陽の力である白いマナだけを集めていった。

 どう考えても、この森の中は暗い。

 この白いマナをあかりにして行ってみよう。


 白いマナを目映まばゆいくらい集めてから、正面の密集した草むらに向かって歩き出す。

 すると、草たちがざざざ、という音と共にげ、正面に道ができた。案の定、その先は暗いという次元をえて、暗闇くらやみだった。


「行くわよ」


 幻惑の森の中を一歩、また一歩と進んでいく。前は開けていくが、後ろは逆に閉じていく。五歩も歩くと、辺りは真っ暗になってしまった。

 ワンドをかかげ、前方を照らす。


 どす黒い影《かげ》と、土、木々と草むら、そして黒いマナが映し出された。

 黒は、初めて見た。


 私はぐ歩きながら、この森がなんなのかを考えた。これは、なにか大事なものを守るために、森自体が意思を持っている。そう思えた。


 それを表すのが、この常闇とこやみだ。


 白いマナの光でなければ、あっという間にんでしまうであろう、渦闇うずやみ

 見上げても黒い枝葉しか見えず、陽光を完全にさえぎっていた。


「なんだかわからないけれど、絶対にけてやるんだからねっ!」


 そうさけび、ずんずんと前に進む。

 不思議なことに草だけではなく、木々まで動いていた。


(これは……普通ふつうの人だったら迷って|当然ね)


 旅人はこういった森に入った場合、木に目印をつけておくへと進むらしい。

 しかし、この森はその木々が動いているのだから、全く目印にならない。

 そもそも、こんな夜よりも暗い森など、中々ないんじゃないだろうか。


「これはあなたと私の勝負なのね。いいよ、何日だってつきあってやるわ!」


 私がそう言った、その時だった。

 右手に、かすかな光が目に入ってきたのは。


「え?」


 まさか、と思いつつ、その光に向かって行く。


 ここが幻惑の森と呼ばれているのだから、あの光は偽物にせものかもしれない。それくらいはやりかねないな、と思いつつ、ワンドをその光に向けながら進んでいく。


 しかし。

 その光の先には、草原が広がっていた。


「もうけた、の?」


 拍子抜ひようしぬけだけど、どうやら幻惑の森は私を素直すなおに通してくれたらしい。

 歩いていくたびに、目映い日の光が強くなっていく。


「……ありがとう、幻惑の森さん。帰りもよろしくね」

 その言葉がうれしかったのか、木々がより大きくざわめいた。


 こうして早朝に幻惑の森に入ったのだけれど、抜けたころにはまだ朝だった。

 状況じようきようによっては幻惑の森の中で数日過ごさなくてはならないと思っていたので、かなりの覚悟かくごはしていたけれど、早くけられる分に問題はない。


 かえると、そこには鬱蒼うつそうとして人を寄せ付けない雰囲気ふんいきかもしている森と、巨人きよじんのようなヴァスト山脈の山々が見える。


 目を正面にお戻すと、ひたすら広い草原があった。

 この草原をければ、目的地であるラミナの街だ。


 私は思わずみをかべ、ワンドから白いマナを解放してこしに差すと、ポケットから方位磁針を取りだして方角を定め、南に向かって歩いた。


 本来ならばラミナの街は、幻惑の森から徒歩で二十五日くらいかかる。

 辺りには人気がなく、陽光を浴びた木がまばらに並び立ち、その下に二の野ウサギがたわむれていた。


 人の手が入っていないせいか、無数のマナがかび遊んでいる。

 私はここで休憩きゆうけいしすることにした。

 ここまで重量変化の法術しか使っていないのでそれほどつかれてはいないけど、正直に二十五日もかけてラミナの街に行くつもりはない。


 私は木箱を下ろし、肩掛かたかかばんの中からお母さまから頂いたパンをちぎって口に入れ、水筒すいとうの水でそれをかす。


マナの法術を使うと、疲労ひろう感と眠気ねむけおそわれることを、ここ数日で知ったけれど、それも慣れてくると、徐々じよじよに感じなくなっていった。


 でも、より多くのマナを使い、大きな効果を得られる法術を使うと、この症状しようじよう顕著けんちよに現れる。


 マナは、この世界の力だ。

 それをたかが人間ごときが使うのだから、それなりの代償だいしようはらわないとならない。


 私はすわって美味おいしいパンをもぐもぐと咀嚼そしやくしつつ、もう一度、方角を定める。

 マールの村から外に出るのは初めてだから、この法術を使える人が他にもいるのかを知りたい。

 もしいるのなら、話を聞いてみたい。


 でも村の人たちの反応からすると、たぶんマナを見ることができる人間はほとんどいないと思う。そうなると、こんな小娘こむすめが自分と同じ高さくらいの木箱を背負って歩いているだけで、かなり目立つはずだ。


 しかし私は、マールの村で待つお父さまやお母さま……そしてハーラルのためにも、一刻も早く仕事を済ませて帰りたかった。


 幸い、幻惑の森は私の味方をしてくれている。

 法術を使えば、一気にラミナの街まで行けるだろう。


 私はパンを食べ終えると、立ち上がって木箱をに目を向けた。

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