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第三話 終わりの始まり

 私が着地に選んだのはラミナの街の外れ、街道からも少しはなれたしげみの中だ。


 ここからだと街を囲うかべや、街道をう旅人たちが目視できる。

 着地の際、こちらに視線を向けるものはいなかったので、空から降りてきた私を目撃もくげきしたものはいないだろう。空を見上げると、私と同じように空を飛んでいるものは全くおらず、大きな鳥が悠々ゆうゆう旋回せんかいしているだけだった。


 現時点では、私以外にこの『有翼ゆうよくの法術』を使えるものは、いないのかもしれない。

 そして、マナを法術に変換へんかんする方法を知っている人間は、私以外にいるのだろうか?

 私がラミナの街に行きたかった理由の一つは、それを確かめるためでもある。


 マールの村には法術を使える人が全くいなかったけれど、あそこは隔絶かくぜつされた特別な村なので参考にはできない。しかし人々が行き交うラミナの街なら、なにか情報を得られるかもしれない。


 しばらく水を片手に息を整え、それから立ち上がると、まずは街道に向かって歩き始める。時間的にはまだ余裕よゆうがあるけれど、少しでも早くやるべきことを終えてマールの村に帰りたかった。

 街道に出て、旅人らの流れに乗る。

 すると辺りのものがぎょっとした目で私を見た。


 なんでだろう、と思っていたけれど、理由はすぐわかった。

 真っ赤なかみひとみを持つ人間が、全くいないこと。そして身長が一五〇セカ程度しかない私が、同じくらいの木箱を背負っているという異様。それが周りの目を集めているのだ。


 私はうつむき、そそくさと歩を進める。

 早く街に入って、ハーラルと作ったこの魚を売ろう。

 そんな思いをいだきつつ、足を前に出した。


 ラミナは想像している以上に発展した街だった。

 まだ朝なのに、もう街が活気を帯び始めている。行き交う旅人の数も多く、記憶きおくをなくしてから初めて見る大きな街に、圧倒あつとうされてしまった。


 街道沿いはレンガ造りの高い建物が建ち並んでおり、どのような店か一目でわかる看板が、とびらの入り口につるされていたり、立てられたりしていて面白おもしろい。

 酒場、宿屋、本屋、武器防具屋、交易所、市場……全て、何処どこになにがあるのか、木製の道しるべに書いてあった。


 この街は大都市に比べれば大したことはないのかもしれないけれど、マールの村に比べてあらゆる施設しせつや利用するものが、ぎゅっと凝縮ぎようしゆくされている感じで、息苦しさを感じつつも、どこかなつかしい感じがした。

 歩く木箱と化している私は引き続き衆目を集めており、少しずかしい。とりあえず最初の取引先は酒場にしてみた。


 これが、大当たりだった。

 予想は的中し、ラミナの街では肉より魚のほうが高値で取り引きされており、木箱の中に収められた一二〇枚の大きな魚は大変喜ばれた。そこでまず一枚五〇〇〇エルから交渉こうしようを始め、四〇〇〇エルで価格を落ち着け、その酒場が全部買ってくれた。


 合計四八〇〇〇〇エル。大金だと思う。


 正直、私は魚一枚三〇〇〇エル程度と考えていたけれど、それよりも高い相場で売ることができて満足だった。私は酒場でもらった皮袋かわぶくろに入った一〇〇〇〇エル金貨四十七枚をかばんおくにしっかりと入れ、ほくほく顔で酒場を出る。

 そして農具を売っている店を探そうとして辺りを見回していた……その時。


 ドォン、という音と、地鳴りがラミナをおそった。


 笑い声と活気でにぎわっていたラミナの街は一転し、悲鳴と怒号どごうが巻き起こる。

 私は音の方を見て、胸がめつけられた。


 音の元は、北。

 マールの村がある方向だった。


「う、そ?」


 顔から血の気が引いていくのを感じるた。

 まさか、マールの村になにかあったのでは?


