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第五話 ラミナを覆う影

 ともかく私は、旅人らから発せられる好奇こうきの黄色いマナに辟易へきえきとしながら、ラミナの街に入った。


 昼過ぎに到着したので、街はうものたちでにぎわっていた。

 私はとりあえず宿屋で三階の部屋を借り、杖を置いて窓を開く。

 この窓の下からは、人間やフォレストエルフ、ハーフエルフ、ドワーフらの往来がよく見えた。


 ざわざわいう声、老若男女ろうにやくなんによ、各陽種族らが入り交じっている姿は、まるでうずを巻く川のようだった。

 この雰囲気ふんいききらいじゃない。

 むしろマールの村にいたころより、落ち着くかもしれない。


 しばらく窓枠まどわく両肘りようひじをつき、手にあごを乗せて、行き交う旅人をながめながら考えをめぐらせていた。

 残念ながら、この街には図書館がない。

 まあ、旅人がつどう街なのだから無理はない。


 でも、部屋を取る時にここの店主に色々とたずねてみて、収穫しゆうかくはあった。

 旅人の街の宿なので、耳聡みみざといことは容易に推察できたから。


 まず陽種族と闇種族で争い、アレンシアは北と南で真っ二つの争乱そうらんになっているという。その情勢は北側がかなり優勢であり、南側は結託けつたくしてなんとか北の猛攻もうこうえている状況じようきようなのだという。


 その大きな要因は、最北にある“大氷山脈”を根城とする闇種族フロージアの絶対君主“ディルギノ氷公”率いる軍と、機動力にけたログナカン軍、そして知力が高く、彼らを上手うまくまとめる能力を持ったダークエルフ軍によって、すきのない勢力ができあがっているからだという。


 それに対して南の陽種族らはまとまりがない。


 人間は同じ軍内の勢力争いを起こし、ドワーフとフォレストエルフは犬猿けんえんの仲。ハーフエルフは人間とフォレストエルフの両方から嫌悪けんおされている存在で、一軍としてはまともに機能していないと、おじさんは頭をかかえてなげいていた。


 それもそうだろう。

 ここは陽種族側の街だから。


 戦線はもっと北にあるみたいだけれど、もしそこで陽種族軍が敗れて闇種族軍が南下してきたら、ここも悠長ゆうちように商売などしていられなくなるだろう。以前、マールの村で読んだ「アレンシアの歴史」でも、陽種族と闇種族はずっと争い続けていると書かれていた。


