ともかく私は、旅人らから発せられる
昼過ぎに到着したので、街は
私はとりあえず宿屋で三階の部屋を借り、杖を置いて窓を開く。
この窓の下からは、人間やフォレストエルフ、ハーフエルフ、ドワーフらの往来がよく見えた。
ざわざわいう声、
この
むしろマールの村にいた
しばらく
残念ながら、この街には図書館がない。
まあ、旅人が
でも、部屋を取る時にここの店主に色々と
旅人の街の宿なので、
まず陽種族と闇種族で争い、アレンシアは北と南で真っ二つの
その大きな要因は、最北にある“大氷山脈”を根城とする闇種族フロージアの絶対君主“ディルギノ氷公”率いる軍と、機動力に
それに対して南の陽種族らはまとまりがない。
人間は同じ軍内の勢力争いを起こし、ドワーフとフォレストエルフは
それもそうだろう。
ここは陽種族側の街だから。
戦線はもっと北にあるみたいだけれど、もしそこで陽種族軍が敗れて闇種族軍が南下してきたら、ここも
陽種族と闇種族。根は深いみたい。
そしてさりげなくマナのことも
しかし、おじさんは「なんだ、それ?」と、不思議そうな顔をするだけだった。
まだ宿屋の店主一人だから、これで全てを決められるわけじゃないけれど、少なくとも私が使える法術は
そこで、自分の存在を考える。
通りには多くの人がいるけれど、私のような真紅の髪を持つ種族は誰もいない。
でも、もしかしたら今日だけかもしれない。
とりあえず
いろんなことがあってかなり
「ハーラルと作ったお魚の代金、そのままになっちゃった」
マールの村で最も仲良くなった友達、ハーラル。
あの
「ひとりぼっち、か……」
私は頭を
それから十日が過ぎた。
その間、調べてわかったことは、大して多くなかった。
まず赤い髪を持つ人間は、ついに一人も現れず、私は悲嘆に暮れた。
街に出て旅の人に聞き込みをしてみたけれど、どの国にも、私のような
そしてマールの村についてもさりげなく調査したが、これについては予想通り、誰一人として村の存在を知る人はいなかった。
「もうこれ以上、ここにいても得られる情報はないかな……」
そう独りごちて荷物をまとめ、宿屋のおじさんに滞在費を払う。
「おお、紅いお嬢さん。旅に出るのか?」
おじさんとは十日間で、かなり打ち解けてしまった。
紅いお嬢さん、というのはちょっと嫌だけど。
「ええ。ここですべきことは終えましたので」
「次は
「そうですね……東に向かって、フェイルーンを目指そうかと思っています」
「おお、フェルゴート王国か! あそこは大都市だからな。旅人でも知らない情報が手に入るかもしれないぜ!」
「はは、そうだといいんですけれど」
苦笑いする。
さすがに十日間も街道で見つからなかったものが、大都市にあるとは思えないから。
「探し物、見つかるといいな!」
「はい、ありがとうございます」
「またラミナに来た時は、うちを使ってくれよな!」
「
そう言い残して、私は街へ出た。
ここからフェルゴート王国の王都フェイルーンまでは、徒歩だと四十日くらいかかる。
かなりの長旅になるうえに、使う街道はヴァスト山脈の末端を通るので、山道だ。
この街でしっかりと準備しておかないと、大変な目に遭う。
私は食料、水、鉄製のナイフ、地図、コンパス、寝袋、着火剤などを次々と買い込み、ぱんぱんに膨れ上がった肩掛け
そして。
街から出て、二ハル後。
突然、空が暗くなり、滝のような雨が降ってきた。
私は他の旅人とともに、山側にあった岩のひさしの下で雨を
マールの村で与えられたこのローブは、丈夫でフードもついているので、多少の雨なら問題ない。
しかし今のこれは、本当に雨なのか、と思えるほどの勢いだった。
刹那。
激しい雷鳴が
何度も、何度も、何度も。
同じ場所で、稲光が発生していた。
それは……ラミナの街の直上だった。
「まさ、か」
バーン、ドォーンと、雷鳴だけではなく、岩を砕いているような音まで聞こえてくる。
この豪雨に負けない音量でだ。
尋常じゃない。
なにか、とんでもない災厄がラミナの街に起きている。
その場にいたものたちは、ただ
雷雨が終わったのは、それから一ハル後のことだった。
先ほどの豪雨が
辺りは雨によって作られた溝が小さな川となり、低い方へと流れていく。
私は震える足を、前に出す
「うそだよ、こんなの、うそだよ」
ゆっくりと、ラミナの街に戻っていく。
その足は徐々に早まり、気づけば走っていた。
ラミナの街方面から、煙が上がっていた。
まさか、まさか……まさか!
私がマールの村にいたのは、確か十日くらい。
そしてラミナの街にいたのも、十日間。
涙が出そうになるのを堪えながら、街道の坂道を下って、ラミナの街を視界に捉える。
ラミナの街を目指していた旅人も、いつの間にか私の隣に来て、目の前に広がる光景に、ただ
そこで私は、己の重すぎる宿命を悟った。
ラミナの街は……
「ああ、ああああ、これって、これって?」
水に沈んだ、マールの村。
雷によって滅びた、ラミナの街。
二つの共通点は、私が十日以上滞在した場所だ。
この仮説が正しければ、マールの村とラミナの街を滅ぼしたのは……私?
「そんな、そんなのって、ないよ」
まだ確証は持てない。
本当に奇跡的な偶然が重なっただけかもしれない。
「行こう」
ラミナの街に一礼すると、振り返って再び東を目指した。
涙が止まらなかった。
周囲の旅人たちの視線を感じたけれど、どうでもいい。
私は、気づいていた。
災厄をもたらしたのは、紅の髪を持つ私なのだと。