 いやな予感がどんどんふくらんでいく。

 私は急いでラミナの街を出て、北の草原に向かって全力で走った。


 もうお金は手に入れたのだから、なにごともなければそれでいい。

 またラミナの街にもどって、買い物をすればいいだけだ。


 轟音ごうおんは、何度も続いた。

 その度に地はれ、空気がふるえる。


 そんな異変が起きているのはマールの村であることが、予想ではなく確信に変わった。

 私は幻惑げんわくの森からやってきた場所までけてくると、息を整え、水筒すいとうを開けた。


「はあ、はあ……あ!」


 水筒の中は数滴すうてきしか入っていなかった。

 不覚にも、ラミナの街で水を買うのを忘れていた。


「くっ!」


 水筒を横に投げ、こしからワンドをくと、震える手で円陣えんじんを刻む。


『……有翼の法術!』


 私は背中にける翼を広げ、羽ばたいて北へと向かった。


(お父さま、お母さま!)


 不吉ふきつな予感しかしない。

 何度も起こる爆音ばくおんと、震える空気に体勢をくずしつつ、それをきながら翼を広げる。


(ハーラルッ!)


 熱い想いが、私の背中をした。

 高く、もっと高く。

 身体中からふきあせが、風にはじかれる。

 ここにきた時よりもさらに高くがり、空中で静止した。


「はあ、はあ……うぅ……」


 意識が遠のきそうなほどの疲労ひろう感にえ、目をらして北の方向を探す。

 そしてすぐ幻惑の森を目にとめると、猛禽類もうきんるいが如く滑空かつくうした。

 このまま幻惑の森そのものをえてみようと、少しだけ考えたけれど、それができれば幻惑の森が外界と村を遮断しやだんしている意味を成さなくなる。


 絶対になにかがあるはずだ。

 他のだれでもない、私にだけはわかる。


 ゆえに、空から森をえるという危険は冒すおかさず、幻惑の森を通る方が最も早いと判断した。

 こんな高所から急降下すると、急速に体温をうばわれる。でも、それ以上に村が心配で、私は滑空速度をゆるめることはなかった。


 やがて幻惑の森の前まで降下すると、角度をもどして草原にんだ。 

 身体が回転し、ローブや髪に草がまとわりついたけれど、すぐに立ち上がり、森に向かってワンドをかざした。


「はあ、はあ、げ、幻惑の森よ! 私の道を、はばまないで。マールの、村に、通して!」


 ぜえぜえと息を切らし、震える手でワンドをにぎり、目の前の繁茂はんもした草や密集した木々に向かってさけぶ。

 すると、ワンドにマナを集めていないにもかかわらず、ざわざわと大きな音を立て、木の幹たちが生き物のようにぶつかりあって、草木が左右へと別れ、一本の道を作ってくれた。


「はぁ……はぁ……ありが、とう!」


 ざっ、ざっと、森が作ってくれた道を急ぐ。

 思えば行きの時も、幻惑の森は私の味方をしてくれた。感謝の心を胸にワンドをにぎりしめて、払拭ふつしよくできない嫌な予感を胸に、前へと進む。

 やがて目映まばゆい光の中に身を投じて……私は、言葉を失った。


 目の前にあるのは、一面の湖。

 畑も牧場も、市場も家々も、なにも、なかった。

 無論、お父さまとお母さまの家も。


「……うそ、でしょ?」


 とさり、と、ワンドが草の上に落ちる。

 それはとても、とても物悲しい音だった。


「なんで? なんでこんな……え、ああ……」


 力がけ、ひざからくずちる。


「おかね、ちゃんと、もってかえってきたよ? おとうさま、おかあさま」


 全てが湖面と化したマールの村を前にして、視界がにじむ。

 それはみるみる瞳からあふれて、ほおを伝った。


「ハーラルぅ!」


 のどが痛い。

 鼻が痛い。

 私は、腹立たしいほどの青空を見上げた。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」


 両手を地面につき、土に額を当てて、ひたすら声をあげて……泣いた。

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