 陽種族と闇種族。根は深いみたい。


 そしてさりげなくマナのこともさぐってみた。

 しかし、おじさんは「なんだ、それ?」と、不思議そうな顔をするだけだった。


 まだ宿屋の店主一人だから、これで全てを決められるわけじゃないけれど、少なくとも私が使える法術は一般的いつぱんてきじゃないってことだ。


 そこで、自分の存在を考える。


 通りには多くの人がいるけれど、私のような真紅の髪を持つ種族は誰もいない。

 でも、もしかしたら今日だけかもしれない。


 とりあえずしばらく、ここで休もう。

 いろんなことがあってかなりつかれているから、少しだけ休む時間がほしい。


「ハーラルと作ったお魚の代金、そのままになっちゃった」


 マールの村で最も仲良くなった友達、ハーラル。

 あの惨状さんじようでは、生き残ったものなど誰もいないだろう。


「ひとりぼっち、か……」


 私は頭をって、ベッドに身を投げた。



 それから十日が過ぎた。

 その間、調べてわかったことは、大して多くなかった。


 まず赤い髪を持つ人間は、ついに一人も現れず、私は悲嘆に暮れた。

 街に出て旅の人に聞き込みをしてみたけれど、どの国にも、私のようなあかい髪を持つ人間は見たことがないという回答ばかりだった。


 そしてマールの村についてもさりげなく調査したが、これについては予想通り、誰一人として村の存在を知る人はいなかった。


「もうこれ以上、ここにいても得られる情報はないかな……」


 そう独りごちて荷物をまとめ、宿屋のおじさんに滞在費を払う。


「おお、紅いお嬢さん。旅に出るのか?」


 おじさんとは十日間で、かなり打ち解けてしまった。

 紅いお嬢さん、というのはちょっと嫌だけど。


「ええ。ここですべきことは終えましたので」


「次は何処どこに行くつもりなんだ?」


「そうですね……東に向かって、フェイルーンを目指そうかと思っています」


「おお、フェルゴート王国か! あそこは大都市だからな。旅人でも知らない情報が手に入るかもしれないぜ!」


「はは、そうだといいんですけれど」


 苦笑いする。

 さすがに十日間も街道で見つからなかったものが、大都市にあるとは思えないから。


「探し物、見つかるといいな!」


「はい、ありがとうございます」


「またラミナに来た時は、うちを使ってくれよな!」


勿論もちろんです。お世話になりました」


 そう言い残して、私は街へ出た。


 ここからフェルゴート王国の王都フェイルーンまでは、徒歩だと四十日くらいかかる。

 かなりの長旅になるうえに、使う街道はヴァスト山脈の末端を通るので、山道だ。

 この街でしっかりと準備しておかないと、大変な目に遭う。


 私は食料、水、鉄製のナイフ、地図、コンパス、寝袋、着火剤などを次々と買い込み、ぱんぱんに膨れ上がった肩掛けかばんたたき、幻惑幻惑の杖(勝手に名づけた)を右手に持ち、街道を東に向かって歩いた。


 そして。

 街から出て、二ハル後。


 突然、空が暗くなり、滝のような雨が降ってきた。

 私は他の旅人とともに、山側にあった岩のひさしの下で雨をしのいだ。


 マールの村で与えられたこのローブは、丈夫でフードもついているので、多少の雨なら問題ない。

 しかし今のこれは、本当に雨なのか、と思えるほどの勢いだった。


 刹那。


 激しい雷鳴がとどろく。

 何度も、何度も、何度も。

 同じ場所で、稲光が発生していた。


 それは……ラミナの街の直上だった。


「まさ、か」

 バーン、ドォーンと、雷鳴だけではなく、岩を砕いているような音まで聞こえてくる。

 この豪雨に負けない音量でだ。


 尋常じゃない。

 なにか、とんでもない災厄がラミナの街に起きている。


 その場にいたものたちは、ただ唖然あぜんとして西にあるラミナの街に目を向けていた。雨のせいでなにが起きているのかはわからないけれど、上からは雷鳴が、横からは破砕音が、絶え間なく続いた。


 雷雨が終わったのは、それから一ハル後のことだった。

 先ほどの豪雨がうそのように消え去り、空は再び晴れた。


 辺りは雨によって作られた溝が小さな川となり、低い方へと流れていく。

 私は震える足を、前に出す


「うそだよ、こんなの、うそだよ」


 ゆっくりと、ラミナの街に戻っていく。

 その足は徐々に早まり、気づけば走っていた。


 ラミナの街方面から、煙が上がっていた。


 まさか、まさか……まさか!


 私がマールの村にいたのは、確か十日くらい。

 そしてラミナの街にいたのも、十日間。


 涙が出そうになるのを堪えながら、街道の坂道を下って、ラミナの街を視界に捉える。

 ラミナの街を目指していた旅人も、いつの間にか私の隣に来て、目の前に広がる光景に、ただ呆然ぼうぜんとしていた。


 そこで私は、己の重すぎる宿命を悟った。


 ラミナの街は……廃墟はいきよと化していた。


「ああ、ああああ、これって、これって?」


 水に沈んだ、マールの村。

 雷によって滅びた、ラミナの街。


 二つの共通点は、私が十日以上滞在した場所だ。

 この仮説が正しければ、マールの村とラミナの街を滅ぼしたのは……私?


「そんな、そんなのって、ないよ」


 まだ確証は持てない。

 本当に奇跡的な偶然が重なっただけかもしれない。


「行こう」


 ラミナの街に一礼すると、振り返って再び東を目指した。


 涙が止まらなかった。

 周囲の旅人たちの視線を感じたけれど、どうでもいい。


 私は、気づいていた。

 災厄をもたらしたのは、紅の髪を持つ私なのだと。

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